このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

創作キャラクター

ふわりと、暖かなお日様の匂いが鼻腔をくすぐった。

匂いの元は探すまでも無い。
隣で文庫本の細かな字を視線で追い続けている、兄さんからだ。昔から兄さんはお日様の匂いがした。
腕時計に視線を落とすと、針は午後五時半を指している。二人揃って下校出来るなんて、いつぶりだろう。
僕ら以外誰も乗っていない古びた電車の椅子に腰を掛けながら窓から見える、遠く向こうの夕日を眺めた。

特別兄さんの着ている服が干し立てだったとか、そういう事では無くて、兄さん自身からいつも優しいお日様の匂いがする。本人にそう言うと、いつも決まって「依月の勘違いだよ」って照れ笑いを浮かべるのだった。
でも絶対、僕の勘違いなんかじゃないって思っている。
幼い頃から側にいた、血を分かつ兄の事なら何でも理解しているつもりだ。それはきっと、兄さんも同じで。
 

(それなら、僕のこの想いもとうに見透かされているはずだけど。)


余りにも苦しい、世間一般ではとても扱えるようなものじゃない想いを募らせていた。
実の、兄に。

自覚したのは、確か中学二年生の中頃だった様な気がするけど、詳しい事はもう覚えていない。
けど、夏休みを前にして、暑い暑いと茹る様な熱気の中、一緒に帰路についていて、兄さんの首筋に流れる一筋の汗が太陽の光で光ったのと同時に、僕の中で何かが音を立てて弾けたのはしっかりと覚えていた。

流石に自分でも、これはないなとは思う。
今まで僕は普通に女の子が好きだったし、人並みの恋をして、人並みの関係を築き上げてきた。そんなごく普通の学生だった自分が、男であり、そして血を分かつ実の双子の兄に恋慕の情を抱くなどと。

けれど人間とは不思議なもので、一度意識しだすともう後には戻れない。その日を境に兄さんから目を離すことが出来なくなっていった。
あまりに単純で分かりやすい僕の好意なんて、完全に見え透いたものだろうけれど、兄さんはいつも顔色一つ変えずに、昔のままの優しく穏やかな笑みを浮かべて僕に接してくれる。

ねえ、兄さん。僕の事どう思ってるの?
僕の気持ちに気付いてるの?受け止めてくれるの?

そんなぐずぐずに融けきった想いは、口に出す前に喉奥へと消えてしまう。
嗚呼、でも。
優しい兄さんの事だ。僕が兄さんにこの想いを告白したとして、もしかしたら受け止めてくれるかもしれない。優しく抱き寄せてくれるかもしれない。

視線を窓から隣の席に座る兄さんに移す。
外の夕焼けと同じ琥珀色の双眸は絶えず上下に動いて、時々少し細めて見せる。
うっかり吸い込まれてしまいそうな程深い色をしたその目は、いつも僕を捉えて離さなかった。

ふと、僕の視線と兄さんの視線がかち合う。

見つめ過ぎたか、咄嗟には上手い言い訳が出てこなくて、ああ、とかうう、だとか変な声ばかりが出てくる。
すると兄さんはふわふわと口角をあげて、「どうしたの?」と首を傾げて見せた。
顔に熱が昇る、そんな感覚の刹那、大きな揺れと共に薄手のカッターシャツの擦れる感触と、胸いっぱいのお日様の匂いが僕を包んだ。


「わっ、びっくりした。依月、大丈夫?」
「う、うん…。」


どうやら電車が急ブレーキを掛けたようだったが、特に問題も無かったようでまたすぐに動き始める。
僕はというと、揺れの衝撃で未だに兄さんの肩に顔を埋めている。
本来ならさっさと避ければいいものを、何だか身体が言う事を聞かない。


「依月、どうかした?」
「…いいや、ちょっとだけ眠くなっちゃって。誰か乗ってきたら避けるから、少しこのままでもいい?」


少しだけ間が空いたけど、すぐに「うん、いいよぉ」と嬉しそうに浮ついた声色で返事が返ってくる。安堵していると兄さんの視線は既に文庫本に移されていた。

小さく揺れる度に優しく香るお日様の匂い。シャツ越しに感じる暖かい体温。短く切り揃えられた柔らかい髪の毛。覗く横顔。
望む事なら、もうずっとこの電車の中で、兄さんを独り占めにしてしまいたい。
兄さんの全てが欲しい。
兄さんと一つになれて、それが許されるのなら、僕は自分の全てを棄てても構わなかった。財産も戸籍も全て投げ捨てて、ずっと兄さんの傍に居たい。それだけが僕の願いだ。


(けれど、それは絶対叶わない。)


自分で勝手に想像しておいて、涙が出そうになる。
けど、いつか神様が本当に僕たちの事を見ていて、僕のこの贅沢すぎる願いが叶う日が来るならば、兄さんのお日様の匂いが僕だけのものになる日が来るならば。


僕は、それ以外もう何も望まないよ。



☆+:;;;;;;:+☆+:;;;;;;:+☆+:;;;;;;:+☆+:;;;;;;:+☆+:;;;;;;:+☆+:;;;;;;:+


小説用お題ったーより
お日様の匂い・貴方は分からないでしょうね・全てを棄てたら貴方をくれる?

私の中では世にも珍しい陽←←←♡←←←依月
依月君はなんだかんだ言って優しい陽君に甘えて拗らせていくタイプだと思う。








1/1ページ
    スキ