ロクスメ
それから、数日が過ぎたある日。
その日は偶々ビリーが軍の召集で居らず、ロックオンは久々にスメラギと二人きりになれた。
とは言え、スメラギの意識はいまだに無いのだが。
そよそよと心地良い風が病室に吹き込む。
モレノは気を利かせて病室から出てくれたみたいだ。
ロックオンはベッドへ腰掛け、スメラギの頬に触れた。
はじめて此処を訪れた時に比べれば、随分顔色が良くなっている気がする。
開かれない瞼にそっと唇を寄せた。
スメラギの手に自分の手を絡め、目覚めなくてもせめて傍に居るから、と思いを込めて握る。
そして叶うなら、もう一度その目を開いて欲しい。
ロックオンは御伽噺の王子になった気分で、スメラギの唇に口付けた。
ややあって離れ、目覚める事のないスメラギに苦笑する。
「起きろよ…今のは起きるとこだぜ…」
ロックオンが自嘲気味に呟いた時だった。
握って居た手が小さく握り返された。
ロックオンが我に返り、固唾を飲んでスメラギを見つめれば、眉間に小さく皺が寄せられ、眩しそうに瞼が上へ押し上げられた。
「……ロッ…ク…オン?」
かすれ気味の声で呟かれ、ロックオンは泣きそうに顔を歪めた。
「やっとお目覚めかよ…」
「……水」
ロックオンはスメラギの身体を支え起こし、水差しを取り、ゆっくり水を飲ませてやる。
「焦るな?ゆっくりで良い」
「……ん」
目を閉じて水を嚥下するスメラギの喉元を見つめ、難なく飲めた事を確認する。
「もう喋れるか?」
「……此処…何処?」
「ユニオンの軍事病院」
「…わたし…生きてる?」
「…あぁ、生きて、ちゃんと此処に居る」
「そう…」
ロックオンの胸に頭を寄せて、スメラギは苦笑した。
そして、ピタリと動きを止めた。
「…ねぇ?」
「ん?」
「ユニオンの軍内って事は………どうして貴方が…此処に居るの?」
「どうしてだと思う?我らが戦術予報士殿は」
自分で考えてみろ、とばかりにロックオンの目が悪戯っぽく輝いている。
スメラギは小さく眉を顰めた。
「…心配して…来て…くれたの?」
伺うように下から見詰められ、ロックオンは肯定するように微笑した。
「…わたし…死んだと思ったわ…」
「俺もだ…でも、信じなかった…」
ロックオンはスメラギを腕の中に閉じ込める様に抱いた。
「…医者の格好をしてるって事は……医者の助手的立場で潜入した訳ね?…そうなると…モレノさんも来てる?」
「御明察」
スメラギの鋭い洞察力に、ロックオンは舌を巻いた。
「あのテロは…っ」
言いかけて、スメラギが顔をしかめた。
「痛むのか?」
意識が戻ったからとは言え、少し無理をさせた気がする。
「無理は禁物だ。今ドクター呼んで…」
ロックオンがスメラギから離れようとした瞬間、腕を掴まれた。
「大丈夫だから……お願い…今だけ……傍に居て」
ロックオンは再び腰を落ち着けて、スメラギをそっと抱き寄せた。
「そう言えば…謝って…なかったよな」
離ればなれになる前の事が随分昔の事のような気がする。
「大人げなくて…悪かった…」
「…わたしも、悪かったわ…」
「ちゃんと、謝りたかった。その矢先にあんなテロが起きやがるし…」
生きた心地がしなかった、ロックオンはそう呟いて腕の中の温もりを、スメラギの存在を確かめる。
「…生きてて…良かった」
「…あまり、褒められた行為じゃないけど…来てくれて…ありがとう」
と、唐突にロックオンに身を預けているスメラギの身体が、力が抜ける様に重くなった。
ロックオンが瞬いて顔を覗き込めば、久しぶりの会話に体力を使い果たしたのか、スメラギは小さく寝息を立てていた。
ロックオンは苦笑して、スメラギの額に口付けた。
次の日、スメラギの意識が戻ったと聞きつけて、ビリーが軍本部から研究を放り出してやって来たのに、スメラギとロックオンは内心で苦笑した。
「クジョウ!あぁ、良かった…!ずっと意識が戻らないんじゃないかと……あぁ、済まない、花でも買ってこようと思ったのだけど、君の事で頭がいっぱいで…!」
矢継ぎ早に語り掛け、スメラギの手をぎゅっと握り締めるビリーに、スメラギは困った様に微笑んだ。
