お付き合いする前
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
決算や下半期も終わり、仕事はとりあえず落ちついた。特に急ぎの案件もないし無事春を迎える。
昼休憩時。事務所の片隅に気持ち置いてある観葉植物に水をあげる。今見かけるのはせいぜいこれぐらいの自然要素しかない。
携帯のニュースに開花宣言がどうという通知が届く。楽しみにしている皆さんとのお花見はもう少し。珍しく私は、桜を待ち焦がれていた。
____約一週間後。朝早くから私は台所に立って、いくつかおかずの味見をしていた。
(・・・・よし。多分これで良いかな。)
並べたおかずの数々を重箱に詰めていく。大きめの重箱は今日の為に買ってきた物。どこに置こうか悩んで戸棚の上に大事に閉まっていた。
ちゃんとお弁当らしくなっただろうか。皆さん喜んでくれるだろうか。そもそも私が行っていいんだろうか・・・?
と何度も繰り返した疑問がまた浮かんでは消える。誘われた時は秘書というか個人としてだったけど・・・今は一応獄さんのお友達だし・・・。
今日も獄さんが車で迎えに来てくれる。本当は現地集合でも良かったんだけれど半ば強制で車に乗れ、と言われていた。
『お前・・・当日弁当抱えて寺まで行くのか?悪い事言わんからやめとけ。当日俺が迎えに行くから大人しく待ってろ。』
『は、はい・・・。』
出来上がったお弁当を見ると確かにこれを持って長距離移動するのは厳しい。ひ、一人に慣れすぎて感覚がいまいち掴めなかった・・・。
獄さんはなんだかんだ優しくしてくれる。口調は少し厳しい気もするけれど、それでもあの人なりの親切を有難く感じていた。
「・・・・・・はっ、時間。」
ぼんやり考え事をしている。すると携帯の時刻がそろそろ迎えの時間を示そうとしていた。
こんな事してる場合じゃない。玄関前にお弁当や軽めの荷物を持っていく。
ピンポーン♪
「はーい!・・・お、おはようございます!」
「おう、おはよう。・・・弁当張り切ったんだな。」
「は、はい・・・。」
持ってきてからそう経たないうちに獄さんが迎えに来てくれた。扉を開けて顔を見るとやっぱり安心する。
お互いに休みだから私服姿。なんだかとても新鮮な気持ちになる。いつもの特徴的なジャケットはライブとか仕事用なのかな・・・?
ちらりと私のお弁当を見るとニッと口角を上げる。なんて穏やかな顔をするんだろうか、この人は・・・。
「それだけありゃあ十分だろう。・・・よいっしょ、んじゃあ行くか!」
「獄さん、重くないですか?」
「どうせ車乗せるし。俺はこう見えても体力ある方だ、心配すんな。」
重たいお弁当は獄さんが車に乗せてくれた。いつも仕事でみるファイルよりずっと重い気がするけど、軽々と持つ姿に"男の人だな・・・"って正直思った。
私も自分の荷物を持って玄関の鍵をかける。人生初のお花見に出発だ・・・!!
