お付き合いした後
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「____はい、天国法律事務所の苗字と申します。
・・・・はい。・・・・・はい、かしこまりました。天国先生、お電話です!」
「おう、こっちに繋いでくれ。」
いつもの仕事風景。いつもの業務。そしていつもの貴方の姿。
もう秘書としてもだいぶ慣れてきたなと思うこの頃。今日もこうして天国先生の傍で仕事をしている。
「天国です。・・・・はい。その要件でしたらこちらで_____」
(・・・一回PCで資料作った方が良さそうだな・・・・。デスクに戻らなきゃ・・・。)
・・・最近、ナゴヤディビジョンや弁護士としての獄さんの活躍は目覚ましい。
好きな人が脚光を浴びたり、注目されてお金が入るのは悪い話じゃない思う。むしろ喜ばしいことだ。
_____けれど。あれから獄さんと付き合い出して、プライベートでお出かけしたり二人っきりの時間が減ってしまった。
なんとか時間を作ってデートをしても、私が軽度の男性恐怖症なのもあってか目新しい進展はない・・・。
私としては進展よりも一緒に居れる事の方が重要なので何も問題はないけれど・・・。
「・・・天国先生。またあとでお伺いします・・・。」
ガチャリ...
・・・・ただ少し。最近は"一緒にいるのにどこか寂しい"ってだけで・・・・。
このもやもやした気持ちはなんだろう・・・。私は、獄さんと一緒に居るだけじゃ駄目なのかな・・・。
そんな事を仕事中に考えてしまい軽く首を横に振る。集中集中・・・。
頭では分かっていても気持ちがついていってない・・・。目の前の難しい文章でなんとか我に返り、正気を取り戻す。
"こうして頑張るのが獄さんの為。"そう思うと、また少し頑張れそうな気がしてきた。
_____それから数日後。
受付からの電話連絡を経て、いつものお二人が上がってくる声が聞こえる。
なんというか事務所の人達も違和感がなくなってきているというか・・・。困ってる人も多少いるけど気にしてない人の方が多いみたい。
「よう名無!!今日は獄居るか?」
「こんにちはっす名無さん!!」
「こんにちは空却さん十四さん!天国先生ならお部屋におられますよ。お仕事中ですが・・・__」
バンッ!
「獄テメェ電話ぐらい出ろや!!通話中長ぇんだよお前!!」
「・・・お前ら・・・・いっつも我が物顔で入ってきやがって・・・。」
「だって獄さんに会うにはここしかないじゃないっすか~!!」
「ここんとこ忙しくて要件が立て込んでんだよ。だからさっさと帰れガキ共。」
「ええ~ん!!獄さん冷たいっす~!!」
なんというか事務所の扉を蹴破るようにして入るのも本当に見慣れてしまった・・・。
中の獄さん・・・よく見たら額に青筋浮かんでる・・・?こ・・・ここは秘書として、お客様へのジュースと先生用のコーヒーをお持ちしないとね・・・。
開けっ放しになってた扉をそーっと閉めて、とりあえず給湯室に向かった。
...コンコン
「失礼します。あの、飲み物を・・・」
「いいか。マジでお前らを業務妨害罪で訴える事は出来んだぞ?
何度も出入りしてるの証言と防犯カメラの映像。それに俺の実際妨害された仕事量を提示すれば可能な話だ。」
「同じチームのやつを訴えようってのかあ?テメェの好きな菓子持ってきてやった拙僧らに随分冷てえなヤクザ弁護士?」
「獄さんの法律ジョーク、最近ますます拍車がかかってるっすね!!」
い、いつも通りすぎる・・・。この三人は噛み合ってないようにしか見えないんだけど、それでも仲が良いんだから凄いとしか言えない・・・。
私もよくこの人達と仲良しになれたよね・・・。私も時間があったら話に入りたいなあ・・・・。
「えっと、空却さん十四さん。ジュースあるので良ければどうぞ。」
「おう!ちょうど喉乾いてたんだ、ナイスだぜ名無!!」
「有難うございます!!・・・ぷはぁ~!!生き返るっす~!!」
コト...
