お付き合いする前
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今日も仕事の作業に追われる日々が続く。私は仕事を生き甲斐にはしているけれど、特別こういった作業が好きという訳ではない。
事務処理や電話対応。デスクワークが自分に向いているのかどうか分からなくなる時もある。
けれど。それでも必死にしがみつく。私は、昔の私みたいに苦しんでいる子達にもう涙は流してほしくない。
こうして夜になっても作業をするのは、少しでもそういった子が早まらないようにする為。
・・・・死んでしまいたく気持ちは痛い程分かる。だけどっ・・・救われる事もあるはずだから。
それから数週間後。
「_____苗字、大丈夫か。」
ふと物思いに耽っていて、我を忘れかけていた。昔の事とか、今からやる裁判の事とかで頭がいっぱいになっていた。
出入り口に入る前。天国先生に声をかけられて今の置かれた状況に意識が戻ってきた。
「・・・・!はいっ、大丈夫です・・・。」
「お前にとっちゃ秘書になって初めての裁判沙汰だからな・・・。緊張もするだろうが、安心してろ。
・・・・・俺が必ず。なんとかしてやる。」
「・・・・はいっ。」
天国先生の真剣な眼差しと、先を行く背中が格好良かった。
今日は前に私達へ相談しに来た被害者の子の裁判。あのあとなんとか部屋から出て、ここに来てくれた被害者にも感謝だ。
私はあくまでサポートとして傍にいるだけだから。これからの行く末を見守る事しか出来ないけれど。
・・・なんとしてでも勝つ。私達はその為に、ここに立っているのだから。
_____暫くして。
天国先生の弁護は凄かったっ・・・。隙のない下調べ、立証の為の証拠や証言。
相手側の質問にも即座に応答し、逆に相手を追い詰める。私達の努力が報われた瞬間だった。
やっぱり凄い人だって思ったの・・・。裁判も無事に勝訴。これでもう、少しでも苦しまずに済む。
「天国先生っ・・・本当に、本当に有難うございましたっ・・・!」
「いえ・・・。それよりお子さんも、あそこに立っているだけでもプレッシャーはあったかと思います。・・・よく頑張ったな。」
「そうですっ。受け答えも出来てたし、本当によく頑張ったね。有難う!」
「・・・有難うございました。まだ俺が勝ったって実感ないけど・・・それでも、本当に良かった・・・。」
親御さんは涙ながら。肝心のお子さんは少しまだ困惑しつつも、不器用に笑えるくらいにはなっていた。
すると弟さんが、笑顔でお兄さんに話しかけた。
「ねえねえ兄ちゃん!これでまた、部活出来るね!」
「部活・・・。そう、だな・・・・。俺また・・・あそこに戻れるんだ・・・。
・・・・戻って、いいんだよな・・・?」
その言葉には、まだ何か迷いが見える気がした。
部活が楽しかったはずなのに、いざこざに巻き込まれたせいでイジメられて。
・・・・本当にこの子は辛かったはず。だから・・・私はお兄さんの方に目線を合わせて静かに話した。
「____・・・・大丈夫。無理にすぐ立ち上がろうとしなくて良いんだよ。」
「・・・・!」
「楽しかった事が楽しめなくなって・・・。夢を追えなくなって・・・。いざ原因が晴れても、また前みたいに元気でやり直せるとは限らない・・・。
ずっと傷が消えないなら、その傷が治るまで休んだっていいんだよ。
・・・・これから先の人生は君が決める事だから。今は"自分が何をしたいか"に素直になって・・・。」
「・・・・ありがとう・・・苗字さん・・・。少しずつだけど俺っ・・・立って見せるよ・・・!」
「うんっ!また困った事があったら私達に言ってね、力になるから。」
ようやくお兄さんにも笑顔が戻った。ずっと不安そうな顔をしていたけれど、少しでも前を向けたのかな。
私は天国先生のいう"一度面倒を見ると決めたら見捨てない"精神を凄く大事にしている。
イジメられていた子はすぐに立ち直れる訳じゃない。私みたいに、トラウマに苦しんだりしてなかなか前を向けない子だっている。
一度裁判をして判決が出たからって終わりなんてしたくない。秘書であり・・・元イジメられた身として。支えてあげられる事は全部したいから。
