第八話「過ぎゆく日々の幼馴染」
[必読]概要、名前変換
・概要「亡霊に名前を呼ばれた日」から約2000年後の物語
ジャンル:転生/やりなおしモノ。神田落ハピエン確定(リナ→神田片思いからのアレリナ着地を含みます)
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その三『スカーフェイスと火傷脚』
「ろくでもない、ろくでもないと仰ったけど、あの方こそ余程だわ!」
「…違いない」
「師匠を悪くいうのはやめてあげてよ 否定は出来ないけどさ!」
泥と土に塗れた鍛錬着を払いながら神田、アルマ、純の三人は大浴場への道を進む。普段であれば純がちょちょいのちょいと綺麗にするものだが、今に至ってはそんな気力も残されていない様子だった。
ソカロ元帥の乱入により鍛錬と呼ぶべきか蹂躙と呼ぶべきか分からない様相になった演習会には、結局ボロボロになった三人だけが残されていた。死屍累々の敗残兵を演じていた面々が巻き込まれまいと逃げ出したのは慧眼であっただろう。正直この、不死性を帯びた、三人だからこそ今も尚五体満足で廊下を歩けていると言って過言でない。神田もアルマも怪我をするギリギリまで追い込まれていたし、純に至っては肋の二、三本折られていた。
それ自体はさほど大したことではないが、想定外に激しい鍛錬になってしまったがため汗と泥で汚れた身体が気持ち悪い。誰が言い出した訳でもないが、なんとはなしに三人は大浴場に向かい始めたと言うわけだ。
大浴場の入口で別れ、それぞれに浴室に向かう。まだ日の高い時分であるからして、純は先客が居ないだろうと踏んでいた。妙に風情にこだわる人間が設えたのだろうか?わざわざ漢字で書かれた暖簾を潜った先、長身にメリハリの付いた体躯の美しい女性が服を脱いでいる最中であった。
「…お初にお目にかかりますわ、麻倉純と申します」
「ああ、クロスの弟子というのはお前か クラウド・ナインだ よろしく頼む」
「はい、クラウド元帥殿」
わざわざ下着を外す途中で差し出された手を純は握り返す。なんともまあ今日は初対面の人間とよく会う日だ。それも元帥ばかりとは。こうなればあと一人、神田とマリの師だというティエドール元帥に会うのも時間の問題だろうなと考えていた。
しかし大浴場に元帥がおられるとは予想外だった。純はこのまま風呂に入るのを諦めて自室のシャワーで事を済ませてしまおうかとも思った。純の両の太腿に蔓延る火傷痕は見てても、見せてもあまり気持ちの良いものではないだろう。広い浴場の、それも日替わりの薬湯で身体を休めたい気持ちもあり長々と葛藤していた。
「…脱がんのか」
「いえ、お構いなく どうぞお先に」
「……そうか」
催促、ともとれるクラウドの発言に純は咄嗟に言葉を返した。浴室の扉が開かれて、湯けむりの奥にクラウドが消える。お先に、と言ってしまった以上逃げる道は閉ざされていた。覚悟を決めて服を脱ぎ、洗濯かごへ放り込む。泥と汗でぐちゃぐちゃなのだ。風呂上がりにまでこれを着たくはない。どこからともなく取り出した着替えを脱衣籠に並べて、タオルをかける。浴場の扉に足を向ける道すがら、洗面台の鏡に映った火傷脚にチクリと心が痛んだ。
洗い場にクラウド元帥の姿はない。既に湯船に浸かっているのだろう。純は重たい気持ちを抱えながらこびりついた汗を流していく。室温よりもずっと暖かい空間に居るはずなのに、身体に籠もっていた熱が消えていくようで心地良い。
身体を洗い流して髪をまとめ浴槽へ向かうと、クラウド元帥に手招きをされた。正直に言って行きたくはないが断る選択肢があろうか。いやない。おずおずと近くに足を沈め、腰を降ろす。先刻折って治したばかりの肋の痛みに熱めの湯が染み入った。
「随分と不服そうだな」
「…そんなことはございませんよ」
「踵を返すか考えていたろう」
先刻のソカロ元帥といい、クラウド元帥といい、あの師匠といいどうしてこうも元帥連中というのは勘が鋭いのか。取り繕うことも考えたが、この人の前では逆効果に違いないと、純は正直に考えていたことを口にする。
「あまり、脚を晒したくないもので」
「その火傷か」
「……忌々しい、消えぬ傷ですわ」
何度、この傷さえなければと願ったことだろうか。この傷さえなければ、あんな願いを彼に飲ませる必要などなかったのに…。
自虐的に嗤って、純は失敗を悟った。
クラウド・ナインの顔面に残る大きな傷が目に入る。自分の脚に残る傷をこの人の前で腐すというのは、あまりに自分勝手で失礼な行為に違いなく。自らの浅慮を恥じ入れど謝罪しようものなら恥の上塗りであるが故に、二の句を次ぐことも出来ず彼女の瞳から目を逸らした。
「麻倉」
「…はい」
「自分の痛みを無視してまで、私に気を使う必要はない」
ぽん、と頭の上に乗せられた手。穏やかな声に水面に向けていた視線を戻すと慈しみのある、母のような、眼差しが向けられていた。
その三『スカーフェイスと火傷脚』おしまい
next▶その四『芸術家と愛弟子』
(私は上がるが お前は?)
(…もう少し、長湯していきます)
(はは、逆上せるなよ)