長編と同じ夢主を想定しています
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眩暈と平衡感覚の喪失、一瞬の暗転。
瞼を開いた先にいたのは見知らぬ男だった。いやに整った顔立ちで、精悍な雰囲気に何故か焦りを滲ませている。どうも、私が何を言い出すのか固唾を飲んで待っているような。
「……どなた?」
頭に浮かぶ疑問の中で一番単純なものを口に出した途端に、がちゃり。なにやら金属がこすれ合うような音がして、冷たい風が足元を通り過ぎる。扉が空いたのだろうか。男が振り返って舌打ちをした。つられて扉の方を見上げると『記憶喪失にならないと出られない部屋』と銘打ってあった。
理解が及ばない。この『記憶喪失にならないと出られない部屋』に、私とこの男は二人きりで居たらしい。何故。どうして?状況が許容量を越えて、ただ恐ろしい。
思わず後退ったら指先が硬質の容器に当たった。ガラスの小瓶だった。端に僅かだけ薄黄色の液体が溜まっている。唇に残る湿り気を指の腹で乱暴に拭った。
私は、この薬を飲んだのだろう。
「何も、覚えてねえんだな」
「ですから、どなた?」
「神田 お前は」
かんだ、と口の中で小さく呟いてみる。全くもって身に覚えがない。そして男の問いかけへの答えは、やはり持ち合わせていなかった。
「……わかりません」
「……そうか アンタは麻倉、麻倉純だ」
そう言われても困る。心当たりなど何も無いのだから。
「悪いが時間がない 状況は追って説明するから、先に移動する 動けるか」
「近寄らないで 身体は大丈夫ですから」
男は本当に私を心配しているように見えるが、私はそれを信用できない。どうして私は薬を飲んで記憶をなくしたのか。この男が飲ませたのでない確証がどこにもない。ただでさえ軍服じみた意匠で、帯刀しているような男だというのに。
・・・
「あなたは、お医者様なのですね」
「そればかりは信用してもらうしかありませんね」
「……どちらにせよ、ここでお世話にならねば飢える身です」
「……そうですな」
目を覚ました部屋を足早に後にして、神田につれられて瞬く間に堅牢な造りの建物へと移動した。瞬く間というのは比喩でなく、夕方であったはずの空が移動した後には昼間になっていた。
教会らしき建物から、この世のものとは思えない扉を通って、別の場所に移動している。おそらくは国すら違うのだ。
「お医者様」
「なんだい、麻倉君」
「わたくし、夢を見ているわけではないのかしら」
「……どうしてそう思うのかね」
「荒唐無稽だわ 瞬く間に移動する光の扉、白と黒の玩具の鳥が生きているみたいに彼の周りを飛び回っていた」
「麻倉君、君の身体は至って正常だよ」
「……そうですか 首のこれも、正常なのね」
お医者様は何も答えなかった。答えるべきか悩んで答えなかった。それは騙そうとしたのと同義だ。
「そう わかったわ」
・・・
「……そう わかったわ」
あれから数日で、何度この言葉を口にしただろうか。黒の教団というらしいここの人間たちは一様に言葉を濁す。その基準はどれも曖昧で、各々の優しい嘘のために私の世界は歪に象られる。
首の皮の内側、透けて見えるこの輪はイノセンスと呼ばれる物質だと聞いた。世界には千年伯爵という巨悪が居て、彼奴の生み出すAKUMA兵器なるものを破壊するための武器なのだという。武器ながらに意思をもつイノセンスは使用者を選び、選ばれたものは使徒=エクソシストとなってその身を捧げる運命にあるのだという。
「つまり、わたくしは、選ばれたから選ばれたのだと そう仰りたいわけ」
