Zeal -unlikely-
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少しの間、ぼうっとしていたけれど、三成に背を向けたまま、着衣を整えていく。
何を言っていいかはわからなくて、黙って机上の資料や書類、筆記用具を手に取った。
「名無しさん」
「ん?」
「今日はもういい。午後から休みを取れ」
「え、部屋に持ち帰ってやるよ」
「そこまでやらんでいい」
「……いいの?」
「ああ」
三成によって、抱えた荷物一式は取り上げられてしまった。
空っぽになった両手から、目線をちらりと上に移すと、三成の顔が目に入る。
俯いているが、何かを言おうとしているのか唇が微かに動いている。
「今日は、本当に俺のことを手伝わんでいいからな。
休息を取って体調管理することも仕事の一環だ」
急に出てきた言葉は、早口なのに滑舌良く聞き取りやすかった。
「う、うん。わかった」
「そして、ひとつ、ハッキリさせておく。
お前に休暇を取らせることに、私情は挟んでいない。今の俺には一人で仕事に没頭する時間が必要なのだ、それだけだ。
だからよっぽど城内の危機や人命に関わることがない限りは俺のところに来るな。わかったか」
「あ、うん……わかりました」
整然と言ってのける勢いに気圧されたが、いつもの調子で接してくれていることに少し安心した。
口調は冷たくて淡々としているけど、説明内容から考えるにそこまで嫌われてはいないみたいだ。
じゃあ、また明日ね、と言って退室することが出来て良かった。
午後休となったが、特段やりたいこともない。
それでも、外で昼食を食べるくらいの予定だけは思いついたので、城下を訪れていた。
わりと足を運ぶ飯屋を覗けば、正午からの混雑をまだ引きずっていて、座席は六、七割方埋まっていた。
入店し、二人客用の卓につくと、品書を見て注文をした。
三成に何か差し入れでも買おうかなと考えたが、今日はもう会わないとあれだけ念を押されたので、その考えは捨てることにした。
運ばれてきた冷やを飲みながら、何となく周りに視線を投げてみた。
ぐるーっと店内を眺めると、いかにも仕事を終えて休憩中という人が殆んどだ。
三成と普通に喋れるくらいの関係に戻れるだろうか。
兼続が戻るまでの残された少ない時間、三成の隣にいたかったが、きっとそこまでは叶わないだろう。
そんなことを考えていると、寂しさが押し寄せてくる。
それを避けたくて、違うところに思いを巡らせると、およそ公の場には似つかわしくないくらい淫らな記憶が脳内を支配し始めた。
時間経過があまりない分、どんなことをされたか、具体的で鮮やかに思い出されて、厭らしく高ぶる気持ちが透けて見えやしないかと恥ずかしい。
色々と考えていると、頼んだ定食が運ばれてきたので、もう目の前の食べ物に集中することにした。
喋る相手もいないので、食べ終わるのに時間はそうかからなかった。
食後のお茶を飲んで、またなんとなく店内の様子を見ていると、ほかの客と目が合ってしまった。
きょろきょろし過ぎてしまったと反省し、すぐに目線を下げて、自然な風を装ったが、その人物は自分のほうを見たまま立ち上がっていた。
座っている此方へと近づいてくる。
その人物の正体に驚いた。
「また逢うたのう」
「えっ、なんで……ここに?」
そこには、彼、伊達政宗が何故かいた。
彼はさも待ち合わせをしていたかの如く、当たり前のように卓を挟んだ真正面の席に座った。
唖然としている自分を他所に、政宗はそれほど驚くこともなく笑っていた。
「偶然とは凄いものじゃ。広い町中で名無しさんに逢えるとはのう」
「なんか出来すぎてませんかね、こんなことって、なかなかないですよ」
「偶然というよりは運命やもしれぬぞ」
「うーん、確かに……」
初対面のときと比べ、彼の服装は金糸が殆んど使われていない地味な色合いだ。
でも、こうして近くでよく見ると高価なものだとわかった。
黒や深緑といった抑えめな色が活発な彼の印象を中和して、理知的な雰囲気を引き立ててくれている。
眼帯をした右眼を隠す長めの前髪は年相応に洒落ていて、端整な顔立ちがこの大衆の中でくすむことはなく、むしろ目立ってしまうくらいだ。
多分、本人は好きでやっているんだろうけど、見た目に手を抜かないところは異性の自分にとっても御手本にしたくなる。
「此処にまた来たのは、いわゆる、実地調査ってやつじゃ。
