第一章:引きこもり魔女姫と蓮の騎士の再会
[必読]概要、名前変換
・概要ゆるふわ中世ファンタジー悪役令嬢ものっぽいパロディ
なんでも許せる人向け
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「ジュン・アサクラ侯爵令嬢 僕達の婚約は皆の知る通り君の類稀なる魔術への才能を保護する為に結ばれたものだ」
「はい、殿下」
三月の始めだというのに王都には雪がほとんど残っていない。どころか、極東から持ち込まれた薄紅の花が蕾を綻ばせている。喜ばしき旅立ちの日、セレモニーを控えた生徒たちの浮き足立つ学園のエントランスホールで、我が国グレイノワール連合王国第二王子たるルシアン・アシュフォード=グレイノワール殿下はまるで演劇のトップスターのように堂々とした様子で声をお上げになった。
「君のその事情と優秀さを考慮し、王国は出来る限りの便宜を図ってきた 故に、今日のこの日まで我々の婚約が成立していた そうだな?」
「はい、殿下」
「…僕とて、残念に思うのだよ 君のような才媛は他に二人と存在しえなかっただろう」
「もったいのうお言葉にございます、殿下」
「しかし、学園一の魔術師に選ばれたのは君ではなかった 天がグレイノワールに与えたもうた聖女、セリーナ・ダルヴィン男爵令嬢 彼女こそ当代の魔術を担うに相応しいと、皆もそう思うだろう?」
殿下が傍らに置いた彼女を見せびらかすように仰々しく腕を開いてみせると拍手喝采が巻き起こります。当代の聖女、と目されるセリーナ・ダルヴィン男爵令嬢はその朗らかなお人柄とふわふわと愛らしい造形で広く人気を博しておられます。滅多に学園に姿を現さず黒染めのヴェールで顔を隠した私よりも、陽の光と形容される殿下のお傍に相応しいと噂されていることは承知しております。
殿下が、それを望んでおられることも。
「アサクラ侯爵令嬢 王国が、僕が保護しなければならない才媛は君だけでなくなり 君は、その事情の為に満足に社交をこなすこともできまい?」
「…覚悟は、しておりました 殿下」
予定通りに私は第一夫人候補から落とされる。随分と前から決まっていた話だ。アサクラ家と王国の体面の為に今日まで公にされなかっただけで内々では話が進行していた。
第二夫人として国に仕え、第一夫人となるダルヴィン嬢を支える事が私の仕事になる。それでアサクラ侯爵家は保護され、グレイノワール王国は利益を総取り出来る。そういう算段だった。はずだ。
「…覚悟とは殊勝だな アサクラ嬢 君は僕の婚約者の座に固執するあまり、セリーナへ酷い仕打ちを繰り返してきたではないか!」
声を荒らげた殿下と、肩を小さく縮こませその腕に縋るダルヴィン嬢。絶句する私を他所に殿下は知らぬ私の罪を論う。それはもう、王国一の俳優とて足元にも及ばぬような役への浸りぶり。
まさかとは思いますが「皆への告知は僕に任せて欲しい、全て丸く収めよう」と言ったその、全て丸くがこれなのでしょうか?
