長編と同じ夢主を想定しています
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腹は減っては戦は出来ぬというが、腹を満たすのもまた戦だ。などと理由のわからない格言のようなものが純の頭を過っていた。
現在時刻は午前十時半、朝食を抜いていた彼女はピークを避けたこの時間にブランチを決め込む気でいた。昼時まであと一時間以上あるというのに珍しく出来ていた列に並んで注文を考える。正直言って食べるものに大したこだわりがない。毒じゃないこと、必要な栄養素を満たすこと。それさえ守られていればサプリメントでもドロドロの液だけでも文句は言わないし、満足できる。まあ、食感と香りが良いものだと嬉しくはあるが。当然だがこんなこと、調理人に面と向かって言えることではなかった。彼らにも矜持がある。教団という大所帯の食堂を担っている彼らの事を思えば料理を頼むのが筋というものだ。さて、何を食べようか。タンパク質と糖質…そう考えるとやっぱり卵が候補にあがる。ハーブの入ったオムレツでいいか。うん、そうしよう。
「おまたせ!何にする?」
「ハーブのオムレツと、パンと あと人参のサラダ」
「了解! ちょっと時間かかるから待ってて!」
「はーい」
珍しいこともあるものだ。早い・早い・美味しいが売りの教団食堂で時間がかかると言われるとは。手持ち無沙汰に厨房の中をじっくり見てみてみれば、なるほど。人手が足りないのだ。名前を呼ばれ受け取ったオムレツを食べながらこの後の予定を考える。急ぎの用事は特に無かった。お上品さの多少欠ける大きな口でブランチを手早く済ませた純は、至極色の髪を一本の三つ編みに結い上げ目深にキャップを被る。いつの間にか服装は厚手の黒いワイシャツにエプロン姿へと変わっていた。
どんどんと伸びていく注文の列、シンクには洗い物が積み上がって、返却口は猫の額ほども隙間がない。調理人の腹の不調による人手不足で厨房内には敗戦の気配が漂い始めていた。料理長たるジェリーの余裕そうな笑みにも冷や汗が落ちかける。今回ばかりは破綻するかもしれない。そんな折、厨房の扉が開かれた。入ってきたのは先程オムレツを手渡したばかりの少女、麻倉純である。
「ごちそうさま、大変美味しゅうございました」
「ど、どうしたの!?」
勝手に入ってきたこともそうだが、それ以前に彼女の出で立ちに混乱する。エプロンにキャップ、まとめられた髪、まるで調理人のように見えるのだ。
「人手足りてなさそうでしたから、お手伝いくらいならと」
「…! 本当に!?助かるわ!」
「簡単なことしかしませんのでご安心を まずは洗い物片付けますね」
純はにこりと笑って洗い場の前に立つ。大きな汚れをお湯で洗い流しながら食器を種類ごとにわけていく。食洗機の使い方など誰に聞かなくてもわかるようで、みるみるうちに食器の山が消え去っていった。厨房で働く矜持の高い男たちも、最初は怪訝な目で彼女を見ていたがすぐに気にならなくなったようで各々の仕事に集中し始める。返却口から食器を回収するにも、拭き終えた食器を戻すのにも彼女の動きに無駄がない。さすが戦闘職というべきなのか調理人の動線を一切邪魔しない徹底ぶりだった。
ここで正午を告げる鐘の音が響き渡る。純の緊急参戦により厨房内は一時落ち着きを取り戻していたが、ここからが正念場だろう。ジェリーがちらりと食堂の入口に目を向けると白髪の少年が気弱な長身と連れたって歩いてきている。これは身震いか、あるいは武者震いか。この最も慌ただしい時間に、最強の敵が揃ってお出ましたのだ。
「純、あなた調理は?」
「…味付け以外なら 流れはもう掴んだわ」
「ふふ、まったく頼もしいわね! だったらみんなのサポートをお願い!」
「ウィ、シェフ」
