Zeal -unlikely-
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やってしまった。
夢のような時間だと思っていたら、うっかり本当に夢の中に行ってしまっていた。
もったいない。
政宗と一緒にいられる時間には限りがあるというのに。
次にいつ会えるかなんてわからないのに。
今日が最後かもしれないのに。
特大サイズの寝台の上で、いつになく目覚めよく、がばっと上半身を起こしていた。
隣にいるはずの政宗がいない。
衝立を隔てた向こう側、主室にいるのかもしれない。耳をすませて人の気配を悟ろうにも、物音が聞こえずわからない。
脱いだ服をかき集めて身に付け、寝台からおり、静かすぎる広い部屋を音も立てず一歩ずつゆっくりと歩いた。
敷居をまたぎ、ぱっと見て室内にいないと思ったら、広縁の足元灯がついていて、ぼうっと明るい中に人の影が見えた。
間違いなく政宗だった。
「政宗さま?」
声をかけると、少しびくりとして、彼は振り向いてくれた。
「あ、起きたんじゃな」
そういう政宗の声を聞くとともに、かなり久しぶりな匂いを鼻腔に感じた。
「政宗様って……吸うんですね」
「ああ、見られてしもうたわ」
政宗は煙管を片手に、煙をくゆらせていた。
そりゃ同じ部屋にいれば、バレて当たり前。
確信を持って喫煙しているのだ。
その証拠に口調はまったく悪びれていない。
それでも彼の顔つきは小さなイタズラを咎められたことを笑ってごまかす少年のようだった。
「初めて見ました」
「不思議とな、おぬしとおると吸う回数が減るんじゃ」
「それは……いいことなんですかね?」
「吸いすぎも害悪じゃから丁度いいかもしれぬ」
歩み寄ろうと、一歩二歩近づくと、政宗が煙管を持っていないほうの手で制止してきた。
「来るでない。煙たいし、匂いが移ってしまう」
「いいんです」
そう言って、政宗の隣の空いている椅子にかけた。
煙を逃がすためだろう、目の前の窓は半分くらい開けられていた。
「匂いがつけば、帰ってから色々困らぬか」
「そうかもしれませんけど、いいんです、喫煙中の政宗様、もっと見ていたいんです」
より近くで見たい。
そんな欲求のほうが明らかに勝っているのだ。
「可愛いことを言うのう」
政宗が照れを隠すように違う方向を向いて、煙を吐いた。
ほのかな灯りで乱反射して、可視できる煙の中、何かを考えるような政宗の横顔をまじまじと見つめてしまう。
この人、格好良い。
安直な表現だけど、まず思いついたのがそれだ。
「見すぎじゃって、煙管なんてそんなに珍しいものでもないと思うがのう」
「意外に周囲で喫煙者がいないんですよね」
「成る程な、ああ、三成は吸わぬな。それに幸村も。……兼続も」
兼続、と口にしたときだけ、なぜか面倒くさそうな言い方に変わった気がした。
「あ、おるわ。慶次。ヤツは吸う」
「え、そうなんですか。見たことないです。
慶次って、神出鬼没だからあんまりプライベートで何してるのか知らないんですよねえ。でも、慶次が吸うって聞いてもあまり違和感ないかも」
「わし、慶次と幸村とはよく遊ぶぞ」
「へぇ、そうなんですか」
「慶次は、期間限定でわしのところにおることが結構ある。客将ってやつじゃ。幸村は誰とでも仲良く出来る男だしのう」
政宗の口から交遊関係を聞けることは、とても興味深い。
正直、男の友達付き合いって、女のそれとちょっとノリとか違うから、関心があるのだ。
「だって、アイツらいいヤツでな。
一緒におると楽しいし、付き合いやすい」
「あ、わかる気がします」
政宗と慶次と幸村、三人で飲みに行ったりすることを想像するだけでわくわくしてしまう。
その中に自分が入りたいという訳ではないが、変な話、遠くから眺めてみたい。
「名無しさんも一度、わしのところに遊びに来ればよい」
「はい、……機会があれば」
「あ、その返事のしかた、社交辞令だと思っておるな、わしは有言実行の男じゃ。本気じゃからな」
「でも、遠くないです? いく手段がないような」
「それに関しては大丈夫じゃ、もう構想済じゃ。楽しみにしておれ」
一体どうするんだろ?と思いながらも、はい、とだけ返事をした。
「政宗様、もう一回、吸って貰えませんか」
「ん、よいが、煙たくないか?」
「いいんです、政宗様にはキセルも煙も凄く似合うから、見たいんです」
