長編と同じ夢主を想定しています
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―12月15日の彼女の部屋―
自室の机の上に飾りっ気のない便箋が一枚、紫紺のインクに浸したガラスのペン先は書き出しを悩んで空を遊んでいる。
十一月の中頃に彼を送り出してからもうひと月になる。お互い遠方での長期任務だった。半月ほど前に私の任務は無事終了して、教団に戻って休んだり近場の任務に駆り出されたり。いつも通りの生活が戻っていた。彼が居ないこと以外は。
季節柄、クリスマスやら年末やらの話題が教団中を席巻していることも相まって、妙に寒々しい。もちろんエクソシストの身の上で、所謂恋人たちのクリスマスなんてものを当たり前に享受出来るだなんて思ってはいない。ただ、このソファに一人でいることも、ベッドの大きさを改めて思い知るのにも少し飽きてきたというだけで。随分弱くなったものだ。彼の側に自分の居場所を見出すまで孤独に生きることになんの苦も感じていなかったはずだ。居場所は諦めて手放せるものだと思っていた。それが今では傍らに温もりを求めてしまう。ユウが居ないと心が凍えて仕方ない。
こんな弱音を彼に吐いたら呆れられるかもしれない。呆れながら馬鹿だなんだと悪態をついて、それでも最後にはそれで良いと受け入れてくれる。そうであってほしいと期待している。私は彼に、この弱さを受け入れてほしかった。
そういった訳で用意したのがこの便箋と封筒、そして無地のポストカードを一枚。どうあがいても一緒に過ごすことの出来ないクリスマスを慰めるためのちょっとした戯れだ。手紙で祝うくらいはいいだろう。ポストカードは、まあ。だってユウのことだから自分から筆なんて取らないだろうし。返信用のハガキを付けて、手紙でも返信を寄越すように念を押せば動かざるを得ないかな、なんて。きっとうざがるだろうけど、そこはクリスマスを一人寂しく過ごす彼女の可愛らしい我儘ということで許してほしい。そういった我儘を言いたくなるほどに一人の部屋は冷えている。
時候の挨拶にクリスマスのお祝いと、こっちの任務が無事に済んだことを書いて、あちらの心配をする。彼は強いけど無理や危険を厭わないし、人当たりが悪いからトラブルを起こしてる可能性だってある。正直言って怪我や任務の失敗よりも、人間関係でやらかしている方が確率が高い。これでも私が教団にやってくる前よりはずっと改善したというのだから、前はどれだけ荒れていたのか想像も付かない。それに、なんだかんだ言って怪我だって心配ではあるのだ。寿命を削られてはたまらない。もしそんな事態に陥ってたら説教だ。正座させて、言い聞かせて、思いっきり拗ねてやる。二日は機嫌を直してやらない。
コムイから聞いた定期連絡の様子によれば、長引いてしまえば帰りは年明けになるかもしれないとのことだ。年越しすら危うい。せめても、と思ってしまうが任務の都合では仕方がない。便箋にもまだ余裕がある。今年の感謝と彼に言いたいことを記しておこうとして、途端に恥ずかしくなった。惚気というか、普通に睦言になりそうだ。万が一読まれでもしたら首から上が沸騰して蒸発して無くなってしまうに違いない。想像しただけで耳の先まで熱くなっていると鏡を見なくても知れるほどなのだ。
それでも伝えずにいる選択肢はなかった。幸いにして前半はまだ恥ずかしくない内容だ。ここから日本語で書けばユウ以外がまともに読めはしない、はず。なんなら、私が彼にだけ伝わるように日本語を選んでいると、彼が解ってくれればそれでいい。
―12月22日の宿―
俺宛だと届けられた封筒にはアイツの名前があった。お互い長期任務で、アイツのほうが早く終るだろうから、ちょうど教団に戻っている時期だろう。不測の事態でもあったのかと一瞬心がざわついたが、それならば定期報告のときに共有されるはずだ。態々時間のかかる手紙で連絡するようなことではない。だとすれば、手紙でないと言えないようなことがアイツに降り掛かった?ありえないと思いたいが、完全に否定しきれずに心が逸った。アイツから手紙が届くなどという、それこそ予測不可能な事態に陥り探索部隊は困惑しながら手紙を差し出してきた。その手から手紙を奪い取り、宿の個室に引っ込む。手紙を選ぶ意図があるならば、目を通すのは俺だけである方が良いだろう。
【Merry Christmas, Yu.