…頭が痛くなります。
「…故に、だ ジュン・アサクラ侯爵令嬢 君の罪を咎めるなとセリーナは言った 全て噂に過ぎぬ、と だが、そのように噂される君が僕とセリーナの傍には相応しくない、そうだろう?」
「…申し訳ありません、ジュン様 私ではこれ以上お庇いすることが出来ず…」
ダルヴィン嬢に名前で呼ぶことを許可した覚えは無い。
にしてもこの話の流れは不味い。殿下の考え無しは今に始まったことではないが、今回ばかりは考えが足りなさすぎる。このまま進めば王国の利が全て消し飛びかねない。
故に、はしたないと解っていても縋らざるを得なかった。
「…っ、殿下 お待ちください! どうかご再考を!」
「再考だと? 僕はこの三年間良く考え抜いたとも! ジュン・アサクラ侯爵令嬢、君との婚約は破棄し、私はセリーナ・ダルヴィン男爵令嬢を婚約者とする!」
「ルシアン殿下…っ!」
「ルシアン様、危ないッ!」
殿下に伸ばした腕はダルヴィン男爵令嬢に払われた。飛びかかるようにして殿下の前に割り込んだ彼女の勢いは相当なもので、私は体勢を崩して尻もちをつく。翻るヴェール、晒された私の肌、声にならない悲鳴が周囲から漏れている。事前の打ち合わせ通りに進まなかったこの演劇で、皮肉なことにこれだけは予定通りに事が進んだ。
殿下のお気に召さない私の事情、焼き爛れた顔面が衆目に晒されたのだ。
これは、もう仕方あるまい。
「…かしこまりました 殿下の命とあらば、婚約の破棄 謹んでお受けいたします ダルヴィン男爵令嬢におかれましても多大なる御恩情に感謝いたします 今日のこの喜ばしい日に、私のような醜い人間は相応しくないでしょうから御前を退くこと、何卒御容赦願います」
誰も声を上げられぬうちに立ち上がり、場を辞した。
晴れ舞台となるはずだった卒業式の、なんとも苦々しい思い出だ。
グレイノワール連合王国の北の辺境に隣する我がルナドプリムス領はようやく雪解けが終わりを迎え、緑が地に見え始める頃合だ。
あの苦々しい卒業式から早二年、私は領地に引き篭り卒業前とさほど変わらぬ自由自適な日々を過ごしていた。
申し遅れたが私はジュン・アサクラ=ルナドプリムス。ルナドプリムス領のアサクラ侯爵家、その当主である。
ルナドプリムス領の歴史は実に旧い。グレイノワール連合王国が成立する遥か昔よりこの地にあった、とされる魔術の起こりに最も近い血脈がアサクラ家であった。幾度か名と国を変え、残され続けてきた魔術の聖地なのだ。現在はグレイノワール連合王国の庇護下に置かれ、かつてあった国の名前をそのままに。ルナドプリムス、つまりは月の宮と呼ばれている。
二年前の第二王子のご乱心は聖女たるセリーナ・ダルヴィン嬢を国に取りこめること。咎を与えないことで私を国に留めて置けること。その他様々な思惑が重なって目立った処罰の無いままに有耶無耶にされた。
私は醜女で悪辣、厚顔無恥により王子殿下に婚約破棄された悪の令嬢、爛れ顔の魔女姫などと王都で噂されているらしい。だが領地に引き篭り詫びにと与えられたポストに準じた仕事をこなし領地を運営する生活は穏やかなものだ。現状に満ち足りれど、不満を覚える余地はあまりない。
そう、あまりないのだ。つまりは多少は不満がある。
ありがたいことに王国内にそこそこのポストを頂いた旧い侯爵家の当主であり未婚の令嬢ともなれば当然のように敵が多い。領地に引き篭り続けるにしろ命の危険と常に隣り合わせ故、国王陛下から護衛の騎士を付けるように仰せつかっている訳だが、兼ねてより当家に仕えてくれていた老騎士がついに引退すると言い出した。腰に不調を抱えたとあらば頷かざるを得ない。
後継にと国王陛下の書状を持ってやってくる騎士達、これが問題だった。田舎に飛ばされたと不平不満を垂れるもの、二割。私を嫁にと望むもの、八割。そのどれも失礼極まりなく、老騎士のお眼鏡にも敵わない為、ごく短期間で王都に送り返されて行った。
私とて、現状は把握している。学園の卒業から二年、十八歳になった私は令嬢としては行き遅れ。爛れ顔と第二王子との醜聞も合わさり価値が酷く安い。酷く安いのに嫁げば侯爵家の権力と旧い領地が手に入る。成り上がりを狙う連中には実に魅力的に写ることだろう。
だからと言ってまともに仕事の出来ない騎士を雇うつもりなど毛頭なく。直属の上司に向け「そろそろまともなのを寄越せ」と手紙を書いたのがひと月ほど前だ。
「まともなの、とは言ったけれど まさかこんな大物が来ることになるとは」
早馬で届いた返信に記された名前は、いくら世情に疎い私でも知っていた。
各地で戦果を挙げ続ける当代最強の騎士。泥濘と血に汚れる戦場でたったの一人美しく立ち続ける美貌の騎士。『蓮の騎士』と呼ばれるその騎士は、ご令嬢のみならずご婦人たちの憧れの人であった。
その彼が、ユウ=カンダ・ティエドール公爵令息が既に領地に向けて出立したと、そう記されていた。