「お姉さーん!天国先生ー!じゃあねー!」
「おう、気い付けて帰れよー。」
「ばいばーい!」
裁判が終わってとりあえず一段落。まだ細かい後処理はあるけど、とりあえず事務所に戻らないと。
親子の姿が見えなくなったところで、帰り道を歩く。
「・・・・・良い事言うじゃねえか。」
「・・・・?」
「苗字はアドバイスが上手いな。俺も似たような事言おうと思ったが・・・あいつらお前に懐いてたし。
俺が言うよりよっぽど響いただろう。・・・きっとまた、前を向けるはずだ。」
「・・・思った事を言っただけですよ。お褒め頂き、光栄です。」
天国先生に褒められちゃった。ちょっと照れるな・・・。
でも嬉しかった。私が自主的にやった事で、なにかプラスになるならそれで良い。
私がただ・・・そうしていたいだけだから・・・。
事務所に帰るなり、そのまま提出書類やらの作業に移る。
あらかたの一件が片付いた。天国先生は深く椅子に腰掛けて、ふうと一息ついた。
「お疲れ様でした。これでこの一件も終わりですね。」
「ああ・・・。でけえ依頼が片付くと、一安心だ・・・。」
「他の件はまた明日にしましょうか。新規の依頼もまだそこまで来てませんし。」
「・・・あー・・・。いや、一応見とくか・・・。後回しにはしたくねえ・・・軽く目を通すだけさせてくれ。」
「天国先生・・・・。」
この人は、先程終えたばかりだというのにまた次の事を考えて・・・。
少し無理をしているのではないかと心配になる。けれど、真剣な眼差しで訴えてくるので案件の書類を渋々お渡しする。
「・・・本当に・・・天国先生は仕事熱心なのですね・・・。」
「まあ、こういうのはやばそうな依頼があったら早く連絡しねえといけねえからな・・・。それに・・・。」
「・・・・それに・・・・?」
「・・・・・今回みたいな案件があったら、早めに決めねえと・・・・人の命に関わっちまう・・・。
・・・・イジメを心底憎む、俺達にしか出来ない事だからな・・・。」
・・・・この人の目は。いつだって真剣で。少しでも手を抜かない、その姿勢が私は好きで。
"俺達"と言ったのは間違いなく、その口で。
「____・・・・っ・・・!!」
その言い方っ・・・・。貴方は私の過去を・・・・知ってしまったんですねっ・・・・?
「・・・・そう・・・・ですねっ・・・・。」
「・・・・・よし、特に目新しいもんはなかったな。
____!・・・苗字・・・大丈夫か・・・・?」
天国先生の言葉で自分の視界が歪んでいる事に気付く。
知られたくなかった。でも知られてしまった。あまりにそのショックでどうにかなりそうで・・・。
多分、この間の一件で喋りすぎたせいだっ・・・・。
「・・・すみませんっ・・・。私・・・・私はっ・・・。」
「・・・・・誰にだって、隠したい過去の一つや二つある・・・。
余計な事言っちまったな・・・済まねえ・・・。」
首を横に振る事しか出来ない。天国先生は、何も悪くない。
勝手に泣いた私が悪くて・・・・それでいてここに来てしまった私が、全部悪いのだから・・・・。
「・・・・知って、ましたかっ・・・・。私がイジメられていた事・・・・。」
「・・・過去俺が担当した事件の中でも、集団で色々やらかしたやばい奴等が・・・・まさかお前と同じ高校だったとはな・・・。」
「・・・・・・。私は・・・・貴方に恩を返したくてここにいます。
あの時・・・・地獄の底でもがいていた私を救ってくださったのは、間違いなく天国先生です・・・。
・・・・・ですがっ・・・・社会人として、公私混同してしまってる自分が嫌で・・・・。本当はずっと、隠したかったんですっ・・・・。」
涙目で視界が見えづらい。その中でも、天国先生が少しこちらの様子を伺っているのは見えている。
・・・そんなに辛そうな顔をなさらないで下さいっ・・・。
「・・・あん時。奴等の事をもっと追求して、お前の件も乗せれば・・・もっと罪を重く出来たのによ・・・。」
「っ、そんな事ないです!!私は、あいつらの被害に遭った一人に過ぎなくて・・・・逮捕されただけでも十分すぎるんです!!
