お付き合いする前
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今日の事務所は少し慌ただしい。こういう時は書類整理などの手続きが増えている時だから。
その原因はというと、我が事務所はイジメの案件であれば
なるべく長期戦にせず早急に決着を。その方針の元、社員の仕事に熱が入る。
かくいう私も取材や下調べがあるので忙しい身の上だ。
「お電話代わりました。・・・・はい・・・。・・・・え?そうですね・・・少々お待ち下さい。
天国先生、今度こちらに来られる被害者のお母さんが、小学生の弟さんも連れてきたいそうなんですが・・・。」
「そうか・・・。構わねえよ。そのまま受けてくれ。」
「もしもし。お待たせ致しました。大丈夫です、弟さんもぜひとの事です。
・・・ええ。・・・はい。・・・はい。お待ちしております。では失礼致します。」
被害者の親子連れ。たまにあるパターンだけれど、小さいお子さんも一緒っていうのはあんまりないかも。
だいたい被害者の学生さんとその親が同伴で来る感じなので、それ以外のご兄弟っていうのは珍しいな・・・。
「よっぽどお兄さんの事が心配なんでしょうね、弟さん。電話の奥でなにか声が聞こえてましたよ。」
「・・・・・そうか・・・。良い兄弟だ・・・。
・・・・俺のとこは、喧嘩ばっかだったからな・・・。」
しまった。と咄嗟に頭によぎる。天国先生は、お兄さんをイジメで亡くしている。
それがキッカケで弁護士になり、イジメを断罪する為法律事務所を立ち上げたからだ。
「・・・・・っ、失礼しました・・・。」
「謝るな・・・。本当の事だ。喧嘩ばっかでも、良い兄貴だったと思ってる・・・。
今度来る弟は、本当に仲が良いんだろうよ。オレンジジュースでも準備しといてくれ。」
「・・・・そうですね。買っておきます。」
そういって目を細める天国先生に心が傷んだ。亡きお兄さんの事を思い出す顔は、笑っているけど笑っていないようで。
・・・・こういった案件を、なんとかしてあげるのが私達の仕事。
だから絶対負けられない。気合いを入れ直して自分のデスクに戻った。
数週間後。
「天国先生・・・本日は宜しくお願いします・・・。ほら、あいさつ。」
「よろしくおねがいします!」
事務所に来た親子は、揃ってスーツ姿。親御さんの方は見るからに痩せ細っているが、弟さんの方はわりと元気そうだ。
少し緊張しているようだったので、部屋に通して早速事情を伺う。
・・・・内容はなかなかに深刻だった。お兄さんの方は部屋に引きこもってしまい、たまに暴れる事もあるらしい。
加害者は『向こうが勝手にやった』『俺は知らない』の一点張りで話を聞く気配がないときた。
こういうところの話術は天国先生にお任せ。原因を探り、解決の糸口を必ず見つけ出す。
「・・・・・・。」
弟さんの方は大人しくしている。ただ俯いたまま、難しい話を聞いているのが辛いように見えた。
「・・・君、オレンジジュース好き?」
「え・・・・うん・・・。」
「良かった!これ私が君の為に買ってきたの。どうかな?」
「・・・おいしい。ひさしぶりに飲んだ・・・。」
「ふふっ、喜んでもらえて良かった!」
「ありがとう、お姉ちゃん。」
少しずつ笑顔が戻ってくる。親御さんもどこか安心しているみたい。
てっきりもっと騒がしいかと思ったけど、お兄さん想いの良い子みたいだ。
「・・・・あのね、お姉ちゃん。・・・兄ちゃんの事、たすけてほしいんだ。
兄ちゃん・・・学校入った時は部活楽しいって言ってたのに・・・。」
「そっか・・・。お兄さんが黙っちゃったのはいつぐらいかな・・・?」
「6月ぐらいだよ。その日は、試合があってね・・・・」
弟さんの証言で、具体的な日付や原因らしいものが徐々に見えてくる。
なんだか天国先生よりも、私の方をじっと見ているので私が積極的に聞き出す。
「____・・・・大変だったね。・・・・でも大丈夫だよ。
私達が全力で、お兄さんをまた笑えるようにしてみせる。」
「・・・!うんっ!!」
「・・・・よし。これで手がかりも掴めそうだ。ご協力、有難うございます。」
「いえいえ。また相談させて頂きますので・・・。」
二人共、最初ここに来た時よりも少しだけ表情が明るくなった。
希望が見えてきた。この案件も、天国先生と私達で片付ければ早急に決着がつくかも知れない。
玄関先まで親子を見送ると、弟さんが最後にこう言ってきた。
「ありがとう、お姉ちゃーん!!おじさーん!!ばいばーい!!」
「おじっ・・・!?」
「ばいばーい!・・・・上手くまとまりそうで、良かったですね・・・。」
「・・・・なあ苗字。」
「はい?」
「・・・俺っておじさんに見えるか?」
あ・・・。天国先生、もしかしてショック受けてます・・・・?