「皆!今が山場よ! 張り切っていきましょう!」
・・・
「次!グラタンのエビ!」
「こちらに」
「嬢ちゃん!生姜切っといてくれ!」
「切り方は?」
「針生姜にしてくれ」
「ラーメン茹で上がりは?!」
「あと50秒 器は後ろに!」
「あんがとよ!」
「カルパッチョ、後は任せます!」
「了解 ドレッシングは?」
「冷蔵庫の緑のボトル!」
「…あっ!みたらし!」
「持ってきましたよ」
「おお!!!」
自分たちの膨大な数の注文が凄まじいスピードで捌かれていく。いつもより少し慌ただしい気がしないでもないが、アレンとクロウリーは昼食が出来上がるのを今か今かと待ち構えていた。
「はい、お待ちどう!クロウリーのと」
「いつもありがとうである…!」
「アレンくんのはこっちね」
「ありがとうございます!やったー 待ち切れない…!」
「アレンの分を持ってきたのは初めて見る顔ではなかったか?」
「そうですね、キャップを被った人はいなかったと思います」
「新しい職員であろうか 食べ終わったら挨拶をせねば」
「ご一緒させてください、クロウリー こんなに美味しいご飯を作ってくれる方には感謝を述べなくてはなりません」
二人がごちそうさまでした、と返却口に向かえば件のキャップの調理人が出迎えてくれた。美味しかった?と笑いながら問いかけてくる声にどうも聞き覚えがある。顔を上げいたずらっぽくウインクをして皿を下げていく少女の正体に気付いて彼らは揃って目を丸くする。
「「純だったんですか/あるか!?」」
・・・
そんなこんなで時刻は閉店時刻のちょっと前、料理人たちは明日の食材の仕込みを行っていた。
「いやはや、良い働きっぷりだったよ」
「どこかで修行でもしてたんですか?」
「ホテルのキッチンで少しだけ」
「なるほどそれでねえ…本当に助かった!」
期待以上の働きだったと純を口々に褒めていく。なんだかくすぐったそうに笑いながら彼女も野菜の千切りに勤しんでいた。その鼻を醤油と味醂の匂いがくすぐる。今日の賄いは里芋と鶏肉の煮物だそうだ。せっかく日本人で社交性のある純がいるのだからと、日本食を試して欲しいようだ。すこし心が痛い。食材の品質と調理手順、味付けの分量から言って美味しいことには違いないだろう。ただ、判りもしないのに彼らに言葉を吐くことになるだけで。
「まだやってるか」
「あら、神田 やってるわよ!今戻ったの?」
「ああ かけ蕎麦と…あと天ぷら」
聞こえてくる無愛想な声は幼馴染である神田ユウのものだ。僅かに掠れて低く聞こえる。相当お疲れのご様子だった。そんな彼には残念なお知らせだが、本日は大盛況につき天ぷらの具材が残っていない。エビも、イカも、れんこんも、ししとうも売り切れだ。
「ごめんなさい!今日は天ぷらがよく出たの…食材がもう残ってなくて…」
「……そうか、なら蕎麦だけで」
「ジェリー 今仕込んでる野菜と干しエビ、あと小麦粉使っても良い?」
「それは全然良いけれど」
「なんでお前が厨房にいんだよ」
「ちょっと助太刀にね かき揚げでもいいでしょ」
「それは構わんが」
「座って待ってて 出来たら持って行くわ」
千切りの冬キャベツ、人参、生姜に牛蒡、玉ねぎのスライス。少しずつ拝借すれば一人ぶんのかき揚げは作れる。腹を空かせた男の子を満足させるには少々心許ないが、まあ無いよりはマシだろう。揚げ上がったかき揚げを同時に出来上がったかけ蕎麦に添えようとすると、となりにもう一つ盆が置いてあった。おにぎりが二つと野菜の小鉢、大皿に賄いの煮物と取り皿が二つ。
「ちょうどいいから一緒に食べてらっしゃい! ちゃんと感想聞いてくるのよ!」
完全にジェリーに気を使われたなと思いつつ、二人分の盆を席に運ぶ。あれほど騒がしかった食堂の中には神田がポツネンと座るだけだ。