「なんか、おぬしにそう言われると嬉しいけど恥ずかしいわ」
政宗が火皿に煙草葉を詰めて、吸口を含みながら火をつけると、ふわっと煙が立ち広がった。
「な、名無しさん、わしからもお願いじゃ。
これ吸うたらもう一回名無しさんが欲しい。
せっかく二人きりなんじゃ、時間が許す限り抱き合いたい」
「……はい」
うなずくと政宗が嬉しそうに、にかっと笑って、また煙管の吸口を浅く咥えた。
先を見るように少し目を細めて煙を吐き出す姿が本当に絵になる。
明るい時間にも見てみたい、そう思った。
***
目が覚めてぼんやりしているが、すぐそばに政宗がいてくれた。
しかも既に起きている。
自分ばっかり先に寝て、起きるのも遅い。
なんか悪い気がするし、恥ずかしい気もする。
「おはよう、名無しさん」
「政宗様、おはようございます」
政宗は上半身こそ何も着ていないが、下は既に履いているようだった。
「なんか、ごめんなさい。わたし寝てばっかり」
「よいって。普段通りで構わぬよ。名無しさんは、色々あって疲れも溜まっておったのではないか。特に昨日は」
「うーん、それはそうかもしれないけど、すみません。せっかく政宗様と一緒にいられるから起きていたいのに」
「よいのじゃ。名無しさんが健やかに気持ちよく眠れるほど、わしのがヨかったって前向きにとらえとる。それに名無しさんの寝顔見てて飽きんかったし」
政宗が髪を撫でてくれた。
優しい手つきが心地好いが、半裸の政宗に照れてしまい、目を逸らして、小声で、どうも……としか言えなかった。
ふと思う。
政宗は満足に寝てるのだろうか。
今日に限らず、日常的に、だ。
君主様って、ちゃんと寝る時間なんてあるのだろうか。
検討すべき課題や解決すべき問題が目の前に常に山積みで考える時間ばかりではないだろうか。
政宗は、だいぶ自由になったなんて言ってくれていたけど、実際は自由な時間なんて皆無なのではなかろうか。
一般人の自分には想像つかないくらい、すさまじく多忙なはず。
「政宗様、ちゃんと寝てましたか」
「寝ておったぞ。たまたま早く起きとっただけじゃ。ほれ、交合って、次はああする、こうするって頭も使えば、手も腰も繊細に、大胆に使うじゃろ。
かなりの神経と体力求められるからのう。
眠くならぬわけがないじゃろ」
「説得力あるご説明ですが……なんか、具体的にそう言われると、こっちも少し恥ずかしくなってきます」
恥ずかしさもさることながら、政宗が、わりと真面目な顔と口調で言うものだから、おかしくて頬が緩んでしまう。
……さて、
帰ってからお風呂に入って、髪を乾かして、化粧をして、着替えて……と、身支度にかかる時間を確保するとなると、もう間もなくここを発たなくてはいけない。
でも、もう少しここにいたい
「政宗様、あの、お部屋のお風呂使いたいんですけど」
「よいぞ、もちろん……あ!」
政宗は、なんてことない、という顔を見せるや否や、すぐにわざとらしい大袈裟なリアクションをしてきた。
「……まさか! おぬし、風呂でヤりたいと申すか。わし、結構大満足なんじゃけど、おぬし意外に体力あるのう。それにしても随分と積極的に……」
「いやいや、違いますって!ギリギリまで政宗様と一緒にいたいから、ここでお風呂に入ろうと思いまして」
焦って取り繕う自分を見て、政宗が大きく口を開けて笑っていた。
「わかっておるって。いちいち反応してくれて名無しさんは、まっこと、からかい甲斐があるわ。
ちなみにわし、風呂でまぐわうのも全然ありじゃ!」
「もう、そこまで聞いてませんよ!」
なんか兼続が言いそうな台詞だな、と内心思った。
「着替え、どうするんじゃ?」
「あ、そのことなら……」
そう、着ていた服にはすっかり煙が染み込んでしまったのだ。
それ以前に、同じ服で帰るのは大人の女として流石にまずい。
だれも気にもとめないかもしれないし、気がつきもしないだろうけれど。
「服屋の開店に合わせてここを出ますので、代わりのものを買って、その場で着て、やや遅刻ぎみで何食わぬ顔して仕事に入りますよ」
「名無しさんって、やっぱり見た目よりしたたかで大胆じゃな」
政宗は、今度は本当に驚いている様子だった。
「そうですかね。今日のこれはその場しのぎの思いつきですよ。普段は全然アドリブ効かない要領も悪いタイプですからね。それじゃ……」
