ロクスメ

Bronntanas lá breithe






プトレマイオスの通路で、ロックオン・ストラトスはいつもよりあたたかい雰囲気に頬が緩んでいた。
というのも今日は3月3日、自分の誕生日だった。

「おめでとう、ロックオン!」

ブリッジのクルーたちが次々に笑顔で接し、手紙をくれたり、お菓子をくれたり、本日の主役などと書かれた、いかにも古臭い襷を掛けられた。
メカニックのイアン・ヴァスティは今度いい装備つけてやるよ!なんて冗談めかして肩を叩いたりしてきた。
そして、珍しく揃って感謝の意を伝えてきたマイスターズたち。
どれも本当に、嬉しかった。
緩んだ頬のまま通路を曲がり、遭遇したのは、スメラギ・李・ノリエガ。
ロックオンに掛けられた襷をしげしげと眺めて口を開いた。

「えっ、今日誕生日だったの?おめでとう」

スメラギは自室から出てきたばかりで、今までミッションプランとにらめっこしていたのか、疲れた目を瞬かせていた。
にこりと微笑みながら、誕生日プレゼント、何か欲しいものあったらまた決めておいて、とブリッジへ向かおうとする。

「待ってくれ、ミス・スメラギ」

ロックオンの手が、反射的に彼女の細い腕を掴んでいた。
スメラギが振り返る。
少し驚いたような、でもすぐに柔らかくなる瞳。

「……あ、悪い」

ロックオンは言葉を探した。
喉が妙に乾く。
いつもなら軽口で誤魔化せるのに、今日はどうにも言葉が上手く出てこない。
スメラギは、掴まれた腕をそっと見下ろし小さく首を傾げた。

「どうかしたの?」

その声があまりにも優しくて、ロックオンは一瞬息を止めた。

「…誕生日プレゼントは…少しだけでいい、2人で話す時間が欲しい」

視線を床に落として、頬がじわりと熱くなるのが自分でも分かった。
年甲斐もなく。
スメラギは一瞬きょとんとして、それからふっと吹き出した。

「ふふっ、何それ。かわいい」

「笑うなよ…」

「ごめんなさい、でも」

彼女は悪戯っぽく目を細めながら、腕を掴んでいたロックオンの手をやんわりと外すと、手を繋いだ。

「じゃあ、今から展望デッキに行きましょう」

スメラギは半歩先に立って歩き出す。

「誕生日だから、わがまま聞いてあげるわ」

ロックオンは抵抗せず、スメラギの手を握り返すと、ただ彼女の背中を追った。
細い肩。
くるんと巻いた髪の毛先。
通路の照明がその輪郭を柔らかく縁取っている。
展望デッキに着いたとき、目の前に広がるのはいつもの星海だった。
ドアが閉まると、スメラギはゆっくりとロックオンを振り返った。