「おまちどうさま …ご一緒しても?」
「好きにしろ」
「ありがと」
彼はよほど腹を空かせていたらしい。まだ熱々と湯気を立てている丼を軽々と持ち上げては蕎麦をすすり、かけ汁にかき揚げを浸してはざくりとかじりついていた。そのまま続けて二口目を食べていて、どうやらお気に召したらしい。
「何ニヤついてんだよ」
「…別に?大きなお口だと思って」
「お前のそれは?」
「賄い 食べるでしょ?これくらいでいい?」
「…もうちょい」
「はいはい」
煮物を取り分け、彼女も食事に口をつける。忙しさで忘れていたがブランチから何も口にしていなかった。彼らが用意してくれたおにぎりも煮物もきっと美味しいのだ。口の中で解れていく米も、滑らかに崩れる里芋もかみごたえのある鶏肉もどれも温かで優しい感じがする。目の前に座る彼も箸を止めずにいる。気に入ったに違いない。
「彼ら、日本食の感想を聞きたいんですって」
「それは」
「どう?美味しい?」
「……うまいよ 甘すぎなくてちょうどいい」
「ふふ、貴方好みじゃない」
「お前も気に入る味だ」
「そっか ジェリー!神田が煮物美味しいって!!」
厨房の方から遅れて歓声が聞こえる。いつもの神田は感想など言わない。それが美味しいと太鼓判を押したのだ。それはそれは嬉しいことこの上なかった。
照れ隠しをするようにちょっと怒った声で神田は純を呼んだ。余計なことをするなだとかなんだとか小言を並べているが、おにぎりを頬張る彼女の耳をすり抜けていくだけで気に留められない。柔らかな無視になんとなく気を向けさせたくなって彼は手段を探していた。
「かき揚げ」
「…へ?」
「かき揚げ、美味かった」
「………そう」
彼女の揚げた野菜と干しエビのかき揚げの感想を述べれば、丸く深い紫色と目が合う。すぐにそれが細められ少し尖った唇の端に隠しきれない笑みが浮かんできた。言葉だけはつれない態度をとっているが喜んでいることがわかりやすすぎる。そんな彼女に彼の口の端も僅かに上がっていたのだ。
現在時刻は午前十時半、朝食を抜いていた彼女はピークを避けたこの時間にブランチを決め込む気でいた。昼時まであと一時間以上あるというのに珍しく出来ていた列に並んで注文を考える。正直言って食べるものに大したこだわりがない。毒じゃないこと、必要な栄養素を満たすこと。それさえ守られていればサプリメントでもドロドロの液だけでも文句は言わないし、満足できる。まあ、食感と香りが良いものだと嬉しくはあるが。当然だがこんなこと、調理人に面と向かって言えることではなかった。彼らにも矜持がある。教団という大所帯の食堂を担っている彼らの事を思えば料理を頼むのが筋というものだ。さて、何を食べようか。タンパク質と糖質…そう考えるとやっぱり卵が候補にあがる。ハーブの入ったオムレツでいいか。うん、そうしよう。
「おまたせ!何にする?」
「ハーブのオムレツと、パンと あと人参のサラダ」
「了解! ちょっと時間かかるから待ってて!」
「はーい」
珍しいこともあるものだ。早い・早い・美味しいが売りの教団食堂で時間がかかると言われるとは。手持ち無沙汰に厨房の中をじっくり見てみてみれば、なるほど。人手が足りないのだ。名前を呼ばれ受け取ったオムレツを食べながらこの後の予定を考える。急ぎの用事は特に無かった。お上品さの多少欠ける大きな口でブランチを手早く済ませた純は、至極色の髪を一本の三つ編みに結い上げ目深にキャップを被る。いつの間にか服装は厚手の黒いワイシャツにエプロン姿へと変わっていた。
どんどんと伸びていく注文の列、シンクには洗い物が積み上がって、返却口は猫の額ほども隙間がない。調理人の腹の不調による人手不足で厨房内には敗戦の気配が漂い始めていた。料理長たるジェリーの余裕そうな笑みにも冷や汗が落ちかける。今回ばかりは破綻するかもしれない。そんな折、厨房の扉が開かれた。入ってきたのは先程オムレツを手渡したばかりの少女、麻倉純である。
