短編夢
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「うむ・・・。そろそろ頃合いか。」
「美味しそうな香りがしてきたわね。」
「あともう少しだな。」
耳を澄ますと、中の具材が煮込まれている音が静かに響く。
小官の見立てではあと数分と言ったところか。今夜の食事は柔らかくなるまで暫く待つ必要がある。
だがその分、スープにも素材の旨みが染み込み内も外も無駄なく食すことが出来る。日々、自然の恵みに感謝だな。
名無は料理が出来るまで星を眺めていたようだが、香りにつられて火の傍まで来ていた。
これだともうそろそろ姿を見せる二人にも良い料理が振る舞える事だろう。
「______・・・・・おや?珍しく私達以外にも客人がいますね。」
「・・・あん?誰だ・・・あの女?」
「銃兎、左馬刻。ちょうど良いところに来た。もうすぐ出来る、そこに座るといい。」
今日はラップバトルの打ち合わせも兼ねた良い親睦会になりそうだ。じきにこの空気も変わることだろう。
・・・それに銃兎は名無と会うのは久しい。小官は今暫く調理に専念するとしよう。
「お久しぶりですね、名無さん。お元気でしたか?」
「久しぶりですね銃兎さん。・・・横の人が左馬刻さんですね?」
「銃兎、こいつ知ってんのかよ。」
「そう警戒するな。・・・この人は理鶯の恋人だ。」
「あぁ!?理鶯、お前女が居たのかよ!?」
火を囲むようにして座ろうとした左馬刻が驚いて小官の方を見ている。
そういえば左馬刻には話していなかったか・・・。思い返してみれば話す機会もなかったな。
「ああ。チームを組む前からの付き合いになるな。」
「初めまして、左馬刻さん。苗字名無と申します。理鶯から話は聞いているのですぐ分かりました。」
「ほお・・・。俺達の事知ってんならわざわざ紹介はいらねえか。
チーム組む前っつーことは、銃兎よりも理鶯とは長ぇんだな・・・。」
「____出来たぞ。そろそろ食事にするか。」
鍋の火を弱めてそれぞれの椀によそう。この瞬間が小官にとって最も胸躍る時といっても過言ではない。
湯気から漂う香ばしさと、素材本来の香りがスープに溶け込んでいる。うむ、見た目からも柔らかく煮立っているな。
今日は飯盒の白飯もある。少し和風仕立てなので左馬刻や銃兎も気に入ることだろう。
「ふふ、今日のも美味しそうね理鶯。この長くて柔らかそうなのは何?」
「それは虫の____」
「ああ、理鶯!!えっと・・・今日は私、軽食を頂いてきたので左馬刻の分を多くよそってやってくれ!!」
「あぁ!?いや、その、銃兎もさっき山登って疲れてるっつってたからこいつまた腹すかせてると思うぜ!!」
「心配しなくてもおかわりの分はある。遠慮せず、食べてくれ。」
「「・・・・・・・・・・。」」
ふふ、二人共欲しがりだな。白米の方を見つめているので多めに炊いて正解とみた。
「じゃあ皆さん食べましょうか!・・・・それじゃあ、頂きます。」
「い、イタダキマス・・・・。」
「・・・・・・・。」
名無の一声で皆祈るように料理に手を合わせる。この静かな一瞬も、また食事の醍醐味といったところだな。
_____それから少しして。先に口を開いたのは名無だった。
「今日のも美味しいわね・・・。私も理鶯くらいお料理上手になれたら良いんだけれど・・・。」
「この間、名無が作っていたカレーは旨かったぞ。それに名無は仕事もあるのである程度は仕方がない。」
「そうだけど・・・理鶯ほどスパイスの使い方とかは手慣れてないわ。まだまだ教えてほしいくらいよ。」
「なら今度教えにいこうか?」
「良いの?・・・ふふっ、理鶯は教え上手だものね。有難いわ。」
名無と話していると自然と笑みが溢れるな。
静かな一人食事も良いが、やはり誰かと共に過ごすのが良いと改めて実感する。
「・・・お二人共、本当仲が良いですね。何も変わりないようで安心しましたよ。」
