お付き合いする前
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「・・・・・。」
私の前には色とりどりのハートマーク。そしてチョコレートの並ぶショーケース。
まさかこれが他人事じゃなくなるなんて・・・。関わらなきゃいけない日が来るなんて思わなかったなあ・・・・。
______話は少し前に遡る。
「苗字さん、ちょっといいかしら?」
「・・・はい。なんでしょうか?」
いつものようにお昼を済ませて自分のデスクに戻ってくる。また午後の仕事に取り掛かろうとファイルを手に取ったその時。
一人の女性社員に呼び止められた。・・・なんだろうか。思い当たる節がないので、とりあえず呼ばれるまま給湯室へと向かう。
「あのね。苗字さんに提案っていうか相談なんだけど・・・。世はもうすぐバレンタインデーじゃない?
だから日頃お世話になってる男性社員の皆さんに、私達からチョコレートを配ろうと思うの。どうかしら?」
「・・・ああ。そうでしたか!良いと思いますよ!」
成程。それで秘書の私に声をかけたという訳か。どうやら女性社員にはだいたい行き渡っている話らしく、あとは私の許可だけだった。
私も別にそこまでお硬い人間ではないので問題ない。事務所の為だし良い提案だと思った。
「実は、チョコレートを誰が用意するかっていう話でね・・・。事務所の女性代表として、苗字さん頼まれてくれないかしら・・・?」
「ええっ・・・!?私が、ですか・・・・!?」
「配るチョコの目星はついてるの。個包装で邪魔にならなくて、一口サイズだから値段もそんなにしないわ!
あ、勿論お金は全員で分ける感じでね。配るのもそれぞれの部署担当でやるし、あとは買いに行くだけなんだけど・・・。」
「・・・・分かりました。良いですよ。皆さんがそこまで用意してくださってるなら私も協力したいです。」
「助かるわあ!これが目星のやつでね、このデパートなんだけど_____」
・・・という訳で。日頃の感謝を込めてささやかなチョコのプレゼントを買いに行く事になった。
ここまで手際良く事が進んでいたのは驚きだ。皆サプライズとかこういうイベントごとが好きなんだな・・・。
私も嫌いではないけれど、今までの人生であまり縁がなかっただけに
_____という事は。天国先生にもチョコ渡すんだよね・・・。多分私が・・・。
天国先生だけじゃなく他の皆さんもだからあんまり気にしなくてもいいだろうけれど・・・。
バレンタインで誰かにチョコを渡すのが社会人になってからだなんて思わなかった。本当は学生時代に経験したりするんだろうな・・・。
・・・まあいいか・・・。とりあえず今は目の前の仕事に集中しないと。
次の休みにでも買いに行こう。そんなに遠いところでもないし、すぐ行ける場所だ。
予定もなかったからちょうどいい。散歩も兼ねて行くとしよう・・・。
____そして私は今。デパートのバレンタインフェアに来ている。
ハートの風船にラッピングのリボンやメッセージカードのコーナー。色々あって見て回るだけでも楽しそうだ。
けれど私は一応会社の用事で来ているので、とりあえず先にお目当てのチョコレート売り場へ向かう。
(・・・あった。確かにこれなら配りやすいし値段も高くない。見た目も四角いから可愛すぎない感じだなぁ。)
流石我が社の女性社員はセンスがある。これなら仕事の合間に一口食べるのもちょうど良さそうだ。
これなら本命だのなんだのという話にもならないだろう。実物を見たところで安心してそのチョコレートの箱を買った。
(本当に色んな種類があるなぁ・・・。友チョコ用とか動物の形したのとかあるんだ・・・。
バレンタインに女性が男性に告白っていう文化はもう古いのかも知れない・・・こういう気軽な方が皆楽しいもんね。)
まんまと市場戦略に乗せられている気はするが、それでも年に一度のお祭り感は正直楽しい。
だから今自分用のチョコレートで何か良いのがないか見て回っている。日頃頑張ってる自分に、なんてキャッチコピーに惹かれてしまった。
(・・・・!)