「……そうだね イノセンスが君を選んで、君はエクソシストになった」
このコムイと言う男は大嘘つきだろうと思う。黒の教団で、イノセンスに選ばれないながらに司令部の長を張るだけあって実に賢い、有能な男だ。だが嘘つきだ。きっと、かつての私がエクソシストに成ったのにはそれ以上の理由があったに違いないのだと思う。記憶を失った女には伝えるべきでない理由が。
「理由など関係なく、私はエクソシストだったということでしょう」
「……」
「……そう、わかったわ これからテストを?」
「まずは、発動できるかどうかからね」
彼らの発言の統合するに、黒の教団は逼迫した状況にあるらしい。エクソシストの数は敵方に比べてあまりにも少なく、世界中を飛び回って候補者を見つけなければならず。頼りのイノセンスさえも伯爵とやらに先んじて手中に収めねば役に立たない。
そこへイノセンスに選ばれた私が記憶喪失になっている。何故かなど考えたくない。どのみち選ばれてしまった以上は後が無いのだ。
ここへ来てようやく自分のことが解ってきた。どうも私は世界の存亡に、苦しむ無辜の民にさしたる興味がないらしい。
私は、理由がなければエクソシストにならないと断言できる。そして、世界も民も私の理由足り得ない。この私がエクソシストであったと言うならば、その理由はなんであったのだろうか。何であれば、理由たり得たのだろうか。
ヘブラスカという異形の前に立つ。彼女もエクソシストであるらしい。憐れだと思った。
彼女の言葉にしたがって首輪に意識を集中し、イノセンスに呼びかける。発動、と言い切る前に頭の中にうるさいくらいの声が響いた。
どこまでも晴れやかな、歓喜に満ちた声がその歓びのままに祈れと訴えかけてくる。
誰が祈るか。お前たちのいう神になど。この私が祈る道理がどこにある。
そう思った途端に頭に電流のようなものが流れて、脳をぐちゃぐちゃにかき回された感じがした。口から漏れているのは知らないはずの祈り。讃美歌?頭がぼやけて、割れるように痛くて、そこはかとなく心地良い。
シンクロをやめろ、と言ったのはヘブラスカの声だろうか。その異形の腕に掴まれているはずなのにとても遠くに感じた。
胸に走る痛みで息ができなくなって、そこで意識が途切れる。
・・・
「……大丈夫だったか」
「特段は」
イノセンスとのシンクロに重大な問題を引き起こし、幽閉された病室に彼が訪ねてきた。
神田という男はどうもマメであるらしい。記憶を失ったあの日から、日に一度は顔を見せに来る。この男は、私が記憶を失ったことに負い目を感じている。そして、嘘が下手だ。
「……ねえ」
「なんだ」
「私は、イノセンスを使うたびにあんな思いをしていたの?」
「……毎回ではねえよ」
つまり、本当に私は前からエクソシストで。イノセンスを使うときは、時折、あんな思いをしなくてはいけなかったらしい。
「最悪ね」
「仕方のないことだ」
「そう」
「……私、さっき撃たれたわ」
「聞いた」
「もう、治ってる」
「ああ」
「驚かないのね」
「……」
神田が、黙って、迷っている。
「ねえ これは夢でしょう?」
「……」
「鳥の玩具は空を飛ばない、あんな異形は存在しない、不思議な扉も、荒唐無稽な部屋もない」
「……」
「イノセンスも、無くて 私は… 私は、夢を」
「……すまないが、受け入れてくれ」
何も明確にしないままに、神田はこれが現実なのだと告げる。嘘偽りのない真っ直ぐな空色の瞳で、後悔に苛まれかすれた声でそう言った。
「だったら、どうして隠し事ばかりなの! 私は、私って…」
「純、落ち着け」
「触らないでちょうだい! 大体…」
この男はどうして私に執着する?