I know it’s a bit early to say. I just wanted to tell it beforehand because I’m sure you won’t be home until 25th.
My mission wasn’t that big deal. Of course I got no injuries. So, DON’T WORRY.
How is yours? I attached a post card for you to write reply and make me feel relieved.
I’m waiting for your return.
追伸
新年の挨拶もあやしいから書いておくね
今年も私の側にいてくれてありがとう
ねえ、来年はどんな年にしたい?私はあなたと居られればそれでいいかな。たまの休みにはお出かけもしたい。
鬼が笑うかしらね?
早く会いたいわ でも無茶はしないで
大好きよ愛しい人】
呆れた。届いたのはなんてことないクリスマスを祝う手紙と無地のハガキだ。不測の事態だとか、なんらかの意図だとか回した頭が無駄になった。しかもまだクリスマスにもなってねえし。追伸でご丁寧に新年の挨拶まで書いていやがるが、それまでには戻れる目処が経っているし。何より読まれでもしたら小っ恥ずかしい文字列を並べてやがる。日本語で書けば読まれねえとでも思ったのか?こっちにはあの馬鹿兎がいるんだぞ?あの考えなしめ。部屋に籠もっておいて正解だった。
無地のハガキは返信のおねだりか。念の押されようからして書かねば機嫌を損なわれるに違いない。正直面倒なことこの上ないが、機嫌を直させるほうがよっぽど面倒に違いなく。というかそもそも他人の機嫌どうこうを気にすることが柄じゃないと言われればそうだ。実際アイツ以外の機嫌など、なんならアイツの機嫌だってまともに取った試しはない。だが、ただ態々手紙をしたためるアイツの背を想像して、どれほど凍えているのかと思っただけだ。きっと冷えているだろうその指先に、もうひと月も触れられていないのだと思って、アイツの温度と声の幻想を追っただけで。それだけで、この手紙とかいう彼女の戯れに乗ってやる気になった。
俺からアイツに贈ってやれる言葉はあまりにも少ない。儀礼的に祝いの言葉を返して、手紙を贈ってきたことへの文句と、こちらの無事を伝えるだけで終わってしまう。多少冷淡にすぎるかと思い、とあるブツの存在を思い出した。無事の証拠として同封する。俺が持ち続けるには馬鹿げた産物だが、アイツなら喜ぶかもしれない。一通り文章を書き終えて、僅かに残ったスペースに目をやった。一つ言葉を返していないことがある。戯れに乗った以上最後まで付き合わねばならんだろうと、いっとう時間をかけてその文字をしたためた。
―12月30日の教団―
今年も後二日で終わる。ユウへの手紙を贈ってから随分経ったように感じるが、未だ返信はない。単に筆不精なのか、忙しいのか、あるいはそのどちらもか。あっちの天気はだいぶ荒れてるみたいだし、交通の関係で遅れているのかもしれない。そんなこんなで届いていないだけに違いない。返信をくれないって選択肢はない。ユウは義理堅いから、「メリークリスマス」と書かれただけのポストカードであれ、返信だけは絶対にしてくれる。はずだと信じてる。
「よかったですね、届いてますよ」
私が返信を心待ちにして何度も問い合わせていることを知っている職員が目を合わせるやいなや声をかけてくれた。浮足立って本当に宙を飛びそうになるのを抑えて彼女にお礼を言う。受け取ったのは意外にも封筒だった。ポストカード一枚で返ってくると思ってたから驚いた。あのユウが、態々封筒に入れたのだ。もうそれだけで嬉しくて心が満たされた。
早速部屋に戻って中身を読もうと思ったのだけれど、年末のゴタゴタで慌ただしくしている科学班に手伝いを頼まれては断るわけにもいかない。結局夕飯の時間まで書類仕事やらおニューの秘密兵器の調整に付きあってしまった。ちなみに秘密兵器の出番が今後無いと思う。疲弊した頭で生み出されたアイデアがあれほどまでに酷いとは思いもよらなかった。完膚なきまでに酷評しておいたので、諦めて年末くらいはゆっくり寝てほしい。ちょっと遅めの晩ごはんを食べて、浴場に行って、手紙を読むのは寝る前に決めた。風呂で蓄えた身体の熱が、廊下の空気にどんどんと奪われていく。自室の扉を開く頃には、指先はまた冷たくなっていた。