「・・・銃兎。こいつらいっつもこんななのか?」
「そうだな。前会った時もこうだったか・・・。」
・・・む。少し名無との会話に夢中になってしまったな。
食事もそこそこに二人の視線を感じた。最もこの至近距離ではコソコソ話していても丸聞こえだが。
「気になるのか?」
「まあどんな奴かぐらいは俺様も気にする。今後関わってく奴なら余計な。」
「そうですね・・・。理鶯。左馬刻の警戒を解く為にも、お二人の馴れ初めなどを話してみてはどうですか?」
「・・・ふむ。今日はラップバトルの打ち合わせと聞いていたのだが・・・。」
「・・・理鶯、私なら大丈夫。左馬刻さんに嫌われたくないもの・・・。話してあげて。」
・・・少し話すのを躊躇ったが、名無にも伝わってしまったようだな・・・。よく小官の心情を把握している・・・。
あまり名無にとっては良い話ではないだが、本人から許可が出たのならば話のタネになるかも知れない。
・・・それに。ここで話さずにいてチーム活動に支障が出るのは誰も望んでいない。左馬刻がある程度警戒しても当然だろう。
「_____分かった。打ち合わせは話が終わってからデザートの時にするとしよう。」
「うっ・・・!?」
「で、デザート・・・!?」
「あれは小官がここに拠点を置くのにも慣れた頃だった・・・・。」
あの日は・・・既に日も暮れていて辺りが暗くなっていた。街にしても森にしても、夜はあまり動かない方が良い。
少し街へ買い出しに行った帰り道。森の半ば付近で何か異変を感じた。
最初は獣かと思ったが・・・罠にかかった訳ではない。近付くと、憔悴しきった様子の女性が倒れていた。
(見知らぬ女性だ・・・。・・・道に迷ったのか?・・・にしても、これは只事ではない・・・。
街へ降りて助けを・・・。いや・・・。それよりここからだと小官のベースに連れて行った方が早いだろうか・・・。
・・・・事態は一刻を争う。・・・・致し方ない。)
その女性を担ぎ、急いで小官のベースへ連れて行った。息はあるが気絶しているようで、放っておけば危険な状態だった。
すぐ救命措置に取り掛かるとその者は落ち着いたように眠り始めた・・・。
詳細は不明だが、女性一人でたいした荷物も持たずに山へ来るなど無謀すぎる。何かあてがあったとも思えない。
・・・・正直なところ、ある程度の予想はついているが・・・確証を得ない。
「______・・・ん・・・・?ここ・・・・は・・・?」
「・・・気が付いたようだな。」
数時間後。その者は目を覚まし、不思議そうにテントの真上を見つめている。
まだ体を動かすには支障があるはずだ。横たわったまま小官の顔をまじまじと見ている。
「暫く動かない方が良い。まだ体は痛むか?」
「・・・・いいえ・・・・。それより、貴方は・・・?」
「小官は毒島メイソン理鶯。この森に拠点を構えている。」
「・・・・・森・・・・。」
「・・・・さあ、出来たぞ。腹が減っているだろう、何か口に入れるといい。」
ゆっくりと身体を起こしてやり、小官の夕食でもあったスープを手渡した。
・・・随分と目が輝いているようにも見えた。よほど腹が減っていたと見える。
少し啜ると一言「美味しい・・・」と呟いて黙々と食べ始めた。
「・・・・食べた事ない、味がするわ・・・。・・・何を使っているの・・・?」
「蛾の幼虫をスープにしたものだ。それにいくつか栄養のある野草を加えている。」
「・・・・・・。」
目を細めて、何かを思うように一つ頷く。そして一滴残らず完食すると静かに手を合わせた。
「・・・・ごちそうさまでした。とても美味しかった・・・。」
「それは良かった・・・。」
「・・・ごめんなさい。自己紹介が遅れてしまって・・・。
私は苗字名無。・・・・・助けてくれたのね。有難う。」
「いや・・・・。それより、今日は夜も遅い。明日の朝、下まで送るのでゆっくり休むといい。」