「ありがとう、気持ちだけで十分だから」
「あぁ、クジョウ…」
良かった、と言葉が歓喜の余り胸に詰まってしまい、ビリーは涙ぐむ。
「ビリー、軍本部の方は良いの?」
「良い…とは言えない状況だったけどね…」
「戻って」
スメラギの冷たい反応に、ロックオンは内心でおいおい良いのかよ、と突っ込みを入れる。
「だけどクジョウ」
「軍人でしょう?職務を全うしなきゃ」
「…クジョウ」
「来てくれて嬉しかったわ。ありがとう」
「わかったよ。君には適わないな」
ビリーは肩を竦めた。
「仕事が片づいたらまたゆっくり来るよ。今度は花束を抱えてね」
返事を返しながらも心配そうな表情のビリーに、スメラギは微笑する。
「心配しないで。ドクターにもこの方にも親切にして頂いてるから」
スメラギがちらりとロックオンを見やる。
ビリーはロックオンに会釈した。
つられて、ロックオンも会釈仕返す。
小さく手を振るスメラギに、寂しそうに微笑んでビリーは「じゃあ、また」と言って病室を後にした。
「良かった、のか?」
ビリーが去った病室で、ロックオンはぽつりと口を開いた。
「じゃあ、あのまま手を握りあって居れば良かったの?」
「そうは言ってないが…すげー心配してたし…もう少しくらいなら話してても」
「……妬かないで居てくれた?」
悪戯っぽく見上げるスメラギに、ロックオンは言葉を詰まらせる。
延々とスメラギの手をぎゅっと握り締め、矢継ぎ早に喋るビリーを思い出せば、妬かないのは無理な気がした。
彼女に、触れないで欲しい。
表情からロックオンが何を思ったかを読み取り、スメラギは小さく笑った。
「モレノさんを、呼んで来て」
不意にはっきり告げられ、ロックオンは頷くと、隣室に控えているモレノを呼びに行った。
ロックオンから、刹那たちのテロ組織への介入作戦を聞いて、胸騒ぎが収まらない。
きっとそれは、自分が作戦に参加しなかったからだと思うが…。
やって来たモレノから、昨日頼んでおいた通信端末を受け取り、クリスティナから発信されて来た詳しい介入作戦のレポートに目を通す。
そして、もう一台頼んでおいた情報端末を使い、軍のデータベースへ侵入を試みた。
有り得ない速さでキーボードの上を滑るスメラギの指先と、端末の画面に映し出された夥しい数字や記号の羅列を見つめ、邪魔をしてはならないと、モレノとロックオンは黙ったままその作業を見守る。
しばらくして、作業を終えたスメラギが端末の画面を閉じた。
そして、沈痛な面もちで溜め息を吐き出すと、考え込むように顎に手を充てる。
嫌な予感程よく当たる、とはこの事だろうか。
「敵は恐らくユニオンが新たに研究しているシステムが目当てね。ユニオンは些細な軍備補強と豪語して居るけれど、戦争をかなり有利にさせる兵器にも成り得るシステムだわ」
モレノは扉にもたれ、盗み聞きされていないかを確認する。
スメラギの呟いた言葉に、ロックオンは首を傾げる。
「そう聞かされるとまだ敵が存在してるみたいだな…?」
「残念ながら、その通りよ。どこからか嗅ぎ付けた他国の組織がテロを仕掛けた…。システムの情報は軍本部にしかないと言われて居るけど…それは真っ赤な嘘ね。敵兵力は何らかの理由でそれに気づいた…」
「どう言う事だ?」
「端的に言えば、システムの研究は此処で行われて居る。でなければあの街でテロが起こる筈が無いわ」
確信を持った様に言うスメラギに、ロックオンは首を傾げた。
「待てよ、じゃあ俺らが叩いたテロ組織は…」
「まだ生き残りが活動して居る」
「マジ、かよ…」
「……ミッションプランを、言い渡します」
敵地にも等しい場所に居ると言うこの状況下で、大胆不敵にミッションを言い渡すスメラギに、ロックオンの背筋がぞくりとする。
だが、その胸の内を誰より理解して居るロックオンは、見守るような気分になる。
「出来るわよね?」
「…俺を誰だと思ってる。成層圏も狙い撃つ男だぜ?…あんたが言うなら中間圏だって狙い撃ってみせる」
その自信は一体どこから来るのか…スメラギは肩を竦めて苦笑した。
