第十一話「月景に名前を呼ばれた日」
[必読]概要、名前変換
・概要「亡霊に名前を呼ばれた日」から約2000年後の物語
ジャンル:転生/やりなおしモノ。神田落ハピエン確定(リナ→神田片思いからのアレリナ着地を含みます)
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結果から言えば彼らの状況は正確に、極めて正確に黒の教団本部へと伝わっていた。
通信を受けたその場に麻倉純が居たというのが要因として大きいだろう。ファインダーから伝えられた情報で、その魔女が何者なのか判別したらしい。
彼女の怒りと動揺は凄まじいものがあった。
神田に逃げるなと、待っていてほしいと言われてまだ一日も経たないままにこの事態だ。確かに芽生えた期待を踏みつけにされて冷静でいられるほど彼女も理性的でない。いや、むしろ理性的だからこそ。まだ彼らを救えると知っているからこそ強く主張していた。
「今すぐ助けに行く」
「…待ちなさい、そんなことしても間に合いは」
「間に合うわ! あの街なら行ったことがあるもの、飛べば間に合う!」
それならば間に合うだろうとその時司令室にいた面々は理解できた。飛ぶ、とはすなわち魔女たる彼女の魔法によるもので。過去の任務でも瞬間移動を使用した報告は受けている。
だったら、彼女が、『夢の魔女』が行くのであれば。
と、俄に降って湧いた希望はすぐに潰えることになった。
「…なりません、麻倉嬢 ルベリエ長官より呼び出しです」
「……離しなさい、野良犬」
ハワード・リンク監査官が司令室に入ってくるやいなや、純の身体は札により拘束される。彼女は怒りを露わにしながら彼を睨みつけ、その口からは怨嗟の声が漏れ出た。
「大元帥からのご命令です どうか」
「…ああ、そう そういうこと」
リンクが顔色をほとんど変えずにいたのは素晴らしきプロ意識のなせる技だったと評していいだろう。それほどまでに彼女から漏れ出ていた怨嗟というのは、触れれば命まで凍りつくだろうほど冷え切って、周囲が熔けて歪んで見えるほどに燃え盛っていた。
そういうこと、と何かを察した彼女は大人しくリンクに連れられて、奇しくも開催されていた教団上層部、つまりは大元帥、元帥、中央庁、室長たちの会議の場に降り立った。
その場にいた者たちの顔色は、変わらぬもの、読めぬもの、苦いもの、そしてなぜだか勝ち誇ったようなものまで様々で。
「御託は良いわ 早く拘束を解いて、行かせて頂戴」
「ならぬ」
「彼らを、彼を見捨てろと!?」
一瞬だけ見せた勝ち誇った顔をすぐに隠して、中央庁の何某かが彼女の懇願を切って捨てる。
「我々の同行が向こうにバレている以上、我々を守ることこそが『夢の魔女』の成すべきことだと判らんかね」
何某かの理論に、上層部の幾人かが、大元帥すら含めた幾人かが、頷いてみせた。四人の元帥と、ルベリエ長官は静観を貫いて、コムイ室長だけが愕然としている。
「…そう。 そう、わかった」
「それともどうだ、魔女の力で戦争を終わらせるのでも良い どうだ彼らのことも助けられるだろう 貴様がそれを出来るのだと我々は知っている! 真に世界を憂うのならば…」
リンクの施した縛羽の拘束が外された。
回る口を止められなくなったのか。せっつかれるようにやけに興奮して捲し立てる何某か。その言葉も彼女の酷く冷えた声に両断された。
「馬鹿げた話だ エクソシストにするために彼を欲しがったくせに、見捨てろだなんて」
「ハワード・リンク監査官! 何をやっている!拘束し直せ!」
「はっ…!」
部屋の中央に置かれた長い楕円のテーブルの上を夢の魔女が進む。再度の拘束は意味をなさずに、札が無為に散らばるだけだった。
「もう良い 貴様らに付き合うのも飽いた」
純の指がその首の、薄く透けるイノセンスに突き立てられる。ブツリと肉を貫く音がして、真赤の血が流れ出た。
「…純、やめろ」
それは、もはやエクソシストではいられないという宣言に等しい。肉を割ってたどり着いた先の白緑に光る首輪に指をかけ、引き抜こうとするのをクロス元帥が止める。
彼女は固まって、顔をクロスの方に向けたように見えた。そのほんの一種にだけ髪の隙間から覗いた緑の瞳が逡巡して、首元から指を離す。
「世界を救えるか、ですって? 救えるわよ、如何様にも」
「純!」
だが既に、彼女がこの場でエクソシストとして振る舞うには機を逸していた。無機質な声で、嘲るように、万感の軽蔑でもって何某かの注文に答える。