「はい、これで二人きり」

彼女は少し照れたように笑う。

「で、何か話す?」

ロックオンはしばらく黙って彼女を見つめていた。

「……いや、ちょっと、傍にいてくれ」

ゆっくり息を吐くロックオン。

「え?」

「もうちょっと、傍」

ロックオンがぐい、と手を引き、距離が半歩近寄る。
スメラギの目が一瞬大きく見開かれた。

「しょうがないわね」

スメラギは小さく笑って、更に距離を詰めてきた。
トン、と肩が触れる。

「誕生日おめでとう、ロックオン」

星が静かに二人を見下ろしていた。

「…ありがとう」

ロックオンは囁くように言った。
展望デッキの明かりは落とされていて、星の光だけが淡く床を照らしていた。
今は、二人以外誰もいなかった。

「…ねぇ、ロックオン、誕生日プレゼントはこれでいいの?」

スメラギの声がどこか探るように響く。

「これでいい、って……まだ全然足りてない」

「わかってる、まだ居てあげるわよ」

スメラギは苦笑しながら、手を小さく振った。
二人の間に、静かな間が落ちる。
星がゆっくりと流れていく。
地球の青い欠片が、遠く左端に見えた。

「日付の感覚がちょっと…アレで、誕生日おめでとうって言うの遅くなっちゃったわね」

「いいよ、戦術予報士殿とミッションプランには世話になってるからな。いつもお疲れさん」

ロックオンは苦笑しながら、彼女の横顔を見る。
スメラギは観念したように肩を落とした。

「ごめん、嘘。本当は朝から気づいてたんだけど…どうやって祝っていいか、分からなくて」

「どうやって、って」

「だって、貴方」

彼女は少し声を落とした。

「貰えるものは貰うけど、絶対に欲しいものは言わないじゃない。自分で手に入れるタイプでしょう?」

ロックオンは一瞬言葉に詰まって、それから小さく吹き出した。

「まぁ、大体そうだな」

スメラギもつられて笑う。

「だから、今日は何か特別なことしてあげた方がいいのかしらって…でも何も思い浮かばないし」

ロックオンはゆっくりとスメラギに近づいた。

「俺が欲しいのは、特別なことじゃなくて」

「……?」

ロックオンはそっとスメラギの髪に触れ、耳にかかる髪を指で払う。

「ただ、アンタとこうやって、二人で話す時間が欲しかっただけだ」

スメラギの瞳が、星明かりを受けて揺れた。

「……そう」

「今、話してる事で十分祝ってもらってる…でも」

「でも?」

「………なんでもない」

「えぇ?そこまで言って言わないの?」

ロックオンの耳が、星の光の下でほんのり赤くなるのが見える。

「……もう」

スメラギはそう呟きながら、ロックオンの肩に寄りかかった。
さっきより少し深く、しっかり。

「誕生日おめでとう、ロックオン」

二度目なのに、さっきよりずっと不貞腐れた声がして思わず笑ってしまう。

「………ありがとう、ミス・スメラギ」

星が一つ、ゆっくりと流れ落ちる。
二人はしばらく、寄り添ったまま動かなかった。
互いの体温と、静かな鼓動、いつまでそうしていただろうか、スメラギの肩を押し付ける力が強くなる。
体重を掛けているのか、ぐいぐいと押されてきた。

「……ちょ、なんだよ」

じゃれ合いかと、ロックオンは小さく苦笑しながら、そっとスメラギの顔を覗き込んだ。
そして息を飲む。
スメラギの瞼は閉じられていて、長い睫毛が静かに影を落としている。
口元からは、規則正しい穏やかな寝息が漏れていた。

「………まさかの」

ロックオンはさらに苦笑した。
スメラギは朝からずっと戦況を睨み、ミッションプランを練り、クルーの声を聞き判断を下し続けていた。
そんな彼女が、ようやく緊張の糸を切った瞬間が今ここだった。
ロックオンはゆっくりと体をずらし、彼女の体を両腕で支えるように抱き上げた。
軽い。
戦場を生き抜く者の身体とは思えないほど、華奢で軽い。
寝顔を間近で見下ろすと、普段の凛とした表情とはまるで別人だ。
2つ年上の彼女だが、唇はわずかに開いていて、子供みたいに無防備。

「そんな顔で寝られたら、困るだろ」

ロックオンは独り言のように呟きながら、そっと彼女の頰に指を滑らせた。
柔らかい。
温かい。

「………攫っちまうぞ」

冗談めかして口をついた言葉だったのに、言った瞬間、自分の胸がずきりと疼いた。
一瞬本気で、そう思ってしまった自分がいる。
ロックオンはため息をついて、そっとスメラギの額に唇を寄せた。
軽く、触れるだけのキス。
そのまま、ロックオンは彼女を抱いたまま、展望室の床に腰を下ろした。
壁に背を預け、スメラギを膝の上に抱き直す。
スメラギの頭が自然とロックオンの肩に収まった。
ロックオンはスメラギの髪を指で梳きながら、静かに目を閉じた。

「欲しいものは自力で手に入れて来たんだがな…」

ロックオンの呟きは展望デッキに吸い込まれた。




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