「・・・・あのっ・・・・。・・・・・いいえ、分かったわ・・・。今日はとりあえず・・・休ませてもらうわね・・・・。」
何か言いたげではあったが・・・。言葉を飲み込むと目を伏せてまた眠りについてしまった。
少し怪しげな人物とはいえ、女性と同じ場所に寝る訳にはいかない。
すぐ隣りにまた別のテントを張っているので、見張りがてら小官はそちらにて一晩様子を見ることにした・・・。
_____その夜。深夜帯になり、隣りのテントから人影が出るのを確認した。
その影は少し出た辺りで動かなくなり、数十分もそこに留まっている。
少しテントの隙間から覗くと。苗字は夜空を見上げて静かに涙を流していた・・・。
「・・・・・・。」
事情は不明だ。深く関わるのはあまり得策ではない。
・・・一時そう思ったのだが、女性がああしてずっと泣いているのを黙って見ているのもどうかと思ったのだ。
なので音を立てぬようテントから抜け出し。そろりと苗字に近付いてみる。
「・・・・大丈夫か。」
「・・・っ!?ごめんなさい・・・・・驚かせてしまったかしら・・・。」
「構わない。良ければこれを使うといい。」
驚いた苗字は慌てて涙を指で拭う。そして恥ずかしそうに俯いてしまった。
とりあえずだが、街へ持参する用の簡素なハンカチを手渡す。
「・・・有難う。」と小さく返事すると、ハンカチを目元に当てて少し顔を隠した。
「・・・変って思われるかも知れないけど・・・。私・・・こんな満天の星空を見たことがなかったの・・・。
こんな景色は・・・テレビや写真の中の、私とは関わりのない世界だと思っていたから・・・・。
本当に綺麗で・・・森の奥にこんな景色があるなんて知らなかった・・・。
都会だと、建物や人工物で見えないものが多すぎるのっ・・・。・・・・・・だから・・・つい見惚れてしまって・・・・。」
「・・・何も変ではない。ここの澄んだ空気は街よりも星空が近く感じられる場所だ。
貴女がどのような生活をしているかは測りかねるが、その精神はとても素敵だ。
まだ見ているのなら温かい飲み物でも淹れよう。体を冷やすのは良くないからな・・・。」
「・・・優しいのね、毒島さん・・・。・・・頂戴してもいいかしら?」
先程とは違い、苗字はどこか明るく穏やかな笑顔になった。顔付きの違いに小官も安心する。
また少し焚き火を灯すと、取り急ぎではあるがハーブティーを振る舞った。
椅子代わりの切り株に二人で腰を降ろすと。何を話す訳でもなく、暫くの間星空を眺めて過ごした・・・・。
・・・・翌朝。太陽がそれなりに昇った頃。苗字が起きてきたので朝食を振る舞う。
その際にも幾度となく小官に感謝の言葉を述べてきた。余程昨晩の出来事が嬉しかったのだろう。
朝食を終えると山を下りる。苗字が名残惜しそうに、何度も小官のベースを振り返っていたのが印象に残っている。
苗字のペースに合わせ、最短距離で降りれるルートを選んだ。
なので数時間経つかというところで、目的地が近いのを察する。
「・・・・・そろそろ街が見えてくる頃だろう。車の音が聞こえてくるな。」
「・・・あ・・・あのっ・・・・。毒島さんっ・・・!!」
「・・・?」
すると、苗字が足を止めて何か訴えようとしている。
時々そわそわと様子がおかしかったのだが関係しているだろうか?
「あの・・・迷惑かも知れないけれど・・・・お願いしたい事があるのっ・・・・。」
「どうした?小官に出来る事であれば良いが・・・。」
「______私の方が落ち着いたら・・・またあの野営地に来てもいいかしら・・・・?」
小官のベースに、か・・・。警戒している訳ではないが、一応理由を聞いておくか。
「・・・理由を聞かせてもらおう。」
「・・・・貴方の邪魔にならない程度でいいの・・・。時々でいいから、あの星空をまた見たくてっ・・・。
それに、毒島さんの料理が食べた事ないくらい・・・本当に美味しかったから、また改めてお礼もしたいの・・・!
