第八話「過ぎゆく日々の幼馴染」
[必読]概要、名前変換
・概要「亡霊に名前を呼ばれた日」から約2000年後の物語
ジャンル:転生/やりなおしモノ。神田落ハピエン確定(リナ→神田片思いからのアレリナ着地を含みます)
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その五『暑さは彼女を狂わせる』
春の某日、ラビと神田は黒の教団司令室で凍りついていた。それはもう読んで字の如く、氷漬けのマンモスのように。
きっかけといえば近年稀に見る異常気象であった。四月も終わろうかという頃、茹だる夏を先取りしたかのような空気が教団中を覆っていた。それだけならば我慢できようものを、泣きっ面に蜂とも言うべきか教団全体の空調設備に深刻なトラブルが発生しているのだ。数多ある精密機械とサンプル、患者のために科学班・医療班だけは快気温を死守されたが、それ以外はどこもかしこも不快なまでに暑い。じっとしているだけで汗が止まらず鍛錬やら調べごとやらやっている場合ではない。ラビと神田が司令室に居着いているのも最早生命維持のため、といった具合だ。
さすがにこの調子ではまともな組織運営など出来るわけもなく、科学班のエリート頭脳たちは福利厚生のために動き始めた。壊れてしまった空調に変わって空気を冷やす魔道具など開発し始めたのだ。プロトタイプとして一旦組み上がったそれは、理論上はこの暑さに対応できるという代物。ちょうどいい被験体がいるとばかりに二人の前で起動されたそれは、文字通り空気を凍りつかせた。ちょうど、氷河期のごとく。
「ただいま戻りました…」
「……暑すぎる、暑すぎる、暑すぎる!」
ラビと神田の氷漬けを前にバーナーで炙ればもとに戻るかなど実に茹だった思考を披露していた科学班の面々の前に二人のエクソシストが現れた。異常気象が発生する直前に任務に出かけていたアレンと純である。暑さに耐えかねてか二人共団服を脱いで手に持ちながら、任務終了の報告に来た様子だ。見つけたリーバーが声を掛ける。
「…おう、お疲れ様 えーと、それは 麻倉か?」
「はい、どうも帰ってから様子がおかしくって」
「コムイ、この暑さは一体全体どういうこと!?」
「いやー、それがね…」
任務の報告も漫ろに純はコムイを問いただし始める。いつもは楚々とした態度を崩さない彼女が瞳を赤紫に滾らせて、肌は熱を帯びているのか全体的に赤桃色に染まっていた。
「と、いうわけでね 今科学班総動員で涼しく出来るように頑張ってるから!」
「その結果がアレっすけどね」
「うわあ…涼しそうと言えば涼しそうですね…」
エクソシスト二人の氷漬けという結果を見てアレンがドン引きしながら感想を述べる。腹黒紳士の本懐を忘れずに「神田はそのままで氷像として飾れば少しは涼しくなるんじゃないですか」という嫌味まで忘れずにいた。
なにがどうしてこの結果になるのか理解出来なさそうに魔道具のほうを眺めているのは純のほうだ。
「麻倉からみてどうだ?この装置」
「…どうもなにも詰め込みすぎ ここらへんが干渉しすぎて出力の制御が出来てない そもそも一つにまとめる必要ある? これじゃ数用意できないでしょ パーツごとに機能を分けて後で組み立てたほうが簡単 考えたことを自慢したいだけの――」
「ありがとう、わかった アイツらが瀕死だからもう許してやってくれ」
唐突に致死量のダメ出しを食らった制作陣は白く灰になって燃え尽きている。どうやら今日の純には気遣いというリミッターが存在していないらしい。
「というか、大元の空調を直せばいいじゃないの」
流石に見かねたのか純はぶつくさと文句を言いながら、ラビと神田にまとわりついた氷を溶かしていく。バキバキと音を立てながら氷像が人間に戻っていった。
「それがね、大分ふるい魔道具だから直せる目処が立ってないんだよ 目下調査中だね」
「…ッ! やっと出れたさ!」
「……いるじゃない、ここに」
「貴様ら、覚悟はできてんだろうな…!」