自嘲気味に笑いながら、部屋風呂に入るべく、脱衣所兼洗面所に引っ込んだ。
がらがらと引き戸を横に閉めていると、政宗はキセルではない何かを飲んでいた。
多分、水かお茶だ。
何かを考えるような素振りをしているのが隙間から見えながら、戸を締め切った。
脱衣所兼洗面所のアメニティの充実ぶりに感嘆すると同時に、さっさと入ろう、お待たせするのは忍びないと思い、即、下着を脱ぎ捨てて、風呂場に入った。
***
自分が風呂からあがると、入れ違いで政宗も風呂に入っていった。
一瞬だけど化粧をしていない顔を見られてしまったが、政宗曰く、子供っぽく見えて可愛いとのことだった。
お世辞でも嬉しかった。
そうは云ってくれても、彼が上がってくる前には支度を終えておこうと思い、鏡を立てて顔を作り始める。
外は太陽がすでに昇っていて、化粧をするには十分な光量だ。
改めて一晩ここで過ごした実感が湧いてくる。
最初は迷っていて、物凄く気が重かった筈なのに。
今では帰りたくないくらいに思っている。
でも本来、政宗は、自分みたいな一般人なんて歯牙にも掛けない立場の人。
物凄く忙しい人だ。
この予想は絶対間違っていない。
相手にしてくれるのは、偶然再会したから程度の理由だ。
だから、これ以上は調子に乗らないようにしなければいけない。
こういう感情は、政宗に限ったものではない。
兼続も、三成も、半兵衛も。
彼らはどうして自分なんかにかまってくれるのだろうか。
そうしてくれることに嬉しいときもあるし困るときもある。
けれど、いつか飽きられる日が来るんだろうなという怖さはいつも肩にのし掛かっている。
政宗は自分のことをしたたかだと言ったけど、そんな言葉で言って貰えるほどでもない。
飽きられないようにしがみつこうとする気持ちを、必死に隠しているだけだ。
来たるべき日のダメージを最小限にするべく、覚悟だって常に備えている。
ずるくて悲しい感情だけど、これが今の自分の精一杯だ。
風呂場の戸の音が聞こえて、政宗の入浴が終わったようだ。
脱衣所からはまだ出てこないが、直ぐに来るだろう。
手早く化粧を仕上げて、髪もある程度整えると、戸ががらっと開く音がした。
政宗が主室へ戻ってきたようだ。
脱衣所には背を向ける格好でいたので、振り向くと湯上がりの彼は薄着姿だった。
服を着てくれていて良かった、と何故だか思ってしまった。
比べるようだが、これがもし半兵衛だったら、半裸もしくは全裸で登場しかねない、そんな気がしたからだ。
「さっぱりしたわ。名無しさん、もう準備終わっとるか」
「はい、もう出られます」
「ちょっと待っておれよ。わしも直ぐに服を着る」
「え? はい。どうぞごゆっくり」
政宗が急いで着替え始めた。
昨日とは違う服だった。
「わし、途中まで送るから。わしのせいでおぬしが帰るの遅くなったら悪いからのう」
「え……いや、そんなにしていただかなくて大丈夫ですよ。お忙しいのにそこまで気を回していただく訳にはいきません」
まさか送っていくなんて申し出は予期もしておらず、狼狽えてしまう。
「駄目じゃ、本来なら城まで送りたいところじゃ。ま、今回はお互いの為に出来ぬけど」
「政宗様、でも」
政宗が着替える手を一旦止めて、きっとした眼で見てきた。
「無理じゃて。わしの都合で惚れた女を呼び出して外泊までさせて、朝になったら、そのまま、はい、さようならなんて出来ぬわ。
わしの主義に反する。おぬしを一人で帰らすなんて、絶っ対せぬ」
基本、優しくて軽い口調の政宗だが、昨日今日の中で、もしかしたら出逢った今までで一番の強い口調かもしれない。
意志の強さに怯んでしまい、返す言葉に詰まってしまった。
丁度着替えを終えた政宗は、落ち着いた色合いなのは昨日と同じだが、またよく似合うものを着ていた。
「……わかりました、では、お願いします。
ありが……」
政宗に抱き締められていた。
喫煙中とは違うお風呂上がりの匂いにくらっとしたのと同時に調子に乗ってはいけないと戒める気持ちは何処かへ消し飛んだ。
ずっとこのままでいたい。
満たされる感情しかなかった。
「ああ、帰したくないわ。勢いよく言うてはみたけど、やっぱり離れたくないわ」
耳元で言ってくれる言葉は、歯切れがいいのにとても切ない。
風呂上がりの熱は冷め始めたというのにのぼせてしまいそうだ。
