ロクスメ

事件勃発より数日。

プトレマイオス内に、ある報せが齎された。

スメラギの生死を探ると同時にテロ組織の情報をフェルトと共に探って居たロックオンが、大きな声を発した。


「ミス・スメラギが…生きてる!!」


「何だって!?」


「本当か!?」


「あぁ、間違い無ぇ!」


ユニオン軍の中にある医療施設に運ばれた生存患者リストの中に、ロックオンの知るスメラギの本名があったのだ。

スメラギの本名を知らないメンバーは、そのリストを見てもどれがスメラギであるか分からない為、ただ首を傾げるばかりだ。

同姓同名の人物かもしれない。

だが、ロックオンはユニオン軍に居る、スメラギの旧友、ビリー・カタギリがきっと彼女を助けて居るだろう事をほぼ確信して居た。

行かせたくはなかったが、彼女は彼に会いに行ったのだから。


「ユニオン軍の医療施設…潜入出来ないか…?」


敵地へ向かうも同然だと分かっては居る。

だが、待ってなど居られない。


「スメラギさんなら傷が癒えたら戻るだろう?わざわざ危険を侵してまで会いに行けばこっちがどやされるぜ?」


ラッセが肩を竦めてロックオンを見れば、ロックオンは口を噤むしかない。

正論だ。

だが、その沈黙を破ったのは、ロックオンと作業をして居たフェルトだった。


「ロックオンを…行かせてあげられないかな…」


スメラギが居なくなってからと言うもの、落ち込んで居るのに、無理に元気に振る舞うロックオンが痛々しくて、フェルトはそんなロックオンを見ていられなかった。


「やっぱり…無茶…かな…駄目…だよね…」


しゅん、と俯いてしまったフェルトの肩をクリスティナが励ますように抱いた。


「二手に別れるってのはどう?テロ組織に武力介入するチームと、スメラギさんの安否を確認に行くチーム!」


「素性がバレたらどうすんだよ」


「バレないように全力で皆サポートするよ」


なおも食い下がるラッセに、アレルヤが不敵に微笑んだ。

クリスティナがナイス!と言いたげにアレルヤに親指を立てれば、ラッセはあっさりと両手を挙げ、降参のポーズを取った。


「じゃあ僕はテロ組織への武力介入をさせてもらう」


「俺もだ」


ティエリアが言い放ち、それに刹那が続いた。


「じゃあロックオンはスメラギさんの安否を確かめに行ってね。アレルヤは…トレミーに居残りになるけど良い?」


「感謝するぜ」


「どちらのミッションにも参加したいけど…仕方ないよね」


「作戦は明後日0700に開始で良い?」


クリスティナの問い掛けに全員が了解、と応えた。


「ロックオン、彼女は僕らのブレーンだ。必ず連れ戻せ」


ブリッジから出ようとしたロックオンの背に、ティエリアが声をかけた。

ロックオンが振り返れば、アレルヤと刹那もロックオンを見つめていて、ティエリアの台詞に同調するように頷いた。


「言われなくてもわーってるよ!」


きっと、彼女は生きている。

ロックオンは縋るような気持ちで、期待が裏切られない事を願った。



任務開始当日、ロックオンのサポートとして、医師のJ・B・モレノがついて来る事になった。

どうやら、医師として潜入するミッションのようだ。

ロックオンはクリスティナから作戦用の白衣と、どこの医療団体に所属しているか等と言う偽造の身分証、作戦に必要な道具を手渡された。


「どっちがサポートか分かんねーが、宜しく頼むぜドクター」


「あぁ」


そして、ロックオンとモレノは世界的有名なセレブリティ、王留美によって、腕利きの医師たちであるとユニオン軍の医療施設へと紹介された。




「…っかー…!VIPの病室か…」


「ロックオン、妙な声を上げるな」


ロックオンとモレノが通されたのは、普通の病室とは異なった、まるで品の良いホテルの一室の様な病室だった。

ロックオンは内心で、まるで軍内だとは夢にも思わねーな、なんて呟いた。

大きな樫の木で出来たドアまで兵士に案内され、中へ通される。

部屋のほぼ中心、少し窓寄りに設置されたベッド、そこで眠る患者にロックオンは息をのんだ。

真っ白な肌、露出した片方の腕には幾本もの点滴の管が刺さって居る。

血の気を失って、閉じられた瞼。

枕に、シーツに散らばる赤茶色の長い髪。

ロックオンのよく見知った、スメラギその人の姿がそこにあった。

隣に立っていたモレノに、良かったな、と小さく脇腹を肘で小突かれた。

一瞬潤んだ視界をさりげなさを装って拭った。

スメラギの傍らには、長髪をひとまとめにした、眼鏡をかけた男が居た。

男は沈痛な面持ちでスメラギの手を握って居た。

事情を知らない者が見たら恋人同士に見紛うかもしれない。

ロックオンは内心穏やかで居られず、その手を離せ!彼女に触れるな、と叫びたくなったのを必死に飲み込んだ。

兵士に呼ばれ振り返った男は、人の良さそうな笑みを浮かべて歩み寄って来た。


「ビリー・カタギリです」


「J・B・モレノです」


ビリーとモレノが握手する中、ロックオンはスメラギから視線を逸らすので精一杯だった。


「此方は私の助手でロックオン・ストラトス」


「…どうも」


「腕利きの先生方だと聞いて、どうしても彼女を見て頂きたくて…」


ビリーは会釈をすると、ベッドを示した。


「恋人ですか?」


さりげなさを装って問うたモレノを、ロックオンは殴りつけたくて仕方がなくなった。


「そう、見えますか?…大切な人です」


ベッドへ近寄り、彼女の前髪を撫でながら、照れた様に微笑むビリーに小さな殺意が産まれる。

胸の奥にくすぶる嫉妬を、彼女を今すぐ連れ去りたい衝動を、ロックオンはただひたすらに抑え込むのだった。

真っ白な空間で、スメラギは優しく頬を撫でられた気がしてうっすら目を開いた。

暖かい。

くらくてつめたくなくてよかった。

まともに働かない思考の中でそう思いながら、再び襲い来る睡魔にその身を委ねかけた時、見知った姿を見つけ、呼び声を聞いて、スメラギは閉じかけた瞼をもう一度だけ開いた。



