第八話「過ぎゆく日々の幼馴染」
[必読]概要、名前変換
・概要「亡霊に名前を呼ばれた日」から約2000年後の物語
ジャンル:転生/やりなおしモノ。神田落ハピエン確定(リナ→神田片思いからのアレリナ着地を含みます)
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
その二『戦闘狂とろくでなし』
教団の森を影が駆ける。
その姿も捕えられぬままに満身創痍の敗残兵があちらこちらに増えていった。突発的に始まった森での演習は、たった一人迎え撃つ側の麻倉純の勝利で幕を下ろそうとしている。
きっかけはなんであったか。お決まりのように手合わせをしていた純と神田の些細な言い合いだっただろうか。仲裁に入ったアルマが巻き込まれて何故かウキウキで人を集め始めたことだったろうか。押しの強いことで有名極まるアルマ・カルマの口車に乗せられて、あるいは神田を倒せるかもしれない名誉のために、もしくは純に近づけるかもしれないという下心でもって。気づいた頃にはエクソシスト・ファインダー・その他腕自慢の入り混じったなんでもありの大演習会が開催される運びになっていた。
ルールはバトルロワイヤル。最後まで立っていた人間の勝利という至極単純なもの。共闘あり、不意打ちありで紳士協定などかなぐり捨てられていた。
それがどうしてか、ゲリラじみた動きをする麻倉純をなんとか全員で追い詰めねばならぬ事態に陥っている。まあ、理由は単純で純がこの手の戦闘に慣れすぎていただけである。姿を捕えられないばかりか攻撃の手段も方向もてんで検討がつかない。一応の公平を期すために彼女の万能武器を制限してナイフだけで戦わせているのに、倒した人間から武器を剥ぎまわる周到さ。端から削るように、内から食い破るようにして浮いた駒は各個撃破されていく。
そして立っていられるのも僅かとなった。案の定というべきか神田とアルマは残っていて直接対決を演じている。それを木陰から見る影が一つ。運良くここまで生き残ったのか、小柄なファインダーが漁夫の利を得ようとタイミングを伺っていた。もちろん神田とアルマだって周囲の警戒を怠っていたわけではない。だとしても眼前の獲物を詰めるその瞬間、思考の先が一点に集中される。アルマの足払いで神田が姿勢を崩しかけたその時、ファインダーはその時を待っていた。狙うならば今しかないとバネのように身体を跳ねさせ飛びかかる。そしてナイフに捕まった。刃の潰されたナイフが首を滑って摩擦で焼けるように熱い。血の流れる錯覚がする。その場にへたり込んで首の確認をするうちに枝の上から何かが降ってきてその背を蹴った。くるりと回って軽やかに、音もなしに地に足をつける。その眼には敗残兵になったファインダーのことなど欠片も映っておらず。彼の横槍が未然に防がれたことで純の存在に気づけていない神田とアルマの取っ組み合いだけを見つめていた。
取っ組み合いになっているのであれば話は早い。どうせ二人して頭が熱くなっているのだから纏めて叩いて私の勝ちだ。なんて考えて純はその二人に近づいていく。手合わせや演習で神田に勝つのは久しぶりで、それが無性に嬉しかった。今までさんざ煽られた分強めに言い返してやろう。今更私の位置を知ったところで遅い、あと一手で詰み…。
「ッ!!」
神田とアルマがようやく純を認識したタイミングで、簡単に詰ませられるはずの彼女が大きく飛び退く。教団の母屋のある方向を見据えながら、身体は低く臨戦態勢を保っている。二人も、観戦に移った敗残兵もが何事かとその視線の先に目をやった。のしのしと近づいてくる巨体。表情を捉えられないほど距離があるはずなのに恐ろしい笑みを浮かべているのだと嫌でもわかる。近づくほどに猛獣じみて空気を張り詰めさせていく。
「よお、面白ェことやってんじゃねえか 混ぜろや」
まごうことなき教団一の戦闘狂、ウィンターズ・ソカロ元帥その人が演習の場にご降臨遊ばれたのだった。
「あ! 師匠!帰ってたんですか?」
「アルマァ! お前、何負けてやがる」
「えー?ぼく負けてないよ!」
「馬鹿言え どう考えてもソイツの勝ちだ」
未だ構えを解かない純を見てソカロ元帥は舌舐めずりをする。それだけで死にかねないような女子供に見えるそれが、森中に死屍累々を築き上げて誰よりも早く自分の存在を察知していた。なんとも良い。昂った戦闘欲を鎮めるのに有用な初めて見る毛並みの良い獣に、ソカロ元帥は興奮していたと言っていいだろう。
「クロスの弟子にろくでもねえのが増えったって、テメエのことだろ」
「……お初にお目にかかりますわ、ソカロ元帥殿」
純はと言えば降って湧いた死神のような男を警戒していた。ウィンターズ・ソカロ。その名は聞き及んでいる。元死刑囚だとかなんだとか。ミランダが「すっごく怖い人だけど、まだ取って食われたりはしてないわ…!」なんて言っていたっけ。確かに凄まじい覇気、というか殺気が迸っている。純が淑女じみた笑みで言葉を返せているのは、単に慣れていると言うだけだ。こういうタイプの命のやり取りに生を感じている戦闘狂の殺気はよく浴びた覚えがある。エクソシストという枷のおかげか本当に殺しにかかってくることは無いとわかっているぶん気楽なものだった。まあ、いきなり飛びかかられでもしたら面倒だから構えも警戒も解くことは無いのだけれど。
ソカロ元帥は純のその余裕が気に食わないのか口元の嘲りを深める。
「お綺麗なお嬢様のつもりか?ろくでなし」
「…麻倉純、ですわ ソカロ元帥」
一気に踏み込んだソカロ元帥の拳は紙一重で避けられる。ろくでなしと呼ばれる事は気に障ったのか訂正してくるが、純が反撃する様子はない。
やはりこの小娘はろくでもないとソカロは思う。世界のあちこちで教団の施設を燃やしてきた、教団の魔術師を狩りに狩ってきたガキがエクソシストになると言うから期待していたが、期待外れもいいところだ。この女のガキには熱量がない。この戦闘を、殺し合いを楽しむ素振りも見せなければ、これを修行として強くなろうとする気概すら感じられない。そんな小娘が一瞬の隙でもあればソカロの命をとれるほどの手練れだというのを、ろくでなしと言わずしてなんと言おう。
そのろくでもない小娘の小綺麗なお遊びに付き合う道理は彼にはなかった。
「オイ、ろくでなし そろそろマトモにやりやがれ」
「……ご命令、でしょうか」
「ああ、そうだな 命令、命令だ」
「承知いたしました それと麻倉純、ですわ…っ!!」
結果としてソカロは純との戦闘訓練をそこそこに楽しんだ。いくら化け物じみた手練れであるとはいえ、小娘の体格で真正面から来るのであれば遅れを取るはずもなく。意外にも蹂躙しつくす結果にならなかっただけ上等だったとさえ言える。
意外といえばその様子を食い入るように見ていた神田が次の相手を申し出てきたことだ。いつも以上に熱の入った戦いぶりに興が乗って叩きのめしたあと、弟子のアルマにも相手をさせた。気がつけば取り巻いていた雑魚共が逃げ失せていたから、ちょっとばかし消化不良でソカロ元帥は森を後にする。
森には息も絶え絶えのエクソシスト三人組だけが残されていた。
その二『戦闘狂とろくでなし』おしまい
next▶その三『スカーフェイスと火傷脚』