「天国先生もどうぞ。少し休憩なさってください。」
「有難うよ。今はこいつらをどうやって追い出そうか考えてたとこだがな。」
「えぇ!?まだ本題のラップバトルの話もしてないっすよぉ!?」
「打ち合わせならここに来んでも出来るだろうが・・・。」
「その連絡が遅すぎっからこうして出向いてやってんだろうが!!」
今回二人が来た用事はわりとまともな要件みたい・・・。獄さんは本当に公私共に忙しい身なんだなぁって改めて思う。
最近の休日も仕事の後処理でなくなっちゃったり、こうしてお二人に呼ばれて修行やチーム活動をしているらしい。
なんか・・・ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ。獄さんと一緒に居れるチームのお二人が羨ましく思えた・・・。
「・・・じゃあ、私はこれで失礼します。」
「あれ?名無さんは休憩しないんすか?」
「まだ色々仕事がありまして・・・。私もお話したいですが、今日は失礼させてもらいます。」
「しょうがねえなー。んじゃあ、名無!これでも持ってけ!」
「わわっ!・・・っと!?」
く、空却さんがいきなり何かを投げてきた!?
咄嗟にキャッチ出来たけど・・・。私の手にはカラフルな包装のキャンディーが。
「これ・・・良いんですかっ・・・?」
「それ、前会った時可愛いって言ってたんで名無さんにあげようと思ったんすよ!!」
「それでも舐めて元気出せや。仕事中でも口に入れりゃあバレねえよ!」
「俺が仕事してる目の前でよくんな事言えんな・・・。」
「___有難うございますっ!仕事中は食べないですが・・・休憩の時に頂きますねっ!!」
なんだかちょっとした優しさに心が温かくなるのを感じる。話せなくても、こういった親切は忙しい中とても嬉しい。
やっぱり獄さんが入ってるチームなだけあるなって・・・。根は優しくて、誰かの背中を押せる良い人達だから。
仲良くなった私には分かる・・・。少しのおしゃべりでもどこか気が紛れるものなんだな・・・。
とりあえずポケットにしまって、私はちょっとご機嫌に仕事を再開した。
・・・それからだいぶ後。辺りが静かになってから暫く経つ。窓の外ももう暗い。
ある程度の作業を終わらせて、気がつけばもう夕方は過ぎていた。他の部署も数人しか残っていないらしい。
お腹すいた・・・。けど私の心配はそこではない。荷物をまとめて、控えめに扉をノックする。
コンコン...
「失礼します・・・。天国先生・・・・なにかお手伝いしましょうか・・・?」
「・・・いや。お前はもう上がりだろ?あんまり遅くならねえうちに帰っていいぞ。」
あまり私に目線を合わせることなく、目の前の分厚い六法全書を見つめてはペンを走らせる。
最近こんな状況ばかりで・・・夜遅くまで仕事してるのが常になっている。私でさえそれなりに遅いのにこの人は・・・。
「・・・あまり無理なさらないでくださいね。スケジュール管理している私が言うのも・・・違うかも知れませんが・・・。」
「・・・ふっ。気持ちだけで構わねえよ。これを全部引き受けたのは俺だ、苗字が責任感じる必要はどこにもねえよ。」
「・・・・・・そうですか・・・。では、お先に失礼しますね・・・。」
軽く一礼して、忙しそうなのであまり会話もせずまた扉と向き合う。
「____苗字。」
「・・・・・?」
ふと呼び止められて。振り返るが別に視線を合わすわけでも、仕事の手を止めた訳でもなかった。
「この量だと、多分あと一週間か十日ぐらいで片がつくだろう。
そしたら週末の夜空けといてくれ。」
ああ・・・スケジュールのお話ね。確かに仕事の進捗は滞りなく進んでるし、多分週末飲みにでも行かれるんだろうな。
「分かりました。天国先生なら順調に事が進むと思うので、金曜日の夜くらいゆっくりされてください。」
「あ?何言ってんだ?俺が言ってんのはお前の話なんだが?」
「・・・・え・・・?」
「でかい仕事が片付いたら、これまでの労いも兼ねて飯でも行こうぜ。
最近ろくに二人で出かけてねえし・・・。・・・・な?」
そう言って、私に微笑みかける姿はまさしく"獄さん"の表情だった。
それってつまりっ・・・ひ・・・久々に夜のデートのお誘いっ!?
ここ最近仕事中の"天国先生"としての顔しか見ていなかったので、久しぶりに向けられた穏やかな表情に見事心臓を撃ち抜かれた訳で・・・。
こ、こうも声色や笑い方を使い分けるなんてっ・・・。や、やっぱりHeaven&Hellの名は伊達じゃない・・・!
