第一章:引きこもり魔女姫と蓮の騎士の再会
[必読]概要、名前変換
・概要ゆるふわ中世ファンタジー悪役令嬢ものっぽいパロディ
なんでも許せる人向け
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アサクラ侯爵家の馬車は王都で一般的なそれと比べて揺れが少なく、その上速度も段違いに出る代物だった。王族ですらこんな上等な馬車は持っていまい、とアルマが尋ねた疑問の答えはこうだ。
「…うちの領で造られた魔導具ですからね コストの面で…まあ、実地試験中ですわ」
柱に埋め込まれた魔石を撫でながらアサクラ嬢は試験中だと言った。見たところその魔石を通して馬車の制御を行っているようだが、魔石に込められた魔力量も尋常でなければ、その消費速度も同じく尋常ではない。詳しい魔術理論など学園の授業で聞き流してそれきりの俺ですら理解出来る。この馬車は使えた代物じゃないのだろう。
それを試験ながら扱う、それ以前に所持を許されている時点でこの侯爵家の地位は額面以上に高い。俺の今の家であるティエドール公爵家が持とうものならパワーバランスというものが空の彼方へ吹っ飛んで、内乱という言葉では収まりきらない事態に発展すると政治に疎い俺でも理解が及ぶ。それほどなのだ、アサクラ侯爵家、ルナドプリムスというのは。
「アサクラ嬢、そろそろ魔獣の発生した地点へ到着します」
「……あの、カンダ様 その、畏まった態度はやめていただけませんか?」
「騎士として最低限の礼儀のつもりでしたが」
「公爵家の方にそのように接されると息が詰まる、と申しているのです お付の方とのやり取りも普段通りで構いません 必要なら咎めないと公文書に残しても良いですよ」
アサクラ嬢の声色は本当に辟易している風だった。確かに字面だけ見れば俺が謙る道理は無い、とも言える。同時に礼儀を尽くさねばいけない相手であることに変わりなく。ありがたい申し出だと感じる反面、素直に頷く訳にもいかなかった。
「…不愉快な申し出でしたでしょうか?」
「いや、そういう訳ではなく 貴女にだけ謙られる理由が見当たりませんので」
「では私も対等に接すると誓いましょう 元より学園の同輩同士、不必要に気を使わずともよいのだわ」
…覚えられているとは思わなかった。そも彼女は学園に殆ど姿を見せなかったのだ。いくら俺が第二王子の護衛だったとしても、護衛対象の傍らに居たのは聖女だのなんだのと呼ばれている頭に花畑の詰まった男爵令嬢だった。俺の面がその女と取り巻きの好みに大層合致しただとか、反面俺の生い立ちに怯える連中がいるだとか。そう言った理由で第二王子が距離を取るよう命じてくるのにさほど時間はかからなかった。とはいえ王命による選出だった故、名目上は護衛騎士のまま遠巻きに第二王子の身辺を警護する日々。試験の度にこの魔女姫が殿下に呼び出されているのを度々目撃したくらいで、あの時期に直接の関わりを持った試しは無い。あの卒業式の日も同様だった。あんな茶番劇をやると知らされていなかった俺は野次馬の外から遠巻きに事の次第を見ていた。それだけだった。
考えて見れば彼女は最初から俺を「カンダ」と呼んだのだ。俺がティエドールを名乗らない事を知っていたかのように。ごく自然にそう呼んできた。
「…わかった、アサクラ嬢 正直堅苦しいのは苦手で助かる」
「ジュン、とお呼びくださいな こちらもファースネームでお呼びしているのです」
理屈の上ではそうだがどうも腑に落ちない。その理屈を通すのなら彼女が呼ぶべきなのは、俺が呼んで欲しかったのはそちらの名ではないのだ。
その文句をつけようと口を開きかけたタイミングで目的地に到着した。城下の街と村を通す街道のちょうど中間あたり、昨夜魔獣の湧いた地点は妙に空気が澱んで重だるく沈んでいた。
馬車から降りたアサクラ嬢…ジュン嬢…、彼女は迷うことなく道の脇に鬱蒼と繁る林へ歩を進めようとする。ドレス姿では歩きにくいだろうに妙に慣れた歩調で獣道、と言うには整備された小路を進んだ先でふと、足を止めた。
この令嬢は本当に森に慣れているらしい。周囲には魔獣の気配が蔓延っていた。目の前には小ぶりな石碑とそれに巻き付く蛇型の魔獣。昨夜討伐したものよりも小さいくせに明らかに強力だとわかるそれ。
彼女を背にかばい剣を抜こうとしたところで、令嬢にしては恐ろしく低い地を這うような声が聞こえた。たった一言、彼女が「蛇」と呟いた直後、その魔獣の頭から尾の先に至るまで潰れて赤黒い染みになった。木の上から噛みつかんと大口を開けていた魔獣も、地から這い寄らんと音もなく体をうねらせていた魔獣も皆等しく染みになった。
魔獣の気配はもうどこにもない。それらが塵になって消えていく間に彼女は石碑を押してずらしていく。そこに詰め込まれた赤黒の、最早土と見紛う色をしたなにか。溶け残った羽がかつてそれが空の上を飛んでいた証とばかりに引きちぎれて石碑にこびりついている。
「…この石碑は、街道に魔獣が出ないようにするために拵えた魔導具です この子が、押し込められてしまったから、上手く動かなくなっていたのだわ」
「危険だ、不用意に触れないでくれ」
「良いのです この子は、私が使役していたのだもの」
かがみ込んでドロドロに溶けた、液状になってしまったそれに触れようとする彼女を引き止めるも叶わない。黒いレース編みの手袋を纏った細指がそれに翳されると、透明な硝子の容器に入れられたように球状になって持ち上がった。その赤黒い球の中から緑色の宝玉が付いた首輪が落ちてくる。それを見て彼女は、酷く辛そうな声を出した。
「この子は、コクワの好きな子でした 監視もそっちのけでいつも食べてばっかりの利かん坊、最近見ないと思ってたけど こんなことになっていたなんて…」
「…いちいち使い魔を覚えてんのか?」
「全員じゃないわ、王国中に張り巡らせているのだもの それでも、特徴のある子はどうしてもね」
嘘だと思った。少なくとも大半を覚えていると、寂しげな背が語っているように思えた。
「コクワの蔓は近くにないかしら?」
「ジュンお嬢様、それならあっちに」
「ありがとう、アルマ」
彼女の呼び方に迷っている俺を置いてアルマは呼び方を定めたらしい。コクワの蔓の下、独りでに掘られた土の中に赤黒の、かつて烏だったそれが埋葬される。酷く美しい声の祈りと、墓標と定められた首輪に瞼を閉じた。