第一章:引きこもり魔女姫と蓮の騎士の再会
[必読]概要、名前変換
・概要ゆるふわ中世ファンタジー悪役令嬢ものっぽいパロディ
なんでも許せる人向け
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この辺境の地でそれでも王国中の情報を得るための密偵に、私は烏を放っていた。その眼を通して世界を見渡し、この地が不利にならないよう、悲願を達成できるよう動いてきた。傍から見れば今しがた塚に埋めた子は、たったその内の一匹に過ぎないかもしれない。
だが、これはあまりにも恣意的にすぎる。王都に先んじて実地試験中の魔獣よけの石碑を、わざわざ私の子飼いで穢して。その上、蛇型の魔獣とは。
蛇というのが実に忌々しい。
あの生き物は、我がアサクラ家の凶兆の先触れなのだ。今日も、二年前も、八年前のあの日だって蛇だった。
烏へのせめてもの報いに膝をついて祈る。コクワの好きな子だった。その蔦の根本に埋めたから天では好きなだけ啄めば良い。護衛の彼も、従者の彼も何も言わずに悼んでくれている。令嬢らしくない行動に付き合わされているというのに、実に善き人間だ。ありがたい。
あの日の古傷が痛む。それは二年前、あの男爵令嬢に突き飛ばされたときと同じように。蛇が関わるといつもこうなのだ。思い出したように痛みだして、どうしても動きが制限されてしまう。早く立ち上がって、城に戻らないといけないのに。
「手を、転ばれては困る」
さも当然と言わんばかりにカンダ様が手を差し出してきた。彼本来の性分からか言葉は端的で乱暴とさえ言えるが、行動自体は騎士らしいそれで。立ち上がれぬ素振りなど見せた覚えも無いのに。
命に忠実な騎士だと聞いているから、単に彼の行動規範どおりに動いているだけなのだとも思った。
思ったのだが。
「あの、カンダ様? エスコートまでは…」
「脚が痛むんだろ 嫌なら抱えあげて運ぶまでだ」
「……いえ、結構ですわ」
「だったら大人しく 手を離すな」
よく見ている。というより勘が鋭すぎるのだ。
そういえば昔からそうだった。それで子爵令息ながら第二王子の側近に取り立てられて、今や当代一の騎士様になっているのだから。気づかれない理由がない。
彼の手に支えられながら来た道を戻る。特段彼と交わす言葉はない。
途中何度か躓きそうになったから、エスコートを貰って正解だった。よろける度に彼は力強く支えてくれる。本当に、彼は強い騎士になったのだ。ただ領地に引きこもっている私とは違って。
あれこれと考えながら馬車に乗り込もうという時、強い風が吹いた。油断していたのだ。片手はカンダ様の手に添えて、もう一方は取っ手を掴んでいて。
本来であれば魔法で押さえつけておくべきを忘れ、私の顔を覆っていたヴェールが捲れ上がる。見られただろうか。いや、見られたに違いない。無口を貫くカンダ様に、いつ指摘されるだろうかと戦々恐々と馬車に揺られている。
彼の仏頂面では考えこんでいるのか怒っているのか判断がつかない。これから護衛しようという相手が、かつて仕えていた第二王子を騙していたと知ったようなものだ。その反応も仕方がないと思える。
しかしながら、漸く口を開いた彼の言葉は予想を裏切るものであった。
「…やはり、キリカ様だったのか 道理で学園で名を見つけられぬわけだ」
覚えられているとは思わなかった。
「キリカ」というのは私の幼名だ。内憂たるルナドプリムスの長子の、それも第二王子に娶らせる予定の娘の身分をおいそれと明かすわけにはいかなかったらしい。それでも利用だけはしようとしたのだから、グレイノワール王家とは実にしたたかだと思う。
学園に入学する数年前から催された子どもたちのためのパーティー。表向きは簡単な社交の練習会と位置づけられていたそれは、その実第二王子の側近を選別するための場であった。子どもたちがパーティーの力関係を察知し、適切に動けるか見極める試験会場。それに用意された難問こそ、なにを隠そうこの私だったのだ。
大人たちにだって極一部にしか伝えられていない参加者。席次からしてかなり身分のたかい姫君。どうやら第二王子の覚えもめでたい様子。そういった謎の娘を仕立て上げるのに「キリカ」という幼名は便利だったのだろう。
私の存在はどうにも役に立ったらしい。子どもが持ち帰った情報でその謎の娘がルナドプリムスに縁付いているとわかるものにはわかるものだ。二度目三度目と回を重ねる度に親に言い含められたのだろう子どもたちの態度が変化していくのがありありと解った。
カンダ男爵令息もそのパーティーに参加している内の一人だった。まだ私と背丈が変わらないくらいの、真っ直ぐな青の瞳が特徴的な美しい子どもだったと覚えている。実は彼はあの試験の一番の、最高得点の合格者だった。何を隠そう同じく試験されていた第二王子よりも先に合格したのだ。
多くの子ども達が挨拶にやってきてアピールしてみたり嫌味を述べてみたりする中、彼の視点はなかなかに面白かった。何せ殿下が側にいないことを確認して「貴方様は殿下より厳重に警備されているご様子ですね」だ。そう思う理由を聞いてみれば、護衛たちの気の配り方や動きを観察してその先に殿下ではなく私を置いているように思えたから、と。その上明らかに給仕が子どもを観察するように立ち回っているのにその視線が私には向いていないとも。
その実それは正しく、それだけで彼の重用は決まったようなものだ。二度目のパーティーからは殿下からも声を掛けられるようになって、近衛候補の一人であったと思う。
父親と同じく強い騎士になると望んだ通り、彼は強い騎士になった。学園で第二王子の護衛を勤め上げて、最優秀に選ばれて。
だからこそ、一度も名乗らなかった私のことを、彼に名乗らせなかった私のことを、約束を破った私のことなんか覚えていないと、そう思っていた。