このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

雨雲の日々

何年かぶりにあった同級生、出雲修司が喫煙者になっていた。

いつかのクラス会で最後に会った時には、煙草を吸っていなかったはずだ。

記憶が微妙に曖昧なのは、出雲がある時期から、同窓会やクラス会に一切顔を出さなくなっていたせいだろう。

数年に一度のクラス会。幹事ではなかったが、必ず出席していた。

その時は、なんというか、普通だった。

高校時代と変わらずに、気だるそうな目をした、真面目な男のままだった。

「煙草は体に悪いだろ」と、彼はよく友人に言っていた。

煙草の匂いもしないような男が、今になってと、正直驚いた。

だが、人は変わるものだろうから、心境の変化など特別なことでもないのかもしれない。

同窓会にもでなくなっていたのは、日々の生活が忙しい、そんなよくある理由からかもしれない。

「お前って煙草吸うっけ?」

大して楽しくもなさそうな表情で煙草を吸っている同級生に、ちょっとした好奇心から、聞いてみる。

「……ああ」

「でも前は吸ってなかったよな、たしか」

「……最近、だな。吸うようにしたのは」

「身体に悪い、とか言ってたくせにな」

からかうように、軽い気持ちでそんなことを言った。

「そうだな。身体に悪いな」

そういって薄っすらと笑みを浮かべた、出雲修司に違和感を覚えた。らしくない、という違和感を。

一本、吸い終えた出雲が、もう1本、箱から煙草を取り出す。

どうやら最後の一本のようだ。

オイルの少なくなった、透明なプラスチックで出来た100円ライターを取り出し、慣れた手つきで煙草を咥えて火をつける。

その動作を見て、ますます違和感は強まるばかりだ。

会話を切り上げてもよかった。

出雲は特別、仲の良い友人、というほどの付き合いではないのだから。

「……何吸ってんの、銘柄」

違和感の原因に近づく必要はないのに、会話を続けてしまった。

「銘柄……さあ、気にしたことが無いな」

「なんだそりゃ」

「取りあえず安いのを適当に。毎回違うのがでてくる」

「……不味いのに当たったら嫌じゃね?」

「煙草は全部不味いだろ」

訳がわからない。

そもそも、なんでこの男が、煙草を吸っている?

身体に悪い、どれも不味い、煙草に良い評価は無いのに。

嗜好品でもない、昔からの根っこは変わってないのにだ。

──そうだな。身体に悪いな。

じゃあ、じゃあまるでこれは。

「なんでお前吸ってんの」

聞いてしまった。

だが聞いたところで。

「吸いたいから」

まともな答えが返ってくるとは思えなかった。

「……ほどほどにな」

「ああ」

表情一つ変えない、これはきっと生返事だ。

これを吸い終わったら、煙草を買いに行くんだろうと思った。

出雲修司は、自分を壊すために、煙草を吸っているのだろうなと、何となく気が付いてしまったけれど。

止めてやるほどの仲ではなかった。

***

チクチクとした、苦い喉への違和感、残り香、危険性。

何一つとして好きになれないと、台所の換気扇の下で、煙草を吸いながら出雲は思う。

慣れとは恐ろしいもので、今ではもう、煙で咽ることもなければ、涙が滲むこともない。

自身が担当していた先生は、時々、本当に時々、煙草を吸っていた。

それはもう意外で、似合わない姿で、紫煙をくゆらせていた。

身体に悪いと、1度だけは口を出した。1度だけだ。煙草を吸う自由はあるからだ。

「……ああ、もう空か」

最後の1本を吸い終え、灰皿に押し付けた。

明日、出勤時にでも買わなければ。

「……」

いや、1箱ある。ベッド横のサイドテーブル、引き出しの中に。

左雨柳が遺した、開封済みの半端な煙草が。

貰った訳ではない。

家主の死後に、左雨の家で見つけて、衝動的に持ち帰った盗品だ。

出雲は未だに、手を付けられずにいた。

サイドテーブルの引き出しを開けると、鮮やかな黄色いパッケージが目に留まる。

手に取り、煙草を吸う──ことは出来なかった。

箱を戻して、引き出しを閉めた。

「……はっ」

出雲はそんな自分を嗤う。

──今のこの姿を見たら、柳さんはどう思うのだろうか。

呆れるのか、笑うのか、似合わないとでも言うのか。

案外、悲しむか、怒るのか。

ねえ、柳さん。

アンタが居る場所まで、俺は走りはしません、近道もしません。

だけど、早歩きをするくらいは、許してくれるでしょう?

辿り着いた時に、どんな顔をされるのか、もう想像も出来ないけれど。

明日も仕事がある。

支障をきたさないために、眠りにつく。


出雲修司は、明日も、早歩きをするために煙草を吸う。
6/20ページ
スキ