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頓挫したアリスモチーフ

 トッポがアリスを警戒し、少し後ろから付いてくるのをいいことに、目的地に着くまでペルーシュは聞こえるように愚痴をこぼしていた。二人でコンビを組むのが日常になってからは、言う相手も聞いてくれる相手もいないのだという。ペルーシュには彼のフォローが、悪く言えば尻拭いがいつの間にやら染み着いていた。どうやら性格に難のあるトッポには人当たりのいい彼女が適任だったらしい。
 アリスは二人の喧嘩腰の掛け合いを夢中で聞いていた。テンポよく面白いもので仲がいいほど喧嘩する、そんな夫婦漫才を彷彿とさせる。周囲もこれが面白いからあえて放置しているのだろうと思う。
「大体あん時はお前がな……」
「あ、見えてきました」
「おい、聞いとけ」
 トッポの話に区切りをつけて、ペルーシュが示した先には小さな小屋と数人の人影が見えた。彼女が手を振ると振り帰す相手もいる。どうやらそこが集合場所のようだ。
 小屋は近くで見ても簡素で質素な作りだった。誰かが住んでいると言うことではないらしい。周りにはいくつも切り株が残されており、腰を下ろす人や銃や剣などの武器が放置してあった。歩きながら目に入る物騒なものにアリスは密かに警戒を強める。何をしているのか分からないものに、警戒する権利はあるはずだ。
 ペルーシュの足が止まったのはその中でも1番大きなものに腰掛け、書類に目を通す初老の男性の側だった。
「インコとネズミ、戻りました」
「ネズミとインコだろ」
「どっちでもいいでしょ!」
「うん、ご苦労様。……そちらの彼女は?」
「泉で見つけた不審者です」
 背筋を伸ばし、トッポが誰よりも前に立って発言した。彼女と口論していた時の嫌みさはなく『出来る部下』と言った雰囲気だ。仕事は出来るが性格に少々難あり、と言ったところか。アリスは此処で呼びかけられた彼は書類を側に置き、立ち上がって頭を下げた。
 彼がペルーシュの言っていたアンシャンという男なのだろう。アリスも礼儀正しくスカートの裾を摘み、お辞儀を返す。彼の胸元のポケットからはみ出した羽根飾りが自然と目に付いた。
「初めまして、お嬢さん」
「こんにちは、こちらこそ初めまして」
「話は二人から聞いているね、早速だが始めるとしよう。そちらに座っていただけるかな?」
 低く深みのある声で促され、1番近くにあった切り株に腰を下ろした。質問、正しく言えば尋問を受けると聞いてどんな厳つい相手が来るのかと思えば、優しい雰囲気漂うロマンスグレーの似合うおじさまだったことにアリスは内心ほっとしていた。
 取り出した彼の羽根飾りはペンになっていた。トッポが近くの紙を素早くボードに挟み、アンシャンに差し出す。
「まずはお名前を」
「あの、イニシャルじゃいけませんか?」
「……いいだろう。言ってみなさい」
 武装している人達に本名を明かすのは気が引けたのだ。
アリスの申し出に男は少し曲がった鷲鼻を2、3回指でなぞり、短い思案ののち承諾した。容姿の資料とイニシャルさえあれば人物を特定出来ると言うのだろうか。
「A・Lです」
「ほう、奇遇だな。私もAで始まる」
「そうですね。なら、アップルパイはお好きですか?」
「私は射手の方がいい、蛙は……いまいちだ」
 この返答にアリスは好感を持った。見た目よりも茶目っ気のある男性だ。この問いかけをきちんと返してくれる相手は貴重だ。さすが年を重ねているだけあって、会話の楽しみ方やユーモアを知っている。
 互いにリラックスしたところで、尋問は始まった。
年齢、出身地、普段は何をしているか。いたって普通のプロフィールを埋めるようなものから、TとCの関係をどう思うか、かけっこは好きかなど的外れなものまで。
 それほど量は多くないものの意味の分からない、答えづらいものあった。その時はアリスは誤魔化し、どちらとも取れる返答をした。
「これで最後、何故此処にお嬢さんはいるんだい?」
「ウイユとはぐれてしまったんです」
 最後の答えに周囲の動きが止まった。思わずアリスも静止する。視線も動かせないほど、場が緊張しているのが分かった。
 何かまずいことを言ったのだろうか。紙面と彼女を見比べるアンシャンだけが動いている。
「すまない、もう一つ質問を増やそう。君は……女王側の人間かい?」
「はい?」
「彼の知り合いで、近くの森の出身でもない」
 ゆっくり周りを取り囲む足音に混ざる、金属同士が触れ合う音。アリスはそっと右のポケットに手を入れた。指先に感じる、鍵の冷たさが彼女を冷静にさせた。
「あいつから何を言われてきた、さっさと吐いたらどうだ」
「なんのことでしょう」
 穏やかだった目つきは鋭くなり、口調も自ずと乱暴になっている。もう紙面など見ず、目の前の人物を敵として睨みつけた。
「吐かないなら、消えてもらう」
「お断りします」
 背後から振り降ろされた剣を受け止めたのは、銀色のトンファー。持ち手に施された複雑な模様と水晶から、確実に鍵が変形したものだろう。どうやら鍵は持ち主の思う形に自動に変化するようだ。
 剣を弾き、相手をそのまま殴り倒す。腕に伝わる鈍い肉の感触も本日二度目の戦いも、正当防衛だと自分に言い聞かせた。

