第七話「狐と兎」
[必読]概要、名前変換
・概要「亡霊に名前を呼ばれた日」から約2000年後の物語
ジャンル:転生/やりなおしモノ。神田落ハピエン確定(リナ→神田片思いからのアレリナ着地を含みます)
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「一時はどうなることかと思いやしたが、お嬢呼んで正解だったな 助かったぜ」
「…どうしたの急に」
「褒めてんすよ」
「は、勝手に言っておけ…」
ブローカーの一人が隠れ家にしていたアパートの扉の前、コンクリートで固められた階段に純が腰掛けている。その階段の手摺に肘をかけながら彼女に話しかけているのがアントニオだ。街に潜んでたAKUMAは純の手によって速やかに掃討された。教団に対する警戒も解けたため、街周辺の出入りを見張っていた探索部隊もアントニオが回収しており今はアパート周辺の封鎖を行っている。
アントニオはいつも通りの軽口で純に話しかけていた。今よりももっと幼い、本当に少女としか表現できないようなときからの付き合いだ。少しはこの女のことを知っている。この娘は、実に娘らしい仕草ではあるが、褒めると嬉しそうにするのだ。命令を遂行するだけの人形じみた、復讐心の寄せ集めじみた、それこそ女狐とか魔女とか呼ばれている女の、幼子じみた欲求だった。自分をうまく利用する飼い主への媚と、年上の親心の紛い物が七対三くらいで混ざりあって褒め言葉が口をつく。その度に照れ隠しのように悪態をつかれるが、やめろと言われた試しは一度もなかった。
純の悪態を最後に沈黙の時間が流れる。ブックマン達の聞き取りにもまだ時間がかかりそうだ。アントニオは別に黙っていることが苦痛でもなんでもない。ただ、この街に来てから妙に不機嫌そうにしている彼女が気がかりだった。褒めておけば持ち直すかと思ったが、嬉しそうにはするものの不機嫌さは治らない。時々アントニオに目線をやっては、何か言いたげに眉根を寄せて石畳を睨みつけている。流石に何か話しかけねば居心地が悪すぎるとアントニオが声を上げようとした時、純が絞り出すようにして声をあげた。
「……アントニオ 何故、教団なんかに来たの」
「何故、たってお嬢 食い扶持は大事だぜ?」
「娘さんと、奥さんには きっともう会えない」
アントニオは驚く。知ってたのか。いやまあ、この『狐』が知らないわけ無いのだ。俺を使いっ走りにする前に当然調べられていた。だからこそ、だからこそ純の発言にアントニオは重ねて驚いて、納得した。本当に、彼女は前の、マフィアの世界を抜けているのだ。アントニオの情報を集める必要も無くなっていたのだ、と。
「……娘は、殺されたよ」
「っ、誰に…!」
アントニオは純の瞳に浮かんだ怒りの炎に見覚えがある。女狐だ、魔女だ。冷酷だ、人の血が通ってないとか、散々に噂されていた彼女は殊の外身内に甘い。自分への罵倒は簡単に聞き流すくせに身内が貶されたとあらば全霊をもって叩き潰そうとするのが『狐』、アントニオの飼い主だった女であった。その身内に自分が入れられていたのは擽ったいが、今は彼女を宥めなくてはならない。アントニオが教団に属するに至った経緯を語らなければいけなかった。
「嫁、っても内縁だったけどな 娘が風邪をこじらせて死んじまったのを、アクマにしちまってた」
「……そ、う」
「アンタが組抜けた後、河岸変えてちょこちょこ仕事して それで久々に顔でも見るかって家に戻ったら 嫁、ああ中身は娘なのか? が、丁度エクソシスト様にぶった斬られてるとこだった」
「…」
「そのエクソシスト様から顛末聞いて、チーズみてえにスライスされた家の保証はここに申し付けろって教団の名刺渡されてよ で、食い扶持求めて連絡したんだ俺は」
「そのエクソシストは黒の長髪の …無愛想な男だったでしょ」
「……そうだな 遠慮のない物言いのガキで 嫁の罵倒でもしようもんならぶん殴ってやろうと思ったけどよ、ただ、何があったかだけ聞かされた」
「…悪かったわ、聞いたりして」
「構わねえって だから、まあ、お嬢がどうこうする話じゃねえんだ」
「どうこうしようなんて思ってないわよ」
「嘘がお下手になりやしたね、フォックスは」
「アントニオ」
「…そういや、俺に食い扶持を紹介してくだすったエクソシストとはまだ会えてねえんです 心当たりがあんでしょ?礼くらいはしねえと」
「彼は、 そういうの喜ばないわ」
今度こそ本当にアントニオは驚いた。苦笑交じりに誰かを思い出すその横顔の、乙女らしさと言ったら!そこそこ長い付き合いの中で初めて見せる甘い憂いを帯びた表情にあてられた。それこそ幼女が、絵本の中の王子様に憧れるような表情で。夢見がちだと思っていた娘が、その王子様なんか実在しないと知っていると、ほんの少し大人びた表情を見せた時のそれで。あの無愛想な美丈夫が何者なのか知らないが、親心の紛い物が見極めなければならないと騒いでいた。
「へえ? 彼、ね?」
「何よ」
「いや、きっちり挨拶させてもらわなきゃいけえねえなと思いやして」
「…何よ気持ち悪いわね 好きにしなさいよ」
「言われんでも」
「……続けるつもりなのね 探索部隊」
「言ったでしょ 食い扶持なもんで」
「毎回、こうってわけじゃないのよ」
「んなもん、連絡入れたときから覚悟してら」
「まったく… まあ良いわ、聞き取り終わったみたいだから車回して あとは中央庁の人間に引き継ぐから」
「へい、お嬢」
アントニオが階段から離れて他の探索部隊に声をかけに行く。アパートの内階段を二人が降りてくる音を聞きながら、純はその背中を目で追っていた。