「わたしも、もっと一緒にいたいです」
そう答えると、政宗が頭だけを動かし、抱き締めたままキスをしてくれた。
最初は眼を開いたままだったが、政宗が片方の眼を閉じるのを見て、自分も眼を閉じた。
唇を重ねる時間はとても長く長く感じられた。
「名無しさん、好きじゃ。また会うてくれるか」
「もちろんです。わたし、次にまた政宗様に会えるの楽しみにしてます」
「それが聞けて安心じゃ!よし、では出発じゃ!」
気持ちを切り替えた政宗が元気よく号令を発した。
目当ての服屋を目指して歩いたが、政宗が迷いなくすたすたと歩いてくれて、結果的に政宗が案内してくれるような風になっていた。
「政宗様、記憶力がすごい。わたしよりこの街に詳しいかもしれません」
「前回来たときと昨日とで、大体どこに何があるかは頭に入った。立場上、地形の読めぬ方向音痴じゃ不味いからのう」
流石、君主様だ。そりゃ政も戦も地理の知識は重要だ。道順を覚えるという基本中の基本は当たり前に持ち合わせているのだ。
若干方向音痴な自分とは大違いだ。
「ここじゃろ」
「あ、大当たり!ここです。では、送ってくださってありがとうございました」
今度こそお別れだと思って頭を下げると、政宗がきょとんとした眼をしていた。
「まだわしの“お見送り”は終わっておらぬよ。ほれ、服買うんじゃろ」
「え、そうですけど……選ぶの見られちゃうんですか。ちょっと恥ずかしいな……」
私服がハイセンスな政宗に、決してハイレベルではない自分のファッションセンスを垣間見られるのがなんとなく恥ずかしいと思ってしまう。
「名無しさんがどんなの選ぶのか楽しみじゃ」
からかうような軽口と注がれる好奇の視線に重たいプレッシャーを感じつつ、地味目の色の服に手を伸ばし、物色を始める。
「あ!」
わりと自分の中では重要要素、値札を裏返した瞬間、政宗から横槍の一声が入って、肩があがるくらいびっくりしてしまった。
「な、なんです?」
「値段なんて見るでないって。好きなものが選べぬではないか」
「わたし的には値段は重要ポイントなんですが……」
「まぁ、普段はよいけど、今は気にするでない。だって買うのわしじゃ」
「えー!?」
驚いた自分とは真逆で、政宗からは至極当然との様相でこちらを見ている。
「いや、本当そこまでしていただく訳にはいきませんって。昨日もお昼ご飯ご馳走になって、お高いところに泊まらせていただいて、それで今、服まで買っていただくわけにはいきませんって!
わたし決して裕福ではないけど、そこまで貧乏でもないと思うので、適当な服を買って済ませますから」
全力で断りの理由を並べ立てたが、聞いた政宗は笑っていた。
「おかしなこと言うのう。おぬしの懐事情とは関係ないわ。わしの煙管のせいで服が着れのうなったんじゃ、当たり前のことじゃって」
「いや、吸ってるところへ近づいたのはわたし自身ですし、吸って見せてとリクエストまでしたんですよ……」
口ごもっていると、政宗が腕を組んで、少し首を傾げていた。どう説明すればいいのか考えてるように見える。それどころか、頑固な女だと思われている……かもしれない。
「さっきも言うたじゃろ。わしの主義に反するって。わしが名無しさんにしたいんじゃ。わし、好きな女に対してはこういう愛し方しか出来ぬ。
で、今のところ、この生き方を変えるつもりはない。
だから、わしに気を遣うてくれるならば、わしがしようとすること、そのまんま受け入れて欲しい」
なんでこの人は、こんなに説得力があって真っ直ぐにモノを伝えられるんだろうと思う。
こんな風に言われて心が動かされないワケがない。
「……それでは……、政宗様の為になるなら、お言葉に甘えていいですか」
政宗がやった、と喜んだ顔に変化した。
「やっとおぬしを口説き落とせたわ。っていうか、そんな真面目に考えず、へぇー政宗がしたいんだ、じゃあ勝手にどうぞ、くらいに思えばよいんじゃて」
「勝手にどうぞ、なんてそこまで図々しくは思えませんけど……あと、値段はやっぱり気になるので、安めの服で……」
もごもご言っていると、手に取っていたリーズナブルな服が政宗によって取り上げられてしまった。
「じゃあわしが選ぶ、それなら値段も気になるまい」
少しずるそうに笑ってそう言ってくれた。
「え、いいんですか?……本当に?選んでいただきたいです。是非お願いします」
やった。