っ・・・図々しいお願いなのは分かってる。でも・・・私・・・・。」
小官の瞳に映る苗字は、必死に見つめ返してくる。
その表情や声色は、嘘偽りないものだと判断出来た。
この女性は・・・・どこまでも純粋なのだな。
「・・・了解した。またいつでも、小官のところへ来るといい。」
「・・・!!」
「ただし。この森には小官の仕掛けた罠が配置していたり、野生動物の生息地になっているので危険だ。
貴女が来る際には必ず小官に連絡をしてくれ。そうすれば安全なルートで案内しよう。」
「ええ・・・勿論そうさせてもらうわ!本当に有難うっ!」
うむ。出会った時よりも確実に笑顔が輝いて見えるな。
立ち振舞は成人の女性なのだが、笑った時の顔は少女のように可愛らしい。
小官もそんな顔が見れて、どこか嬉しかった。
・・・苗字を街まで送り、別れる間際に互いの連絡先を交換した。落ち着いたら、と言っていたがそれはいつになるのだろうか。
_____それから暫く経った数週間後。
夕食を終えた、星空のよく見える夜だった。苗字から連絡があり、また野営地へ来たいとの事だった。
その時はちょうど小官特製のハーブティーを飲んでいた頃だったな。
苗字に会う日はそう遠くはなかった。休みに予定を合わせ、日も明るいうちから山の麓で合流した。
「有難う、毒島さんっ。わざわざ迎えに来てくれて。」
「構わない。苗字は元気そうだな。」
「ふふっ・・・。あの時に比べるとね。やっと本調子が出てきた感じなの。」
山に登るがてら、嬉しそうに近況を報告してきた。
体調なども順調に回復したようで、この日が楽しみで仕方がなかったのだという。
嬉々と話す姿に思わず小官もつられて笑みが溢れた。話し込んでいると頂上に着くのもあっという間に感じたな。
星空にはまだ当分かかりそうなので、野営地内を案内しようかと考えていたのだが・・・。
「毒島さん、早速だけどこれ。良かったら使ってほしいの。」
「・・・!この野菜は・・・?」
「無農薬の野菜よ。お礼に何が良いかなって考えて・・・結局これぐらいしか思い浮かばなかったの。
もし良ければ日々の料理に役立ててほしいわ。」
テーブル代わりの切り株に色とりどりの野菜が置かれる。
荷物の大半はそれのようで。人参やごぼう、小ぶりのキャベツにじゃがいもなどもあるな・・・。
「・・・では、有り難く今夜の食材として使わせてもらおう。ちょうど良い色彩にもなる。」
「良かったわ!私も邪魔にならないようだったら手伝わせて!」
「苗字は積極的だな。とても助かる。
・・・まだ日暮れまで時間もある、この辺りを案内しよう。」
そうして野営地内の畑や川などを案内した。苗字は好奇心旺盛で、どの物事も真剣に聞いていた。
特に自然に関する栽培や狩りの方法には興味があるようで、説明すると質疑を繰り返しては何度も頷いていたな。
「森で生活するってやっぱり命を頂くわけだものね・・・。日々の植物が育つ事すら大変なのに管理が凄いわ・・・。」
「ここは危険も付き纏うが、油断せず邁進する事が軍人としての基本だ。
驕らずに目の前があってこその明日だと小官は考えている。」
「・・・・・素敵ね。驕らずに、か・・・。私は貴方のようにはなれないけれど、毒島さんの精神力は見習わないといけないわ。」
一瞬だけ、何か思い詰めたような顔をしたがすぐまた小官に微笑んだ。
苗字の考えはまだ掴めないでいるが、怪しい人物でないのは既に調査済みだ。今は彼女の疑問に色々応えるとしよう。