明日はもう大晦日だ。手紙で新年の挨拶を済ませたとはいえ、ユウと年を越せないのはやっぱり寂しい。手紙が返って来たところでそれに何ら変わりはないんだな。なんて思いながら伸ばした指がドアノブに触れると同時、大きくて節ばった手が重なった。傷一つ無い透き通った肌の長い指は、それでも男のものだとわかるそれで。
「隙だらけだな」
驚いて身動きが取れなくなった私の腰に手を回し後ろから抱きしめた声の主は、紛れもなく待ち望んだ彼に違いなく。
「おかえり、ユウ」
「ああ、ただいま やっぱり、寂しかったんだろ」
かけた声が震えてしまったのは不可抗力だと思う。彼はそれも想定内だったのか、顔は見えないけど、笑っていそうな声をしていた。
―12月30日の彼女の部屋―
「ふふ、よかった 一緒に年を越せそうね」
「…手紙に晦日には帰ると書いたはずだが」
「今日届いたのよ これから読もうと思ってたの」
招き入れた部屋の中、ユウは定位置になっているソファの上に腰をおろしてコートを脱いでいく。その顔にはやはり疲れが見えた。任務帰りだ、今すぐにでも寝たいだろう。受け取ったコートを衣紋掛けに通しながら、他愛のない会話をする。それだけのことがあまりに嬉しくて仕方がない。手紙が今日届いたと伝えたら微妙な面持ちになった。
「…思ったより遅かったな クリスマスには届くと思ったんだが」
「あら、すぐ返してくれたのね」
「じゃねえと お前拗ねるだろ」
「……そんなことないわよ?」
「馬鹿言え 手紙寄越すほど寂しがってたくせに」
「…そうね」
寂しかったのも、拗ねてやろうとしてたのも事実なので何も言い返せない。彼の隣に腰を落ち着ければ自然と肩を寄せてくる。恋しかったのは私だけでは無いらしい。その肩に頭を預ければ腕が回って抱き寄せられた。欲しくて堪らなかった温もりに包みこまれる。その中で届いた手紙を読もうと、封を切ろうとして遮られた。
「…なんで?」
「俺が帰ったんだ 手紙を読む必要はねえだろ」
「無くはな…」
「ねえよ …寝るぞ、疲れた」
奪われた手紙は戸棚の上に追いやられ、抱きかかえられてベッドまで連れて行かれる。抵抗する間もなく布団の中へ。広いはずのベッドの中央で抱き枕にされてしまった。私の部屋で寝るときは余裕があるから、こんなにくっつくことは稀なのに。
「あの、ユウ?」
「……うるせえ」
「何も言ってないよ」
「なら寝ろ 話は明日だ、非番だろ?」
「…手紙」
「必要ない ここにいろ、直接言う」
布団の中で混ざる体温と、トントンと優しく叩かれる身体、いつもよりゆっくりとしたスピードで投げかけられる甘く掠れた声に意識が微睡んでいく。瞼が自然と落ち、彼の息と心音が段々と落ち着いていくのを聞きながら意識を手放した。
翌朝、珍しく先に起きたのを良いことに手紙に目を通して失笑してしまう。余程読まれたくないのかと思っていたが、なんてことはない照れ隠しだったようだ。彼らしい皮肉たっぷりの言葉の並びの最後、妙に小さく丁寧に書かれた文字は、昨夜抱きしめられながら囁かれた言葉そのもので。頬が緩むのを抑えられず一人笑っていると、後ろから伸びてきた腕に引っ張られ、要領のつかない文句を聞きながらの二度寝を決め込むことと相成った。
【Merry Christmas.
It is not even the 25th, but I guess it will be the good timing when you get this.
I'm not worried about your injury.
Your fucking letter made my blood run cold. I was worried that you could have an accident or something. AND you didn't need to put a postcard. It's annoying.
