第九話「呼び声、あるいはその振舞い」
[必読]概要、名前変換
・概要「亡霊に名前を呼ばれた日」から約2000年後の物語
ジャンル:転生/やりなおしモノ。神田落ハピエン確定(リナ→神田片思いからのアレリナ着地を含みます)
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「…純?」
「……静かに、来てる」
声を潜めて純が指差す先、雪洞の入口を見るとそれが居た。
それは双頭の鹿に見えた。二手に分かれた蹄のついた脚が四本あった。雪洞の中を伺うようにして頭をもたげていた。違う。頭が重いのだ。雄々しい、彫刻のような、枝分かれして捻れた、渦巻いてとぐろを巻く、絡み合う触手めいた、淡く光る二本角?違う。都合二対の、四本の角が噛み合って、組み合って、溶け合うようにして双頭を生み出している。二つの顔は向かい合うようにして睨み合いを続けて、一つは断面がこちらを向いて、髄の凍りつくをまざまざと見せつけてきていた。
二つの鼻が同時に鳴る。二対の瞳が肉食獣めいてギラつき、あちこち動いている。二つの口から漏れる吐息が、その態度が不満を撒き散らしている。まるで探しているはずの何かが見つからないと言わんばかりに。
「気付いてねえのか?」
「ええ、そう作ったから 違和感はあるみたいだけれど」
「イノセンスだよな」
「…そうね」
双頭のうち、身体を持たないほうがまるで生きているように振る舞っている。ありえない話だ。淡く光る異形の角の青白さの、白緑に光るそれの既視感と言ったらない。
今すぐに斬るか?神田は考える。ここを飛び出すようにして斬りかかれば不意打ちは必ず成功すると言って良い。そのあとは?防寒着を脱いでいる現状であの肌を斬りつける吹雪に耐えられるか。自分ならば耐えられるという自負がある。耐えて、倒して、角を落とすところまでは確実に可能。そのあとは、不確実。リカバリー方法は思い浮かばない。分が悪い、と思った。
それは彼女も同じようで。
「今は行かないでね 作戦立てたいから」
「…行かねえよ」
「……理性が残っている」
「お前俺を何だと思ってんだ」
くつくつと小さい笑い声が鳴る。双頭の牡鹿は諦めたようで二人が話し始めてすぐに吹雪の中に姿を消して、もう追うことは出来ない。
もう一度寝袋に潜り、仮眠の続きを取る。指定の時間に起きて鍋の残りを食べながら先程見た影の話を二人に告げた。
「おそらく、だけど アレは見回りのような事をしていて、それでこの場所が見つかった」
「待っていれば来るだろうか?」
またあの異形の四角がこのキャンプにやってくるのであれば話は早い。この場に留まってやってきたところを斬ればいいだけの話。だが、来ない場合は?双頭の牡鹿が完全に諦めていたのならば先にくるのはタイムリミットだ。彼らの体力も、食料も底を尽きる。
「…半々、かしらね 島に近づいて挑発したほうが姿を現しそうではあるわ」
「同意見だ」
「では、変わらず島に向かうことにしようか」
「出会い次第神田が仕留めて、すぐに戻りましょう この吹雪がアレの仕業ならいずれ湖が溶けてぽちゃんだわ」
「ひっ…、それは大変だわ…! 私は二人の時間を止めるので良いのよね?」
「ええ、ここに来るまでより長い時間になると思うけど お願いするわ」
そのミランダの言葉に、神田が渋い顔をして声を発した。
「だったら俺の時間は止めなくて良い」
「…だめよ、ミランダ 神田にはかけて」
「お前も俺も大したッ…」
大して変わらないだろうという旨の言葉を発そうとしたところで、神田は純に胸ぐらを掴まれて顔をぐいっと寄せられる。息と息が触れあいそうな程の距離で、純は声を低くした。
「あなたね、そりゃあ脚が凍ろうといずれ回復するでしょうけど? 咄嗟の時、凍ってて動けませんじゃ話にならないのよ」
「…それはお前も」
「私はそもそも凍らないし、凍っても動く必要がないの 役割が大げさに違う、わかるでしょ?」
「だったらお前も」
「ミランダへの負担を考えて 神田、言うことを聞いて頂戴」
神田ユウは知っている。麻倉純の傷がセカンドエクソシストの上位互換じみてすぐに治るからと言って、苦痛がなくなるわけでは無いことを。いくら不死性を帯びた魔女だからと言って、足の先から凍りゆく中で何の負荷も負わずに歩き続けられるわけではないことを。知っているのだ。知っているからこそ、彼女だけに負わせるのを好しと出来ない。
それを合理性で流すことに舌打ちをして、しばしの沈黙。それから絞り出すようにして「わかった」とだけ言って、彼女の小さな手から逃れた。