純とコムイの会話と、氷漬けから解放された二人の声が混線する。コムイは自分に返された純の言葉がうまく聞き取れず聞き返した。
「純くん、今なんて?」
「居るでしょ、魔術師 ここに …いまなら無償で直してあげるわ
いいえ、直させなさい 早く、 早く、 早く!」
・・・
教団の空調設備は地下に存在する魔法陣が一手に担っているらしい。
明らかにおかしい純の様子と空調の正常化を天秤にかけた結果、その場にいたアレン、ラビ、神田の三人をお目付け役にしながら点検に向かうことが決まった。道中でリナリーとアルマがつかまってお目付け役に追加される。そうでもせねば止められないほど、周囲を取り殺さんばかりの覇気が純からにじみ出ていたとは、リーバーの言葉である。
「ジョニー!調査の具合はどうだ?」
「いやー、手詰まりッスね… 何回見返してもどこが悪いのかさっぱりで この部屋が涼しいのだけが救いというかなんというか」
たしかにこの一室は涼しかった。壁いっぱいに複雑な魔法陣の記された石造りの一室、ジョニーはその部屋で魔法陣の各所を調べ不調の原因を探っていたらしい。
「また、無駄に複雑な術式を… どいて、まどろっこしいわ」
「…純?どうしたの――」
「詳細は省くが協力してくれるそうだ …機嫌と様子は大分おかしいが」
「純、どうやって不具合をみつけるつもりさ?」
「……こういうのは、魔力流せばわかるものよ」
そういって純は魔法陣の中心、丸い石の嵌められた場所に触れる。彫り込まれた線が光り魔力が通っていくのが見えた。壁の複雑な文様が徐々に浮かび上がっていく中、一箇所でバチッと火花が散り溝が燃え始める。
「…ここね」
「純、これってコーヒーの匂いよね?」
「ええ、誰だか知らないけど零したんだか飛ばしたんだか 無駄に繊細で複雑な分ちょっとのことで不具合を起こしたんだわ こんな上流で詰まってちゃそりゃ教団全体が不調になるわけよ」
「直せそうなのか?」
「…綺麗にすれば一旦治るけれど、起こる事故は必ず起こるものだわ」
「だよな…」
「スね」
小さなコーヒーの染み一つで不調を訴える設備だ。今まで事故が起きていなかったことのほうがおかしいとさえ言える。というのが純とリーバー、ジョニーの総意だった。マーフィーやらハインリッヒやらの法則、起こる余地があるならばそれは必ず起きるのだ。一度起きてしまったなら、それはなおさら。
「…だったらなんスけど、全部作り変えるならこんな感じかなって考えてた案があって」
「見せて頂戴」
「どうかな」
「……驚いた。いまのよりずっと良い、堅実だわ」
「案はあっても、実現出来る技術がないんだけどね」
「技術ならあるでしょ、ここに」
なんだかつい先程聞いたやり取りのように思える。そして想像通りに純は続けるのだ。
「コムイから許可は貰ってるの 作り直させなさい、早く、 早く、 早く!」
・・・
「だめよ!純、その格好は流石に駄目!」
「でもだって!暑いのよ!リナリー!」
「いいからせめて何か羽織りなさい!」
結果として教団の空調は修繕、改良が済んだ。ただし広い、実に広い教団全体の気温を管理するとあって実際に効果が出るのは明日以降になる見通しだ。
つまり、今夜は茹だるような暑さに耐えねばならない。
解っていただろうにそれを聞いて卒倒しそうになった純に神田が言い放ったのだ。だったらまずその暑そうな格好をどうにかしろ、と。確かにそうだ。任務帰りでそのままこの騒動を引き起こした純は未だ団服のままだった。その上アレンとの任務先は春にしては寒かったため上着を脱いでいたところで焼け石に水といった具合ではあった。
そういうわけで現在位置は純の部屋の前である。着替えに行った純を待つこと数分、開いたドアから肌が見えた瞬間リナリーが純を部屋に押し戻した。それで聞こえてきたのがこの会話だ。廊下で待つ男子四人組はなんとも気まずそうな表情で二人の帰りを待っている。見間違えでなければ純の服の胸から上に布がなかった。いわゆるチューブトップとか言う形状だ。
「…おまたせ」