行ける範囲の町々を己が目で見るのが好きでな、ただしお忍びじゃからあまり目立たぬようにしておる」
政宗は、にっと笑ってそう教えてくれた。
前回の来訪でこの地を気に入ったらしいのだが、派手な登場の仕方だったがゆえ目をつけられてしまったのだ。
今回も予告なしにこの地に踏み入ったことがばれると、あまりよろしくないとのことだった。
「そんなわけで、三成には会う予定はないのじゃ」
城には近づかない、安心しろ、そうとも言いたいのだ。
「しかし御主、嘘はつけぬ性格じゃろ。
立場上、三成に告げ口しても構わぬぞ」
「う、うーん、そうですけど……」
「本音を言えば、儂は名無しさんと逢い引きしたい。名無しさんはどうしたい?」
秘密裏に政宗と接触するのは、決して褒められることではない。
だけど、もう会うこともないだろうと思っていた相手がすぐ目の前にいるのだ。
しかもその相手は魅力的な人。
嘘をつけないなりに、自分の気持ちに嘘をつくこともしたくはなかった。
「わたし、嘘をつくのは苦手です。
でも、見なかったふりとか、しらばっくれるのは……出来ます。それに……」
まるで誘ってくださいと言ってるようで、やや後悔するが、出してしまった言葉は今更なしには出来ない。
自身の大胆さが怖くなるが、間を置きすぎずに続ける。
「わたし、今日はもう三成と会うことはありませんから」
言い終えると、政宗は意外そうな顔をしたが直ぐに余裕綽々な顔に戻った。
「決まりじゃな。儂は、あそこに泊まっておる。陽が沈むまでには用を済ませておくから来て欲しい。人払いはしておく」
自分がなかなかハッキリと言えなかった分、察してくれた政宗が誘いの言葉をくれた。
指し示してくれた宿泊先がある方角を見ては、もう心臓が高鳴ってきた。
「楽しみにしておるぞ、またな」
政宗が小さく手を振って、席を立った。
店の出入口に待機していた従者であろう数名に二言三言、声を掛けたのち歩いていってしまった。
政宗とまた会って話せるのは正直、楽しみだ。けれど、不安も後ろめたさもある。
一旦、城に戻ってまた出直そうと席を立ち、勘定をしようとした。
「もう御代金はいただいていますよ。
相席していた殿方から」
店員が愛想よく、そう言ってきた。
いつの間に!
伊達政宗、彼はやっぱり隙がない。
つくづく思い知らされる。
既に彼の調子に乗せられていることが不安を益々煽ってきた。
胃が痛い。
***
夕方、薄暗いとはいえ、まだ女一人でも出歩ける時間帯。
来てしまった。
此処で時を過ごしていれば、一人で出歩けない夜が来てしまう。
だから一晩此処で過ごすことになるのだろう。
自分もいい大人だから無断外泊が禁止というわけではない。
でも、こっそりと会いにいくという行動が自分には重た過ぎる。
玄関前にはいかにも政宗の従者っぽい人がいて、じろりと見られたが、話しかけられるわけでもなかったので気がつかない振りをして宿場へと入った。
店主にそれとなく訊くと、二階が貸し切りとのことだった。
さすが、奥州王。
出張費もけちることないのだと勝手に想像してしまう。
階段を上がると数部屋あったが、戸が半開きになっていて空き部屋との見分けがつき、彼のいる部屋がわかった。
「政宗様」
戸の近くで呼び掛けると、彼はすぐに出てきてくれた。
「名無しさん、絶対来てくれると思うておった」
「絶対って……確信していらっしゃったのですね」
「そりゃそうじゃ。御主は嘘をつかぬし、儂も御主も久し振りに会いたい気持ちは同じじゃろ。ほれ、入れ」
政宗が手招きしてきたので、更に二三歩進み部屋に入った。
卓上に酒と少しの肴は置いてあるが、手はつけてない様子だった。
「待ち遠しくて堪らなかった。本来ならば、儂が出向くところ、こうして足を運ばせてしまって悪かったのう」
「いいえ、勿体ない御言葉をありがとうございます。
ここら辺では一番高い御宿ですよね。出張なのに豪勢です」
「当たり前じゃろ。もしかして現地妻と逢えるかもしれぬのに、ぼろい宿など相応しゅうないと思うておったからな」
「げんちづま?」
何かのたとえかと思って不思議そうにしてみると、政宗がそういえば、という様子で話し始めた。
「前にこの地を訪れたときに遡るのじゃが……当時、臣下の者たちは、御主のことを警戒しておった。
石田三成が姦策のために愛人を差し向けたくらいに思うてたらしい」
「あいじん?