向かうのは空却さんのお寺。空厳寺の名前は前から聞いた事があった。
由緒正しい昔からあるお寺で、年末年始にテレビで紹介されてたりもする。
私は今まで行く機会がなかったので初めて。そこの住職さんと獄さんが昔からのお知り合いだと聞いた時は驚いた。
「灼空さんにも世話になってるし。空却に至っては昔色々世話してやったからな・・・。」
「・・・そうだったんですか・・・。」
「散々迷惑かけられてるが、こうして花見行けるんなら悪くねえ。」
「・・・ふふっ・・・。なんだかんだで獄さんと空却さんは仲が良いんですね。」
「そうかあ?・・・・おっと、見えてきたぞ。」
車から見える、少し高いところにあるお寺の屋根。その周りには既に桜が咲いているようで綺麗な色彩を纏っている。
ああ。こうして遠目から見ても、普段の道にある木々とは違う景色に春を感じる。
早く桜を間近で見たいな。そう思ってふと獄さんを見ると、運転しながらも口元が微笑んでいた。
到着するとこれでもか、というぐらい長い階段が見える。仏閣だからこれぐらい長いのは当然か。
その道中にもいくつか桜が咲いてるがまだ他の緑が多い。
最近あんまり運動してなかった事だし・・・。気合いを入れて昇ることにしよう。
慣れているのか先にスタスタと歩く獄さんを追いかけるように私も昇り始める。
「____大丈夫か?名無?」
「だ、大丈夫です・・・。もう少しですね・・・。」
「十四のやつはいつもこの辺で息切らしまくってるからな・・・。お前の方があいつより体力ある。」
「そうなんですか・・・。・・・あれ?そういえば十四さんは現地集合ですか?」
「集合っつーか、あいつは空却のところで修行してるからな。一緒に待ってるはずだ。」
「修行・・・・。」
なんだか獄さんの口から知らない話が次々と出てくる。どうやらチームメンバーってだけじゃなくて、三人の関係性は元々深いらしい。
十四さんはヴィジュアル系ヴォーカルバンドって聞いてたけど、泣き虫な性格を治す為空却さんの元で修行しているとか。
私の知らない世界。私の知らない顔。私の知らない三人。・・・そんな方達と一緒に過ごせる事を、心から光栄だと思った。
「・・・・わあ・・・!」
長い階段を昇りきって到着。すると大きなお寺を囲むように一面の桜がお出迎え。
少し肩で息をしていたのが徐々に収まってくる。すっかり景色に見惚れて歩くと、お寺に向かうにつれてあちこちから賑やかな声が聞こえてくる。
獄さんが言うには既にお寺関係の人達でお花見が始まっているらしい。一般人ではないのでそこまでどんちゃん騒ぎって感じではないようだが。
空厳寺の脇にひっそりとある家から中にお邪魔する。すると聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「おう獄!名無!待ちくたびれたぜ!」
「うぅ・・ひ、膝が・・・。あ、獄さん!名無さん!おはようございますっす!」
「おはようございます!・・・十四さん、どうしたんですか?」
「さっきまで空却さんに正座させられてて・・・足が痺れて、うう・・・。」
「『空き時間も有効に活用せよ。時は有限待ったなし。』だからな!」
大きな仏像の前で十四さんは膝を崩して足をさすっている。立っている空却さんの手には長い棒が。どうやら修行中だったみたいだ。
長い棒でちょんちょん、と十四さんの足をつついている。遊ばれているようにも見えるけど・・・。
「空却。修行もいいが花見の場所はちゃんと確保してあんだろうな?」
「あったりめーだろ!こっちだ、ついてこい!」
「あぁ、待ってください!まだ足が・・・あぁう~・・・!」
「十四さん大丈夫ですか?・・・ゆっくりでいいんで行きましょう。」
十四さんが復帰するのを待って、お寺の裏手側へ。敷地内は広くて、大きな桜の樹の下にブルーシートが敷いてある。
そこには既に誰か座っている。あれは・・・空厳寺の住職さんだ。
「ようこそ、皆様おいでくださいました。この場で宜しければどうぞ楽しんでいってください。」
「灼空さんいつも有難うございます。本日はこの場をお借りします。」
「天国くん、そう畏まらんでも。ここで日頃の疲れを癒していくといい。・・・今日は素敵なお嬢さんもいらっしゃることですし。」
「初めまして、苗字名無と申します。こんなに素敵な桜が見られるなんてとても嬉しいです。