私だってこの数日何もしていないわけではない。記憶を取り戻さなくてはいけないことだけはわかるから、少しでもと情報を集めた。その結果として曖昧に欺かれて、真実が歪んで顕れる。
そして皆が口を揃えてこういうのだ。これ以上は神田の許可がないと、と。
「大体、あなたはわたくしの何だというの!?」
「……あ゛?」
地を這うような低い声だった。ひどく怒らせてしまったのだとわかる。でもどうして。どうして、そんな悲しい顔をしているのだろう。
「アンタは俺を疑っているようだが、この際はっきり言っておく あの薬はテメエが勝手に飲み干したんだ」
「……それは」
私が困惑しているうちに神田は病室を出ていってしまった。悲しげな顔の眉間のシワを更に深くしながら。
「チッ… 人の気も知らねえで…」
・・・
一人になった病室で、先程の神田の顔が頭から離れなくなった。私は、彼に酷い仕打ちをしてしまったに違いない。そして、その事実がどうしてか心を痛めつけている。彼を悲しませてしまったことが悔しく、なぜだか泣いてしまいそうになった。
神田とは出会ってから数日の、ただそれだけのはずなのに。彼は、私の何だったというのか。
いてもたってもいられず病室を飛び出して彼を探す。道中出会った科学班の人間から、彼は任務に発つところだと聞いた。彼は、これから死地に赴く。そう思うだけで胸が締め付けられ、息苦しい。
「かん、だ…… 神田!」
「……任務だ、後に」
「私、謝らないと」
「いい」
「…ッ、だっ、て」
「構わないと言っている ……おい!出発少し遅らせる!」
「か、神田さん!しかし!」
「間に合わせるつってんだよ!」
大きな声で、探索部隊と呼ばれる人たちに怒号を飛ばして舌打ちをする。やっぱり怒らせてしまって機嫌がわるいのだと思っていたら、振り返って私を見る目線は優しく、切なげで。
「俺とアンタがどんな関係だったか、だったな」
彼が屈んだから目線が合う。最初に見たときから精悍な、とてもきれいな青色をしていると思っていた。
「恋仲だった 俺は、アンタの男だった」
「……そんなの」
「お前が忘れるなっつったんだ お前は俺のだ それだけは間違いねえ」
嘘が下手な男だ。嘘をついていればすぐにわかる。わかるのだ。
だから、これは…。
頭が追いつかなくて宙ぶらりんになっていた手のひらに触れられて、何かを握り込まされる。これは、鍵?
「お前の部屋だ 待っててくれ、戻ったら全て話す」
祈るようにしてぎゅっと握られていた手が離れて、神田はゲートの方へと向かっていった。
「……いってらっしゃい、神田」
「ちゃんと待っとけよ 純」
・・・
彼から手渡された鍵を使って、かつての自分の部屋を開けた。
好みの調度品で彩られた広い部屋だ。二人掛けのソファには対のクッションが置かれている。
部屋の中に入ると白檀の香りがして、とても懐かしく思った。
瞼を開いた先にいたのは見知らぬ男だった。いやに整った顔立ちで、精悍な雰囲気に何故か焦りを滲ませている。どうも、私が何を言い出すのか固唾を飲んで待っているような。
「……どなた?」
頭に浮かぶ疑問の中で一番単純なものを口に出した途端に、がちゃり。なにやら金属がこすれ合うような音がして、冷たい風が足元を通り過ぎる。扉が空いたのだろうか。男が振り返って舌打ちをした。つられて扉の方を見上げると『記憶喪失にならないと出られない部屋』と銘打ってあった。
理解が及ばない。この『記憶喪失にならないと出られない部屋』に、私とこの男は二人きりで居たらしい。何故。どうして?状況が許容量を越えて、ただ恐ろしい。
思わず後退ったら指先が硬質の容器に当たった。ガラスの小瓶だった。端に僅かだけ薄黄色の液体が溜まっている。唇に残る湿り気を指の腹で乱暴に拭った。
私は、この薬を飲んだのだろう。
「何も、覚えてねえんだな」
「ですから、どなた?」
「神田 お前は」
かんだ、と口の中で小さく呟いてみる。全くもって身に覚えがない。そして男の問いかけへの答えは、やはり持ち合わせていなかった。
「……わかりません」
「……そうか アンタは麻倉、麻倉純だ」
そう言われても困る。心当たりなど何も無いのだから。
「悪いが時間がない 状況は追って説明するから、先に移動する 動けるか」
「近寄らないで 身体は大丈夫ですから」
男は本当に私を心配しているように見えるが、私はそれを信用できない。どうして私は薬を飲んで記憶をなくしたのか。この男が飲ませたのでない確証がどこにもない。ただでさえ軍服じみた意匠で、帯刀しているような男だというのに。
・・・
「あなたは、お医者様なのですね」
「そればかりは信用してもらうしかありませんね」
「……どちらにせよ、ここでお世話にならねば飢える身です」
「……そうですな」
目を覚ました部屋を足早に後にして、神田につれられて瞬く間に堅牢な造りの建物へと移動した。瞬く間というのは比喩でなく、夕方であったはずの空が移動した後には昼間になっていた。
