第一話「最期の願い」
[必読]概要、名前変換
・概要「亡霊に名前を呼ばれた日」から約2000年後の物語
ジャンル:転生/やりなおしモノ。神田落ハピエン確定(リナ→神田片思いからのアレリナ着地を含みます)
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
長々とした教団の廊下を二人の少女が連れたって歩く。麻倉純の部屋は、前々から準備されていたのだろう、すでに家具や調度品が詰め込まれていた。純が持ち込んだ鞄を置き、着ていたドレスを着替える間にリナリーは思案する。彼女が例の許婚ではないのか、と。
かつて一度だけ、神田が口にしたという存在。さる貴族令嬢の婚約者にと言い寄られた際に、故郷に許婚が居ると断ったらしい。大勢はただの方便だろうと片付けていたが、リナリーにはそうは思えなかった。この件を知ったラビに良いようにイジられているときでさえ、彼は鬱陶しそうにするものの、その存在を否定したことがない。それに出会ってからの8年間、彼がずっと誰かを待ちわびていることを知っていた。彼のわかりにくい優しさが自分に向く度に、その許婚の存在を感じ取って心を痛めてきたのだから。そう思うと、彼女に問わずにはいられなかった。
「純は、神田と同郷なんだよね?」
「ええ、そうだけれど」
「…もしかして、許婚っていうのは純のこと?」
肯定が返ってくると思っていた。彼女こそが私の恋敵なのだろうと。しかし、足を止めてこちらを見据える彼女の反応は想像と違っていた。一瞬だけ目を見開いて笑みが消えた後に、微かに首を傾げて笑う。
「許婚…って何のこと?」
「…あのね、」
件の話をすると、くすくすと鈴を転がしたような笑い声が返ってくる。
「ふふ、それはきっと方便じゃないかしら。少なくとも、彼の許婚だなんて、私知らないわ」
「そ、そうだよね!変なこと聞いちゃってごめんね …どうしたの?」
知らないと答えた純は、リナリーを検分するように見つめていた。その視線に気づいて問いかけると、愛おしげに目を細められる。
「いいえ?随分と惚れ込んでいるみたいだから」
「えっ?」
「大丈夫、安心して?リナリー。 彼の許婚は私じゃない。これだけは間違いないから さ、行きましょう 待たせるのも忍びないわ」
柔らかな態度とは裏腹に、有無を言わせないほどの強制力のある声がこれ以上詮索するなと突き刺さる。唐突に心の奥を見透かされたようで口を閉じたリナリーをおいて、純はすでに道の先を進んでいる。彼女は待ってと足早に近づいて、検査室への道を急いだ。
「さ、まずは身体検査からだ。身体のことは愁くんから聞いているよ」
「そうですか」
「見せたくは無いだろうが、確認しないわけにはいかないからね。 安心して、うちの医療班は優秀だよ」
「聞き及んでおりますよ、室長殿。お気遣い痛み入ります」
純が検査室に向かうとすでに人払いがされている。大方、純が身体に受けた呪いを慮って兄が手を回したのだろう。両足に巻き付いた、蛇の形の火傷の跡。魔力でもって身体を侵し続ける忌々しい解けぬ呪い。それを見た医療班の女性は申し訳無さそうな体で謝ってきた。治療術に長けた魔術師の、見知った顔。かつて純と共に施設から逃亡した白き魔術師の少女は、知らない名前で挨拶をしてくる。
「…もうしわけありません。この傷は私では…」
「治せるものではないと解っています。」
「あ、あの。私、ミルクって言います。怪我や傷があったら私に申し付けてください…!」
ちょうど良いと思った。教団では数少ない純の過去を知る人間だ。ある程度のことは上手く誤魔化してくれるだろう。
「ええ、頼りにしていますよ。ミルクちゃん?」
「…!はい!お姉さま!!!」
「突然抱きつくのはおやめなさい。…ねえ、ミルクちゃん。他の方たちのことも、頼みますよ。」
「もちろんです。おまかせくださいな!」
以前と変わらない笑みで慕ってくるその少女に抱きつかれ、これは再度の指導が必要だと思案する。それでも、彼女の治療術には値千金の価値がある。彼女の使い方云々でいかようにも戦況が変わるだろう。その白い容姿と豊満な胸部から自らをミルクと呼称する少女、本名はたしかアデルだったはずだ。教団にやってきて数時間、幸先の良いことに使い勝手の良い駒が手に入ったと、純は内心で喜んでいた。
身体検査を終えた純をヘブラスカの下へ連れて行く途中、コムイは恐々としていた。このエクソシストの少女が加入した経緯が複雑なだけに、大元帥との衝突は避けることができないのだ。
「…あのね、純くん。これから君は聞きたくないことを聞くことになるだろうけど、」
「ご心配なく、室長殿。立場は弁えております」
「しかし…」
「よいのです。これは清算なのですよ?室長殿に気を使われては困ります。」
口元だけでわずかに笑う彼女の顔には確かな緊張が読み取れたが、こうも固辞されては言えることが何も無い。案の定、大元帥たちは彼女を詰り責め立てた。ここ数年で教団関連施設を多数強襲した『夢の魔女』。適合者であると解っていながら招集に応じなかった使徒は、二年前の中央庁への襲撃を機に身柄が確保された。本来ならば即刻処分されるはずだった彼女は、襲撃理由にバチカンの瑕疵があったこと、エクソシストとしての献身、何より『夢の魔女』の力を欲した上層部による許しを得て今この場に立っている。彼女はこれを清算だと言うが、コムイにはあまりに不平等に思えてならない。それでも、神の意思というのは残酷なもので、適合者である以上その力を振るわずにいられる選択肢を用意してやることはできないのだった。
「次は、実技の検査を行いたいのだけど。疲れていないかい?」
「問題ありません。室長殿。」
貴族的な笑みでもってどこまでも事務的に返される言葉からは、ありありとした警戒心がにじみ出ている。いずれ、この警戒が溶けて共に戦う仲間として認められる日が来ることをただ祈っていた。