第八話「過ぎゆく日々の幼馴染」
[必読]概要、名前変換
・概要「亡霊に名前を呼ばれた日」から約2000年後の物語
ジャンル:転生/やりなおしモノ。神田落ハピエン確定(リナ→神田片思いからのアレリナ着地を含みます)
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その四『芸術家と愛弟子』
「やあ、ユーくん」
「……」
「あ! ティエドール元帥!」
「………アルマ」
風呂上がりに鬱陶しく厄介な生き物を見つけた神田は無視を決め込み逃げ出した。
が、回り込まれてしまった!アルマが先に声を掛けてしまったのである。憎々しげな恨み言を放つも効果などあるわけもなく、ただただ無視を叱られるばかり。そんな子に育てた覚えはないだの、風呂上がりは水分補給をしろだの父親面をしてくるのだから鬱陶しいことこの上ない。
「こら、ユーくん また別のことを考えていたね」
「…別に、聞いてます それと何度も言ってますがその呼び方やめてください」
「任務先で呼ぶのはやめろと言ったのは君だろう? ここはホームだよ、なんの問題があるんだい?」
教団でも呼ぶのはやめてくれと何度も言ってはいるのだが、都合よくなかったことになっているらしい。ティエドール元帥は頑固なお人だからそろそろ諦めろ、とはマリの言葉だ。神田としてはそれでも嫌なものは嫌なので毎回でも食って掛かる所存である。面倒だが仕方あるまい。
「アンタのそういうところがマジで嫌だ」
「まったく、ユーくんも強情だねえ」
「意地っ張りだよね」
「どっちが…!」
「あら?」
微笑ましさすら滲ませる小競り合いが続く中、ワントーンは高い鈴のような声が聞こえてきた。神田の眉根が更に深く寄せられる。聞き間違うはずもない。これは純の声だ。
面倒だ、と神田は思った。まずもってして純と師匠が初対面であろう点が面倒だ。紹介の苦労はアルマが負ってくれるだろうか。いやない。自分で紹介するしか無い。師匠は神田がエクソシストになった経緯も、おそらくだが純がエクソシストになった経緯も、二人がどういう関係にあったかだって知っているはずだ。どんな反応が返ってくるかわからないのが面倒で仕方ない。
次に「ユーくん」などと巫山戯た呼び方をされているのを見られるのが面倒だ。麻倉純とかいう幼馴染は自分から呼び方を制限してきておいて、アルマがファーストネームで呼んでいることに僅かに緊張を滲ませた。純は気づかれていないつもりだろうが、神田にはわかる。アルマが名前で呼ぶことにも、自分がリナリーを略して呼ぶことにも少なからず感情を動かしていた。そこへきて師匠の「ユーくん」呼びだ。おっさんに嫉妬するほど馬鹿な女じゃないとは思うが、俺がソレを許していると思われるのが本当に面倒だ。
「おや、見ない顔だね」
「麻倉純、と申します」
「なるほど 君がユーくんの」
「…ユー、くん?」
「ユーくん」
思った通りの展開である。ティエドール元帥の妙な呼び方に、純はただでさえ大きい目を溢れんばかりに見開いて頭に疑問符を浮かべている。師匠が指さしてもう一度呼んで状況が把握できたのか、信じられないものを見る目で神田を見てきた。
「……俺の師匠だ」
「ティエドール元帥だよ」
「君のことはユーくんから聞いているよ」
「それは、なんとも 不安ですね」
「おい!」
「ははは! 言われてるよユーくん」
「だからその呼び方やめろっていってんだろ!」
神田の苛つきをよそにティエドール、アルマ、純の三人は和やかに会話を続けている。神田にはもう口を挟む気力は残されておらず、なんとなしにその場に残り続け三人の会話を眺めていた。
こうして、師匠とアルマと純が同じ場にいて話している事自体が不思議なことのように思える。全員が神田の人生のおよそ半分を共にしてきた人間たちなのに、こういった光景など一度も想像したことがなかった。つい数ヶ月前まで、同じ世界に住む人間だとすら思っていなかった。
なんてことを考えていたからか、話の内容がどの方向に進んでいるのかなど気にもとめていなかった。
「それで、皆で鍛錬をしてまして」
「ドロドロになっちゃったからお風呂に来てたわけです!」
「…なるほど、なるほど このあとの予定は?」
「未定、ですが どうかされましたか?」
「いやなに、ユーくんとお話がしたくてね 借りてってもいいかい?」
「もちろん、構いませんが」
「じゃあさ、ぼくたちは食堂でアイスでも食べに行こうよ!」
「…乗った じゃあ、神田またね」
「またね!」
「ああ…って、おい!」
「さて、ユーくん 色々聞かせてもらいたいな」
引きずられるようにして場所を変えて、そこにはティエドール元帥と神田しか居ない。
「聞いていた以上に強かそうなお嬢さんじゃないかい」
「…そう見えましたか」
「おや、違うと言いたげだね」
「別に」
十歳そこらの修行時代の神田が言葉少なにもらした純の様相は、か弱い深窓ご令嬢であったとティエドールは覚えている。虫すら殺せなさそうな姫君を想像していたからこそ断片的に流れてくる彼女らしき影の情報といまいち合致せずにいた。それが、今日実際に見てみてどうだった?
なんともアンバランスな、不安定な少女であるように見えた。かつての神田が述べたほど脆弱でなく、意思の強そうな瞳に全てを諦めたような光を滲ませて、文字通り折れてしまいそうな体躯のくせに自分の強さを確信しているような。不思議な少女であった。
「それでユーくん 彼女とはどこまで進展したんだい?」
「……あ゙?」
「許嫁なんだろう?」
「…今は、許嫁じゃねえ」
食い殺さんばかりの威圧の後に、苦虫を噛み潰したような渋面。感情表現のバリエーションに乏しかったはずの弟子が見せたグラデーションのある表情にティエドールは少々瞠目した。男子三日合わざればというが、少し見ない間にこんなにも大人びるものだろうか。
「…ユーくん、彼女を、純君との日々を大切にするんだよ」
余程彼女との関係が神田にとってかけがえのないものなのであろうと思い、ティエドール元帥はこう言葉を掛けた。予想通り憎々しげに睨めつけられた後、ぼそりと言葉が返ってくる。
「…もうしてんだよ」
息子のように育ててきた愛弟子が少しづつ、だが確実に育っていることに感激してティエドール元帥は盛大に笑ったのであった。
その四『芸術家と愛弟子』おしまい
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