「頼りにして居るわ。ロックオン」
「任せとけってな」
スメラギの言い渡したミッションはこうだ。
ロックオンはデュナメスで遥か離れた高台より軍事基地に攻めてきた敵MSを狙撃。
その際に、味方のガンダムが宇宙から降りてくるまで、(今回は機動性を重視され、キュリオスが参加するらしい)なるべく敵にもユニオン軍にも見つかってはならない、と言うこと。
混乱に乗じてモレノは基地外へ退避。
その間にスメラギは基地の研究所へ潜入。
詳しい情報を掴む為にソレスタルビーイングの端末をメインコンピューターに接続し、宇宙に居るクリスティナに情報を掴んで貰う。
端的に言えば、潜入し、クリスティナが行うハッキングのバックアップ。
混乱と騒動が収まり次第、ユニオン軍の新システムの情報を世界にリークする。
非難を浴びればユニオン軍も暫くは表沙汰に研究を進めるしかないだろう。
あるいは研究を全て処分するか、だ。
「しっかし、内部に居て良かったと言うべきか…災難と言うべきか…」
「そうね…」
気付けば、気を利かせたのか、早速準備に取り掛かったのか、モレノは室内から消えていた。
「…ミス・スメラギ?」
白衣の裾を指先で掴まれ、ロックオンはスメラギを見る。
「…危険だけど、どうか…無事で」
「そりゃこっちの台詞だ。基地内なんて危なすぎる」
ベッドに腰掛ければ、スメラギの細い腕がロックオンの背に回される。
そのままスメラギはロックオンの広い胸に顔を埋める。
ロックオンの逞しい腕が、身体を包み込んでくれた温もりに、小さく安堵の溜め息を吐き出す。
名残を惜しむ様に離れれば、ロックオンの顔が近付いて来る。
唇が触れ合いそうになって、不意にスメラギが下がる。
ロックオンの唇をスメラギの掌が遮る。
「……おい」
「…待機場所まで移動しなきゃ」
「…この不完全燃焼をどうしろって……はぁ、仕方無ぇな…。りょーっかい!!」
頭をくしゃりと掻き、ロックオンは大きく溜め息を吐き出した。
そして、ロックオンは強引にスメラギの右手を掴むと、その掌に口付けた。
「行ってくる」
その日は偶々ビリーが軍の召集で居らず、ロックオンは久々にスメラギと二人きりになれた。
とは言え、スメラギの意識はいまだに無いのだが。
そよそよと心地良い風が病室に吹き込む。
モレノは気を利かせて病室から出てくれたみたいだ。
ロックオンはベッドへ腰掛け、スメラギの頬に触れた。
はじめて此処を訪れた時に比べれば、随分顔色が良くなっている気がする。
開かれない瞼にそっと唇を寄せた。
スメラギの手に自分の手を絡め、目覚めなくてもせめて傍に居るから、と思いを込めて握る。
そして叶うなら、もう一度その目を開いて欲しい。
ロックオンは御伽噺の王子になった気分で、スメラギの唇に口付けた。
ややあって離れ、目覚める事のないスメラギに苦笑する。
「起きろよ…今のは起きるとこだぜ…」
ロックオンが自嘲気味に呟いた時だった。
握って居た手が小さく握り返された。
ロックオンが我に返り、固唾を飲んでスメラギを見つめれば、眉間に小さく皺が寄せられ、眩しそうに瞼が上へ押し上げられた。
「……ロッ…ク…オン?」
かすれ気味の声で呟かれ、ロックオンは泣きそうに顔を歪めた。
「やっとお目覚めかよ…」
「……水」
ロックオンはスメラギの身体を支え起こし、水差しを取り、ゆっくり水を飲ませてやる。
「焦るな?ゆっくりで良い」
「……ん」
目を閉じて水を嚥下するスメラギの喉元を見つめ、難なく飲めた事を確認する。
「もう喋れるか?」
「……此処…何処?」
「ユニオンの軍事病院」
「…わたし…生きてる?」
「…あぁ、生きて、ちゃんと此処に居る」
「そう…」
ロックオンの胸に頭を寄せて、スメラギは苦笑した。
そして、ピタリと動きを止めた。
「…ねぇ?」
「ん?」
「ユニオンの軍内って事は………どうして貴方が…此処に居るの?」
「どうしてだと思う?我らが戦術予報士殿は」
自分で考えてみろ、とばかりにロックオンの目が悪戯っぽく輝いている。
スメラギは小さく眉を顰めた。
「…心配して…来て…くれたの?」