眉が片方だけ引きつってる・・・。こんな表情見た事ないな・・・。
でも確か、35歳だったはず。うーん、年齢をあまり感じさせないというか・・・私はあまりそうは思わないけれど・・・。
「子供の言う事ですよ。気になさらないでください!」
「そう、だよな・・・。」
「私からしたら、格好良い大人って感じですよ?」
「・・・!・・・・そうか・・・・。
苗字、もうひと踏ん張りだ。いつものコーヒーを淹れてくれ!」
「了解しました!」
そう言って意気揚々とまた玄関の方へと歩いていった天国先生。
気にしてたようだけど機嫌直ったみたい。ふふっ、良かった♪
だって私は、本当に天国先生がそういう年には見えないし。格好良いと思ってるのも事実ですからね。
小学生から見たらそうかも知れないけど・・・私だけは違いますからね。
・・・という訳で給湯室に向かうと、既に誰かいたのか話し声が聞こえてくる。
「・・・天国先生はね~、そういうとこありますよね~。」
・・・・?なんだろう・・・・今"天国先生"って聞こえたような・・・。
「金が好きな癖にイジメの案件だけタダって・・・。もうちょいやりようあると思うけどなぁ俺。」
「ですよね~。仕事量増えるしめんどくさっていうか?」
「そうそう。だいたいイジメって構わなくても学校とかでなんとかするもんだし。」
「過去で色々あったとは言うけどー・・・。未成年相手に裁判するとかリスキーだよな~天国先生も。」
______・・・・・聞かなければ良かった・・・。
何・・・・?これは・・・本当にこの事務所で起こっている事なの・・・?
それでも貴方達っ・・・・この法律事務所の一員なのっ・・・!?
そう思ったら、気がつけばわざと足音を鳴らして近付き。給湯室にいた男女複数を睨みつけていた。
「・・・あ、苗字・・・さん・・・。」
「・・・皆さん・・・。それはこの"天国法律事務所"で言っている事ですか・・・?
貴方達は・・・あの人の裁きが間違っていると仰っしゃりたいのですか・・・!?」
「ち、違うんだよ苗字さん!天国先生最近仕事しっぱなしだから、あたしらも心配して・・・」
「心配・・・?あの人が何故夜遅くまで仕事しているか、どうしてあの人が"天国と地獄の人"と呼ばれているか・・・
分かってらっしゃらないようですね・・・。あの人の敵はイジメです。未成年だろうが、成人だろうが関係ない。
陰口を叩き、人の不幸を餌にするような輩を"この場で断罪する"のがこの事務所の役割であり誇りのはずですよ!?
・・・・天国先生を悪く言うのは、ここだろうと外だろうと許しません。それが嫌なら・・・他の事務所に移ったらどうですか!?」
場が一気に静まり返る。・・・柄にもなく怒鳴ってしまった。
本当の事だ。私は天国先生の味方。誰であろうと、あの人を笑う者は絶対に許さない。
仕事量が増えようが、リスキーだとか。どうしてそんな事がここに所属して言えるの・・・!?