____夕日も沈み、月と星が代わりに顔を出す。その様子に苗字も嬉しそうだった。
「・・・・こうして星空の下でご飯を食べれるなんて・・・・人生でこんな日が来るとは思ってなかったわ・・・。」
「・・・うむ。やはり食事は誰かと一緒の方が旨いな。」
「今日のスープは透明だから、星空が反射してとても綺麗ね。本当に自然を頂いてる感じがするわ。」
「・・・なかなかに詩人だな。違う視点で食事をしてみるのも、また良きものだ。」
小官一人では気づかぬ視点を苗字は持っている。
そういった気づきもサバイバルをする上でまた重要だ。こうしたたまの来客も良い刺激になるものだな。
「______あのね・・・毒島さん・・・・・。」
「なんだ?」
「・・・私の事、会ったばかりなのに本当に良くしてくれて・・・。感謝しているわ・・・。
でも貴方は、不思議と私の事情を聞かないのね・・・?どうしてあんなところで倒れてた、とか・・・。」
「・・・・・・・。」
ピタリと苗字の食事が止まる。その悲しげな表情は、出会った時を思い出すな・・・。
小官の調べで一般市民である事は突き止めているが、詳しい事情はまだ知らないでいる。
「他人の事情をあまり深く詮索するものではないと判断した・・・。
それに、ここに来て嬉々としている苗字にあの時の話をするのは野暮だと考えたからだ。」
「・・・・・やっぱり優しいわね、毒島さんって・・・・。私、あの時よりも今は落ち着いたから・・・もう大丈夫・・・。」
俯いたままの苗字は「少し長くなるけど・・・」と前置きしつつ、事の成り行きを説明し始めた。
「・・・・・私、凄く信頼していた人がいたの。前に良くしてもらった人で、まるで親友かそれ以上に仲が良かった。
・・・でもそう思っていたのは私の方だけで・・・。私の勤めていた会社の経営が悪化している話をした数カ月後・・・。
その人は、私の貯金や家財を全て奪って姿を消した。・・・・・・目の前が真っ暗になって・・・何が起きたか理解出来なかったわ。
案の定勤めていた会社は倒産するし、その人を探しに行ったら怖い人に追いかけられたりもした・・・・。」
「・・・警察には連絡しなかったのか?」
「最初は何かの間違いで帰ってきてくれるとさえ思ってたから。・・・でも・・・やっぱりそんな事なくて・・・。
それに、こんな事情を話せる相手もいなくて・・・絶望したわ・・・・。警察に行ったのもだいぶ後だったし・・・。
だから最初・・・・あの山で私、死のうとしてた。・・・・・でも・・・・いざとなったらそんな事出来ない惨めな自分がいたの・・・。
それでそのうち、お腹がすいて木の実でもないかと思ってふらふらしてたら気を失ってて・・・。馬鹿みたいな話よね・・・。」
何もかも失い。判断力が鈍った突発的な行動の果てにああして倒れてしまったらしい。
迷っていた可能性も視野に入れていたが、あえて森に留まっていたのだな・・・。
「______正直、検討はついていた。」
「・・・・・・・。」
「稀にだが、あの場所を死に場所にしようとする者はいる。その度、小官が見つけ次第対処をしているが。」
「・・・・私も、その中の一人だって事よね・・・。」
「・・・・苗字の場合。自殺の可能性と森で迷った可能性が半々だったのだが、話を聞いて納得した。
人は森で道に迷うと下りる事を考えて麓を目指す傾向にある。・・・だが苗字は思いとどまり、生きる道を選んだ。
だからこそ頂上へ向かって倒れていたのだな。」
小官の言葉に一瞬だけ顔を上げると、力なく笑ってまた食事を再開した。
自嘲しているような笑みでまたぽつりぽつりと話し始める。