私は天国先生に謝ってほしい訳ではないんですっ・・・・貴方の力になりたいから、今の私があるんです・・・!!」
思わず駆け寄って、涙が溢れた。机が濡れてしまいそうで、私は少しだけ机から身体を離す。
今にも崩れ落ちそうな身体をどうにか手に力を込めて支える。
すると椅子に座っていたはずの天国先生の声が、少し上から降り注ぐ。
それに気付いた時。天国先生は立ち上がっていた。
「・・・・・・苗字。」
「・・・!」
ふと頬に温かい感触がして、瞬間的に上を向く。
そうしたら天国先生の掌で。涙を拭われている事に気付いた。
「・・・・辛かったよな・・・・。今まで・・・。よく今日まで、生きてこられたな・・・・。」
「・・・・っ・・・あまぐに、せんせいっ・・・・。」
「お前がどんな目に遭ったか、俺には想像しか出来ねえが・・・。普段泣き言言わないお前が・・・地獄って例えるぐらいキツかったんだろう・・・。
・・・・苗字が俺の秘書で良かった・・・。俺達にしか出来ねえ事が、この先まだまだたくさんある。
・・・・・泣きてえ時は泣け。俺が、全部受け止めてやるから。」
声が響く。貴方の声が、とても優しくて。降り注ぐ言葉が、私に向けられている事がただただ嬉しくて。
そういえばっ・・・誰にも話してなかったっけ・・・。イジメの事を親にも言えずに、友達もいないから話す人なんていなかった・・・。
だから天国先生の言葉で、余計にまた泣いてしまう。ハンカチを目元に当てて、立ったまま少し屈むようにして泣き続けた。
頭だけ天国先生の胸に預けられる形になり、頬にあった手は頭を支えてくれている。
「っ・・・!あまぐにっ、せんせいっ・・・!!なんで、そんなに優しいんですかあっ・・・!!」
「・・・そりゃ、放っとけねえだろ・・・。・・・俺は"天国と地獄の人"だからな?」
「そうですねっ・・・。・・・ふふっ、本当に・・・その通りですっ・・・。」
結局、私が泣き止むまでずっとそうしてくれていた。心にあった靄が晴れて、改めてこの場所で前を向こうと決心出来た。
・・・泣き終わったあとは目元が赤かったので。その日は天国先生の部屋で業務する事になった。
____夕暮れが部屋を染めていく頃。早めに業務を切り上げて私は帰り支度をする。
「・・・本当に今日は、有難うございました。・・・天国先生は、まだ残るんですか・・・?」
「心配しなくても俺ももう帰るぜ。机の周りだけ片付けたらな。
・・・明日もまた頼むぜ、苗字。」
「・・・・はいっ!お先に失礼します、お疲れ様でした!」
ガチャン
なんだろう。久々に心から笑えた気がする。こんなに嬉しいと思うのはいつ以来だろうか。
・・・明日もまた頼む、か。また頑張らないとっ。そう思いながら事務所をあとにした。
「______・・・・・。」
家に帰って。ご飯を食べて。お風呂に入って。寝る準備をして。
ベッドに横になってから一日の出来事が脳内を巡る。
『・・・・苗字が俺の秘書で良かった・・・。俺達にしか出来ねえ事が、この先まだまだたくさんある。
・・・・・泣きてえ時は泣け。俺が、全部受け止めてやるから。』
ふと頬に手を当てて、天国先生から言われた事を思い出す。
嬉しかったな。いっぱい泣いたな。迷惑じゃなかったかな。
______あの人の力に、なりたいな。
その時。瞼を閉じるとトクンと自分の胸が高鳴った気がした。
(・・・・本当は・・・。俺は苗字と、このままの関係でいた方が良いのかも知れねえ・・・・。
・・・・・・だがもう・・・・・・俺は・・・・・。)