第十一話「月景に名前を呼ばれた日」
[必読]概要、名前変換
・概要「亡霊に名前を呼ばれた日」から約2000年後の物語
ジャンル:転生/やりなおしモノ。神田落ハピエン確定(リナ→神田片思いからのアレリナ着地を含みます)
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「あは、あはは! いいなァ!お前も死なないんだ!」
「…黙っとけよ クソ女」
神田の戦況は悪かった。
イタリア南部の街の上空でぶつかり合う二つの影。なぜだか地に落ちる素振りを見せないのは魔女が張った見えざる床のせいだろう。所々に抜けがあって、踏み違えば地上に叩きつけられる。
神田は忌々しくて仕方がない再生能力を使って使って、使い潰してようやっと猛攻を凌いでいる。いや、それすら生温いと言えるだろう。
いやに麻倉純に固執する眼の前の魔女が、嫌がらせなのか見せしめか、神田の身体に、呪符に、流れる血に興味を示して甚振るようにして時間を浪費しているに過ぎない。
「いいなあ、いいなあ! 姫様諸共、君の血も欲しいなァ…!」
神田にとって幸いであったのは、眼の前の魔女の頭が相当弱かったことだ。攻撃と攻撃の合間に時折自分の世界に浸ってはああでもないこうでもないと頓珍漢な一人芝居を展開するので、なんとか回復の時間だけは稼ぐことが出来ていた。
その一人芝居はかいつまめば魔女と言う連中によくありがちな狂った妄想の数々。彼女の血を得れば『夢の魔女』と同じだけの力を得られるなどといった異端の思考回路。
この女だけはこの場で殺しておかねばならないと思った。
彼女が、純が根こそぎ奪っていった彼の重荷の、残された最期の一つであるように思えた。
コイツこそが純の絶望の全てであり、それを取り除く機会を得たのだと。
そう思わねば、彼女を遺していく無念を晴らせそうになかったのだ。
「…三幻式」
「? なにぃ? 無駄なことするなあ…」
神田の纏う空気が変わったことに魔女も気がついたようだった。
六幻に宿る力が増すに従ってどんどんと彼の寿命が、命が削れていくのが手に取るようにわかるらしい。つまらなさそうに一人芝居から戻ってきて、また甚振りを、猛攻を始めた。
そのつまらなさそうな態度はどんどんと狂喜に変わっていく。先程までは凌ぐことしか出来なかった神田が攻めに転じ始めたのが面白くて仕方がないと言った様子。結果として攻めの手は強まったのだが、神田は押し負けずにいた。
なんてことはない。単に先程までは生き残ろうと、彼女のもとに戻ろうとしていただけのこと。命を対価に、この魔女を殺すことだけ考えていれば狂気に脳を焼かれた相手など容易いものだ。
「あー、君 手加減してたんだあ ッ、もしかして、生きてお姫様に会えるとか思ってたりしたの?」
「…だったら、悪いかよ!」
振り下ろされる神田の斬撃が、魔女に当たる。額から通った切り傷から血が流れ落ちた。その中にぐちゃぐちゃとした細長の集合体が蠢いているのを見た。蛇だ。肉の中に蛇が蠢いている。
その呆気にとられた一瞬が命取りだった。
「…ぷ、あはは いいやあ 悪くないよお」
腕に、脚に蛇が絡みついて身動きがとれない。血に塗れ滑った極小の蛇が無数に集まって触手めいて縄を成している。指の間に滑り込んで、六幻を握る手を解こうとしていた。
「会えるよお、お姫様と 知ってたぁ?あの子はねずっと君の名前を呼んでたんだ ユウ、ユウってずぅーっと」
声真似のつもりなのか、妙に芝居がかった粘つく不細工な声が彼を呼ぶ。やめろ。アイツの、純の声とは似ても似つかない。そんな声で俺を呼ぶんじゃねえ。
「だから来るよお 君を餌にすればあの子は必ず来るんだ」
「来るかよ 妄想も大概にしとけ、イカレ女」
「…来ないで欲しいんだ?」
ドロドロに蕩けて焦点の合わない濁りきった瞳が神田を覗く。悪意だけを煮詰めたような深淵の奥が厭らしく嗤った。
「そんなにあの子が大切? 嫉妬しちゃうなあ…ッ!」
「…ッ」
「むかついちゃうからさあ! 君の血だけは先にもらっちゃおう!うん そうして、お姫様が来て うふ、うふふ あの子はどんな顔をするんだろッ!」
また始まった一人芝居と、手に握られたナイフに神田は隙を見た。
獲物を仕留める瞬間こそ最も油断するものだ。そこで刺し違えてでもコレを殺せば…。
恍惚と狂喜の笑みを浮かべながら、息も荒くナイフを振り下ろす魔女。
合わせて神田が四幻式に至って拘束を破ろうとしたときだった。
神田の手足に巻き付いていたはずの蛇の縄は崩れ落ち、届くはずだったナイフは触れてすらいない。
ぽた、と神田の身体に暖かい雫が零れ落ちる。
赤く鮮烈な、鉄と薔薇の匂い。
眼の前を埋め尽くす射干玉の、生糸の如き細く滑らかな髪。
「待ってたよ! お姫様!」
「…久しぶりね とっくに死んだと思ってたわ」
「やっぱり来てくれた! 嬉しい、嬉しい!」
「…なんで、来てんだよ 純ッ!」
麻倉純がそれを許さなかった。
来ないでほしいと、無事であってほしいと願った彼女がここに居て、神田を突き刺すはずだったナイフは、純の肩口を切り裂いている。
「そこまでこの血が欲しいなら くれてやる」
「ッ! あは!あはは!」
狂喜の笑い声とともに女が傷口に口を寄せる。
「ふざけんじゃねえ おい!純、よせ!」
最期の力で魔女と相打ちになろうとしていた神田の身体は、皮肉にも蛇の縄という支えを失って空を落ちていった。見えざる床は消えていて、重力のまま地表へと向かう。
落ちながら叫んだ声は彼女たちには届かない。薄れゆく意識の中、女が純の傷口にむしゃぶりついたのを見た。