ロクスメ

『奴さん、ぞろぞろお出ましだぜ』

深夜三時、夜も明けない刻限に、ロックオンからの通信が入る。

それを合図に、スメラギはモレノに素早く合図を送る。

夕刻に買い出しに出て行ったきり戻らない助手を連れ戻すと言う名目で、モレノは基地外へ脱出。

車に乗ったモレノが無事にゲートを通り抜けたのを窓から確認し、スメラギは病衣の上にカーディガンを羽織る。

背中の傷が痛むが、ミッションを中断するつもりは無い。


「わたしも行動に移るわ。以後、通信は暗号で」


『了解』


部屋の隅にうずくまり、耳を澄ます。

窓の外が一瞬薄明るくなり、ドン、と小さな音が聞こえた。

敵の攻撃音だ。

スメラギは敵兵力とユニオン軍の防衛状況を頭に思い描く。

敵MSは恐らく陸上型ヘリオンが十機程。

是が非でも情報を奪うつもりでやって来たのだろう。

ユニオン軍は研究施設だという事を欺く為に、基地に常駐させて居るフラッグや、その他ヘリオンに対抗出来るMSの数が圧倒的に少ない。

警報が病院内に鳴り響き始めた。

そのすぐ直後に、大きな爆発音が響いた。

デュナメスの狙撃から辛くも逃れたヘリオンがユニオン軍のMS格納庫を襲撃した音だろう。

バタバタと廊下を慌ただしく走る足音、動けない患者を運ぶ車椅子やストレッチャーの車輪が転がる音、患者や取り乱した職員の悲鳴や怒号が響き始める。

じわりと掌に嫌な汗が浮かぶ。

ドアを開け、避難をする患者たちに紛れてスメラギは行動を開始した。

病院の出入り口付近まで病院職員に誘導され、誰にもバレないように使われていない非常口から外へ出る。

すぐ傍を駆け抜けて行った兵士をドアの陰に隠れてやり過ごし、辺りを見渡せば、少し離れた所に研究施設らしき建物から白衣を着た研究員や、軍人達が慌ただしく避難を始めて居るのが窺えた。

その中にはスメラギもよく見知った眼鏡の男、ビリー・カタギリも存在していた。

研究員たちが避難したのを確認し、壁づたいに研究施設へ近付く。

角を曲がれば研究施設の入り口だと思い、曲がりかけた瞬間、武装を失ったヘリオンが一機、スメラギの目の前で研究施設入り口に突っ込んだ。

特攻だろうか。

衝撃で崩れ落ちた瓦礫から身を守るように屈めば、遠くから放たれたビームライフルの光が、瓦礫を消し去った。

デュナメスの狙撃だ。

直後、追従する様に第二波が、たった今突撃を果たしたヘリオンに撃ち込まれた。

轟音にスメラギは顔をしかめて耳を塞ぐ。

爆風に吹き飛ばされないように地に伏せた。

粉塵が身体にかかる。


『無事か?』


「…通信は暗号で、って言ったわよね?」


『…悪ぃ』


「…まぁいいわ。助かったし、ありがとう」


『アレルヤが約300秒後に到着だ』


「わかったわ」


スメラギは一方的に通信を切り、立ち上がった。

リハビリも無しで、ずっと寝たきりで居た身体は重く、背中の傷も痛むが構ってなど居られない。

研究施設内は職員専用のカードキーを使うセキュリティードアが存在して居たらしいが、ヘリオンの直撃ではそれも意味をなさなかったらしい。

スメラギは硝子を踏みながら研究施設内へ侵入した。

メインコンピューターは意外と簡単な箇所に設置されて居り、スメラギは即座に持っていた端末と研究施設のメインコンピューターを繋いだ。

クリスティナに通信を送れば即座に動きが見られた。

クリスティナが情報を掴むまでに、少し時間がある。

スメラギが宙を眺めた瞬間だった。

気配を感じて振り返ろうとした。

だが、硬質な物が背中に触れ、それは叶わなかった。


「動くな!…両手を上げてゆっくり、振り向け」


ユニオン軍の兵士だろうか。

ハッキングにはまだ気付かれては居ないみたいだが。

ゆっくり両手を持ち上げ、振り返ろうとした。

瞬間、研究施設の地面が大きく揺れた。

クリスティナからのハッキング完了の合図と、轟音と共に研究施設の天井が崩れ落ちる。

崩れ落ちた瓦礫の上に、パイロットスーツに身を包んだロックオンが降り立った。


「ミス・スメラギ!!こっちだ!」


兵士らしき男が揺れと崩落、そして新たな人物に気を取られた瞬間、スメラギは端末を引き抜いてロックオンの方へ駆け出した。


「待て!」


慌てた男が突然発砲した。

狙いを定めずに撃たれた弾丸は、スメラギの脚に直撃した。

ロックオンの足元、瓦礫の下に倒れたスメラギを見て、ロックオンの頭に血が上った。

恐ろしい形相で、ロックオンは手に持っていた銃を男に向け、引き金を引いた。

ロックオンはすぐさま瓦礫を滑り降り、スメラギの傍らに片膝を着いて抱き起こす。


「おい!」


「…粉塵まみれになったり撃たれたり転んだり……気分は最悪」


うんざりした口調のスメラギに安堵しながらロックオンはスメラギを抱え上げる。


「さっきの人は…?」


「悪い、撃っちまった。ユニオンの兵士じゃないみたいだが」


ならば先程デュナメスに狙撃されたヘリオンのパイロットだろうか。

ロックオンはスメラギを抱えてデュナメスに乗り込む。


「…思ってたより早くキュリオスが到着してな、早く片付いたんだよ」


ロックオンがキュリオスとの通信回線を開けば、アレルヤとキュリオスに乗り込んだモレノが映し出された。


「スメラギさん!無事でなによりです!!」


「…アレルヤ」


久々に見る大切な仲間に、スメラギは痛みを堪えて微笑んだ。


「じゃ、これから宇宙に上がる準備だ。ユニオンの増援が来る前に天柱に向かうぞ!いいな?ミス・スメラギ」


「…ええ」


「了解」


やっと、終わった。

これで、帰れるのだ。

宇宙へ。

仲間の元へ。

愛する人と愛する仲間たちと過ごす日常へ。



もう一度…。



ロックオンがモレノに、自分の傷の応急処置を頼む声が聞こえてくる。

ロックオンの腕の中で、通信画面を見る彼の横顔をぼんやり眺め、小さな幸せに微笑んだ。

こんなにも、傍に居る。


「ミス・スメラギ?…お疲れさん」


霞む視界の中で、ロックオンの声に安堵し、スメラギはゆっくりと瞼を降ろした。









終。
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