教会らしき建物から、この世のものとは思えない扉を通って、別の場所に移動している。おそらくは国すら違うのだ。
「お医者様」
「なんだい、麻倉君」
「わたくし、夢を見ているわけではないのかしら」
「……どうしてそう思うのかね」
「荒唐無稽だわ 瞬く間に移動する光の扉、白と黒の玩具の鳥が生きているみたいに彼の周りを飛び回っていた」
「麻倉君、君の身体は至って正常だよ」
「……そうですか 首のこれも、正常なのね」
お医者様は何も答えなかった。答えるべきか悩んで答えなかった。それは騙そうとしたのと同義だ。
「そう わかったわ」
・・・
「……そう わかったわ」
あれから数日で、何度この言葉を口にしただろうか。黒の教団というらしいここの人間たちは一様に言葉を濁す。その基準はどれも曖昧で、各々の優しい嘘のために私の世界は歪に象られる。
首の皮の内側、透けて見えるこの輪はイノセンスと呼ばれる物質だと聞いた。世界には千年伯爵という巨悪が居て、彼奴の生み出すAKUMA兵器なるものを破壊するための武器なのだという。武器ながらに意思をもつイノセンスは使用者を選び、選ばれたものは使徒=エクソシストとなってその身を捧げる運命にあるのだという。
「つまり、わたくしは、選ばれたから選ばれたのだと そう仰りたいわけ」
「……そうだね イノセンスが君を選んで、君はエクソシストになった」
このコムイと言う男は大嘘つきだろうと思う。黒の教団で、イノセンスに選ばれないながらに司令部の長を張るだけあって実に賢い、有能な男だ。だが嘘つきだ。きっと、かつての私がエクソシストに成ったのにはそれ以上の理由があったに違いないのだと思う。記憶を失った女には伝えるべきでない理由が。
「理由など関係なく、私はエクソシストだったということでしょう」
「……」
「……そう、わかったわ これからテストを?」
「まずは、発動できるかどうかからね」
彼らの発言の統合するに、黒の教団は逼迫した状況にあるらしい。エクソシストの数は敵方に比べてあまりにも少なく、世界中を飛び回って候補者を見つけなければならず。頼りのイノセンスさえも伯爵とやらに先んじて手中に収めねば役に立たない。
そこへイノセンスに選ばれた私が記憶喪失になっている。何故かなど考えたくない。どのみち選ばれてしまった以上は後が無いのだ。
ここへ来てようやく自分のことが解ってきた。どうも私は世界の存亡に、苦しむ無辜の民にさしたる興味がないらしい。
私は、理由がなければエクソシストにならないと断言できる。そして、世界も民も私の理由足り得ない。この私がエクソシストであったと言うならば、その理由はなんであったのだろうか。何であれば、理由たり得たのだろうか。
ヘブラスカという異形の前に立つ。彼女もエクソシストであるらしい。憐れだと思った。
彼女の言葉にしたがって首輪に意識を集中し、イノセンスに呼びかける。発動、と言い切る前に頭の中にうるさいくらいの声が響いた。
どこまでも晴れやかな、歓喜に満ちた声がその歓びのままに祈れと訴えかけてくる。
誰が祈るか。お前たちのいう神になど。この私が祈る道理がどこにある。
そう思った途端に頭に電流のようなものが流れて、脳をぐちゃぐちゃにかき回された感じがした。口から漏れているのは知らないはずの祈り。讃美歌?頭がぼやけて、割れるように痛くて、そこはかとなく心地良い。
シンクロをやめろ、と言ったのはヘブラスカの声だろうか。その異形の腕に掴まれているはずなのにとても遠くに感じた。
胸に走る痛みで息ができなくなって、そこで意識が途切れる。
・・・
「……大丈夫だったか」
「特段は」
イノセンスとのシンクロに重大な問題を引き起こし、幽閉された病室に彼が訪ねてきた。
神田という男はどうもマメであるらしい。記憶を失ったあの日から、日に一度は顔を見せに来る。この男は、私が記憶を失ったことに負い目を感じている。そして、嘘が下手だ。
「……ねえ」
「なんだ」
「私は、イノセンスを使うたびにあんな思いをしていたの?」
「……毎回ではねえよ」
つまり、本当に私は前からエクソシストで。イノセンスを使うときは、時折、あんな思いをしなくてはいけなかったらしい。
「最悪ね」
「仕方のないことだ」
「そう」
「……私、さっき撃たれたわ」
「聞いた」
「もう、治ってる」
「ああ」
「驚かないのね」
「……」
神田が、黙って、迷っている。
「ねえ これは夢でしょう?」
「……」
「鳥の玩具は空を飛ばない、あんな異形は存在しない、不思議な扉も、荒唐無稽な部屋もない」
「……」
「イノセンスも、無くて 私は… 私は、夢を」
「……すまないが、受け入れてくれ」
何も明確にしないままに、神田はこれが現実なのだと告げる。嘘偽りのない真っ直ぐな空色の瞳で、後悔に苛まれかすれた声でそう言った。
「だったら、どうして隠し事ばかりなの! 私は、私って…」
「純、落ち着け」
「触らないでちょうだい! 大体…」
この男はどうして私に執着する?