My mission is running without a problem. I enclose a picture that someone took with no permission. I don't need it anyway
晦日には戻る。来年の話はその時すれば良い。 愛している】
自室の机の上に飾りっ気のない便箋が一枚、紫紺のインクに浸したガラスのペン先は書き出しを悩んで空を遊んでいる。
十一月の中頃に彼を送り出してからもうひと月になる。お互い遠方での長期任務だった。半月ほど前に私の任務は無事終了して、教団に戻って休んだり近場の任務に駆り出されたり。いつも通りの生活が戻っていた。彼が居ないこと以外は。
季節柄、クリスマスやら年末やらの話題が教団中を席巻していることも相まって、妙に寒々しい。もちろんエクソシストの身の上で、所謂恋人たちのクリスマスなんてものを当たり前に享受出来るだなんて思ってはいない。ただ、このソファに一人でいることも、ベッドの大きさを改めて思い知るのにも少し飽きてきたというだけで。随分弱くなったものだ。彼の側に自分の居場所を見出すまで孤独に生きることになんの苦も感じていなかったはずだ。居場所は諦めて手放せるものだと思っていた。それが今では傍らに温もりを求めてしまう。ユウが居ないと心が凍えて仕方ない。
こんな弱音を彼に吐いたら呆れられるかもしれない。呆れながら馬鹿だなんだと悪態をついて、それでも最後にはそれで良いと受け入れてくれる。そうであってほしいと期待している。私は彼に、この弱さを受け入れてほしかった。
そういった訳で用意したのがこの便箋と封筒、そして無地のポストカードを一枚。どうあがいても一緒に過ごすことの出来ないクリスマスを慰めるためのちょっとした戯れだ。手紙で祝うくらいはいいだろう。ポストカードは、まあ。だってユウのことだから自分から筆なんて取らないだろうし。返信用のハガキを付けて、手紙でも返信を寄越すように念を押せば動かざるを得ないかな、なんて。きっとうざがるだろうけど、そこはクリスマスを一人寂しく過ごす彼女の可愛らしい我儘ということで許してほしい。そういった我儘を言いたくなるほどに一人の部屋は冷えている。
時候の挨拶にクリスマスのお祝いと、こっちの任務が無事に済んだことを書いて、あちらの心配をする。彼は強いけど無理や危険を厭わないし、人当たりが悪いからトラブルを起こしてる可能性だってある。正直言って怪我や任務の失敗よりも、人間関係でやらかしている方が確率が高い。これでも私が教団にやってくる前よりはずっと改善したというのだから、前はどれだけ荒れていたのか想像も付かない。それに、なんだかんだ言って怪我だって心配ではあるのだ。寿命を削られてはたまらない。もしそんな事態に陥ってたら説教だ。正座させて、言い聞かせて、思いっきり拗ねてやる。二日は機嫌を直してやらない。
コムイから聞いた定期連絡の様子によれば、長引いてしまえば帰りは年明けになるかもしれないとのことだ。年越しすら危うい。せめても、と思ってしまうが任務の都合では仕方がない。便箋にもまだ余裕がある。今年の感謝と彼に言いたいことを記しておこうとして、途端に恥ずかしくなった。惚気というか、普通に睦言になりそうだ。万が一読まれでもしたら首から上が沸騰して蒸発して無くなってしまうに違いない。想像しただけで耳の先まで熱くなっていると鏡を見なくても知れるほどなのだ。
それでも伝えずにいる選択肢はなかった。幸いにして前半はまだ恥ずかしくない内容だ。ここから日本語で書けばユウ以外がまともに読めはしない、はず。なんなら、私が彼にだけ伝わるように日本語を選んでいると、彼が解ってくれればそれでいい。
―12月22日の宿―
俺宛だと届けられた封筒にはアイツの名前があった。お互い長期任務で、アイツのほうが早く終るだろうから、ちょうど教団に戻っている時期だろう。不測の事態でもあったのかと一瞬心がざわついたが、それならば定期報告のときに共有されるはずだ。態々時間のかかる手紙で連絡するようなことではない。だとすれば、手紙でないと言えないようなことがアイツに降り掛かった?ありえないと思いたいが、完全に否定しきれずに心が逸った。アイツから手紙が届くなどという、それこそ予測不可能な事態に陥り探索部隊は困惑しながら手紙を差し出してきた。その手から手紙を奪い取り、宿の個室に引っ込む。手紙を選ぶ意図があるならば、目を通すのは俺だけである方が良いだろう。
【Merry Christmas, Yu.