って・・・・な、何考えてるんだろう・・・私・・・・?
「わ、分かりましたっ!私も・・・夜空けときますっ・・・。」
「頼むぜ。俺も目標があると頑張れるからな。」
「・・・楽しみにしてますっ・・・。お互い、頑張りましょうねっ!!」
「ああ。気ぃつけて帰れよ。」
「はいっ!お先に失礼しますっ!!」
パタンッ
まるで閉める扉の音まであからさまにご機嫌なように聞こえた。
私も私で乗せられやすいなあ・・・。相当顔にやけてたかも知れない・・・。
でもこんなの、嬉しいに決まってる・・・!!少しでも良い・・・獄さんとデートしたい・・・!!
・・・もしかしたら私は、こういうプライベートでの獄さんを待ち望んでいたのかも知れないっ・・・。
そうでなきゃ、こんなにワクワクしたり・・・ドキドキしたり・・・胸が高鳴ったりしないもんね・・・。
色々考えている間に、気がついたら家に帰ってきていた。
カバンをおろして、着替えもせずにお気に入りのぬいぐるみに顔を埋めた。
「・・・・獄さんっ・・・・有難うございます・・・!!
・・・うう~っっ・・・楽しみ・・・!!仕事頑張らなきゃ~~っっ・・・!!」
猫のぬいぐるみにすりすりしたら、少しだけ困った顔をしているように見えた。
アポ取りの電話応対、部屋の掃除、裁判の資料作り、それからスケジュール調整などなど。
忙しいと時間があっという間なんていうのはよく言ったもので。火曜日かと思ったら水曜日だったり、昼かと思ったら夕方だったりして。
それだけ日々の忙しさになんとか追いついていく・・・。それはあの人も同じだと信じているから。
一つ一つの仕事が片付いていく安心感と達成感。そして心の中で密かに数えているカウントダウン。
そうして数字が小さくなるごとに・・・迫る胸の高鳴り。
(今日は金曜日・・・。ああ・・・今日の仕事が終わったら・・・・!)
やっと・・・大きな仕事がだいたい終わって・・・。遂にデートの日が来たっ!!
コンコンッ
「失礼しますっ!!・・・あの・・・天国先生、お疲れ様でした!!」
「おう。これでやっと旨い酒が飲めるな・・・。先に下で待っててくれ。俺もすぐ行く。」
ご機嫌にデスクの上を片付ける姿はまるでさっきの私みたいだった。
その姿にこっちまで楽しくなりそう。・・・というか、獄さんも鼻歌とか歌うんだな・・・。
「はいっ!お待ちしてますっ!!」
まだ少しかかりそうなので一足先にエントランスへ直行する。
久々にまだ外が明るくて、西のビルに吸い込まれる夕日を目を細めて眺めていた。
「よう、行くとするか」
「は、はいっ!」
「少し歩くが構わねえか?」
「大丈夫ですっ!」
程なくして獄さんが降りてきた。久々の流れに若干緊張しつつも、私達はゆっくりお店へ歩き出す。
(・・・・・・何話そうかな。お疲れ様です、とかそういうのはお店着いてからの方がいいかな・・・・?
あんまり歩いてる時に話しかけてもしょうがないかも・・・・。)
「・・・どうした?何緊張してんだ?」
「へっ!?あの・・・何お話しようかな、とか・・・考えてまして・・・・。」
「ふっ・・・。色々話す事あると、いざって時浮かばねえよな。今日はお互いゆっくり出来んだ。思いついたもんから話そうぜ?」
「じゃ、じゃあ今夜はどこ行くんですか?居酒屋ですか?それともBARですか?」
「こういう日はBARだな。仕事上他人に聞かれたくねえ話もあるし、ああいう雰囲気で飲みてえ・・・。」
緊張したのが獄さんにバレていた・・・。でもそのおかげか、話が出来て私の気持ちも少しずつプライベートになりつつある。
観察力が鋭いからか、こうして絆すのが上手い人だなあ・・・って思う。やっぱり有難いし・・・嬉しくなっちゃうな・・・。
BARの雰囲気を聞く感じだと知る人ぞ知る名店・・・って感じらしい。なんでもお酒の種類も多いとかで初心者から玄人まで幅広く利用されてるみたい。
聞けば聞く程楽しみになってきた・・・。とか考えていたらいつの間にか目的地のビルに到着していた。
適度に騒がしくなく。耳に心地良い大人な雰囲気の曲が流れている。清潔感のあるスタッフさんに案内されて端っこよりのテーブルへ案内される。
他にあまり人も居ないし、ここなら確かに内密な話をしても良さそうだ。と言ってもお互い顧客の守秘義務は守りますけどね?