いえいえ、わたし城に入ってるといっても一介の事務員的な存在ですし、どう転んでもそんな風に見えないはずですけど」
「儂が御主と出掛けたり、部屋に入り浸っておったことが割りと重く捉えられたらしいぞ。儂が色仕掛けに遭うたとか、謀殺されかけたのではとかな。
まぁ、噂に尾ひれがどんどんついたのじゃろうな。
で、儂はその場凌ぎの冗談で『三成に賭けで勝って、愛妾を奪ってやった!』と言うてみたら、妙に納得されてな。事態は収束じゃ。そこから御主は臣下の者たちのあいだで“殿の現地妻”として通っておる」
何てことだ。
だから玄関口で従者たちが自分を見る態度が少しおかしかったのかと思えた。
確かに政宗とは関係を持ったけど、伊達勢でそこまで話が発展しているとは。
政宗が自分の評判を守ってくれようとしたのはわかるけど、ある種の風評被害ともいえるのではないか。
「なんなら現地妻とはいわず、奥州に連れ帰っては、なんて言う者もおってな。それはそれは可笑しゅうて堪らなかった。
結論、名無しさんに対する嫌疑は消えとるから気にせぬよう」
「いやいや、気になりますって。
政宗様、もう少し別の冗談はなかったんでしょうか。
わたし、三成にとって何者でもないですし。
それに……現地妻っていうのも、どうかなぁと。政宗様にこういう風に時間を作って貰うことだって本来有り得ない身の上ですから」
「冗談も現実にすればよいじゃろ。
儂は是非ともそうしたい。御主を奥州に連れて行きたい」
「……わたしなんかが政宗様と会えるのは、非現実的な、夢みたいな出来事ですし、いい思い出になるなっていう感覚なので……深く考えて頂かなくていいので……」
口ごもりながら答えると、政宗に手を取られ引き寄せられた。
あっという間もなく、背中に手を回されて一気に距離が縮まった。
強引なようで、洗練された動作に心まで囚えられてしまいそうだ。
「夢ではない、現実じゃ。
現在進行中じゃから思い出にするにも尚早過ぎるぞ、それに……」
一拍置いて政宗が悪戯っぽく嗤った。
「名無しさん、儂のこと好きじゃろ?」
「えっ」
そうなのか?
……そうなのかもしれない。
だってここにいる自分は自分らしくない。
政宗に会うためにこっそり城を抜け出して密通紛いのことまでしている。
これはきっと……
「そうかもしれません」
「もっとちゃんと言うてみよ。儂のことを好いておるんじゃろ?」
「えっと……素敵な方だと思っています、政宗様は」
顎に手をかけられ見つめられている。
射抜くような一つの眼差しも、通った鼻筋も、得意気につり上がる薄い唇も、凄く凄く魅惑的で心の芯まで虜にされそうだ。
詰め寄られる感じに耐えられず、言ってしまって楽になりたいけれど、それでも『好き』とは言えない。
たった二文字、よく遣う言葉だけど、男女二人きりの今この瞬間、とても特別な言葉なのだ。
それに、脳裏にちらつく彼らの影が自分に待ったをかけてくるのだ。
「そう申すか。好き、と言わせたいのじゃがな、やはり御主は完全には堕ちてくれぬよな」
そう言うと政宗は目線を外すと上を見て、うーんと考える仕草を見せた。
迫ってきたときの色っぽい様子とは異なる政宗の姿をつい可愛いと思ってしまった。
「まぁ、よいことにする。言葉ひとつに拘りすぎていては前に進めぬしな」
政宗は近づけてきていた顔も体も離して表情を切り替えていた。
「ところで名無しさん、何かあったじゃろ。今日の御主は前会うたときと変わっておる」
「そうですか?」
「うむ。ただ控えめで受け身だったのが、行動的で危なっかしく感ずる」
一度会っただけともいえる間柄なのに感づかれたのだろうか。
やはり自分は見た目も中身も分かりやすい単純なつくりの人間なのかと少々悲しくなってくる。
「何もなければ昼間のように積極的な言葉で儂を煽ることなどせぬじゃろう。
ほれ、話してみよ。何か抱えているものがあるなら、よい助言が出来るやもしれぬし」
そう言って政宗はどかっと胡座をかいた。
自分が話すのを待っているのだ。
今度こそ、こちらが何か言うまで引き下がらなそうだった。
「……かい摘まんでいうと、喧嘩をしたんです」
「三成とじゃな!」
「う……そうです。
一悶着あったのち、一人で仕事をしたいから、と言われ、午後から暇を貰いまして」
「ふむ、三成は儂の恋路を邪魔する。
あやつの為になりそうな話はしたくないが……、ここは名無しさんのために聞くとする」
明るいうちから、ふしだらなこともやらかしました、とは当然言えないので、その部分をはしょったが、部屋を追い出された件を説明すると政宗は声高らかに笑い出した。
「わからぬか?