出来るのだ。救えるに決まっている。
クロスはそれが、彼女から人生を、文字通り人として生きることの全てを捨てさせることだと知っているからこそ声を荒げた。
忘れ形見として預けられた『孫娘』。気まぐれで小生意気な可愛い『弟子』。真似事のように父親ぶって育ててきた彼女が、泣きそうな顔で小さく彼にだけ謝って顔を上げる。
もうそこには実に魔女らしい笑みしか浮かんでいない。
「けれどね、わかるでしょう? どんなものにも代償は必要だわ」
「…代償?」
「何かを動かすにはエネルギーがいるもの 魔法だって変わりはしないの」
「……それが、なんだと言うんだ」
突如始まった物理学の講義に中央庁の何某かは怪訝な顔をする。丁度彼の目の前にやって来た彼女と目があった。目が、あってしまった。
細められた目、つり上がった口角。恐ろしいほどに整った、完璧な笑みが彼に投げかけられる。
「西ドイツの、赤い屋根の学校 いまは丁度算数のお勉強中かしら?」
「何を…」
「お弁当は手作りの玉子サンド、決め手は自家製のマヨネーズにオリーブ? 美味しそうじゃない」
「……!」
「お孫さんの疎開先の学校 生徒教師総勢、占めて百余人 ちょうどだわ」
魔女が嗤った。何にちょうどなのかなど聞くまでもない。
会議室が銘々にざわめく。その提案はどこまでも甘美で許容しがたかった。
孫を人質にとられた形の何某かは激昂するふりをしながら、それと世界を天秤にかけた。
「ふざけたことを抜かすな!」
「ふざけている?冗談でしょう?」
その皮算用すら魔女は一笑に付す。
「エクソシストになるのかもわからない子供一人のために、一族郎党百余人を見殺しにするのに比べれば破格なほど安かろうよ」
そこで何某かと他幾人かは言葉を失って、本格的に利害を計算し始める。事実安いのだ。百人程度の命で世界が救えるなど破格が過ぎると言っても良い。ただそれが、戦争の存在すら知り得ぬ無辜の民の命であると言うだけで。
それが彼女には気に食わなかった。
「…は、本当に馬鹿げている もしや貴様にはこっちのほうが効くのか?」
「何の話だ…!」
「パリ郊外の、青い屋根のマンション 五◯一号室の、額縁の裏に隠した封筒」
「貴様!!」
「呆れた、孫よりそれとは であれば、構わないな?」
今度は本当に激昂した何某かに動揺が走る。
ざわつきをよそに、嘲った魔女が今一度問いただした。
「無辜の民の命で世界を救えと それが貴様らの、教団の望み…」
これに頷きさえすれば悲願の叶うだろう魔女の言葉は、全てが紡がれること無く遮られる。
「麻倉純 私が許可しましょう」
遮ったのはマルコム=C=ルベリエであった。ここまで無言を貫いていたのを、見るに見かねたという様子で口を挟んだ。
虚を突かれた純はきょとんとした顔を長官に向ける。
「…ルベリエ卿?」
「責任は私が持つと言っているのだ 急ぎ給え、時間がない」
「…ッ! 感謝、いたします」
「リンク監査官、出立の準備を整えなさい」
「はっ!」
ルベリエの許可を合図にして純は会議室を飛び出した。
会議室は俄にざわめきだす。
「どういうことかねルベリエ長官!」
「何を勘違いしておられるのか知れませんが、彼女に世界を救わせるなど今すぐでなくともよいではありませんか であれば、残り少なくなってしまったエクソシストを減らさないことのほうが余程大事だとは思いませんかねェ?」
蛇のようだと評されるルベリエ長官の慇懃な笑みが円卓に着く全員に向けられる。誰も反論は持ち合わせていないようで会議室は静まり返った。
「それよりも、途中で面白い話があったではありませんか パリの封筒がどうだとか そこのトコロ是非詳しくお聞かせ願いたいものですなあ」
にこやかに問いかけるその瞳が全く笑っていない。
その追求でクロス元帥は長官の意図に感づいた。ひとしきり大げさに笑ってみせたあとで、同調して追求を始める。
「そういやあ、ウチの娘と見合いしてた雑魚は フランスの出身だったか」
「おや、それはそれは 面白い偶然もあったものですな」
中央庁の何某かは青ざめて動かなくなった。ちょうどそこに純を見送ったハワード・リンク監査官が戻ってきてルベリエ長官に耳打ちをする。手には紙の束を持っていて、ルベリエが一瞥したあとそれが全員に配られる。
「それでは改めて、お伺いいたしましょう 何、心配せずとも会議をする時間ならば存分に残されてますよ」
彼らの会議はまだ始まったばかりだ。