第七話「狐と兎」

[必読]概要、名前変換

・概要
「亡霊に名前を呼ばれた日」から約2000年後の物語
ジャンル:転生/やりなおしモノ。神田落ハピエン確定(リナ→神田片思いからのアレリナ着地を含みます)
名字
名前
兄の名前

「北の、貴方とどこかのシマの境の地区で 死体が上がったんですって?」
「…テメエなんでそれを!」

 ラビ達がこの街に来たそもそもの目的はブローカーの調査であった。それが発覚した原因が彼女の言う死体だ。マフィア同士のいざこざで出来上がった、よくある不幸な死体だろうと思われていたが、おかしな点が多かった。どこの勢力からも数名づつ、名の通った慕われた人間の死体が見つかったのだ。当然のように街は荒れる。なにせどのマフィアにも動機もなければ、心当たりもない。互いに恨みつらみの一つもないと言えば嘘になるが、今回殺された相手に手を出すなど悪手だと火を見るより明らかなのだ。ここ最近は上層部で連日のように会合が行われては粗探しと揚げ足取り。それでも確たる証拠を見つけられずに平行線を辿る一途であった。
 かねてより周辺にブローカーの存在を嗅ぎつけていた教団陣営はようやく見せた尻尾の気配に嬉々として探索部隊を送り込んだ。状況からみて組織的な犯行、伯爵と強い繋がりを疑われるとあってブックマンの派遣まで決定したほどだった。
 とまれ、今現在この街一番のタブーと化している事件、それにが切り込んだものだから部屋の空気は更に冷え込んだ。またもや一触即発、親父殿以外がに殺気を放っている状況である。

「お前たちは黙っておけ! フォックス、まさかと思うがアンタが関わってるとは言わないよな」
「誓うわ、フォックスはこの事件に関わっていない」
「…であれば、何故」
「親父殿 我々・・はこの事件に裏があると考えているの」

 が開いたコートの内側、左胸のちょうど心臓の上辺り。見慣れたスーツ姿だったはずのそこには軍服を模した漆黒の装衣と、神の威光を知ろしめす銀の十字架が輝いていた。

「…糞が、そういうことか」
「うちの人間が迷惑をかけたわね」
「後ろの二人も?」
「ええ、同じくエクソシスト」

 だったらとっとと悪魔を祓って帰ってくれ。この前から街を我が物顔で嗅ぎ回られて迷惑していた。と、語気が荒くなったのは致し方ないとさえ思えた。身内のごたつきの最中に権力を振りかざした気に食わない連中の相手をしていられるほどこの街は優しくない。下っ端や破落戸に至っては教会にカチコミしそうになっていたから宥めるのに苦労したのだ。わざわざエクソシスト様とやらが出向いてくれたのなら、文句は言わないからさっさと解決してほしかった。

「…少し見ぬ間に耄碌したか?親父殿」

 親か、それ以上に年の離れた男の怒鳴り声を浴びせられて彼女は眉の一つも動かさない。それどころか本当に心配そうな、憐れむような視線を向けて嗜めるように言葉を紡ぐのだ。

「その程度だったら、わざわざ私達三人が来ることはない」
「…何が言いたい」
「人類を売った馬鹿がこの街に紛れてる 我々の仕事はソイツの捕獲だよ」
「俺達に仲間を売れと言うのか!」

 我が息子ながら愚かだと思う。彼女も、後ろに控える二人も剣呑な雰囲気を増した。それにすら気付かないのは愚かを通り越してはいないか?

「ふ、ふふ あはは! いやはや親父殿、後継ぎがろくでもないという噂は聞いていたがまさかこれほどまでとは!」
「…言わんでくれ、フォックス アンタたちには信じてもらう他ないが、コイツは」
「わかっている そんな阿呆に務まる大役じゃあない」

 ついにその阿呆の堪忍袋の緒が切れた。というより既に切れていて、親父殿の手前(これでも)抑えていた感情の抑えが効かなくなった。眼の前にいるのは顔だけは極上の女狐と、年下のくせに見下したような目線の眼帯の男と、もうじき寿命を迎えるだろう骨のような爺だ。どうして俺が、親父殿が下手に出ねばならない?この『フォックス』を名乗る女だって、前はこの国一番のファミリーの一員だったと言うが、不義を働いて追放されたと聞いている。今の自分を嘲笑うなど許せなかった。

「ハッ! 飼い主に噛みついた女狐が吠えてんじゃねえよ!女のガキに裏切られただけで失脚したなんざ、テメエんとこのボスはよほど情けねえおと」

 バキィッ と、彼が言い終えてしまうまえに彼の顔面はソファの背、豪奢な木彫りの縁取りに叩きつけられた。誰も触れてはない。身動きしていないのに叩きつけられた。

「やはり間引いておけばよかった いいか、私へならいかなる罵倒だって聞き流そう だがあの方を、ボスを侮辱することは許さない、許されると思うな」

先程まで余裕のある口元だけの笑みを湛えていたの顔に怒りが浮かんでいる。およそ殺気と言うものの見本のような、それこそ刺すような気配がただ一人、彼にだけ向いている。見開かれ、瞬き一つしない瞳孔の開いた緑色。ラビとブックマンの知る限り、アクマに対してすら向けられた試しのないそれが人間に向いていた。

「…そこまでにせい」
「……老師と、親父殿の手前 命までは取らない とっとと去ね」

 これまで静観を貫いたブックマンが、見かねた様子で声を上げる。それを受けたは実に不服そうに退室を促した。動ける様子ではない息子を運ぶように指示を出して親父殿は佇まいを直す。発言権はすでに老爺に移ったらしい。さて、と前置きをして黒く縁取られた眼窩が親父殿を見据えた。

「千年伯爵に協力しそうな者について、疑わしきは全て述べてくれまいか」

 親父殿に拒否権などこの地下室に足を踏み入れてから一度も存在していない。それに、頭を悩ませていた騒動も街やファミリーの裏切り者、でなく人類の裏切り者と考えれば。なるほど、怪しい奴は自ずと見えてくる。

「うちの、街の安全は保証されるんだろうな?」
「…バチカンの、黒の教団の名のもとに保証しましょう」
「……わかった ちょいと多いがいいか」
「問題ないさ」

 そして親父殿は自分の持てる情報を全て明け渡した。どこの、誰が、何故怪しいのか。それだけ判れば後は『フォックス』が調べ上げるだろう。それにしても知らない街の知らない人間の話だろうに老爺も眼帯もメモを控える様子すら無い。只者じゃないだろうと彼女に訪ねたが、それを聞こうものなら彼女をもってしても庇えないと帰ってきて辟易した。まったくこの女狐に関わって、胃に穴の空かなかった試しがない。
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