「ごちそうさま、大変美味しゅうございました」
「ど、どうしたの!?」
勝手に入ってきたこともそうだが、それ以前に彼女の出で立ちに混乱する。エプロンにキャップ、まとめられた髪、まるで調理人のように見えるのだ。
「人手足りてなさそうでしたから、お手伝いくらいならと」
「…! 本当に!?助かるわ!」
「簡単なことしかしませんのでご安心を まずは洗い物片付けますね」
純はにこりと笑って洗い場の前に立つ。大きな汚れをお湯で洗い流しながら食器を種類ごとにわけていく。食洗機の使い方など誰に聞かなくてもわかるようで、みるみるうちに食器の山が消え去っていった。厨房で働く矜持の高い男たちも、最初は怪訝な目で彼女を見ていたがすぐに気にならなくなったようで各々の仕事に集中し始める。返却口から食器を回収するにも、拭き終えた食器を戻すのにも彼女の動きに無駄がない。さすが戦闘職というべきなのか調理人の動線を一切邪魔しない徹底ぶりだった。
ここで正午を告げる鐘の音が響き渡る。純の緊急参戦により厨房内は一時落ち着きを取り戻していたが、ここからが正念場だろう。ジェリーがちらりと食堂の入口に目を向けると白髪の少年が気弱な長身と連れたって歩いてきている。これは身震いか、あるいは武者震いか。この最も慌ただしい時間に、最強の敵が揃ってお出ましたのだ。
「純、あなた調理は?」
「…味付け以外なら 流れはもう掴んだわ」
「ふふ、まったく頼もしいわね! だったらみんなのサポートをお願い!」
「ウィ、シェフ」
「皆!今が山場よ! 張り切っていきましょう!」
・・・
「次!グラタンのエビ!」
「こちらに」
「嬢ちゃん!生姜切っといてくれ!」
「切り方は?」
「針生姜にしてくれ」
「ラーメン茹で上がりは?!」
「あと50秒 器は後ろに!」
「あんがとよ!」
「カルパッチョ、後は任せます!」
「了解 ドレッシングは?」
「冷蔵庫の緑のボトル!」
「…あっ!みたらし!」
「持ってきましたよ」
「おお!!!」
自分たちの膨大な数の注文が凄まじいスピードで捌かれていく。いつもより少し慌ただしい気がしないでもないが、アレンとクロウリーは昼食が出来上がるのを今か今かと待ち構えていた。
「はい、お待ちどう!クロウリーのと」
「いつもありがとうである…!」
「アレンくんのはこっちね」
「ありがとうございます!やったー 待ち切れない…!」
「アレンの分を持ってきたのは初めて見る顔ではなかったか?」
「そうですね、キャップを被った人はいなかったと思います」
「新しい職員であろうか 食べ終わったら挨拶をせねば」
「ご一緒させてください、クロウリー こんなに美味しいご飯を作ってくれる方には感謝を述べなくてはなりません」
二人がごちそうさまでした、と返却口に向かえば件のキャップの調理人が出迎えてくれた。美味しかった?と笑いながら問いかけてくる声にどうも聞き覚えがある。顔を上げいたずらっぽくウインクをして皿を下げていく少女の正体に気付いて彼らは揃って目を丸くする。
「「純だったんですか/あるか!?」」
・・・
そんなこんなで時刻は閉店時刻のちょっと前、料理人たちは明日の食材の仕込みを行っていた。
「いやはや、良い働きっぷりだったよ」
「どこかで修行でもしてたんですか?」
「ホテルのキッチンで少しだけ」
「なるほどそれでねえ…本当に助かった!」
