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雨雲の日々

クリスマスイヴには友人が経営するバーで、毎年友人達と飲み会をしているのだと、出雲が話す。

今年も、仕事後に合流すると。

そこに、「先生も行ってみますか?」という会話は挟まれない。

酒が飲めない人間を、酒の場に連れ出すのはどうかと出雲は思うし、そもそも知らない人間に引き合わせても左雨に気まずい思いをさせるだけだろう。

逆に左雨も、出雲から誘いの言葉を振られない事を気にしていない。

その日、その場は、出雲と友人達の空間になるのだろう。

バーのある場所は、出雲の家よりも、左雨の家からの方が近いらしい。

確かに距離はあるが、歩いて帰る事も可能な距離だった。

「なら、終わったらここに帰ってくればいいよ」

「……その方が楽ではありますが、いいんすか?」

この時期の仕事の妨げにならないか、夜遅くなるが迷惑にならないか、等の心配がうっすらと声音に乗っている。

「ふふ、いいよ」

心配しなくても大丈夫と、声に滲ませて。

今度飲み会の話を聞かせてよと、左雨は微笑んだ。

***

左雨はもう寝ているであろう時間。深夜の2時。

冬の夜の空気で、家の中は冷たくなっているのだろうと出雲は思っていた。

しかし、合鍵を使って開けた玄関から既に、暖かな空気が伝わる。

見れば、廊下の脇に小さな電気ストーブが設置されていた。

電源が入っている。暖かさの元はこれだ。

「……」

居間からは灯りが漏れている。左雨の部屋を覗いて見たが、布団が2組敷いてあるだけだ。

まさかと思い、出雲はすぐに居間に向かう。

音を立てないように扉を開くと、座ったまま炬燵に突っ伏している左雨の姿が見える。

やはり、自分の帰りを待っていたのだろうか。

居間でもストーブが焚かれていて、温かかった。

出雲が、静かに左雨を揺り起こす。

「……先生。……柳さん、ここで寝たら身体を痛めますよ」

「……ん、ん。……あ」

目覚めた左雨が、寝ぼけながらも出雲に意識を合わせる。

「……おかえりなさい、おはよう」

「ただいま戻りました、おはようございます。……先生、俺の事待ってました?」

「……ううん、うたた寝してただけ」

待っていない、というのは嘘なのだろうと出雲は思った。

普段は使わない小型のストーブも、点けたままの居間のストーブも、自分を気遣っての事だろう。

「……先生、そうだ、これ。メリークリスマス」

出雲が、持っていた小さな紙袋を左雨に渡す。

「ああ、そういえばもう……。これ、お菓子?……パウンドケーキとか?」

紙袋の底に入っていた、銀紙に包まれている長方形の物体。

漂ってくる甘い匂いで、左雨はすぐに気が付いた。

「正解です。今日バーで、店主がくれました」

「嬉しい、ありがとう。……中身、見てもいい?」

「ええ、どうぞ」

破かないように、軽く銀紙の縁を開く。

パウンドケーキの表面は、白いアイシングとナッツで飾られている。生地の所々に、ドライフルーツが覗く。

「凄い、豪華だね。きっと料理上手な店主さんなのかな。……ふふ、君の話を聞くのが楽しみ」

穏やかで無邪気な感心を表す左雨に、気だるげで、しかし、柔らかい眼差しを出雲は向けて。

「……クリスマスケーキじゃないんですけど、明日、一緒に食べませんか。生クリームでも作って、添えて」

「……えっと、明日、他の用事は?」

「ありませんが、あれ、休日って話しませんでしたか?」

僅かに驚いたような、思いがけない言葉と出会ったような顔をする左雨に、出雲も少しだけ戸惑う。

「したけど。その、誰か友人と遊ぶのかと思って」

「……友人とは今日しました」

「そ、う。……でも、もし、過ごしたい人が他に居れば、良いんだよ?」

左雨の言葉には、決して悪気など無い。

無いのだろうが裏を返せば、"出雲は無理をして自分と過ごす事を提案した"と思っているのだと。そういう事になるだろう。

そんな誤解は我慢ならないとばかりに、出雲が普段よりも速いペースで捲し立てる。

「俺は明日、アンタと過ごしたいんです。それとも、あれすか、俺じゃ嫌ですか先生」

「え、ええと……嫌じゃないよ」

「そうですか、嬉しいです。先生、クリスマスの約束ですよ」

出雲が自身の小指を立てて、すっと左雨の前に差し出す。

顔も赤くなければ、呂律もはっきりしているが、これはもしかすると。

「君、酔ってる……?」

「そりゃあ、酒飲みましたから。それより、この約束はどうなります?」

「……ふっ、あはは。交わすから大丈夫だよ」

左雨は初めて、酔っぱらっている出雲の姿を見た。

こんなに素直に、飾らない言葉をもらえるなんて思いもしなかった。

くすくすと笑いながら、出雲の小指に、自分の小指を絡めた。
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