つまり三成は頭を冷やしたいから一人になりたいと言うたんじゃ。御主に悪いと思うて反省しておるんじゃ。
存外可愛いところがあるではないか」
「そうですか?三成がわたしに謝ってきたことなんてないし、信じられませんが」
とはいえ、よくよく過去のことも思い返してみる。
そういえば、言い合いになったときとか、三成は黙ってむっとしていることも多かったけど、突然離席して戻ってきたかと思えば普段の調子に戻っていたこともある。
その当時はわからなかったけど、彼なりに悪いと思っていた……なんてことがあったのかも。
「三成とは一緒に仕事をしている時間が長いのに、気づいてあげられないものですね」
理解していないことがまだまだあるのかもしれない。
うまく付き合えるようになったと感じていたが、それは自惚れだったかも、と思わざるを得ない。
「……と、まぁ今は、傷ついた名無しさんの為、奴に仕方無く助け舟を出したわけじゃが儂は男として石田三成を全く薦めぬ。
顔はいいが中身は子供っぽいし、ねじ曲がっておる」
顔はいい、のところが面白くて吹き出してしまった。
「それに比べ儂はおすすめじゃ!名無しさんを傷つけたりはせぬ。
立場上、策謀は得意じゃが、分かりやすい性格だと自負しておる。
儂と一緒になれば、傍らで良き世を創りゆく様を見せてやるぞ」
にっこにっこと笑いながら自らを売り込んでくる彼は、君主様というよりは商才がありそうだ。
前世は大商人だったかもしれない。
「政宗様、ぐいぐいと来ますね、積極的……」
「そりゃ、御主と過ごせる限られた時間の中で全力でぶつからんでどうする。躊躇っていては欲しいものなど直ぐに手からすり抜けて行く。
恋も政も戦も同じ、時機の見極めが肝心じゃ」
「すごーく説得力があります」
「じゃろ、そのときに出来る最善を尽くさぬと後悔する」
政宗の話は面白いし楽しい。
政宗自身が面白くて、人を惹き付ける才気に溢れている。
無理をしてでも会いに来て良かった。
きっと、会わなかったら後悔していた。
「ん、なんじゃ?」
つい声を出して笑ってしまうと、政宗が首をかしげて聞いてきた。
「政宗様と喋っていると、楽しいんですよ。正直、現地妻のことも笑い話に出来るくらい」
「それを聞いて、ひと安心じゃ。
済んだこととはいえ、御主に悪評が立ったようで、結構気になっておった」
「お心遣いありがとうございます。
わたし、今日がこんなに楽しい日になるなんて思っていなかった、本当に……」
――夢のようです、
そう口にすると、政宗の笑顔がなんとなく揺らいだように見えた。
「名無しさん、御主……少し嘘をついておるところがあるじゃろ」
「え、何が……ですか?」
「儂と過ごす時間は非現実的なままでよいと言うておった。
でも、御主は、そういう風に割りきれる性格ではないと思う。
一夜限りとか一回限りの関係なんてのは本意ではない筈。
月並みな表現じゃが、普通に一人の男を好きになって恋仲になりたいという望みがあるじゃろう。
でも、望んでいるものと現実がかけ離れていて、悩んでおるのではないか?」
「そんなことないですよ、平気だから此処に来たんです」
誤魔化すように小さく笑うと、政宗が優しく頭に手を置いてくれた。
「無理せんでよいぞ」
政宗の口調が優しくて泣きそうになるけど、ぐっと我慢した。
「平気……って言いたいけど、本当はそんなに平気じゃないんです」
「それでよい、儂の立場に合わせようとしなくてよいのじゃ。
実は、儂だって普通の恋愛に憧れておるぞ」
本当ですか?どうしてですか?なんて返答をしたかったが、声を発すると涙が出そうなので、黙って聞くことにした。