期待以上の働きだったと純を口々に褒めていく。なんだかくすぐったそうに笑いながら彼女も野菜の千切りに勤しんでいた。その鼻を醤油と味醂の匂いがくすぐる。今日の賄いは里芋と鶏肉の煮物だそうだ。せっかく日本人で社交性のある純がいるのだからと、日本食を試して欲しいようだ。すこし心が痛い。食材の品質と調理手順、味付けの分量から言って美味しいことには違いないだろう。ただ、判りもしないのに彼らに言葉を吐くことになるだけで。
「まだやってるか」
「あら、神田 やってるわよ!今戻ったの?」
「ああ かけ蕎麦と…あと天ぷら」
聞こえてくる無愛想な声は幼馴染である神田ユウのものだ。僅かに掠れて低く聞こえる。相当お疲れのご様子だった。そんな彼には残念なお知らせだが、本日は大盛況につき天ぷらの具材が残っていない。エビも、イカも、れんこんも、ししとうも売り切れだ。
「ごめんなさい!今日は天ぷらがよく出たの…食材がもう残ってなくて…」
「……そうか、なら蕎麦だけで」
「ジェリー 今仕込んでる野菜と干しエビ、あと小麦粉使っても良い?」
「それは全然良いけれど」
「なんでお前が厨房にいんだよ」
「ちょっと助太刀にね かき揚げでもいいでしょ」
「それは構わんが」
「座って待ってて 出来たら持って行くわ」
千切りの冬キャベツ、人参、生姜に牛蒡、玉ねぎのスライス。少しずつ拝借すれば一人ぶんのかき揚げは作れる。腹を空かせた男の子を満足させるには少々心許ないが、まあ無いよりはマシだろう。揚げ上がったかき揚げを同時に出来上がったかけ蕎麦に添えようとすると、となりにもう一つ盆が置いてあった。おにぎりが二つと野菜の小鉢、大皿に賄いの煮物と取り皿が二つ。
「ちょうどいいから一緒に食べてらっしゃい! ちゃんと感想聞いてくるのよ!」
完全にジェリーに気を使われたなと思いつつ、二人分の盆を席に運ぶ。あれほど騒がしかった食堂の中には神田がポツネンと座るだけだ。
「おまちどうさま …ご一緒しても?」
「好きにしろ」
「ありがと」
彼はよほど腹を空かせていたらしい。まだ熱々と湯気を立てている丼を軽々と持ち上げては蕎麦をすすり、かけ汁にかき揚げを浸してはざくりとかじりついていた。そのまま続けて二口目を食べていて、どうやらお気に召したらしい。
「何ニヤついてんだよ」
「…別に?大きなお口だと思って」
「お前のそれは?」
「賄い 食べるでしょ?これくらいでいい?」
「…もうちょい」
「はいはい」
煮物を取り分け、彼女も食事に口をつける。忙しさで忘れていたがブランチから何も口にしていなかった。彼らが用意してくれたおにぎりも煮物もきっと美味しいのだ。口の中で解れていく米も、滑らかに崩れる里芋もかみごたえのある鶏肉もどれも温かで優しい感じがする。目の前に座る彼も箸を止めずにいる。気に入ったに違いない。
「彼ら、日本食の感想を聞きたいんですって」
「それは」
「どう?美味しい?」
「……うまいよ 甘すぎなくてちょうどいい」
「ふふ、貴方好みじゃない」
「お前も気に入る味だ」
「そっか ジェリー!神田が煮物美味しいって!!」
厨房の方から遅れて歓声が聞こえる。いつもの神田は感想など言わない。それが美味しいと太鼓判を押したのだ。それはそれは嬉しいことこの上なかった。
照れ隠しをするようにちょっと怒った声で神田は純を呼んだ。余計なことをするなだとかなんだとか小言を並べているが、おにぎりを頬張る彼女の耳をすり抜けていくだけで気に留められない。柔らかな無視になんとなく気を向けさせたくなって彼は手段を探していた。
「かき揚げ」
「…へ?」
「かき揚げ、美味かった」
「………そう」
彼女の揚げた野菜と干しエビのかき揚げの感想を述べれば、丸く深い紫色と目が合う。すぐにそれが細められ少し尖った唇の端に隠しきれない笑みが浮かんできた。言葉だけはつれない態度をとっているが喜んでいることがわかりやすすぎる。そんな彼女に彼の口の端も僅かに上がっていたのだ。