伺うように下から見詰められ、ロックオンは肯定するように微笑した。
「…わたし…死んだと思ったわ…」
「俺もだ…でも、信じなかった…」
ロックオンはスメラギを腕の中に閉じ込める様に抱いた。
「…医者の格好をしてるって事は……医者の助手的立場で潜入した訳ね?…そうなると…モレノさんも来てる?」
「御明察」
スメラギの鋭い洞察力に、ロックオンは舌を巻いた。
「あのテロは…っ」
言いかけて、スメラギが顔をしかめた。
「痛むのか?」
意識が戻ったからとは言え、少し無理をさせた気がする。
「無理は禁物だ。今ドクター呼んで…」
ロックオンがスメラギから離れようとした瞬間、腕を掴まれた。
「大丈夫だから……お願い…今だけ……傍に居て」
ロックオンは再び腰を落ち着けて、スメラギをそっと抱き寄せた。
「そう言えば…謝って…なかったよな」
離ればなれになる前の事が随分昔の事のような気がする。
「大人げなくて…悪かった…」
「…わたしも、悪かったわ…」
「ちゃんと、謝りたかった。その矢先にあんなテロが起きやがるし…」
生きた心地がしなかった、ロックオンはそう呟いて腕の中の温もりを、スメラギの存在を確かめる。
「…生きてて…良かった」
「…あまり、褒められた行為じゃないけど…来てくれて…ありがとう」
と、唐突にロックオンに身を預けているスメラギの身体が、力が抜ける様に重くなった。
ロックオンが瞬いて顔を覗き込めば、久しぶりの会話に体力を使い果たしたのか、スメラギは小さく寝息を立てていた。
ロックオンは苦笑して、スメラギの額に口付けた。
次の日、スメラギの意識が戻ったと聞きつけて、ビリーが軍本部から研究を放り出してやって来たのに、スメラギとロックオンは内心で苦笑した。
「クジョウ!あぁ、良かった…!ずっと意識が戻らないんじゃないかと……あぁ、済まない、花でも買ってこようと思ったのだけど、君の事で頭がいっぱいで…!」
矢継ぎ早に語り掛け、スメラギの手をぎゅっと握り締めるビリーに、スメラギは困った様に微笑んだ。
「ありがとう、気持ちだけで十分だから」
「あぁ、クジョウ…」
良かった、と言葉が歓喜の余り胸に詰まってしまい、ビリーは涙ぐむ。
「ビリー、軍本部の方は良いの?」
「良い…とは言えない状況だったけどね…」
「戻って」
スメラギの冷たい反応に、ロックオンは内心でおいおい良いのかよ、と突っ込みを入れる。
「だけどクジョウ」
「軍人でしょう?職務を全うしなきゃ」
「…クジョウ」
「来てくれて嬉しかったわ。ありがとう」
「わかったよ。君には適わないな」
ビリーは肩を竦めた。
「仕事が片づいたらまたゆっくり来るよ。今度は花束を抱えてね」
返事を返しながらも心配そうな表情のビリーに、スメラギは微笑する。
「心配しないで。ドクターにもこの方にも親切にして頂いてるから」
スメラギがちらりとロックオンを見やる。
ビリーはロックオンに会釈した。
つられて、ロックオンも会釈仕返す。
小さく手を振るスメラギに、寂しそうに微笑んでビリーは「じゃあ、また」と言って病室を後にした。
「良かった、のか?」
ビリーが去った病室で、ロックオンはぽつりと口を開いた。
「じゃあ、あのまま手を握りあって居れば良かったの?」
「そうは言ってないが…すげー心配してたし…もう少しくらいなら話してても」
「……妬かないで居てくれた?」
悪戯っぽく見上げるスメラギに、ロックオンは言葉を詰まらせる。
延々とスメラギの手をぎゅっと握り締め、矢継ぎ早に喋るビリーを思い出せば、妬かないのは無理な気がした。
彼女に、触れないで欲しい。
表情からロックオンが何を思ったかを読み取り、スメラギは小さく笑った。
「モレノさんを、呼んで来て」
不意にはっきり告げられ、ロックオンは頷くと、隣室に控えているモレノを呼びに行った。
ロックオンから、刹那たちのテロ組織への介入作戦を聞いて、胸騒ぎが収まらない。
きっとそれは、自分が作戦に参加しなかったからだと思うが…。
やって来たモレノから、昨日頼んでおいた通信端末を受け取り、クリスティナから発信されて来た詳しい介入作戦のレポートに目を通す。