「・・・良い風に言えばそうなるわね・・・。でも貴方に迷惑をかけている事には変わりはないわ・・・。」
「だがそれで一人の一般市民の命が救われたのならばそれで良い。
よく野生動物に気付かれずに一命を取り止めたものだ。」
「本当に・・・自分でもそう思うわ・・・。だからこそ、毒島さんやここに出会えた事は私にとっての転機だったの。
絵空事だった世界が現実にあって・・・・自然の中で生きる貴方を見ていたら、私も生きるのを頑張ろうって思えたから・・・!」
「ならば良い。・・・小官も苗字のような価値観を持つ女性に出会えたのは僥倖だ。
これっきりと言わずに、またいつでもここに来ると良い。・・・・歓迎するぞ。」
「・・・・ふふっ。じゃあまた、遊びに来ようかしら!」
話しているうちに、苗字の表情はみるみる明るくなり可愛らしく微笑んだ。
街の人混みに居る中で、自分自身を見失っていく者は少なくないと聞く。
傷心した精神がこの場で癒やされているのならば構わない・・・。小官はそういった者に尽くすのをとても有意義だと感じる。
苗字は、その後も何度も足を運んでここへ来た。
ある時は星を見る為に。ある時は食材について興味を持った為。
「・・・どうした?興味があるなら、こちらへ来るといい。」
「良いの・・・?じゃあなにか手伝うことはあるかしら?」
「では・・・小官はスープの具材を仕立てる。苗字は野菜の方を頼めるだろうか?」
「分かったわ。一応一人暮らしが長いからある程度は出来るはずよ。」
自負するだけあって調理の仕込みも問題なく進む。任せて正解だったな。
スープを煮込んでいる間、保存食である虫や他の肉類にも興味があるようだった。
「そんなに見つめても、今日はその食材は使わないぞ。」
「あっ・・・ごめんなさい。こういう虫とか自然のお料理って都会ではまず見かけないから珍しくて・・・。
どこかでは佃煮にして食べたりするとは聞いてたけど、あんな味になるのも不思議で・・・。」
「苗字は自然の物事に興味があるのだな。きっと良き軍人になれる。」
「ふふっ、有難う。でも毒島さんほど体力もないから、私はまだまだ憧れるだけになりそうね。」
調理などの説明をしていると程なくして料理が出来る。
こうした日々の中。たまに顔を見せる彼女を、小官はいつの間にか楽しみにしていた。
・・・どうやら彼女もそうであったらしく、気が付けばある時から呼び名も変わっていたな・・・。
「・・・・ねえ、理鶯さん。もしかしてこの星空の中に星座ってあるの?」
「ああ。星座は目を引く星同士を結び合わせ、形につなぎ合わせたものだ。
ここからだと今はオリオン座がよく見えるな。」
「オリオン座・・・・。始まりはどの星・・・?」
「それはだな・・・」
星の煌めきを数える夜。隣りで目を細めて笑う横顔が、小官の中で温かな想いを募らせた。
だが夜遅くまで彼女を留まらせるのは危険だ・・・。基本は夕飯を終えて星を眺めたら家まで送らねばならない。
「寂しいけれど仕方ないわね・・・・。」
と小さく呟く姿に、どこか胸が痛む。小官も同じ気持ちだ。
本来ならば小官の野営地は危険な場所であり、小官が居るからこそ安全が保証されている。
あまり彼女を・・・・。名無をこの場へ誘ってしまうのも。小官の我儘なのかも知れないな・・・・。
ある日の事。あいにくの天気で、テントの中で話をしている時。名無へ疑問を聞いてみた。
「・・・・名無。一つ聞きたいのだが、天候の悪い日でも小官のところへ来る理由はなんだ?