「女王は嫌い、あなたがたも」

 攻撃出来ないよう剣を奪い取り、乱暴に振り回して牽制しながらアリスは森へと走り出してた。
 普通の少女が易々と仲間を倒したことに全員唖然としていたが、トッポの声で引き戻される。
「追っかけろ! 森へ逃げたぞ!!」
 一番近くにいたトッポとペルーシュを先頭に、皆一斉に森へと走り出す。
 アンシャンだけはその場から動かず手元の用紙に“怪しきA・L逃走”と書き留め、胸元に羽根ペンを戻した。この後の空欄は追った仲間から詳しく聞いてまとめればいい。立ち上がり倒された男を抱え起こしながら、彼女との会話を思い起こす。
 Aがアップルパイ、射手に蛙。有名なマザーグースの暗記歌。はて、随分前にも同じようなことを誰かと話したような。それがいったい誰だったか。アンシャンは思い出せなかった。


  ◆  ◆  ◆


 アリスは鍵を元に戻し、森を走った。また追いかけられる側だ、しかも今度は人数も不利な状態。後ろからはトッポの指示が聞こえてくる。相手は銃を持っていた。まだ射程距離ではないので撃つこともないようだが、いつ追い付かれ撃たれるかは分からない。全員の反応からして、追い付かれ捕まったあとに何が待っているのかは想像に易いが考えたくはない。
 どうして此処の住人はこんなに血の気が多いのか。驚きを通り越して呆れてしまう。とりあえず逃げたはいいが、確実に逃げきる方法を今すぐ考えなければ。
 ポケットに鍵をしまうと指先に何かが触れた。つるりとした滑らかで、冷たい硝子の感触。取り出した小瓶の中にはまだ飲みかけの液体が残っている。これだ。彼女の瞳が輝いた。

「いたか!」
「いないぞ」
「右は!?」
「こっちもだ!」
「くそっ……」
 トッポは己の拳を叩いた。あんな小娘一人に逃げられ、こちらのテリトリーで捕まえられないなど有り得ない。苛立ちと焦りが顔に出ていた。
 同胞を倒してまで逃げ出した少女。何かを知っているから逃げ出した、そう考えるのが道理には合うだろう。
 だが、ある一つの可能性として彼女が本当に“何も知らない者”だとしたら。それなら湖にいたことにも、怯えずに困らずに連行されたことにも頷ける。ならば何故、黒兎や女王の存在を知っているのか。
「おーい! 剣見付けたぞー!」
 思案を繰り返す彼の頭に待っていた報告が飛び込んだ。全員が急いでその場所に集合する。木の根本には奪い取られた短剣が突き刺さっていた。この付近に少女はいる。確信した面々は指示を待たずに四方へとまた捜索に戻っていく。
 発見者である白髪の少年が剣を取ろうと身を屈ませると、何かが視界の端で反射した気がした。コインでも誰か落としていったんだろうか、儲けた。興味をそそられるが後ろで彼を呼ぶ声がうるさい。見つけたのは自分だけだ、後でまた取りに来ればいいさ。少年は気楽に考え、剣を手に仲間の元へと戻っていった。しかし、それはよく見れば銀髪の小さな人影だったのだ。
 危なかった。ばれたのかと思った。身の丈の倍以上の大きさの草の中で、アリスは殺していた息をゆっくり吐いた。そこはさっきまで剣が側にあった木の根本で、彼女は虫ほどの大きさになって潜んでいた。
 剣を木に突き立て、自分は残った薬で小さくなり逃げたと思わせる。上手くいくか分からない作戦ではあったが、実際上手くいってよかった。こちらに気付いた少年が楽観的でなければ、すぐに捕まっていただろう。
 アリスは近くで聞こえていた話し声や足音が遠くなるのを見計らい、足を進め始めた。なるべく周囲に気を配って踏まれないように、気付かれないように、本当の虫になった気分で彼女は森を進んでいった。
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