I know it’s a bit early to say. I just wanted to tell it beforehand because I’m sure you won’t be home until 25th.
My mission wasn’t that big deal. Of course I got no injuries. So, DON’T WORRY.
How is yours? I attached a post card for you to write reply and make me feel relieved.
I’m waiting for your return.
追伸
新年の挨拶もあやしいから書いておくね
今年も私の側にいてくれてありがとう
ねえ、来年はどんな年にしたい?私はあなたと居られればそれでいいかな。たまの休みにはお出かけもしたい。
鬼が笑うかしらね?
早く会いたいわ でも無茶はしないで
大好きよ愛しい人】
呆れた。届いたのはなんてことないクリスマスを祝う手紙と無地のハガキだ。不測の事態だとか、なんらかの意図だとか回した頭が無駄になった。しかもまだクリスマスにもなってねえし。追伸でご丁寧に新年の挨拶まで書いていやがるが、それまでには戻れる目処が経っているし。何より読まれでもしたら小っ恥ずかしい文字列を並べてやがる。日本語で書けば読まれねえとでも思ったのか?こっちにはあの馬鹿兎がいるんだぞ?あの考えなしめ。部屋に籠もっておいて正解だった。
無地のハガキは返信のおねだりか。念の押されようからして書かねば機嫌を損なわれるに違いない。正直面倒なことこの上ないが、機嫌を直させるほうがよっぽど面倒に違いなく。というかそもそも他人の機嫌どうこうを気にすることが柄じゃないと言われればそうだ。実際アイツ以外の機嫌など、なんならアイツの機嫌だってまともに取った試しはない。だが、ただ態々手紙をしたためるアイツの背を想像して、どれほど凍えているのかと思っただけだ。きっと冷えているだろうその指先に、もうひと月も触れられていないのだと思って、アイツの温度と声の幻想を追っただけで。それだけで、この手紙とかいう彼女の戯れに乗ってやる気になった。
俺からアイツに贈ってやれる言葉はあまりにも少ない。儀礼的に祝いの言葉を返して、手紙を贈ってきたことへの文句と、こちらの無事を伝えるだけで終わってしまう。多少冷淡にすぎるかと思い、とあるブツの存在を思い出した。無事の証拠として同封する。俺が持ち続けるには馬鹿げた産物だが、アイツなら喜ぶかもしれない。一通り文章を書き終えて、僅かに残ったスペースに目をやった。一つ言葉を返していないことがある。戯れに乗った以上最後まで付き合わねばならんだろうと、いっとう時間をかけてその文字をしたためた。
―12月30日の教団―
今年も後二日で終わる。ユウへの手紙を贈ってから随分経ったように感じるが、未だ返信はない。単に筆不精なのか、忙しいのか、あるいはそのどちらもか。あっちの天気はだいぶ荒れてるみたいだし、交通の関係で遅れているのかもしれない。そんなこんなで届いていないだけに違いない。返信をくれないって選択肢はない。ユウは義理堅いから、「メリークリスマス」と書かれただけのポストカードであれ、返信だけは絶対にしてくれる。はずだと信じてる。
「よかったですね、届いてますよ」
私が返信を心待ちにして何度も問い合わせていることを知っている職員が目を合わせるやいなや声をかけてくれた。浮足立って本当に宙を飛びそうになるのを抑えて彼女にお礼を言う。受け取ったのは意外にも封筒だった。ポストカード一枚で返ってくると思ってたから驚いた。あのユウが、態々封筒に入れたのだ。もうそれだけで嬉しくて心が満たされた。
早速部屋に戻って中身を読もうと思ったのだけれど、年末のゴタゴタで慌ただしくしている科学班に手伝いを頼まれては断るわけにもいかない。結局夕飯の時間まで書類仕事やらおニューの秘密兵器の調整に付きあってしまった。ちなみに秘密兵器の出番が今後無いと思う。疲弊した頭で生み出されたアイデアがあれほどまでに酷いとは思いもよらなかった。完膚なきまでに酷評しておいたので、諦めて年末くらいはゆっくり寝てほしい。ちょっと遅めの晩ごはんを食べて、浴場に行って、手紙を読むのは寝る前に決めた。風呂で蓄えた身体の熱が、廊下の空気にどんどんと奪われていく。自室の扉を開く頃には、指先はまた冷たくなっていた。
