第十一話「月景に名前を呼ばれた日」
[必読]概要、名前変換
・概要「亡霊に名前を呼ばれた日」から約2000年後の物語
ジャンル:転生/やりなおしモノ。神田落ハピエン確定(リナ→神田片思いからのアレリナ着地を含みます)
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空を駆け下りる純に余裕はない。肩口に出来た傷は呪いのせいで治らずに、カリンを殺すのに放った光線のために既に魔力は底を尽きかけていた。
光線により出来た穴の中には崩れた周囲の瓦礫がひしめき合っていて、その奥まったところに神田の姿があった。カリンとの戦闘の傷と巻きこまれてできた擦過傷で彼もまた満身創痍の様相。
「ユウっ…!」
「…そんなに叫ばなくても聞こえてる」
「よ、かった…」
「馬鹿 あんなんで死ぬかよ」
純が彼を呼ぶと、その瞼が開かれる。凛とした空色の瞳は、流石に疲労の色を湛えていて。皮肉を吐く声も覇気がなく、いつもよりテンポが遅い。ただ、感極まって抱きついた純の背に回した腕だけは、確かに力強く。これまでの全てを取り戻すように、あの日回されることのなかった腕を噛みしめるようにしてその背を優しく撫でていた。
「ようやく呼びやがったな…」
「ユウ、私…」
「待たせやがって」
その口から彼の名前が平然と紡がれているという事実。それこそが、神田にとっては解答そのものに思えた。ようやく彼女を手中にし、また同様に彼女の傍らに居続けることを許されたのだと。それをお互いにわかりあっていると、確信している。
それでも尚、ここへ来て同じ過ちを犯すわけにはいかない。
彼女との関係に、二人の間に過ちがあったのだとすれば、それは何も明確にせずに来たことだっただろう。再会からの今に至るまで明確だったのは、ただ神田が純の許嫁ではなくなったという事実だけで。彼の想いも彼女の想いも、伝え合ってきてはいないのだ。
なればこそ、今こそ話をするときだ。明確にしようとした満月の夜の続きは今ここであるべきである。
「…純」
「う、ん」
「お前が、生きていてくれてよかった」
純に回された腕の力が僅かに強まる。耳元に彼の熱い吐息が当たった。
「俺はお前だけに重荷を背負わせたくねえ お前を、一人になんてさせない」
「うん」
「誰にも傷つけさせん 誰にも渡さねえ」
「ん…」
「純」
かすれた声で名前を呼ばれる。酷く焦れて、熱の籠もった、甘く切ない響き。
腕の力が緩んで、二人の顔が向き合った。
純の瞳には涙が浮かんでいて、緑と紫の入り交じるアレキサンドライトが揺れていた。
神田の瞳は青空色の、透き通ったブルートパーズ。どこまでもまっすぐに強い意志が宿っている。
「純、愛している」
「…私も、愛しているわ ユウ」
どちらともなく寄せ合った唇が触れた。
激しい戦闘の末の、お互いが満身創痍のファーストキスは切れた唇のせいで血の味がする。
疲れと高揚感の熱に浮かされた思考回路で、まだ足りないと求め合う。
先に神田が純の唇を舌でなぞり、薄く開いたそこに入り込んだ。突然のことに驚きながらも身を任せてくれることの悦びと、触れ合った舌先の甘美さといったらなかった。
ようやく唇が離れたとき、純の顔は呆然と蕩けきって耳まで赤く染まっていた。それが愛おしいあまりに神田が笑うと、純は顔を背ける。
「純」
「うるさい」
「純、こっち向け」
「…むり」
純は初めて味わう状況の全てに、完全に神田の顔を見ることができなくなってしまった。
「ったく、仕方ねえ」
「…わっ」
「今んとこはこれで勘弁してやる」
ここへ来てまで意固地さを発揮させる純に神田は軽く溜息をつき、今度は背から抱きしめる。彼女の腕ごと抱き込んで、片時も離すつもりがないと主張するように。
背から伝わる神田の呼吸と鼓動は次第に落ち着いて、弱くなっていく。負ったダメージと彼女の血の副作用は着実に彼が意識を保っていられる時間を奪っていた。
ゴーレムの通信はだいぶ前から試みているが返答がない。崩れた地面の下にいるから電波が上手く通っていないのだろう。
外の戦況はだいぶ前から落ち着いている。もうアクマは全て破壊されていて、アレンもラビも無事のはずだ。だからもう少し、きっともう少しで誰かが神田を探しに来る。ゴーレムたちを外に出して誘導してもらおうとしているのだから、気づいてくれるはずなのだ。
「…肩 傷、残っちまうな」
「いいの 大丈夫よ」
「……俺がよくねえ」
首元に埋められていた頭から、眠りに落ちる前の声で神田がぼやいた。いや、落ちる前でなく本当に落ちかけているのだろう。ほとんど寝ぼけた状態で彼は純の傷に口を寄せ、そこを舐め取る。
「っ、ユウ!?」
「上書き」
熱に浮かされて嫉妬心が増幅したらしい。舐め取るというよりも、最早傷に口付けるようにしてあの魔女の、カリンの痕跡を消そうと躍起になっている。
しばらくすると、続ける体力もなくなったのか顔を埋めたまま動かなくなった。
「ユウ、寝ちゃった…?」
「…なあ」
「なあに?」
「お前の 歌が、聞きたい…」
「うん いいよ」