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津雲三国志〜圧倒的自己解釈まとめ

【英傑自己解釈】〜真・三國無双に存在しない『東海郡の叛乱男』/昌豨

2018/04/03 05:44
英傑自己解釈。
前略。私が三国志世界に飛び込んだのは、他でもないコーエーテクモゲームス様の『真・三國無双』からです。
きっかけは確か、キャラメイクゲームが好きだった私が友人に勧められてあれよあれよと無知なままに『真・三國無双7Empires』をやっていつの間にやら無双武将にもズブズブっと惹かれてしまった経歴だったと思います。

そんな私も今ではすっかり『無双』から離れた原点寄りの三国沼の一員です。知識欲って怖いですね。

そんなある時、私は無双をする中で、ある哀しい事実に気づいてしまったのです。


──そう、『真・三國無双』には、我らが『叛乱男』・昌豨(ショウキ)がいないことに──!!
追記
昌豨(しょう き/? - 206年)は徐州東海郡の人で、呂布が暴れ回ってた頃に臧覇達と共に泰山方面を首領としていた独立勢力指導者です。呂布が曹操軍に敗れると臧覇達とともに降伏して青州・徐州の一部を委ねられる厚遇を受けていました。
こう見えてバッチリ妻子持ち(張遼が降伏を呼びかけた際、三公山を登って挨拶に行っている)

(なお徐州人なのに旧友于禁含める兗州泰山人と縁があるのは恐らく徐州自体が泰山と近いのと、当時陶謙の元にいた臧覇の影響が強いのではないかと軌は推測してます)

後はWikipedia等の簡略的な経歴を見ていただければ分かる通り、
東海郡周辺で叛乱が起こると『オレが力になるぜー!』って感じに呼応して叛乱する(情に厚いんだか頼れる豪傑なんだか)トンデモ問題児です。
その経歴をまとめるとこんな感じ。(Wikipedia引用)
↓↓↓
・東海の襄賁で炅母が反逆した時、昌豨に通じる。この反乱は呂虔に鎮圧された。
・199年/劉備が下邳で曹操に叛いたとき、東海郡において劉備に呼応する。翌年、劉備が曹操に敗北して袁紹の下へ逃れた後、これに続けて昌豨も撃破された。
・官渡の戦いの後、昌豨は再び曹操に反逆し、張遼・夏侯淵は数か月に渡ってこれを攻撃したが撃破出来なかった。それでも張遼は巧みに昌豨を説得し、降伏させることに成功する。
・206年、昌豨はまたしても曹操に反逆し、今度は于禁・臧覇の討伐を受ける。于禁は当初苦戦したが、夏侯淵の支援を受けて何とか昌豨を降伏させた。于禁は昌豨と旧友だったが、「法によれば、包囲されて後に降伏した者は赦されない」として、涙ながらに昌豨を処刑した。
・以上の経歴からか後の世(226年11月)に諸葛亮の上奏文で『曹操が5度攻撃して下すことが出来なかった』と名を挙げられている。

ちなみに『真・三國無双7猛将伝』では昌豨の姿はないものの『旧友を斬った』と于禁の武将辞典・略歴に記されてます。
その為、于禁界隈では『あの剛毅カタブツ于禁の生涯稀に見ぬ涙を流すほど慕った友達』として認知してる人も多いかと思います。私も最初はそうでした。

そんな昌豨ですが、……まあ、正直言うと『無双』に顔を出せない理由は割とわかっております。

①時期が厳しい
昌豨が曹操軍にとってかなり手強い相手だったというのは三国志世界で全然関係なさそうな(徐州出身の)諸葛亮でさえ上奏文で名を挙げる程度にわかっていただけると思うのですが、なにぶん彼の活躍は有名な合戦の合間や直後といった、『インターバル期間』であったり、『時系列不明』であることが多いのです。
これではゲームに取り上げるにも『蛇足』であったり、導入場所に困ってしまいます。
しかも『蛇足』により、昌豨という男の存在を認めてしまうだけで大きな戦を終えた達成感すら味わわせてくれないのです。恐るべき叛乱男。

②『三国志演義』での活躍がない
『真・三國無双』でも題材のベースとされている『三国志演義』では孫観・呉敦・尹礼と共に泰山の山賊として登場し、呂布軍と結んで蕭関で曹操軍を迎え撃つのですが撃破されてしまいます。
そして呂布滅亡後、孫観らが曹操に降伏したにもかかわらず、昌豨は降伏せずに独立勢力となるのですが、その後は『演義』から姿を消してしまうのです。
なんでも『三国志演義』は魏を悪とする蜀軍がメインであり、魏将の活躍も割愛されてる『演義』では彼の出る幕はなかったのです。かなしい。

③ハッキリとした記録が少なく、うまく輪郭が掴めない(=良くいえば解釈無限大!)
記録を見れる限り叛乱に呼応して叛乱する軽薄ともとれる叛乱男なのに、深読みすると強いし張遼に赦されるし于禁を泣かせるしの愛され豪傑……創作者として、これほど着色に頭を悩ませる謎多き男も珍しいのではないでしょうか。

例えば私の『創作世界』の場合、『東海郡を通じて叛乱』『劉備に呼応する』『于禁を泣かす』というワードから『正義感が強い(恐らく頼みを断れない)』『地元愛が強い(=徐州を荒らした曹操自体を許せないところがある)』『情に厚い(仲間思い)』『基本的に良い奴』といった部分を着色して、『気のいい兄ちゃんキャラ』に仕上げています。
しかしもっと視点を変えたり、解釈を変えることで『臧覇とつるむヤンチャ軽薄兄ちゃん』だとか、『泰山人に絶対的信頼置きすぎて于禁に斬られた人が良すぎ男』だとか、色々な人物像に書くことができるのです。これは悩ましい。

ですので、“将来性ありすぎて困ってしまう”。これも理由にあげておきます。そこが三国志の醍醐味なんですけどね!


……そういうことで、昌豨という存在は、歴史を辿る『三国志ゲー』としてはイレギュラーすぎる逸材なのです。
しかしゲームでは省かれても叛乱時は張遼、夏侯淵、于禁、臧覇といった名のある武将を追い込んでる手強い叛乱男なので(しかも死に際も自主降伏)、是非ともたくさんの無双クラスタに存在を知っていただけると嬉しいです。

以上、いっそコエテクに『せめて呂布軍の軍勢にだけでも』って意見のお手紙送ってみようかなとひっそり思う軌でした。


昌豨『これからも臧覇と于禁に宜しく言ってくれよな!』
design

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