第七話「狐と兎」
[必読]概要、名前変換
・概要「亡霊に名前を呼ばれた日」から約2000年後の物語
ジャンル:転生/やりなおしモノ。神田落ハピエン確定(リナ→神田片思いからのアレリナ着地を含みます)
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通された部屋の重苦しいことと言ったらなかった。見るからに高そうな調度品も窓のないこの部屋では空間を圧迫することにしか役立ってないようにさえ思える。あるいは、元よりその目的なのかもしれない。窓の無い地下室であることを除けば老舗の大会社の応接室と言って差し支えないような部屋にラビ達は通されたのだ。
磨き上げられたローテーブルを挟んでベルベットのソファが二台。飾り棚を背にして座る若い男の嫌味なほどに磨かれたつま先がテーブルの上でライトを照り返していた。酒と煙草に塗れたであろう喉から加虐的な声がする。
「こんのくっそ忙しい時に 手短に済ませやがれ」
「…私は親父殿を呼んだはずだけれど」
「勝手に座ってんじゃねえぞ!」
天板に傷の付きそうな勢いで男の踵が叩きつけられる。対して純の返した反応はただひたすらの無視であった。向かいのソファの中央に堂々と座りくつろいだ様子で背を預けている。ラビとブックマンがソファの後ろに控えると入ってきた扉が閉じられその前に男が立つ。純は眼の前で居丈高に足を組む男でなく、その扉の前に立った男に対して言い放ったのだ。召喚した人間がこの場に居ない、と。
それだけで?と思ってしまうが彼は激昂したようで罵詈雑言を捲し立て、それすら無視されるとあって発砲した。それなりに撃ち慣れているらしい。三人からすれば”そこそこ”の速さで抜かれた拳銃の弾丸は、撃った当人の頬を掠めて飾り棚のガラスを砕く。避けるつもりだったラビも、ブックマンも一瞬だけ理解が追いつかなかった。
「ド下手糞 もう少し上手ければ間引けていたのに」
乾いた空気の漏れる音、形だけ笑みに見えるように歪められた口角。弾丸を跳ね返したのは純だった。それも、狙ったところを正確に。純でも、ラビでも、ブックマンでも誰かに当たっていたら眼前の男に直撃していた。威嚇の為に外して撃ったなら跳ね返す気はなかった。つまり眼の前のこの阿呆、純が呼び出したこの街の支配者層、街を統べる大企業の一角の親父殿の実子は殺すつもりで撃って頬を掠める程度に当てることが出来たのだ。
その間引くとまで言われた阿呆は、眼の前で起きた不可思議な事象よりも傷つけられたことと彼女の言動が気に食わないようで顔を真赤にして銃を構え直す。より彼女に近づけて、間違えてでも外さないように。
「何をやってる!銃を下げろ!」
一触即発のその時、三人が入ってきたのとは反対にあった扉が大きな音を立てて開かれる。飛び出してきてくるや否や声を荒げたのは白髪交じりの茶髪を撫でつけた壮年の男だった。決して体格が良いとは言えない、ともすれば小太りの小男とまで形容出来そうな容姿の割には、妙な存在感と威圧感を放っていた。
「…糞女が」
「あら、親父殿 ご無沙汰ね」
敬愛しなければならない親父殿の命とあらば息子は銃を下げざるを得ない。血走った眼で純を睨みつけながら負け惜しみのように吐いた言葉も例に漏れず無視されて既に赤かった顔がさらに赤みを増した。
そんな息子の様子に構っていられるほど親父殿にも余裕はない。何事もなかったかのように馬鹿みたいな美貌を携えて自分に笑いかけてくる女狐から目を逸らすことなどできようか。ただでさえここ最近は胃の痛い案件が続いていると言うのに、この女がまた街に足を踏み入れているなど考えたくもない。考えたくもないが、今、眼の前にいるのだ。眼の前に居て、それに息子が銃を向けていた。向けていたどころか、撃ったのだ。何故こんな事になった?この女は何をしにこの街に来ている?
「この街になんの用だ フォックス…!」
「親父殿に、お伺いしたいことがあって お時間いただける?」
そんな時間は無いと突っぱねられたらどれほど良かっただろう。だが女狐のこの問い掛けは問いでなく命令だ。言葉で肯定する代わりに息子をソファから立ち上がらせて、そこに腰を落ち着ける。親父殿は彼女越しに二人の男を見た。女狐の部下か何かかと思っていたが、冗談じゃない。老爺も青年も、観察してきていた。胃が痛む。食べていないはずの昼食を戻しそうになる。すでにこの地下に足を踏み入れたことを後悔していた。
「…勘弁してくれよフォックス うちにもこの街にもアンタと踊れる余力は残っちゃいないんだ」
「用を済ませたらすぐに帰る 親父殿は情報をくれるだけでいい」
「……なんで俺なんだ」
「私は、貴方以上にこの街に詳しい人間を知らない」
「………畜生め、俺から言えることだけだぞ」
「助かるわ」