「んじゃ・・・お疲れさん。乾杯。」
「お疲れ様です、乾杯っ。」
お食事やお酒も届いたところでグラスを軽く傾ける。獄さんの上機嫌な笑顔に、私の心も癒やされる。
獄さんはいつものお酒だけど私はノンアルで。いつかの時みたいにふらふらしたくないし・・・。
「・・・ここのお食事も美味しいです!獄さんはこういう良い雰囲気のお店を色々ご存知なんですね!」
「単に地元ってのもあるが、色々当たり外れを経験してくると見つけるのも上手くなるからな。
それとか知り合いのマスターが知ってる店だとか人づてのパターンもある。この職やってっと人との関わりは大事にしねえとな。」
「そうですね。獄さんの人望もあるんでしょうね。」
「はっ・・・人望か。まあ一理あるかもな。」
そう言うとご機嫌にウイスキーを飲んで楽しそうに微笑んだ。私が見たかったのは・・・やっぱりこういう獄さんの表情だな、って思っちゃう。
「・・・お前みたいな頼もしい秘書がいて、俺は嬉しい。」
「へっ・・・?」
「・・・最近お前もこの仕事に慣れてきたんじゃねえのか?なんつーか、ケースバイケースで対応出来てる事が増えた気がする。」
「_____もしかして、この前の高圧的な人の対応とかですか・・・?」
「・・・まあな。お前もキツかったろうによくやったよ。俺目当てで依頼してくるやつは金積んで我が物顔で来る奴も多いからな。
態度もよそよそしさがなくなって誠実な顔つきになってきたと思うぜ。」
獄さんが私の事をそこまで見てくれているなんて思わなかった・・・。まあ、"そういう目"で見ているからっていうのもあるんでしょうけど、仕事の姿勢を褒められるのはかなり嬉しい。
・・・獄さんは無敗の弁護士。だから、時々裏の人が依頼してくることもある。多額の金があるからなんとかしろ、って・・・。
こっちは仕事でしているから文句も言えないし・・・正直少し前までは怖かった。
『よう若い姉ちゃん。あんたここの秘書か?』
『・・・はい。そうです。』
『なかなか可愛いじゃねえのぉ?給料いくらもらってんだ?俺がもっと良い仕事紹介してやろうか?』
『・・・・お気持ちだけ頂戴いたします。』
『・・・客に向かってなんだその目つきはよ?お?』
適切な答えを出しても睨んでくるし、視線が怖くて逃げ出したい日も・・・あったかな・・・。
でもそれはほんの一瞬で。貴方は全部分かってくれてましたね、獄さん。
『____依頼主様。今回の件は状況的にはかなり不利と言わざるを得ません。』
『あ!?それをなんとかするのがお前の仕事だろうがよ!?』
『ええ。・・・ですから、"周りを見ている暇"などありません。この件に集中していただきたい。
釈放にはそれなりの大金と、時間と、情報が入ります。
・・・ご存知な事を、洗いざらい吐いていただかないとこちらも対応しかねます。私とそこの優秀な秘書が、精一杯対応致しますので。』
『・・・フン。食えねえ弁護士だ・・・。』
あの時も・・・獄さんが真っ直ぐ依頼内容に向き合ってサポートしてくれたからなんとか出来たんだっけ。
獄さんの頼もしさには何度も救われるな・・・私・・・。
「誠実・・・ですかね。出来る限りの対応をしてるだけですよ。前より成長出来てる気はしてますけどね。
それに、獄さんが助けてくれたのもあるじゃないですか。」
「助けるもなにも、法律事務所でセクハラまがいの態度してくる奴がどうも癪に障って許せねえだけだ。」
「・・・私は、獄さんが傍に居るだけで心強いです。だから、どんな依頼にも向き合えてます。
・・・この先も。それは変わりませんよ。」
「・・・・・有難うよ。なんか困った事があったら遠慮せず言えよ?名無は少し我慢しがちなとこあるからな。」