何気なく眺めていると、一つのチョコレート売り場の前で思わず立ち止まる。
"お酒に合うチョコレート"。・・・そんなのもあるんだ、って関心したあと。私の脳裏に一人の顔が浮かぶ。
『俺には好きなもんが二つある。一つ・・・アイラウイスキー。二つ・・・金だ。』
・・・天国先生。お酒好きなんだよね・・・・。あの手のウイスキーにもチョコレートは合うんだろうか・・・。
少し近寄って見ると"大人なあの人にチョコレートを。" "家族への贈り物にもピッタリ!"と書かれている。
確かにカカオ多めのビターチョコは苦い。だからお酒独特の深みと相性が良いのかも知れない。
・・・・って何考えてるんだろう。私は自分用のチョコを探しているはずなのにっ・・・。
(・・・・・・。)
思わず手に取って見るけど値段も悪くない。それにサイズも小さくて食べやすそう。量も多くないし・・・・。
でもこれ・・・・ハートマークだ・・・。なんでよりによってこの形にしてあるんだろう・・・。
他の形のもあるけど、あっちは多分アイラウイスキーのお供にするには少し違う感じ。それでもピンク色だったりするけど・・・。
(・・・他のお店に、お酒に合うのあるかな・・・・。)
とりあえずその箱は置いといて。他の店も回って、良い感じのビターチョコがないか探してみる。
自分用に美味しそうなのはいっぱいあるし、ついでにそれも見たいからあちこちぐるぐるする。
途中、試食出来るチョコレートもあったのでそれも食べたりしたけれど。どうしてもビターじゃないな、って思ってしまう。
・・・・あれ。私ここに何しに来たんだっけ・・・・・?
なんで私・・・こんなに必死になってるの・・・・?
お酒入りのチョコレートや、変わり種のチョコクッキーなんかも置いてある。でも探してるのはやっぱりさっきの店にしかないみたい。
あちこち彷徨った結果。納得いかないので元のお店に戻ってきてしまう。
どうしよう。なんで私は自分のじゃなくて、天国先生へのチョコを選んでるんだろう・・・。
私はあの人をそういう目で見てない。あの人だって、私をそういう目で見てないはず。
・・・だからハートマークなんて困る。私の天国先生への想いは、そんな意味じゃないはずだから・・・。
『お、苗字。気が利くな。有難うよ。』
『苗字はアドバイスが上手いな。』
『・・・明日もまた頼むぜ、苗字。』
・・・・・違うっ。私はあの人の笑顔が見れればいい。力になって、傍にいれたらそれでいいの。
決してそんなやましい気持ちじゃない。だからこのハートマークはただの形。ただの模様だ。
あとでメッセージカードを買って感謝の言葉を挟んでおこう・・・。これは日頃の感謝の品だから。
「・・・すいません。これください。」
「有難うございます!お客様、こちらラッピングはどうなさいますか?今なら無料で承ります!」
「えっと・・・・じゃあお願いしますっ・・・。」
あ。ついラッピングを頼んでしまった。まあ、いいか・・・・。そのまま渡すより綺麗に包んだ方がいいよね・・・。
シンプルな柄の包装紙に小さなチョコの箱が綺麗に包まれていく。出来上がったのを見ると、意外とラッピングして正解だったように思う。