私もお花見を楽しませて頂きます!有難うございます!」
灼空さんはほほほ、と愉しそうに笑うと皆に座るよう促した。あとでお寺の関係者の方も覗きに来るとかで、賑やかになりそうですと笑った。
場所取りを担当していた灼空さんは用事がまだあるとかで早々にお寺に戻っていった。住職さんは大変だなあ・・・。
「さーて!クソ親父もいなくなった事だし!!さっさと始めちまおうぜ!!」
「そういや、名無さんのお弁当があるとかって聞いたんすけど・・・。」
「まあ待てガキ共・・・。今広げっから大人しくしてろ。」
「空却さんのはこっちで、十四さんのがこっち・・・。あ、でも量が多いと思うんで各自好きなの取ってくださいね。」
獄さんと私で重箱を広げる。空却さんや十四さんもそれぞれ飲み物やおやつを持参していたようでそれも一緒に広げていく。
・・・よしっ。全部並べ終わると二人の目がキラキラ輝いている。こうやって見るとこの二人も年相応って感じだなあ・・・。
「んじゃあ!!拙僧の桜に感謝しろよな!?乾杯ー!!」
「乾杯っす!」「乾杯。」「乾杯~!」
リーダーの一声で飲み物を一口。私は自分の料理の感想が気になって、わざとゆっくり飲んで薄目で周りの様子を伺った。
次々と箸が付けられていくのを見届けてから私も料理に箸を伸ばす。
「んんめえ~!!ここんとこ唐揚げ食ってなかったからやっぱうめえわ!!」
「このナポリタン美味しいっす!やっぱりパスタはこれに限るっすよ!!」
「・・・んな心配そうに見なくても。皆うめえってよ。」
「よ、良かったです・・・!お口に合って何よりです!」
獄さんには心配してるのバレてたみたいだ。獄さんもコーヒー片手におかずを食べているのでお気に召したらしい。
安心して私も玉子焼きを一つ頬張る。朝早くから作った甲斐があったというものだ。
「流石名無は料理が趣味なだけあんな。こんだけ作るってけっこう時間くっただろ?」
「いえ・・・。下準備とかは昨日の夜やれるだけやりましたし、思った程はかかってないですよ。」
「そりゃあ実質昨日からって事じゃねえか。」
「ふふっ・・・そうですね。でも獄さん達が喜んでくださるならと思って張り切ったんですから。」
獄さんは関心しているようで、料理を見渡して目を細めた。ふーんと微笑むその横顔に、不意に心臓がドキリとする。
あれ・・・?私・・・緊張してないはずなのに・・・。何気ない仕草で少し頬が紅くなるのが自分で分かった。
思わず獄さんに気付かれないよう視線をそらす。なんでだろう・・・よく分からないっ・・・。
と思っていると、視線の先の二人が食べるのを止めてこちらを見ている。
「・・・ん?どしたお前ら?」
「・・・・・獄。お前ホワイトデー成功したんだな。」
「なっ・・・!」
「今、二人共名前で呼んでたんで・・・おめでとうございますっす!!」
「え、ええっとこれはですね!そういうんじゃないと言いますか・・・!話すと長くなりまして・・・・。」
「くそっ・・・ややこしいから俺から説明する。まだお前らの思ってるようなあれじゃなくてだな・・・。」
面倒くさそうにコーヒーを飲み干すと、料理を食べながら事の成り行きを二人に話し出した。
告白されたけれどお友達になった事。私がまだどういう気持ちか判断し兼ねる事。
二人は時々箸を止めては大人しく頷いて聞いていた。
・・・・そういえば空却さんと十四さんは事前にホワイトデーの事を知っていたんだろうか・・・?
「・・・つー訳だ。だから名無とはダチなんだよ。」
「なーんだ。まだ付き合ってねえのか・・・。てっきりくっついたもんだと思ったじゃねーか。」
「・・・・あの、お二人は獄さんが私に告白する事を知っていたんですか・・・?」
「そうっす。ていうかそれより前から、獄さんに相談されて」「余計な事言うなっこのクソガキ!!」
「あー!自分のウインナーがー!」
パスタの上のウインナーを取られて半泣きになってしまう十四さん。それを見て空却さんはケラケラ笑っている。
相談・・・獄さんがそんな事をしているとは思わなかった・・・。やっぱり私の事を前から好きと言っていたのは事実だと分かった。
「ったく。世話の焼ける奴だぜ。年の差がどうとからしくもなく悩んでたんだぜこいつ?」
「空却・・・お前の唐揚げ俺が食ってやってもいいんだぞ?」
「だぁめに決まってんだろうがこのクサレ弁護士!!」
