第十一話「月景に名前を呼ばれた日」
[必読]概要、名前変換
・概要「亡霊に名前を呼ばれた日」から約2000年後の物語
ジャンル:転生/やりなおしモノ。神田落ハピエン確定(リナ→神田片思いからのアレリナ着地を含みます)
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痛みで朦朧とする意識、瞼を開けていても微かに光があることしかわからない。おおよそ百メーターの自由落下の後、神田は地面に叩きつけられていた。
「…ウ、ユウ!」
忌々しい呪符によって否応なしに引き伸ばされている死に際の時間に、走馬灯だろうか。誰かが彼を呼んでいた。
聞こえてくるその声はやはり猿真似とは似ても似つかない。天から降って夜闇を照らす月景の、透き通った声。ずっと追い求めていた、愛おしくてたまらない声がする。
少しでもその声を長く聞いて居られるのならば、死に際が引き伸ばされるのも悪くはない。もう少しだけ、もう少し、となんとか保つ意識に、月景が投げかける。
「…続きを、話すんじゃなかったの? ユウ」
すまん。その約束は守れそうにない。お前だけでも遠くへ逃げろ。俺は、お前が生きているのならばそれでいい。
と、動かせぬ口では伝えることも出来なかった。
本当は共に生きていくつもりだった。世界を賭けた戦争の中で、それでも共に歩めると。重荷を分け合えるつもりでいたのだ。
全てが口惜しくて仕方がない。歯噛みすら出来ず、指先の一つ動かせぬまま後悔に苛まれていると、ふっと熱が近寄ってきた。
「ユウ、言ったわよね 一緒に背負ってくれるって」
血の匂いがする。
「期待しちゃったのよ? だから、もし、本当に私でいいなら」
唇に触れるか触れないかのところに熱がある。
「選んで?」
悩む余地はなかった。舐め取った指先は金気混じりに塩辛く、喉を通る頃には甘ったるくて仕方がない。
もし純が、『夢の魔女』が彼らセカンドエクソシストの上位互換たる完全な不死であるならば。マリを救った彼の血と、同等以上のそれならば。
神田の目に色が帰ってきた。焦点は、もうブレずにいる。地面に叩きつけられてひしゃげていたはずの身体に傷跡は一つも残っていない。急速な回復で生じた熱が、微かに靄を作っている。
ただ無制限に早まる鼓動と上がり続ける体温が、作り変えられている途中なのだと示してくる。長くは動けそうになかった。
「…ユウの馬鹿 選ばなくても生きられたのに」
「馬鹿はテメエだ 選ばねえわけねえだろ」
立ち上がった神田が純の頭を軽く叩く。
「話は、アレのあとでいいか」
「…そうね」
二人の視線の先には、奇声を上げながらのたうち回る魔女がいた。痛みに耐えかねると金切り声を上げ、何かを剥がそうと必死に肌を掻きむしっている。その度に形が崩れ膨らみ、異常に増殖する細胞。少女然としていたその姿は最早人の形を成していなかった。
神田が意識を失っている間に何があった。状況から推測するのなら。心当たりがあるとしたら。
「お前の血か」
「あの娘じゃ無理なのはわかってたわ」
純はこうなると知っていて魔女に血を飲ませた。魔女ならば、力が欲しいのならば求めずにはいられない『夢の魔女』の血、世界再演をもたらした最初の魔女の血を最も強く受け継ぐ直系のそれが、選ばないはずがない。その強すぎる力のあまり、血に取り殺されるか、取り返しのつかなくなるまで壊されるか。
そこでのたうち回っている魔女はこれでもまだいい方だ。のたうち回る程度で済んでいるのだから。
「適応される前に潰しておきたい 力を貸して」
「どうすればいい」
「あの娘を引き付けて 三十秒なら動けそう?」
「……ギリギリだな ヘマすんなよ」
「しないわ 確実に仕留める」
カチャリと六幻の鍔が鳴って、のたうち回る魔女のもとに神田が飛んでいく。横に薙ぎ払われた切先。魔女はアメーバのずりまわるようにしてその場を退いた。
「なんで、なんでなんでなんでッ お前なんだよ!」
「ありもしねえ口がよく回る」
触手めいてうねる、輪郭線の曖昧な蛇の集合体が神田を絞こうと迫る。それを一撃に切り捨てて、再び切先は魔女の喉元だった場所へ。
「無駄なのに! むだ! もう血を飲んだ!ワタシが、ワタシがッ!」
発声機関すら位置がずれ、バラバラに形を成しているからか喉を切っても喚き声は止まない。
もうじき三十秒。純は少し離れた空に浮いて、詠唱を続けていた。
「だ、か、らさァ! むだなんだって!お姫様はもう魔法をつかえない もう呪った、呪った呪ったんだから!」
魔女が狂喜の笑い声と共に勝ち誇って動きを止める。
明確な隙に、神田の身体は今一度の限界を迎えていた。早すぎる再生に、作り変わる身体のために戦い続けるだけのエネルギーが足りない。
「…んなわけあるかよ」
しかして神田は勝ちを確信していた。彼女が確実に仕留めると言ったのだ。そこに疑う余地は一片たりともない。
神田の呟きと同時、超高密度の光の帯が魔女の身体を貫く。魔法と呼ぶにはあまりに原始的な、エネルギーをエネルギーとしてぶつけるだけのそれは魔女ごと地面を貫いて地崩れを起こした。直撃を受けた魔女の身体は飛び散って、今や微かに蠢く肉塊でしかない。
「さようなら、カリン 大嫌いだったわ」
空の上、麻倉純が呟く。
その肩口、肉塊になった魔女カリンに付けられた傷跡に沿って、蛇の形の火傷痕が浮かんでいた。彼女の身体を蝕む三つの呪いと同質のそれは、確かに彼女を呪っていた。あの魔女がもう少し注意深ければ、脳がまともに動いていたら勝機は薄かったかも知れない。
ただ事実、カリンという魔女は純の魔法の全てを封じれずに負けていったと。それだけの話だった。
「……マルメロ」
「ここに、おひいさま」
「今までよく付き従った アレのことはお前の好きにしろ」
「御意に」
そばに控えていたらしい。彼女に付き従う慇懃無礼な魔術師ことマルメロがどこからともなく現れてまたどこかに消える。
「…ユウのとこにいかなきゃ」
既に純の意識は神田だけに向いていて、彼のいる地崩れの窪みへと下りていった。