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第一章『馬一族』

伝令兵が大慌てで駆けつけそう伝えると、
殿の傍らにいた長髪で不思議な(眠そうな)雰囲気をまとった隻眼の男──夏侯惇が、とくに表情を変えずに口を開く。

「どうする、孟徳。弁明したところで馬超らが武器を下ろすとは思わんが」
「─そうさな。先ずは暗殺された馬騰らの状況が知りたい。すぐに偵察部隊を出し、報告せよ。また、曹仁はその間に潼関を堅守するのだ。あちらの兵は精強である。くれぐれも守備に徹するように」

殿に進言された曹仁は「はっ」と短い返事を残して陣地を出ていく。
“于禁”はそれを目で見送り、『この戦への参加』を表明しに来た自分もまた、己が使命を貰いに礼を捧げて、頭を垂れた。

「では、その偵察部隊の任、『私』が引き受けましょう。『私』はこの通り今世は『監査役』の身でありますから、必要
以上の戦闘に参加できない分世界の『宿敵』たる存在を退けなければなりません。──それが、『疫鬼』として『記録』を遺した者の、せめてもの償いであります」

殿はそれを聞いて、深くは聞かぬまま「よかろう」と応えた。
……“于禁”は、殿の前では『彼』の役を演じている。
彼の威厳ある剛毅で堅苦しい言葉を真似するのは比較的柔軟で粗野な『疫鬼』としては苦労したが、『前世』のラグにより于禁はリセットされた=全員初対面であるので、『法の番人』にこだわる必要はとくにないのにも関わらずそれでも『彼らにとっての于禁』、『自身の中の于禁』をないがしろにしないのは『疫鬼』の中で『彼ら』に対する愛情が、それ程特別なものだということを意味している。

そして、この肉体を巣食う『疫鬼』の紋。今や『疫鬼』の記録は『世界』に轟き、自身の紋様も大変気味悪がられることが多いのだが、“于禁”はこの紋様に『過去の過ち』だと最もな答えを出し、──まあ、実際は『戻ってきていない借り物に居座る自分自身』なのだが──前世に『居なかった』のをうまく利用しつつ、『疫鬼』の証をもつ『贖罪者』として、“疫鬼の名残を背負わされた”自身の存在を納得させた。
意外なのは、そんな釈明にも似た“こじつけ”に夏侯惇がいちばん理解したような素振りを見せたことか。

─後に判明するが、『彼』との因縁は、この更地になった世の中でもなお続いているのだった。
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