私だってこの数日何もしていないわけではない。記憶を取り戻さなくてはいけないことだけはわかるから、少しでもと情報を集めた。その結果として曖昧に欺かれて、真実が歪んで顕れる。
そして皆が口を揃えてこういうのだ。これ以上は神田の許可がないと、と。
「大体、あなたはわたくしの何だというの!?」
「……あ゛?」
地を這うような低い声だった。ひどく怒らせてしまったのだとわかる。でもどうして。どうして、そんな悲しい顔をしているのだろう。
「アンタは俺を疑っているようだが、この際はっきり言っておく あの薬はテメエが勝手に飲み干したんだ」
「……それは」
私が困惑しているうちに神田は病室を出ていってしまった。悲しげな顔の眉間のシワを更に深くしながら。
「チッ… 人の気も知らねえで…」
・・・
一人になった病室で、先程の神田の顔が頭から離れなくなった。私は、彼に酷い仕打ちをしてしまったに違いない。そして、その事実がどうしてか心を痛めつけている。彼を悲しませてしまったことが悔しく、なぜだか泣いてしまいそうになった。
神田とは出会ってから数日の、ただそれだけのはずなのに。彼は、私の何だったというのか。
いてもたってもいられず病室を飛び出して彼を探す。道中出会った科学班の人間から、彼は任務に発つところだと聞いた。彼は、これから死地に赴く。そう思うだけで胸が締め付けられ、息苦しい。
「かん、だ…… 神田!」
「……任務だ、後に」
「私、謝らないと」
「いい」
「…ッ、だっ、て」
「構わないと言っている ……おい!出発少し遅らせる!」
「か、神田さん!しかし!」
「間に合わせるつってんだよ!」
大きな声で、探索部隊と呼ばれる人たちに怒号を飛ばして舌打ちをする。やっぱり怒らせてしまって機嫌がわるいのだと思っていたら、振り返って私を見る目線は優しく、切なげで。
「俺とアンタがどんな関係だったか、だったな」
彼が屈んだから目線が合う。最初に見たときから精悍な、とてもきれいな青色をしていると思っていた。
「恋仲だった 俺は、アンタの男だった」
「……そんなの」
「お前が忘れるなっつったんだ お前は俺のだ それだけは間違いねえ」
嘘が下手な男だ。嘘をついていればすぐにわかる。わかるのだ。
だから、これは…。
頭が追いつかなくて宙ぶらりんになっていた手のひらに触れられて、何かを握り込まされる。これは、鍵?
「お前の部屋だ 待っててくれ、戻ったら全て話す」
祈るようにしてぎゅっと握られていた手が離れて、神田はゲートの方へと向かっていった。
「……いってらっしゃい、神田」
「ちゃんと待っとけよ 純」
・・・
彼から手渡された鍵を使って、かつての自分の部屋を開けた。
好みの調度品で彩られた広い部屋だ。二人掛けのソファには対のクッションが置かれている。
部屋の中に入ると白檀の香りがして、とても懐かしく思った。