「そう・・・ですかね?ふふっ、困ったら素直に言いますよ。勿論。」
獄さんが私の事を分かってくれて。いつでも傍にいてくれて。・・・本当にそれが嬉しくて。
前だったら獄さんに相談事なんて贅沢だな、って思ってたけど今は違う。
本当に・・・恋人に相談するような親しい距離感になれてると実感してるから。
_____私はなんて・・・幸せな秘書でしょうか。
「いいか。俺には我慢ならんもんがふたつある・・・。」
(獄さん今日絶好調だなぁ・・・。)
それから食事もお酒も進んで、よほどストレスが溜まっていたのか珍しく色々な愚痴を言っていた。
私が嫌だと感じた人はどうやら一緒だったらしく、さっきの人以外もなんとなく分かる範囲で我慢ならんとか嫌いなもんとか言いまくっていた。
顧客情報を露呈しない程度に文句を言うのはなんだか脱法スレスレ・・・?って気がしないでもない。空却さんがこの前『脱法弁護士め』とか言ってたな・・・。
こうしてうんうん、と頷いている時間は私のストレス発散にもなる。正直なところかなり話もはずんだ。
「獄さんも同じ事思ってて安心しました・・・。私だけだったらどうしようかと・・・。」
「社会人のルールとして当然だ。俺こそこうして話が通じる奴がいると助かるからな。
_____っと。話し込んでたら時間あっという間だな・・・。今日はこの辺にしとくか・・・。」
左手の時計をちらっと確認して、それなりに時間が過ぎていることに気がつく。
とりあえず手を合わせてご馳走様。その後忘れ物がないか軽く確認してレジへ・・・って。
「あ、獄さんお金・・・!」
「心配すんな。楽しかったから、今日は奢らせてくれ。」
そ、そう言っていつも奢られてる気がするっ!!ご機嫌な獄さんの気持ちを無下にする訳にもいかないし・・・素直に甘えておいていいのかなぁ・・・?
私の財布を出しかけた手は、そのままお金を出す事なく元の位置へ戻ってしまった。
外に出ると夜風が心地良くて・・・。お酒は飲んでないけれど涼しくて気持ちの良い夜。いつの間にかぽっかりと三日月が照らしている。
「あっという間ですね・・・。色々お話出来て良かったです・・・。」
「ああ・・・。・・・名無、俺はこのまま散歩してえ気分なんだが・・・一緒に来るか?」
「えっ?良いんですかっ?一緒に行っても・・・?」
「明日も休みだし、帰りは送るからよ。」
自然とこちらに伸ばされた右手。・・・これって、もしかして・・・?
・・・・・ドキドキしながらも。おそるおそる左手を伸ばして。
肌の感触。角ばった男の人の掌。少しずつ物を数えるように、互いの指が交差していく。
_____手、握ったの。久しぶりだなっ・・・。でも付き合ってからまともに握ったのは・・・初めてで。
隣に立ってゆっくり歩き出す。ふと獄さんの顔を見上げれば、少し目が合い。優しい顔で微笑んでくれた。
一人だったら出歩けない夜の散歩も。獄さんと一緒なら怖くない。むしろ嬉しいやら楽しいやらで景色がいつもと違って見える。
たまに会話したりしなかったりするこの空間が愛おしく感じる。公園に近付くと、どこかにいる夜の虫が鳴いているのが聞こえてきた。
・・・夜の公園は遊具に誰も居なくて。街頭の灯りだけがあちこち付いて、普段目に止めない植え込みの緑がよく見える。
「ちょっと吸っても良いか?」
「どうぞ。」
自然と手を離して、傍のベンチに私だけ腰をおろす。獄さんは月を見上げながら上機嫌に煙草を吸っている。
煙が天へのぼり、三日月を覆っていく姿はまるで朧月夜だった。
・・・あれ?私いまポエムみたいな事思ったかも?