結局買ってしまった・・・。どうやって天国先生に渡そう・・・。配るチョコと一緒に渡せばいいか・・・でもなんて言ったらいいかな・・・。
そう思いながらも、自分用のチョコも目をつけていたお店で買った。右手の手提げにどうしてこんなにチョコがあるのか自問自答してしまう。
流れでメッセージカードの売り場にも行って、小さいメモサイズのを買った。
既に刺繍で『Thank you!』と縫われていてその下にまた書き込むスペースがある。帰ったら何かしら書くつもりだ。
少し重くなってしまった荷物を抱えて帰宅。チョコはまとめて冷蔵庫へ入れておく。
着替えを済ませたらメッセージカードに向き合ってみる。一言ぐらいしか書くスペースもないし、長く書くのも思いつかないんだれど・・・。
既に'Thank you!'はあるから何か他の・・・・天国先生に伝えたいことを書かなくちゃな・・・。
「・・・・・・・。」
_______暫くして。バレンタイン当日。
「これ、頼まれてたチョコレートです。このままで良かったですか?」
「有難う苗字さん!早速皆に配ってもらうわね!」
「はい、お願いします。私もこちらの部署に行き渡るようしておきます。」
良かった。とりあえずあとは配ってくださるそうなので各社員にお任せしよう。
私も配らないといけないんだけど・・・今日は・・・。
(・・・天国先生、今日中に戻って来られるかな・・・。)
バレンタインのこの日。天国先生は県外に出張されていた。予定だと、今日戻られるはずだけど事務所に顔を出すかどうかは分からない・・・。
疲れていたらそのまま帰ってしまうかも知れない。だからどう渡したらいいか悩んでいた。
「・・・・お疲れ様です。これ、女性社員の皆からです。宜しければ召し上がって下さい。」
「苗字さん、有難うございます!俺甘いもん好きなんで嬉しいです!」
「それは良かったです・・・。」
甘いものが好き、か。私も好きだけど、それ程食べる機会は多くない。
この前のようにふと気が向いたら食べたくなるくらいで日頃からではない。
皆、チョコレートで息抜きになるだろうか。ささやかなプレゼントでも喜んでもらえたなら悪い気はしない。
私の分は家に帰ったらあるし・・・。一通り配ったら業務に戻ろう。
・・・・配る相手は、一人いないのだから・・・・。
_____その日の夕方。あらかた業務を終えて、私は帰り支度をする。
・・・結局天国先生は戻って来なかった。でもチョコレートを渡さない訳にもいかないし・・・。
ガチャッ
「・・・・・・・。」
天国先生の部屋は、提出書類などの関係で他の社員も出入りするので開放してある。
重要な個人情報や資料の棚は鍵がかかっているので問題ない。いつ来ても天国先生の机は片付いているな、と辺りを見渡す。
チョコはそれ程大きくないし、今日と明日の気温ならチョコは溶けはしないだろう。
だから一番上の引き出しに置いておこうと思って、少し開ける。
・・・もし今夜にでも帰ってこられるかも知れないし、そうでなくても明日の朝方に気付くかも知れない。
(・・・・・・・。)
私が今日配ったチョコ。これは別に入れてもいい。というか入れなきゃいけないものだ。
・・・・でも・・・・私が買ってきたこのチョコは・・・。本当にいるんだろうか・・・?
