第八話「過ぎゆく日々の幼馴染」
[必読]概要、名前変換
・概要「亡霊に名前を呼ばれた日」から約2000年後の物語
ジャンル:転生/やりなおしモノ。神田落ハピエン確定(リナ→神田片思いからのアレリナ着地を含みます)
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その一『半仮面と孫娘』
「――ここはどこ? おじさまはだあれ?」
イタリア某所、片田舎の診療室で人形と見紛うほどの可憐な少女が目を覚ます。ドロドロに濁った緑の瞳を半仮面の男に向けて無機質な声で誰何した。
「クロス・マリアン お前を捕えに来たエクソシストだ」
「…ッ!」
その瞳がクロス元帥の胸元に輝く黄金の薔薇十字を捉え、小さな悲鳴とともに意識を失う。クロスも、同じ部屋で成り行きを見守っていた彼女の兄とその従者も沈痛な面持ちで誰も言葉を発さない。麻倉純が十六歳になろうかと言う頃、都合三度目になるやり取りであった。
彼女の兄、麻倉愁を見た時、クロスは往年のパトロンが息を吹き返して金の催促にでも来たのかと思った。待望の孫娘が目に入れても痛くないほどに愛おしいと語って止まなかったその爺さんは、預言めいた遺言で面倒事をクロスに押し付けて鬼籍に入った。
その数年後に預言は現実となり孫娘、麻倉純が攫われる。教団と魔女を巡る一連の事件の顛末を聞かされながら、クロスはパトロンが孫娘を自分に託した意味を悟った。玉の如しと謳われたその娘は否応なしにこのろくでもない戦場に駆り出される運命にあるらしい。いつもより苦く燻る煙草の端を噛みながらクロスは旅を続けていった。いずれ兄弟子になる赤腕の少年を連れながら行く道すがら、孫娘の活動の断片が耳に入ってくる。アレンと同じかそれ以上に壊されてはいまいかと訝しみながら、教団が彼女の尻尾を掴む日を待っていた。
「アンタがクロス元帥か」
「…爺、っつーよりババア似だなお前」
「悪口だぞ、それ」
「見つかったのか?」
「……聞いてんだろ?果てはバチカンにて、だとよ」
弟子を教団に送り出した後、孫娘の兄なるものが訪ねてやってくる。要件は押し付けられた面倒ごとの清算に他ならず。クロスは忌み嫌って止まない中央庁のお膝元まで連れ出されざるを得なかった。
焼け爛れ崩れ行く中央庁で、クロスは孫娘の姿を初めて見た。夜闇に溶け込む黒髪、月明かりに照らされて透き通る白い肌。玉のようだと聞き及んだ顔は抉り取られ、腕も脚も数が足りない。それでも爛々と光る緑色をした魔力が、彼女がまだ生きていると、不死の魔女であると告げていた。
遣る瀬無いまでの殺気でもって彼女に燃える拳銃を突きつけていた傷面の男が腕を降ろす。いましがた解放したばかりの彼女にクロス達の方向を示しその背に再び銃口を向けた。否、銃口はその向こう、クロスと愁とその従者に向けられていた。
それを知ってか知らずか孫娘は茫然自失と歩み寄る。一歩ごと、片足を失いながらもバランスを崩さぬままに。世の理に反しながら孫娘が近寄る。コートの内のイノセンスの原石が震えだした。彼女に適合があるとして運び込まれたイノセンスは静止する間も無く飛んでいく。麻倉純の、かろうじて、文字通り薄皮一枚残して繋がっている、首元にめがけて。まるでそうであったかと、そうあるべきだと言うように輪の形をとって首のあろう位置に収まった。首輪だった。教団の掲げる神がこの娘を繋いでおくための酷く醜悪な首輪が、次第に再生していく彼女の肉に埋もれて首の内側で淡く光り輝く。
パトロンの預言通り、孫娘が、麻倉純がエクソシストになった夜のことであった。
「――ここはどこ? おじさまはだあれ?」
「クロス・マリアン お前を捕えに来たエクソシストだ」
「…ッ!」
都合何度目だろうか。目覚める度に覚醒時間は伸びていて、ようやく許嫁の名前を思い出せるようになってきていた。繰り返す度にトラウマを穿られては気を失う。それの繰り返しのある一回。透き通った紫の瞳でクロスに向けられた誰何。
「クロ、ス? お祖父様にとんでもない額の借金をしている方かしら?離れの書斎で目にしたのだわ」
「ッ!! あの爺、孫になんてもの見せてやがんだよ…」
「ひいさま…!良かった、良かった…!」
「兄、さん?」
「ああ、兄さんだ わかるんだな…?」
パトロンに託された孫娘、麻倉純が帰ってきた。バチカンの燃えたあの日からもう半年が過ぎようとしていた日のことだ。
クロスがエクソシストとして育て上げると伝えても彼女はただ頷いた。それが自らに降りかかる相応の報いだとして受け入れた。晴れて兄弟子となったアレンは今頃教団に辿り着いているだろうかなどと思い馳せながら、純のリハビリに付き合う。動けようもないほど衰弱した身体を無理矢理に魔力で操りながらの修行。味覚を失って食欲が無い彼女の口に無理にでも飯を詰め込む食事。既視感のある師匠というよりも肉親じみたふれあいの日々こそが、パトロンの残した面倒事であった。
「いいか、純 俺のことは父親だと思ってくれて良い」
「……巫山戯たことを」
父親代わりにでもなってやってくれ、という遺言どおりに宣言したもののありったけの敵意をもって返される。年頃の娘に虫を見るかのような眼で見下されるのは、いくらクロス元帥であってもキツいものがあった。だが返しきれない諸々のカタをつけるため、運んだ首輪の代償として彼女を育て上げると、クロスはそう決めていた。
転機があったのはいつ頃だったか。街を転々としながら修行を繰り返す日々のうち、ある夜のことだった。
その日は彼女の兄が緊急の仕事で宿を空けていた。肌寒い月夜、疲れて泥のように眠る純に煙を吸わせないようにとベランダに出るためコートを羽織ったとき。
「…どこに行くの」
寝ていていたはずの彼女が音もなく背後に立って、コートの裾を引いている。振り向けば未だ微睡みの中にいる虚ろな瞳で、薄い寝間着を身に纏っていた。
「ベランダ、煙草くらい吸わせろ」
「置いていかないで……」
行き先を告げてもその指はコートから離れない。仕方無しにまとわりつかれながらベランダへ出れば、薄着のためにその肩を震わせていた。ため息とともにコートの内側に抱き寄せて暖を取らせる。煙草に火をつけて吸い終わるまでの間、想定された反撃はたったの一つとして飛んでこない。ただ大人しく腕の中に収まっている娘がようやくクロスに懐き始めたのであった。
あの夜から随分経ったように感じる。許嫁のため中央庁を敵に回し首輪をつけられた娘はその許嫁を前にして尚、己の欲に素直になりきれず残酷な態度を取り続けている。クロスからしてみれば愉快なほどに焦れた距離の二人であった。いっそのこと神田の方に発破をかけて既成事実でも作らせても面白いかとすら思えたが、娘を筆頭に大勢の顰蹙を買うことは自明だ。今のところは酒の進む肴として楽しんでいるのが良いだろうと、もう既に幼馴染とは呼べぬ距離の二人にワインを呷った。
その一『半仮面と孫娘』おしまい
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