ビリーに、スメラギとの略歴を延々と語られ、ロックオンは疲弊して居た。

偶に兵士に呼び出されて出て行く他は、ずっと病室に居る気がする。

お陰でスメラギと二人きりになれない。

そんな中でスメラギの居る病室の隣の部屋を待機場所としてあてがわれたのは幸いだ。

スメラギのカルテを見ながら、珈琲を啜っていたモレノは疲弊したロックオンを見て苦笑していた。


「…あの野郎…一体何なんだ…口開けばクジョウクジョウ言いやがって畜生…」


「それだけスメラギさんを好きなんだろうよ」


「…へいへい…あいつ絶対チェリーだぜ…」


「ロックオン」


小さくモレノの叱責が飛ぶ。


ロックオンは肩を竦めた。


「スメラギさんは…かなり重症だな」


モレノはカルテを見ながら呟いた。


「傷は大方塞がっては居るが…意識が戻っても当分は動かせねぇな」


空気が重々しくなりかけた瞬間、モレノは時計を見て、ロックオンを見た。


「そろそろ点滴が終わる頃だ。外しに行ってこい」


「おう…了解」


スメラギには会いたいがビリーには会いたくない…ロックオンはため息を吐き出しながら、姿勢を正す。

ノックをして病室に入った。

やはり、懲りずにビリーはそこへ居た。

振り返ったビリーに、ロックオンは会釈をする。


「点滴、外しに来ました」


「あ、そうだね。ありがとう」


握って居た手をビリーは離し、ロックオンに微笑んだ。


「そうだ、珈琲飲まないかい?淹れるよ」


ビリーはロックオンが断る間もなく備え付けられて居る給湯室へ入って行ってしまった。

全く、人が良いのか悪いのか、ロックオンはため息を吐き出し、今し方終わったスメラギの点滴を外して行く。

またすぐモレノが新しい点滴を持ってくる間まで、スメラギの白い腕は点滴針からやっと解放される。

ロックオンはそっとスメラギの額に触れた。

思って居たより暖かくて、ロックオンはほっと安堵した。

そのまま手を滑らせて、そっと頬を撫でる。

と、スメラギの瞼が小さく揺れた。


「ミス・スメラギ…?」


ロックオンは小さく呼びかけて見た。

スメラギの瞼が、重たそうに薄く開かれた。

再び閉じられそうになった瞼が、もう一度だけ、眩しそうにゆっくりと開かれ、その瞳にロックオンを映し出した。

薄く口を開くが、声は発されない。

スメラギはありったけの力を込めて、ロックオンに両腕を伸ばした。

力無く白衣を掴まれ、ロックオンが屈み込めば、首にスメラギの腕が巻き付けられた。

ぎゅっと抱き付いて来るスメラギを抱き返してやりたい。

だが、ビリーがいつ此方に来るか分からない。

緊張を破ったのはやはりビリーで、「砂糖とミルクは入れるかい?」と問うて来たが、目の前に広がる状況に止まってしまった。

それもその筈、覚醒を待っていた自分をそっちのけで、愛しのクジョウは医師の助手にしがみついて居るのだから。


「クジョウ、意識が!」


駆け寄って来かかったビリーを、ロックオンは手で制した。


「スミマセン、ドクターを呼んできて頂けますか!?」

切羽詰まった感じのロックオンに、ビリーはピタリと立ち止まり、従わねばと言う使命感が優先されたのか、了承の返事をして病室を飛び出した。

ロックオンは溜め息を吐き出し、そっとスメラギの背を抱いた。

勿論、傷のあるだろう場所には触れないようにして。

スメラギはロックオンの胸に顔を埋め、しっかり抱き付いて居る。

ロックオンも、スメラギの髪に鼻を埋め、スメラギを抱き締める。

ずっと、こうしたかった。

胸元で、スメラギの口からは吐息だけで「行かないで、傍にいて」と何度もうわ言のように吐き出される。


「何処にも行かねぇよ。ちゃんと此処に居るぜ」


ロックオンは優しく抱き締めたまま、あやすようにスメラギの背を叩いて囁いた。

それを聞いてスメラギは安心したのか、再び意識を手放した様だ。

ロックオンは、かくんと力が抜け、ベッドへ落下しかけたスメラギの身体を抱き止め、再び寝かせる。

恐らく、完全に意識が戻ったとは言えないだろう。

ロックオンがスメラギの寝顔を見つめて居れば、モレノとビリーが慌てて病室に駆け込んできた。

再び眠って居るスメラギを見て、ビリーは伺うようにロックオンを見つめた。


「恐らく一時的なもので…無意識だったかと」


ロックオンがビリーに説明すれば、ビリーは明らかにガッカリした様子だった。

その横で、モレノは再びスメラギの腕に点滴針を刺した。


「無意識とは言え…少し妬けるね」


ビリーの呟きが病室に小さく響いた。
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