どうやら獄さんはその件に対してあまり聞かれたくないらしい。・・・というか二人を凄く睨みつけてるから言ってほしくないんだろうな・・・。
年の差、か・・・。確かに私と獄さんは一回りくらい違うから気にしてたんだろう。それ以前に職場恋愛だし、色々思うところはあったのかも知れない。
本当はもう少し話を聞いてみたいけどこの状況じゃあ仕方がない。言い争う皆さんを眺めてサンドイッチを頬張る。
「・・・ったく。おい十四、便所行くから付き合え。」
「え?別に自分は・・・。」
「いいから来いっての!おい獄、唐揚げ食うなよ!?」
「わあ空却さん!引っ張らないでくださいっす~!」
「へえへえ。さっさと行ってこいお子ちゃま共・・・。」
喧騒がどんどん遠ざかっていく。すっかり静かになって、耳をすますとうぐいすの鳴き声が聞こえた。
賑やかな人達がいなくなると二人っきりになってしまった。
舞い落ちる桜の花びらに、とても穏やかな気持ちになる。普段の日常よりもずっと濃厚に春を感じている。
「・・・獄さん、コーヒー注ぎましょうか?」
「・・・・おう。助かる。」
「すっかり静かになりましたね・・・。」
「そうだな・・・。今は、俺達二人だけの桜だ。」
大きな桜を一人占めならぬ二人占め。なんだかそれが妙に嬉しかった。
私はこの人の隣りにいると落ち着く・・・。静かな風がブラックコーヒーの香りを私の元へと届ける。
「獄さん・・・・。」
「なんだ?」
なんだかつい、名前を呼んでしまった。私と獄さんの間を一枚の花びらがひらひらと舞い落ちる。
その花びらと共に視線を少しずつ落として。私は前から疑問に思っていた事を聞こうとした。
聞いていいのかな、って・・・思ったんだけど・・・・。
「獄さん・・・どうして私______」
「____っしゃー!!拙僧の唐揚げまだ残ってるよな!?」
「はあ・・・はあ・・・急に走らないでほしいっす~・・・。」
「・・・・はあ・・・こんのクソガキ共め・・・!!」
「お、お帰りなさい二人共・・・。」
大事なところだったけど猛ダッシュの空却さんが視線の先に見えてしまい結局聞けずじまいだった。
ひ、獄さんなんか怒ってるような・・・?でも急ぎの質問でもないし、個人的な事だから今は聞かないでおこう・・・。
「ははは・・・皆さん楽しそうですなあ。」
(あ・・・この格好。お寺の人達かな?)
「ええと・・・今騒いでるのはうちの馬鹿息子でして・・・・。」
「だぁれが馬鹿息子だクソ親父ぃ!!」
そうして騒いだりしていると、お寺関係の方々が挨拶に来た。
灼空さんも来てくださって、少しお弁当の中身を交換した。こういう時は精進料理以外食べてもいいんだって関心する。
「お料理有難く頂戴致します・・・。ところでこちらの女性は・・・?」
「この人は俺の友人です。休みが同じだったので、一緒にどうかと花見に誘いました。」
「ほお・・・天国さんのお知り合いでしたか。可愛らしくて素敵なご友人ですね。」
なんと説明しようか考えていると獄さんが率先して紹介してくれた・・・。
仕事をしてる時もそうだけれど、やはりこの人の喋りは頼りになる。胸の内が温かくなる感覚。それがとても心地良い。
私はここに居ても良いんだ・・・。場違いじゃないかと思ってたけど、そうじゃないみたいでほっとした。
すると空却さんが唐揚げを食べながら一つ提案をしてきた。
「そういや、お前ら今日はいつ頃までいるんだ?」
「いつ頃・・・。明日ライブの練習ありますけど、そんなに遅くならなければ大丈夫っす。」
「俺は特に用はねえが・・・なんかあんのか?」
「ついでだからお前ら、ここの夜桜見てったらどうだ?
晩飯はー・・・あー・・・考えてねえけど、ライトアップもすっからすげえ綺麗だぞ?」
お寺としても夜まで開放しているらしく、時間があればどうぞと灼空さんにも薦められる。
私も明日は休みだし、用事もない。夜桜も見れるなんて・・・!きっと綺麗なんだろうな・・・!
「じゃあ夜までお花見っすね!アマンダも見たいって言ってるっす!」
「私も用事ないです!空却さん、灼空さん。有難うございます!夜桜楽しみです!」
「まあ・・・ある程度遅くなっても俺が車で送ってやるよ。俺も夜の桜見ときたいしな・・・。」
「おう!んじゃあ決まりだな!」
今の季節だけの桜。今この時がずっと続いてほしいと願った。
私は大きな桜を見上げて、心の中で桜の木にも感謝した。