だいたい学校でなんとか出来るなら・・・さっきの親子はあんなになってまで、ここに相談に来ていない。
そんな人を一人でも減らす為。私達は日夜働いている。・・・一丸となって・・・・。そう、信じていたのに・・・。
ガチャッ
「・・・・天国先生。お待たせしました。」
「おう。・・・・・どうした苗字?顔色良くないが・・・疲れたか?」
「いえ・・・大丈夫です。まだまだ行けますよっ。」
天国先生に言おうかどうしようか悩んだ。先程いた社員の顔も部署も勿論把握している。
発言が分かればすぐにでもどうにか出来るかも知れない。
・・・けれど私はそこまで非常になれない。私の声で改めてくれるなら・・・と思い直した。
それから数週間後。夜遅くまで仕事に追われていて、それでもようやくかたがつきそうな感じだ。
____よし。これであとは天国先生に最終チェックを任せるだけ・・・。
外はもう暗いけれど、天国先生はまだ残っているはず。
だから書類を両手で抱えて、指先で扉をノックする。
コンコン
「苗字だな?入っていいぞ。」
「失礼します。天国先生、あとこちら最終チェックだけです。お願い出来ますか?」
「ああ・・・構わねえ。そこに置いといてくれ・・・・。」
なにやらPCに向かって真剣に考えこんでいる様子だった。お仕事のお邪魔だっただろうか・・・。
すると天国先生は、書類を置こうとする私を椅子に座ったまま見上げる。
「・・・・苗字・・・。・・・・俺は、正義の味方でもなんでもねえぞ。」
「・・・天国・・・先生・・・?」
「法律だって正義じゃねえ。だから・・・俺のする裁きが正しいなんて保証はどこにだってありゃしねえんだ・・・。」
「・・・・一体、何を言ってるんですか・・・?」
「俺を庇ってくれたのは嬉しいが・・・。お前は秘書だ。俺の傍らで仕事をこなしてくれるだけでいいんだぞ・・・?」
_____この前の事だ。多分だけれど、その言い方はそうとしか思えない。
私が天国先生を庇うなんて、そんなのあの給湯室での出来事以外有り得ない。
どこか他の社員から聞いたのか。あそこにいた当事者?一体誰が・・・。
「・・・ご存知だったんですねっ・・・。私がつい、ムキになって他の社員さんに怒ってしまった事・・・。」
「俺もたまたま知ってな・・・。意外とお前が怖いって話を聞いちまって、詳細を聞いた。
そしたら俺の悪口を言う奴に色々言ったらしいじゃねえか・・・。お前にそんな度胸があるとは俺も思わなかったぜ。」
「度胸っていうか・・・。・・・・私は天国先生を信頼しています。
・・・だから、無視出来なかったんです・・・。天国先生が悪く言われているのに・・・耐えられなくて・・・。」
「・・・有難うよ、苗字。・・・・だが俺は・・・人を地獄に叩き落としてる自覚もある。
相手は裁きを受けて当然の奴等だがな。だが人は人だ。・・・・俺も、それを忘れてる訳じゃない。」
そう。やっぱりこの人は、人が憎いのではなく"イジメ"という洗脳にも等しい快楽の罪。それが憎くて仕方がないだけ。
だから自分が恨まれるのも、嫌われるのも、陰口を叩かれるのも覚悟の上で光の下に立っている。
「・・・・私は・・・・。・・・私にとって、天国先生は光です。」
「・・・光・・・・?」
「光が照らす場所には影が出来ます。でも決して貴方は、影の存在を知りつつも人を照らし続け・・・誰かを救っています。
私はそんな貴方だから・・・・ここに来て、秘書としてお力添えしたいと願ったんですよ・・・。」
「・・・・俺はそんな大層なもんかね?」
「ええ。私にとっては。・・・だからこれからも、天国と地獄の人で居続けてください・・・。
私は・・・・貴方が世間にどう思われようと・・・・貴方の味方でいたいんですっ・・・。」
そう・・・。私がここに来たのも、全て貴方が救ってくれたからなんですよ・・・・。
本当の事は言えないけれど、私はその恩返しがしたくてここにいます。
どうか・・・天国先生にも届いていますように・・・。
「・・・素直に嬉しいな。・・・・苗字、分かったから今日はもう帰ろうぜ。
明日も真面目に金稼ぎしなきゃだしな・・・。」
「・・・・はいっ。天国先生。」
「・・・・もし、そっちが良けりゃあ・・・・送ってやろうか?」
「え・・・。」
あ、天国先生に送ってもらう・・・?あのいつも来てる車で、だろうか・・・・?
そ、そんな恐れ多い事出来る訳ないっ!!
「だ・・・大丈夫ですっ!!失礼しますっ!!」
「あ、ちょっ・・・気をつけて帰れよー!?」
「お、お疲れさまでしたっ!!」
バンッ!!
し、しまった。勢い余って扉を力強く閉めてきてしまった。
というか逃げるようにその場を立ち去るなんて・・・。申し訳ない事しちゃったな・・・。
「・・・・・。」
でも・・・何で急に送っていくなんて言い出したんだろう。
こんな時間に帰るのなんてたまにあるのに・・・。私が天国先生のお話をしたからだろうか?
・・・まあいいや・・・。もし今度、同じ事言われたら・・・今度は失礼のないようお受けしてみようかな・・・。
そんな勇気があればだけど・・・。
「・・・・チッ。今日も逃げられた・・・。
・・・・俺はいつになったら・・・・あいつに近付けるんだろうな・・・。」