願ってもないことだ。お洒落な政宗に選んで貰えるなんて。
政宗は、陳列された服をざっと見回して、直ぐに二三着を手に取った。
絞り込むのが早いな、と感心していると、政宗がぱっと眼を開いたと思ったら、また目尻を細めて、動きをぴたりと止めてしまった。
「…………」
絞りこんだ服を前にして、無言になりその場で固まったままの姿勢でいる。
いつもは即決即断、決断力溢れる政宗が悩んでいる様子だった。
「あぁ……意外と難易度高いわ」
ようやく首を少し傾けると、顎に手を添えながら唸るようにして言った。
「名無しさんの魅力を最大限に発揮させたいけど、最大限封じ込めたい気もするのじゃ」
「あれ、なんか、矛盾する気持ちが共存してますね」
「そうなんじゃ。だって、似合うの着れば一層モテてますます他の男が寄ってくるじゃろ。かといって、中途半端なもの押し付けるのも、わし的に不満じゃ。だから加減がすんごく難しいんじゃ」
「大丈夫です、そんな人気者でもないですから。逆に人並みになれて丁度いいかもしれません」
「……大嘘つきめ。他の奴等にも聞かせてやりたいわ」
政宗がしらっとした眼で眺めてきた。
そんな風に言われても、何をもってモテるというのか正直、ピンと来ない。
自分モテますよなんて、宣言する気も根拠も持っていないのだ。
結果、仕事着にするにも困らず、普段使いも出来そうなデザインで、色合いはシック。
過度な露出もなく品のあるものを選んで貰えた。
なんとなく今の政宗の服装とリンクしそうな雰囲気だ。
政宗が支払ってくれた後、値札を取って貰い、試着室でそれに着替えた。
計画通り、この格好で城に戻ることにした。
「ありがとうございます、とっても気に入ってしまいました」
「わ、思った以上に似合っておる。名無しさんの魅力は隠したつもりじゃが、こういうのって、わかる奴にはわかるんじゃよな……。
ずかずかと土足で名無しさんに近づく輩共には却って逆効果かもしれぬわ」
「そうですかね、そんな人いるかな」
誰のことかな……としらばっくれつつも、なんとなく思うところはあった。
「なんかこう……あれじゃ。
名無しさんってな、素直で分かりやすいんじゃけど、単純でもなくって。
で、見た目は飾りすぎず、だけど手を抜いとる訳でもない。
媚びない色気や艶やかさが滲み出てる感じじゃ。
そういうとこ引き立てるものを選んでしもうた感がある」
政宗が考えながら話すそのすべては、自分にとって肯定的にとらえられる最高の褒め言葉だ。
「わたし、政宗様にそういう風に見て貰えてるのすんごく嬉しいです。
それにわたしのことを考えて選んでくれたんですから」
「名無しさんが喜んどるならよしとするわ。いや、でも本当に難しいわ。自分の着るもん選ぶときとは全く違う。おぬしは特に難しすぎじゃ」
納得して選んだはずの政宗には、まだ少し悔いが残っているようにも見えた。
けれど、自分は満足と感謝の気持ちでいっぱいだ。
絶対手を出せない高価な代物ではなく、少し値は高いが、普段着にするにも気後れしないギリギリのラインのものを選んでくれたのだ。
値段を気にする自分の気持ちも汲んでくれた絶妙な加減のチョイスには感服するばかりだ。
「名無しさん、ここで、一時さよならじゃ」
「はい、昨日から今日にかけて、お世話になりっぱなしでありがとうございました。わたしとっても楽しかったです。最後に素敵なプレゼントまでいただいてしまって」
笑顔で礼を述べたが、政宗が浮かべている笑みはちょっと種類の違うものに見えた。
「名無しさん、これ、単なる贈り物ではないからのう」
身に纏う服を示すように、肩にとんと触れられた。
「これ見たり着たりするたびわしのこと思い出さざるを得ないじゃろ。
遠く離れるわしからの束縛じゃ。
毒とか薬みたいにあとからじんわりと効いてくるからのう」
政宗の笑顔は企みを含んだものだった。
此方を手玉に取るように首筋まで触れてくる仕草にも、束縛という単語のどちらもじくりと胸に障った。
「次は、完璧に落とせるよう周到に計画しておくからな、覚悟しておれ」
鋭く囁き、睫毛の横に口づけをくれた政宗だが、醸し出してきた不透明な色気をさっと引っ込めてしまった。
「次は、奥州でな!」
普段どおり爽やかに手を振って去っていく彼の姿を見送った。
奪われた自分の心も彼とともに見送った。
【キセル】
‐End‐