hypocrisy
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蓋を開けてみれば戦と呼ぶほどのものではなく、質の悪い牢人が徒党を組んで幅を利かせている程度のものであった。
幸い話の通じる相手だった為不要に血が流れることもなかった。
彼、前田慶次を連れ立って往く程のことでもなかった。
「此度の件、慶次には退屈だったろう」
「あんたといて退屈なことなんてない」
そんな有難いことを言ってくれる彼の誘いで、街に出て飲み屋を探していた。
言わずもがな、お互い浴びるほど飲む派だ。
明日は出立し帰還するだけなので、今夜はゆっくりと羽を伸ばすつもりだ。
適当な場所を探していると、ふと目に入った店があった。
「斯様な場所、義と愛に反するな」
此処は、所謂金で女を買える店だ。
多分、この街一番の立派な建物だろう。
不浄なところには金が集まるものだ。
建物正面の軒下には区切られた空間が六、七つほどあり、卓と椅子が置かれ、着飾った女がいる。
座って飲食しながら女と談笑するための個室、というわけだ。
各々簾が上がっていれば空き、下がっていれば使用中、のようだ。
更に金を積めば建物の中に入って『お楽しみ』も可能なのだろう。
今は四つ空きがあり、入ろうと思えば可能な状況だった。
「あんたがそう言うんだ、他をあたろうぜ。俺は旨い酒が飲めれば何処でもいい」
そう言いながら通り過ぎていく慶次はある女を食い入るように目で追っていた。
本当はここに入りたかったのだろうか。
否、考えづらい。
確かに前田慶次は豪快だ、傾奇者だと言われている男だ。
女を侍らせて大酒飲みするところに同席したこともある。
一見好色な風を連想させられるが、彼が女に対して厭らしさや不埒な視線を投げているのを見たことがない。
性的な欲を表に出さないのだ。
そういうところは実に緻密で巧みだ。
そんな彼があんな様子だったのはこの店に入りたい訳ではない別の理由があるのかもしれない―――
一方、自分は別の女が気になった。
建物正面から数え最も端の個室にいる女だ。
目を引く印象を受ける、何故だろうか。
店を完全に通り過ぎようというところで慶次が不意に歩を止めた。
「なあ兼続、今の……どこかで見た顔だと思ったんだが、なんとなぁく雰囲気が名無しさんに似てるんだ」
「そうか?見てみようか」
慶次の率直な感想は、自分が気になる女に対するものだった。
見透かされたようでどきりとしたが、同時にそういうことか、と自分では気づけなかった『気になる理由』が分かり納得した。
再度注意して見ると、確かに髪色や前髪の分け方などは名無しさんに近い気がする。
あのように髪を結い上げた名無しさんを見た憶えもある。
しかし、似て非なるもの……と言うにも及ばない。
明らかに幼いのだ。
こういうのを好む輩は一定数いるから需要がありそうだ。
蛇足な考えを巡らせていると、彼女と目が合ってしまった。
教えられたとおりの所作で誘ってくる姿はぎこちない。
見ていて、いたたまれなくなってくる。
目の前まで近づき、ある決意を持って問い掛けた。
「そなたは愛する人はいるか?」
唐突な問い掛けにきょとんとしているが、はっとして間を繕うように微笑んだ。
「はい、森を抜けた隣村に父母、きょうだいがおります」
自然に零れた微笑みは慈愛に満ちていた。
彼女の本質はこれだと直感する。
「そなたは此処から出るべきだ。店主とは私たちで話をつける。愛する家族の元へ帰るがよい」
その後はあっという間だった。
此方側の身上を明かし店主に詰め寄ると、文句なく首を縦に振った。
自分の背後にいた慶次の威圧感も効果覿面だったようだ。
彼女には十分過ぎる銭を握らせ、慶次の馬で家の近くまで送ってやった。大した距離ではないとはいえ、慶次は瞬く間に戻ってきた。
漸くありついた酒と肴を前にして上機嫌だ。
「さっきは義と愛に生きる漢を魅せてくれたねぇ」
「いや、そんな高尚なものではないんだ」
「俺が名無しさんに似てるって言ったことが引っ掛かったから助けた……そう言いたいのかい?」
「あぁ。慶次が言わなければ見過ごしていたかもしれない」
「兼続、あんたなら俺が何を言おうが言うまいが関係なく手を差し伸べているさ」
「………だといいがな」
「そうさ、あんたはそういう御仁だ」
ははっと笑うと慶次は大きな一口で酒を煽った。
「まぁ、俺の見間違えだ。名無しさんには似てなかった。
俺の知っている名無しさんは、もっとずっといい女だ」
「うむ、同感だ」
慶次はそう言ってくれるが、少女を助けた動機はやはり不純だ。
弱きを助くという志よりも名無しさんと重ね合わせたという私情が先立ってしまったからだ。
それに、もしも、だ。
少女が少女ではなく女だったら―――
もし慶次が一緒ではなかったら―――
名無しさんの面影を求め、金を払って抱いていたかもしれない。
有り得なくもない………かもしれない。
己の浅ましさと危うさにぞっとする。
時と場合によって義と愛の信念など微塵もない低劣な男に成り下がる畏れもあるのだ。
……さて、もう可笑しな仮想はやめて、酒に逃げるとしよう。
もうすぐ名無しさんに会えるのだ。
早く、会いたい。
雑念を払うように一息に飲み込んだ。
「ところで慶次、助けた彼女とは別に、じっと見つめていた女がいただろう。ああいうのが好みなのか?」
「なに、大した理由じゃない、酒が強そうな顔に見えたからさ」
「なるほどな、お前らしい」
【hypocrisy】
――End――