その黒のチューブトップのパンツドレスに薄手の柄シャツ、足元はサンダルといった具合で純が戻ってきた。長い髪は団子にして纏め、珍しくうなじが覗いている。不服そうなのはリナリーにシャツを羽織らされたからで、それすら暑いのか肩を抜こうとしてまた叱られている。未だ瞳は赤く染まり、肌の紅潮も引いていない。
「そんなに暑いの苦手なの?夏は嫌い?冬派?」
「…嫌いだわ 冬は良いの、いくら寒くても着込めるのだもの」
「夏は?」
「いくら熱くても皮は剥げないじゃない」
謎理論である。謎ではあるが至って真剣に彼女が言うものだから最早ツッコミの声さえ上がらない。というより暑さで声を上げる気力が削がれている。
さっきの空調室に戻れば少しは涼しいかななんて管を巻きながら、少しでも気温の低い場所を求めて彷徨う少年少女たち。そんなかれらに救いの声がかけられた。先ほど空調室で別れたジョニーからである。
「あ、皆! 談話室に完成したクーラー入れたから涼しいよ!それと、なんと! 副産物でかき氷もあります!」
「「「かき氷!」」」
アレンにアルマ、純の声まで同調して談話室に吸い込まれていく。リナリーとラビもそれに続いて、さしもの神田も涼しさには逆らえなかった。
・・・
なんとも薄く削られた、ふわふわとした氷が器に盛られる。味はどうすると聞かれて皆が思い思いのシロップを選んでいた。アレンは超大盛りにして全種のシロップをかけているし、神田は何でも良いと言い放って氷すいにされて文句も言わない。
純はといえば適当に選んだいちごシロップのかき氷を手に改良型クーラー(冷えた風のでる扇風機のような見た目だ)の前に陣取って、氷が溶けることも意に介さずにただただ冷風を享受していた。享受していた、というのはあまりに聞こえが良い。実態はクーラーの前で座り込んで動かなくなった。という状況だ。先程まで正直喧しいくらいに喚いていた純が蹲って何やら呪詛を零しながら緩慢に匙を口に運んでいる。また一段とおかしな様子に周囲が対応を悩んでいた。
「…純、眼冷やすから上向け」
「ん、」
そんな中氷嚢を持った神田が近寄って純に声をかけた。大人しく従って顎を上げた純の瞼の上にそれを乗せて隣に座る。
「ちべたい」
「真っ赤だぞお前 水飲め、水」
「ん…」
純はストロー付きのコップを差し出されて静かに口を付ける。水はごくごくと飲み干されすぐに空になった。一息ついたのか背後にあったソファの背面に凭れ掛かりながら身体を弛緩させ、実に大人しくなる。余程熱を持っていたのだろうか?額から瞼にかけて乗せられた氷嚢の液体の割合が増えていく。耳をすませば氷が溶ける音が聞こえてきそうなぐらいだ。
「ユウってば、随分慣れてるね」
「うるせえ」
「それにしても大人しくなったさね…」
「コイツは顔に氷押し付けりゃ大体収まる」
「……ひどい言い草ね」
「事実だ」
氷がなくなったのかポチャポチャとした氷嚢を退けながら純が神田を睨みつける。その瞳からは赤みが引いて、何時もどおりの紫を呈していた。
「どう?」
「マシになった」
「でもまだ暑い… あー、かき氷溶けてる…」
「新しいの貰っておいでよ」
「そうする…」
未だ赤みの引かない肌を冷やすようにシャツの肩を落として、純は追加のかき氷を貰いに行った。今度はライチと少しの塩を混ぜた水分補給仕様のそれだ。クーラーの前で順調に食べ進めた彼女は調子に乗ってもう一杯食べようとした。都合三杯目を食べ終わる頃、徐々に冷えていた身体に気づいてポツリとこぼす。
「…冷えた気がする」
「馬鹿がよ…!」
呆れ果てた神田の手によってシャツのボタンが留められて、露わになっていた肩は隠された。それを誰にも目撃されていないのは二人にとって幸運といえば幸運で。
兎にも角にも今日という日の麻倉純の奇行は、教団員の心に強く刻まれることと相成ったわけである。
その五『暑さは彼女を狂わせる』おしまい
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