第八話「過ぎゆく日々の幼馴染」
[必読]概要、名前変換
・概要「亡霊に名前を呼ばれた日」から約2000年後の物語
ジャンル:転生/やりなおしモノ。神田落ハピエン確定(リナ→神田片思いからのアレリナ着地を含みます)
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その六『未成年の飲酒を助長する意図はありません』
神田ユウだって人間だ。娯楽の一つや二つ嗜みくらいはする。まあ、その楽しみ方が娯楽のそれかと言われれば議論の余地の事欠かないわけではあるが。
ともかく神田が嗜む娯楽らしい娯楽の一つ、それが酒であった。
この際彼の年齢は捨て置くとする。千年伯爵との戦争の最中、黒の教団という特殊環境下において咎められていないだけであるとする。
神田にとって酒は強ければ強いほど良いものであった。某神父元帥のように醸造酒の色艶やら香りやらにこだわりがあるわけでもなし。度数のままにアルコールが喉を焼く、その刺激こそ彼の求めるところなのだ。よって寝酒にと部屋に持ち込むのは余程のことがない限りは蒸留酒、なかでも余計な甘味の少ないウォッカ、ジン、ウイスキーが多い。ブランデーとラム酒は駄目だ。砂糖菓子のように甘くて自分で選ぶ気にはなれない。
ついでに言えばその液体の価格云々についてもどうでも良いことだった。教団にも数多存在する酒飲みに言わせてみればどうも風味や喉越しだけでなく予後が違うと言うのだが、そんなのは神田の知ったことではない。だって宿酔というその予後には出会ったことすら無いのだから。
そんなわけで本日の彼が部屋に持ち込んでいたのは廉価品のウイスキーであった。飲めば内臓が熱くなる娯楽品を一本まるまんま開けて、さて寝ようかという頃。氷も和らぎ水も無しに飲むものだから流石に喉が乾いたらしい。水を求めて廊下を歩いていたところ、麻倉純とすれ違うことになったのである。
純は神田から酒の匂いがすることに気がついたのか、鼻をヒクリと動かして顔をしかめた。
「…安酒ね、身体に悪いわよ」
「知るかよ」
「あっそ じゃね、おやすみ 水飲みなさいね」
「…余計な世話だ」
彼の不良行為を咎めたいのかなんなのか。一方的に喧嘩を売られたような気になって、神田は妙に苛つきながらその日は床についた。
・・・
それから数日の後、神田は夜の森を山小屋に向かい歩いていた。
あの満月の夜、あれだけの事があったのにも関わらず、純も神田も秘密基地へ通うのをやめなかった。むしろ、密会じみた二人だけの時間は前にもまして増えたような。そんな具合である。
今日も気が向いたから、思い立ったから、彼女も向かっているような気がしてなんて理由をつけて夜の森を歩いていた。 やはりと言うべきなのか、こういう時に小屋の灯りがついているのだからタチが悪いと神田は思う。期待が裏切られていないことへの妙な安心感と高揚と、どす黒い執着心がないまぜになって心が乱される。喉の奥にへばりついたように何時までも残り続けて、早く焼いて流してしまいたくなる。
それでもこの扉を開けないという選択肢は彼に残されていないのだ。この疼く痛みよりも欲しい時間がそこにあるのだから。
扉を開けた先には純が居る。ローテーブルの上に置いたランプだけを灯りにして琥珀色の酒瓶を傾けていた。
「テメエも飲んでんじゃねえか」
「ふふ、あなたも飲むでしょ? ほら」
少しばかり上機嫌な彼女がグラスを差し出してくる。まるで今夜彼がやってくることが分かっていたかのようにご丁寧に二つ用意していたらしい。丸氷の入れられたそれを受け取って勧められるがままに酌を受ける。
「次から手酌ね」
「言われんでもそうする」
「はいじゃあ 今日の夜に」
「…夜に」
口をつけて広がる砂糖を煮詰めたような甘い香り。異国の市にあるような香辛料の香りも混じっている。ラム酒だ。神田の好みの酒では無いが、文句を言うほどのことでもなし。トロリと粘度すら感じる滑らかな舌触りの割に度数だけは高く確かに喉を焼いて腹へと落ちていく。呷るにちょうどいい酒だった。
「…いい値段しそうだな」
「そりゃあ、クロスの部屋から持ってきたんだもの」
「ッ…!」
神田は噎せた。元帥の酒を勝手に口にした罪で蜂の巣にされる恐怖に慄いた。
「ちょっともったいないから溢さないでよ」
「嵌めやがったな」
「口つけた時点で共犯だわ」
「テメエ…!」
それに対して純はケラケラと笑う。酔いが回っているはずもないのに実に楽しそうに。
「大丈夫よ、ちゃんと貰ってきたんだから」
「…本当だろうな」
「疑う気?」
「……いいや」
飲んでしまった以上疑っても仕方がない。ひとまずはそういうことにして空いたグラスに追加を注ぎ込んだ。
・・・
二人で飲めば消費も早い。ついでに言えば物足りない。そんなわけで前々からこの小屋の中に揃えられていたウイスキーのボトルも開けることになった。ちなみに言えばこれも純が持ち込んだもので、この間神田が飲んでいた廉価品から見ればいい値段がする代物である。
今度は神田が純のグラスに酌をして、何も言わずにグラスを合わせた。
「花みてえな匂いがする」
「嫌?」
「……嫌いじゃねえ」
「そ、だったらね――」
神田が酒の強さに主軸を置いているように、純はその香りを楽しむことに主軸を置いているらしい。上機嫌に語る蘊蓄によれば常温の水で二倍量に割ると香りが立つのだとか。
試してみれば確かに、鼻に抜ける香りが増した。得意じゃないはずの甘い花の匂いが気にならないのは、それが酒だからか、それとも目の前のこの女によく似合うと思ってしまったからなのか。喉を焼くアルコールの強さは和らいで口当たりが柔らかくスルスルと胃に落ちていく。それがなかなかどうして、良いものだと思えた。
静かに味わうようにしてグラスを傾けていると、ふと純と目があって目を細められる。それがあまりに愛らしくて。二人で二瓶ももう尽きようというころ、少しばかり酔いが回ってきたのかもしれないと思った。
こんな穏やかな夜であっては、これが永遠のように思えてしまう。実際はそんなわけなど無いのに。あの夜、腕を回されなかった時点で彼女の答えは変わらないというのに。酒で流した筈の執着心がまた喉にへばりついて、問いただしたくてたまらなくなる。神田もいくら聞いてもきっと純は答えてくれないだろうと分かっているのだ。それでも酔いにまかせて、酔ったということにしてただぼやくように呟いた。
「…なんで俺から離れようとすんだよ」
その六『未成年の飲酒を助長する意図はありません』おしまい
next▶その七『任務先では、ままある話』
しばしの沈黙。言葉の一つすら返してくれないのかと思った矢先、何故か寂しげに笑って純が口を開く
(……酔っても無いくせに)
(うるせえ)
酔ってたら答えてくれんのかよ、と縋るような疑問は花の香と共に飲み込んだ。