天国先生は甘いものが好きとは思えない。ましてや、チョコレートを食べる姿が想像出来ない。
机の引き出しを開けてチョコが二つも入ってたら嫌じゃないだろうか。・・・・迷惑じゃないだろうか・・・。
味がビターだとか、そうじゃないとかではなく。面倒だと思われそうでそれが少し怖かった。
ここまで来たのに・・・どうしよう・・・・。
ガチャッ
「っ!?」
「・・・お。苗字。今帰りか?」
「あ・・・天国先生!?」
急に扉の開いた音で振り返ると、カバン片手の天国先生が居た。
出張から戻ってきたんだ・・・!!突然の事で驚いて引き出しを閉めてしまった。
私のチョコは・・・荷物と一緒に思わず後ろ手に隠してしまう。何やってるの、私はっ・・・。
「出張お疲れ様です!・・・一番上の引き出しに、女性社員からのチョコが入ってます。
いつ戻って来られるか分からなかったので・・・とりあえず入れておこうと思って・・・。」
「そうか。・・・ああ、今日はそういう日だったもんな。」
机にカバンを置いて、ちらっとチョコを見ると少しだけ笑った。喜んでくれるだろうか・・・。
・・・・ていうか私。いつまでも手後ろにしてたら不審だよね・・・。天国先生にバレる前に、言い出さないとっ・・・。
_____直接渡すつもりじゃなかったのに。だから机の引き出しに入れようと思ったのに・・・!
「・・・天国先生。チョコレートとか召し上がるんですか?」
「・・・いや。普段は食わねえよ。こういう日でもねえと口に入れねえな。」
「そうですよね・・・。甘い物を好きなイメージがなかったので、どうかなと思ったんですが・・・。」
「だが貰える分には嬉しいぜ?こういうのは気持ちだからな。有難えもんだ。」
気持ち・・・か・・・。建前か本音かは分からないけど、天国先生は嘘はつかない方だと思っている。
チョコを手に取るその顔は嬉しそうに見えた。・・・多分だけど・・・。
「天国先生っ・・・あのっ・・・・。」
「・・・ん?どした?」
夕日に天国先生の笑顔が照らされていく。優しく問いかけるような声が、この場の空気を包み込む。
なんで私こんなに緊張してるの・・・。なんで、心臓がドキドキして鳴り止まないの・・・?
_____私は。天国先生を・・・・そんな目で見てる訳じゃないのに・・・・?
「・・・ご迷惑だったらごめんなさい・・・・。・・・・もし宜しければなんですが、これ・・・ほんの気持ちです。」
「・・・・!」
「アイラウイスキーがお好きだそうなので、お酒に合うチョコレートです・・・。ビターなので甘くはないです。
賞味期限はまだあるので・・・今度のお休みの時にでも、召し上がってくださればと・・・思いまして・・・。」
声が小さくなっていく中、天国先生は私のチョコを受け取ってくれた。
大丈夫だっただろうか。驚いているように見えるけど、やっぱいらなかったかな・・・。
「・・・・苗字。」
「はい・・・。」
「・・・・俺には好きなもんが二つある。一つ・・・アイラウイスキー。
二つ・・・酒に合う良いつまみだ。」
「・・・!!」
「有難うよ。出張帰りで疲れってから、ちょうど一杯やるところだったんだ。早速帰ってから食うぜ。」
俯きがちだった顔を上げると、笑顔の天国先生が瞳に映る。ご迷惑じゃなかったみたい・・・!!
それに帰ってからすぐ頂くらしい。嬉しいっ・・・買ってきて良かった。ちゃんと渡せて良かった・・・・!!
「有難うございますっ!チョコ二つなんて、どうかなって思ってたんですけど・・・。」
「嬉しいに決まってんだろ。普段食えねえつまみが手に入ったんだ。事務所戻ってきて正解だったな・・・。」
「あ・・・そうですよね。お疲れでしょうし、今日は戻って来られないかと思ってました。」
「仕事の荷物、車に乗せとくのも癪だったんでな。とりあえず整理だけしに寄ったんだ。」
「そうでしたか・・・・。・・・では、もう日も暮れてますし。私はこれで失礼しますね。」
「おう。わざわざ有難うな。」
「ふふっ・・・お疲れ様です!」
バタン
緊張したけど、本当に渡して良かった。まさか直接渡すことになるなんて思わなかったけど・・・。
天国先生の笑顔を見てたら私まで嬉しくなった。どうしよう、顔ずっとにやけてるかも・・・。
私はこのままでいい。天国先生が、たまに微笑んでくれるだけで救われている。
緊張してたのは私が尊敬する大切な人だからで。世間的に見るそういう感情じゃないから。
・・・・そうだよね・・・・?
「・・・・・・。」
『Thank you!いつも感謝しています』
「・・・・旨ぇな。このチョコ・・・。」
(感謝・・・か・・・。苗字には、俺が尊敬する上司の一人に映ってんだろうな・・・。)
『・・・・もし宜しければなんですが、これ・・・ほんの気持ちです。』
(・・・・・にしては・・・あの顔がどうも焼き付いて離れねえ・・・・・。
俺があいつをそういう目で見ちまってるからなのか・・・?)
「・・・・・お返し。本気出さねえとな・・・・。」