政宗は、ゆっくりと落ち着き払った声色で話し始めた。
「儂は、家を継ぎ、国を創る立場を選択したゆえ、私人としての自由なんて無いと理解はしておった。
でも、政治のために好きでもない、顔も知らぬ女を押し付けられるのはな、苦痛じゃった。家来達の前では言えぬが儂も人間じゃ、凄くすんごくイヤでしょうがなかったのじゃ。
してな、その恋愛とも呼べぬ恋愛模様を常につぶさに監視されるんじゃぞ。
それこそもう色々じゃ。
心休まるひとときなど無いに等しい。
詳しく言えば……キリがないが、まあ、そんな訳で普通の恋愛に憧れた。名無しさんと同じじゃ」
政宗は明言を避けたが、何を言わんとしていたのか察しがついた。
何処かで耳にしたことがあるのだ。
閨まで覗かれ、そのときの会話も何もかも全てを聞かれてしまうなんてことを。
想像しただけで、ぞっとする。
「政宗様はとても大変な思いをされていらっしゃる。わたしなんかよりも、ずっと」
気の利いた言葉が浮かばず、それしか言えなかった。
悩みの種はなくなったわけではないが、共感してくれる政宗の言葉には、とても救われた気がした。
「あ、でも年を重ねるごとにかなり自由になったぞ。仕事はちゃんとやるからそのへん好きにやらせろと言い続けておったら、本当にそうなったんじゃ。
だから、こうして邪魔されずに御主と会えておる」
政宗は、暗い話になりすぎないように笑いながら軽い調子で語ってくれる。
彼らしい気配りは心に染み入るものだった。
「少し、楽になりました。わたしは、もう少し自分に素直になることを許してあげたいと思います」
目に浮かんでいた涙はもう幾度となく零れてしまっていた。
「それでこそ名無しさんじゃ。
儂はな、御主の前ではのびのびと出来て心地好いんじゃ。素直な御主が好きなのじゃ。他にも沢山理由はあるが、今一番言いたいのはそこじゃな」
「ありがとうございます」
涙を拭って政宗を見ると、頬をつんとつつかれた。
「今言うのも不謹慎じゃが、御主は泣いた顔も可愛いのう」
「構いませんよ、政宗様にそう言っていただけるの、嬉しいです」
「不謹慎ついでにもうひとつ言いたいことがある」
「なんですか?」
「名無しさんと繋がりたいのじゃ、心も躰も。簡潔にいうと、抱きたいってことじゃ」
政宗が、はにかみながら言ってくれたこの言葉も、頬に触れている手から伝わってくる体温も、どちらも心地好かった。
「はい。わたし、泣いているくせにおかしいかもしれませんけど大丈夫ですよ」
「そうか。ではあちらに移るぞ」
「あ……はい」
政宗が衝立を隔てた寝床を指差して言った。
其処には大人二人で寝てもまだ余裕がありそうな立派な寝台が置かれている。
「折角、豪勢な宿なのじゃ。
これも、とことん楽しまねば勿体ないじゃろ」
「そうですね」
いつもの歯切れのよい政宗の口調に戻っていて、また笑ってしまう。
これから躰を重ねるなんて思えないくらい底抜けに明るい雰囲気だ。
寝台に上がると、政宗は抱きしめて口づけをくれて好きだとささやいてくれた。
まるで普通の恋人同士のように。
服を脱がされ、直に肌に触れられる――そんな甘い空気が色濃くなりつつあるとき――
……そういえば!と、突然思い出したことがあった。
これは、今言っておかなければいけない。
「政宗様!」
「なんじゃ、いきなり?」
「お昼ご飯御馳走になり、ありがとうございました。お会いして直ぐに言うべきところ今更になり申し訳ございません」
「今、それを言うか!御主は、やっぱり……面白い女よのう」
【Zeal‐unlikely‐】
‐End‐