明日はもう大晦日だ。手紙で新年の挨拶を済ませたとはいえ、ユウと年を越せないのはやっぱり寂しい。手紙が返って来たところでそれに何ら変わりはないんだな。なんて思いながら伸ばした指がドアノブに触れると同時、大きくて節ばった手が重なった。傷一つ無い透き通った肌の長い指は、それでも男のものだとわかるそれで。
「隙だらけだな」
驚いて身動きが取れなくなった私の腰に手を回し後ろから抱きしめた声の主は、紛れもなく待ち望んだ彼に違いなく。
「おかえり、ユウ」
「ああ、ただいま やっぱり、寂しかったんだろ」
かけた声が震えてしまったのは不可抗力だと思う。彼はそれも想定内だったのか、顔は見えないけど、笑っていそうな声をしていた。
―12月30日の彼女の部屋―
「ふふ、よかった 一緒に年を越せそうね」
「…手紙に晦日には帰ると書いたはずだが」
「今日届いたのよ これから読もうと思ってたの」
招き入れた部屋の中、ユウは定位置になっているソファの上に腰をおろしてコートを脱いでいく。その顔にはやはり疲れが見えた。任務帰りだ、今すぐにでも寝たいだろう。受け取ったコートを衣紋掛けに通しながら、他愛のない会話をする。それだけのことがあまりに嬉しくて仕方がない。手紙が今日届いたと伝えたら微妙な面持ちになった。
「…思ったより遅かったな クリスマスには届くと思ったんだが」
「あら、すぐ返してくれたのね」
「じゃねえと お前拗ねるだろ」
「……そんなことないわよ?」
「馬鹿言え 手紙寄越すほど寂しがってたくせに」
「…そうね」
寂しかったのも、拗ねてやろうとしてたのも事実なので何も言い返せない。彼の隣に腰を落ち着ければ自然と肩を寄せてくる。恋しかったのは私だけでは無いらしい。その肩に頭を預ければ腕が回って抱き寄せられた。欲しくて堪らなかった温もりに包みこまれる。その中で届いた手紙を読もうと、封を切ろうとして遮られた。
「…なんで?」
「俺が帰ったんだ 手紙を読む必要はねえだろ」
「無くはな…」
「ねえよ …寝るぞ、疲れた」
奪われた手紙は戸棚の上に追いやられ、抱きかかえられてベッドまで連れて行かれる。抵抗する間もなく布団の中へ。広いはずのベッドの中央で抱き枕にされてしまった。私の部屋で寝るときは余裕があるから、こんなにくっつくことは稀なのに。
「あの、ユウ?」
「……うるせえ」
「何も言ってないよ」
「なら寝ろ 話は明日だ、非番だろ?」
「…手紙」
「必要ない ここにいろ、直接言う」
布団の中で混ざる体温と、トントンと優しく叩かれる身体、いつもよりゆっくりとしたスピードで投げかけられる甘く掠れた声に意識が微睡んでいく。瞼が自然と落ち、彼の息と心音が段々と落ち着いていくのを聞きながら意識を手放した。
翌朝、珍しく先に起きたのを良いことに手紙に目を通して失笑してしまう。余程読まれたくないのかと思っていたが、なんてことはない照れ隠しだったようだ。彼らしい皮肉たっぷりの言葉の並びの最後、妙に小さく丁寧に書かれた文字は、昨夜抱きしめられながら囁かれた言葉そのもので。頬が緩むのを抑えられず一人笑っていると、後ろから伸びてきた腕に引っ張られ、要領のつかない文句を聞きながらの二度寝を決め込むことと相成った。
【Merry Christmas.
It is not even the 25th, but I guess it will be the good timing when you get this.
I'm not worried about your injury.
Your fucking letter made my blood run cold. I was worried that you could have an accident or something. AND you didn't need to put a postcard. It's annoying.
My mission is running without a problem. I enclose a picture that someone took with no permission. I don't need it anyway
晦日には戻る。来年の話はその時すれば良い。 愛している】
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