そして、もう一台頼んでおいた情報端末を使い、軍のデータベースへ侵入を試みた。
有り得ない速さでキーボードの上を滑るスメラギの指先と、端末の画面に映し出された夥しい数字や記号の羅列を見つめ、邪魔をしてはならないと、モレノとロックオンは黙ったままその作業を見守る。
しばらくして、作業を終えたスメラギが端末の画面を閉じた。
そして、沈痛な面もちで溜め息を吐き出すと、考え込むように顎に手を充てる。
嫌な予感程よく当たる、とはこの事だろうか。
「敵は恐らくユニオンが新たに研究しているシステムが目当てね。ユニオンは些細な軍備補強と豪語して居るけれど、戦争をかなり有利にさせる兵器にも成り得るシステムだわ」
モレノは扉にもたれ、盗み聞きされていないかを確認する。
スメラギの呟いた言葉に、ロックオンは首を傾げる。
「そう聞かされるとまだ敵が存在してるみたいだな…?」
「残念ながら、その通りよ。どこからか嗅ぎ付けた他国の組織がテロを仕掛けた…。システムの情報は軍本部にしかないと言われて居るけど…それは真っ赤な嘘ね。敵兵力は何らかの理由でそれに気づいた…」
「どう言う事だ?」
「端的に言えば、システムの研究は此処で行われて居る。でなければあの街でテロが起こる筈が無いわ」
確信を持った様に言うスメラギに、ロックオンは首を傾げた。
「待てよ、じゃあ俺らが叩いたテロ組織は…」
「まだ生き残りが活動して居る」
「マジ、かよ…」
「……ミッションプランを、言い渡します」
敵地にも等しい場所に居ると言うこの状況下で、大胆不敵にミッションを言い渡すスメラギに、ロックオンの背筋がぞくりとする。
だが、その胸の内を誰より理解して居るロックオンは、見守るような気分になる。
「出来るわよね?」
「…俺を誰だと思ってる。成層圏も狙い撃つ男だぜ?…あんたが言うなら中間圏だって狙い撃ってみせる」
その自信は一体どこから来るのか…スメラギは肩を竦めて苦笑した。
「頼りにして居るわ。ロックオン」
「任せとけってな」
スメラギの言い渡したミッションはこうだ。
ロックオンはデュナメスで遥か離れた高台より軍事基地に攻めてきた敵MSを狙撃。
その際に、味方のガンダムが宇宙から降りてくるまで、(今回は機動性を重視され、キュリオスが参加するらしい)なるべく敵にもユニオン軍にも見つかってはならない、と言うこと。
混乱に乗じてモレノは基地外へ退避。
その間にスメラギは基地の研究所へ潜入。
詳しい情報を掴む為にソレスタルビーイングの端末をメインコンピューターに接続し、宇宙に居るクリスティナに情報を掴んで貰う。
端的に言えば、潜入し、クリスティナが行うハッキングのバックアップ。
混乱と騒動が収まり次第、ユニオン軍の新システムの情報を世界にリークする。
非難を浴びればユニオン軍も暫くは表沙汰に研究を進めるしかないだろう。
あるいは研究を全て処分するか、だ。
「しっかし、内部に居て良かったと言うべきか…災難と言うべきか…」
「そうね…」
気付けば、気を利かせたのか、早速準備に取り掛かったのか、モレノは室内から消えていた。
「…ミス・スメラギ?」
白衣の裾を指先で掴まれ、ロックオンはスメラギを見る。
「…危険だけど、どうか…無事で」
「そりゃこっちの台詞だ。基地内なんて危なすぎる」
ベッドに腰掛ければ、スメラギの細い腕がロックオンの背に回される。
そのままスメラギはロックオンの広い胸に顔を埋める。
ロックオンの逞しい腕が、身体を包み込んでくれた温もりに、小さく安堵の溜め息を吐き出す。
名残を惜しむ様に離れれば、ロックオンの顔が近付いて来る。
唇が触れ合いそうになって、不意にスメラギが下がる。
ロックオンの唇をスメラギの掌が遮る。
「……おい」
「…待機場所まで移動しなきゃ」
「…この不完全燃焼をどうしろって……はぁ、仕方無ぇな…。りょーっかい!!」
頭をくしゃりと掻き、ロックオンは大きく溜め息を吐き出した。
そして、ロックオンは強引にスメラギの右手を掴むと、その掌に口付けた。
「行ってくる」