第十一話「月景に名前を呼ばれた日」
[必読]概要、名前変換
・概要「亡霊に名前を呼ばれた日」から約2000年後の物語
ジャンル:転生/やりなおしモノ。神田落ハピエン確定(リナ→神田片思いからのアレリナ着地を含みます)
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
教団の森の外れに火が上がった。
彼女の振り返った先に彼がいて、彼女は諦めたように笑った。
二人とも燃えているそれには目もやらない。
六月も中旬の、湿った夜のことだった。
神田が何かを燃やしている純を見つけたのは偶然ではなかった。
月の初めに彼女の心を手に入れると覚悟を決めたのだ。機会なら早いほうが良い。それが任務と彼女の見合いらしきものとの噛み合いで今日のこの日まで訪れなかった。
このまま無為に焦れていられるほど神田の気も長くはない。なんとかして彼女を掴まえて話をしようと考えながら蕎麦を啜っていた昼時の食堂の席、その向かい。普段なら態々選びもしないだろう場所に山と積まれた料理が持ち込まれた。
その主は言わずもがなアレンである。
アレンは神田の文句と嫌味を無視しながら席について大きな口で食事を始めた。ちょうど三十秒ほどでオムライスを平らげて、ハンバーグプレートに手を出しながら話し始める。
「神田、早く純と仲直りしたらどうですか」
「…あ゛?」
態々向かいの席に座ってまでする話がこれとは。そんなことはアレンに言われずとも解っている。解っていて機会が無いからこそ焦れているというのに、まったく。
「うぜェ、余計な世話焼いてんじゃねえよ」
「…別に君のためじゃないですよ」
ドリアに匙を入れながら、アレンはわざとらしい溜息をついた。
「リナリーが、可哀想で見てられないんです」
「……チッ」
「さすがの君でも、気づいてないわけじゃないんでしょう?」
気がついていないといえば嘘になった。
神田にしてみれば、それこそ刷り込みというやつだ。教団という異常な閉鎖空間で、年の近い相手が彼らしかいなかったという話。神田も神田でリナリーに純の面影を重ねていたから。そうでなくとも年下の少女を冷たく突き放すわけにもいかず。妹のように扱ってきたが故の、盛大な勘違い。
「それに、君たちにギスギスされると 普通に居心地悪いので」
「…」
「ラビなんて毎晩嘆いてますよ」
「んなこと知るかよ」
先に食事を終えた神田が席を立つ。
「純は今日、例の彼と一緒にいるみたいですよ」
例の彼、とは最近彼女の周りをうろちょろしている三下以下のことだろう。どうやら今日も見合いらしきものに付き合っているらしい。
あの男といるときの彼女はいつも作り笑いをしている。薄気味悪い人形のような、宗教画に見る薄ら笑い。それだけで三下以下がどれほどまでにろくでもないのかよく分かる。だのに彼女を連れ回すあの男の下卑た面構えときたら。
「それがなんだ」
「今日が最終回なんだって言ってました」
最終回、とは。見合いが終わったら次は何かなど、わかりきった話だ。ましてやこの縁談はバチカンから持ち込まれたもので。彼女に選択する権利があるのかどうか。
「早くしたほうが良いですよ 本当に」
「…わかってる」
「そうですか… あ、三十分後に司令室に集合です」
みたらし団子を頬張りながら、ついでのように連絡をされる。どう考えても本題はこちらだ。
「そういうことは早く言え…」
「出発は夜ですって」
それでブリーフィングの後、出発までの時間でなんとか彼女を捕まえようと足跡を辿った先。いつもの小屋から少し離れた位置に火の手が上がったのを見つける。
想像通りに彼女はそこに居て、燃える何某かを背に振り向いて諦めたように笑っていた。
「見つかっちゃった」
「話がしたい」
「…やだ、って言ったら?」
「知らん、聞け」
一歩、神田が距離を詰めると彼女が下がる。燃える炎の横を抜けて、いつもの小屋の方角へ。
鬱蒼とした森は満月に照らされて、火の手も相まって薄明るい。
神田には行く先に何があるのかよく見えていて、後退りするしかできない純には見えていなかった。
それはまるで、猟犬が獲物をを追い詰めるが如く。
ついに純の背は木の幹に突き当たり、その隙を逃す神田ではない。
「純」
「……ッ、何よ」
「話がしたい」
「…やだ」
「純」
「いや」
「……純、お前一人で背負わないでくれ」
「…ッ」
もはや二人の距離は人ひとり分も空いてはいない。
俯いて表情の伺えない純を神田が見つめている。いつのまにか背丈は頭一つ分ほども差がついていた。華奢な体が震えていて…。
心に触れようとするのはこんなにも恐ろしいものなのか。彼女を怯えさせていることだけで後悔が滲む。
だが、覚悟を決めたのだ。彼らに背中を押された。彼女に、信念を変えるなと言祝がれたのだ。
故に後悔をおいやって神田は言葉を紡ぐ。
「俺に、一緒に背負わせろよ」
ゆっくりと顔を上げた彼女の瞳から、ぽたぽたと大粒の涙が零れ落ちる。駄々をこねる子どものような、昔によく見た気のする泣き顔だと思った。