来る約束こそしてあったが、このような状況では星は見えないだろう。」
すると名無は、少し考える仕草をしたあと。微笑んで問いに答えた。
「・・・うーん・・・・星は確かに見たいわ。でも見れない時があるのだって自然よ。それは理鶯さんだって分かってるはず。
私は星だけじゃなくてね・・・。こういった日にしか感じれない雨の匂いとか、都会にはない空気感を味わいたいの。
貴方風に言うと気配・・・かしら。それにまだまだ理鶯さんからサバイバル生活で学ぶ事は多いし・・・・。
_____実質、貴方に会いに来ているようなものよ。それじゃあ駄目かしら・・・?」
「・・・そうか。そう言ってもらえると、小官もとても喜ばしい。」
少し照れくさそうにする名無を見て。前々から抱いていた小官の温かな思いの正体が判明した。
こうして喜びを分かち合いたいと思うのも。名無をどこか引き止めてしまいたくなるのも。
・・・・・全ては小官の心根が、名無を求めていたのだな。
それからまた別の夜。夕飯を終えて、名無は月の下に立っている。
・・・ように見えるな。今宵は星空も月もよく見える。
いつかの雨とは違い、空気が澄んでいる為より一つ一つの星が鮮明に見えるな。
「・・・名無。一つだけ頼みがあるのだが、聞いてくれないだろうか。」
「・・・・?理鶯さんが私に頼みなんて珍しいわね?なにかしら?」
「頼みというよりは・・・ただ聞き入れてくれればいい。無理にとは言わない。」
「・・・私に出来そうな事なら良いけど・・・。」
困惑する名無の正面に立ち、跪く。
そうして彼女の手を軽く取り。ようやく伝えられた。
「______名無。小官は、貴女を愛している。
今後一人の女性として、小官に護らせてはもらえないだろうか?」
「・・・・・っ・・・!!」
今まで見てきた表情の中で、一番に紅く染まっている。
空いた手を胸元へ添えると。少し震えた声音で聞き返してきた。
「・・・・本当にっ・・・・私で良いの・・・・?」
「ああ。・・・小官の息絶えるその日まで、傍に仕えさせてくれ。」
「・・・貴女を仕えるなんて、私には勿体なさすぎるわ・・・。
・・・・だからっ・・・・私の方こそ。恋人として・・・よろしくお願いしますっ・・・・!!」
優しく握り返された掌に、そっとキスを落とす。
小官が見上げた名無の喜びの涙は。温かく、そして強い信念となって精神に焼き付いた。
「・・・・といったところだな。」
「なるほどな・・・。なかなかお似合いじゃねえか、お前ら。」
「改めて初めから聞いた事はありませんでしたが・・・なるべくしてなったような組み合わせですね。」
「お恥ずかしながらそんなところです・・・。というか、理鶯もなかなか詩人だと思うわ・・・。」
話し終える頃には皆、ペースは違えど夕飯を完食していた。気が付けば白飯もなくなっているとは・・・。
名無は思い出話がくすぐったいのか恥ずかしそうにしている。フフ、可愛らしいものだな。
「・・・そういや引っかかったんだがよ。途中出てきたサツってのはまさか・・・。」
「ええ、私の事ですよ左馬刻。名無さんが詐欺の被害に遭った時、別件で追っていた詐欺師と同一人物でしてね。
名無さんの証言からヤツをしょっぴいてやりましたよ。ははっ。
・・・なので、理鶯と知り合ってここに来た時。再び会うとは思いませんでしたね・・・。」
「私もお世話になった刑事さんとプライベートで顔を合わせるとは思わなくて・・・。不思議なものよね・・・。」
運命というのは、時に不運から転ずる事もある。
本来不測の事態は望ましくないが、名無と出会えた事は互いに幸運だったと言える。
左馬刻や銃兎。この二人ともこうしてチームを組むまでになったのは、それぞれの道が交差した結果だ。
「この場でこうして・・・仲間や恋人と食事を楽しむ事が出来るのは、小官にとって大変喜ばしい。
皆これからも互いに高め合い、支え合えると信じている。・・・・改めて礼を言おう。」
「・・・・ハッ。今更だぜ理鶯。ここに居る奴等全員もう後戻りなんざする気ねぇよ。
腹くくって大事なもん明かしてんだ。・・・・そうだろ?」
「同感ですね。我々は友人というよりは仲間です。共に命を張れる存在ですから。
・・・それは名無さんも同じではないですか?」
「・・・私は皆さんのように逞しく強くはありません。でも、理鶯の傍に居る以上。倒れるまで一緒にいるつもりですよ。
もう理鶯の望みが私の望みになっちゃいましたから。」
やはり、今日は小官の見立てどおり良き親睦会になったな。
「・・・・・・有難う。
では、そろそろデザートでも出すか。」
「うっ!?わ、忘れてた・・・!」
「お、俺様は飯たらふく食ったんで腹いっぱいかも知んねえ・・・」
「今日のデザートは何?理鶯?」
「_____今日は名無の持ってきたフルーツで作ったゼリーだ。小官の隠し味もあるぞ。」
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