「・・・月、綺麗ですね。」
「フゥー・・・・ああ。今日は特に晴れてたからな。尚更よく見える。」
「夜は外に出ないのでなんだか公園でも新鮮に見えます。」
「ふっ・・・。そらあ良かった・・・。」
獄さんの煙草を吸う姿はやっぱり素敵で。どことなく色気を纏ったその指先も、表情も、好きだと実感させられる。
前は憧れや尊敬として見ていたけれど、今は"私だけに見せている姿"だから・・・。そんな彼と居れる瞬間が愛おしくて仕方がない。
少しして吸い殻をベンチの端にある灰皿へ捨てて、私の隣りへ座った。
・・・周りに誰も居ない。静かに虫の音だけが聞こえる夜。
____ふと視線を感じて隣を見上げると。獄さんが私の方をじっと見つめていた。
「・・・・どうしました?獄さ____」
言いかけた瞬間。頬に温かい手が添えられて。
・・・なんとなく、頬からするりと顎へ撫でられる仕草で。何を求めているか"分かってしまった"。
....ドキッ
これは、そういう事で良いんですよねっ・・・?ど、どうしようっ、こういう時・・・どうするんだっけ・・・!?
少女漫画を読んだのも遠い昔の記憶。つい最近まで恋愛に興味がなかったせいで思い出すのに少し時間がかかった。
・・・目っ。目、閉じなきゃ・・・。こんなに、真剣な顔して獄さんが見つめてくるんだもの・・・それしかないっ・・・!!
多分あたふたしてるのも全部バレているのだろうけれど・・・私だってこういう事を望んでいない訳ではなかった。
___ギュッと目を閉じて。感覚を研ぎ澄ます。
心臓がうるさくて。自然と固く握りしめた手が汗ばんでいるのが分かる。手を繋いでいなくて良かったかも知れない。
・・・ほんの一時。唇に吐息を感じて・・・っ。
ちゅ・・・と音がするかしないかの触れ合い。
_____・・・人生で初めて・・・・大好きな人と、キスをしたっ・・・。
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」
キスの味はなんとかってよく歌で聞いてたけれど、実際は煙草とお酒の香りがして。味というよりは感覚の方が強く残ったかも知れない・・・。
暫くして目を開ける。・・・多分私の顔は今紅いのだろうと思う。紅潮する感覚もあったし、キスというのはした後こんなに火照るものなんだろうか・・・?
・・・よく見たら獄さんだって少し顔が紅い。やっぱりこの感覚って正しいんだ・・・ってどこか安心した。
「・・・・平気か?」
「・・・・・。」
笑いかける彼の顔をあまり見れずに、軽くうんと頷く。
そういえばその問いかけで思い出したのは・・・獄さんと居ると、イジメられていた時の黒い記憶が出てこない事に気が付いた。
軽度とはいえ男性恐怖症。それが大好きな獄さんの前では忘れていられる。いや、忘れている。
それがあの記憶を払拭してくれた本人だからなのか。私がただ単に好きだからなのかは分からないけれど・・・。
でも獄さんはきっと、言葉の端から気にかけてくれているのが分かる。その気持ちに・・・胸が熱くなった。
「・・・獄さん・・・・私・・・。貴方と居ると、胸にある怖い気持ちが・・・どこかへ消えているんです。
不思議です・・・。トラウマだった景色が・・・目を閉じるとどこかで浮かんでいた嫌な思い出さえ、忘れられているんです・・・。」
「・・・そりゃあ、名無が前を向いてるって証拠だ。俺はきっと手伝ってやっただけで、お前自身がそうしたいと思ったんだろ?」
「・・・・そう、なのかな・・・?そうかも知れません・・・。・・・でもきっかけをくれたのは間違いなく獄さんです・・・!
____私・・・やっぱり、貴方の事が大好きです・・・。また・・・こうして二人でデートしたいです・・・!」
頬の手に、私の手を重ねて。その温かさに身を委ねるようにすり寄る。
獄さんの体温は私より温かくて・・・。指先を合わせていくことで、私の手も温まる気がした。
「・・・ああ。また時間作って、どっか行こうな。・・・約束だ。」
私は子供のようにうんうん、と頷いて。肩に少し凭れ掛かると、二人して笑いあった。
___獄さんがもし。私と同学年だったら、きっとこうはなってない。
それは獄さんも同じで、私は獄さんの昔の姿はあまり知らない。
けれど幼馴染のような。友達のような。獄さんの時々見せるどこか幼く見える顔が好きで。
・・・私は。今だからこそ、貴方と恋人になっているこの瞬間を。とても愛おしく思うのでした______
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