第七話「狐と兎」
[必読]概要、名前変換
・概要「亡霊に名前を呼ばれた日」から約2000年後の物語
ジャンル:転生/やりなおしモノ。神田落ハピエン確定(リナ→神田片思いからのアレリナ着地を含みます)
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一時間もしないうちにアントニオは部屋へと戻ってきた。純に頼まれたお使いの品はどうやら銃であったらしい。見るからに無骨な、必要十分という形容詞が似合う、拳銃が弾丸とともに彼女に手渡された。
「あの~、純さん? アナタ武器持ってたさね?」
「持ってるわよ」
「そちらの拳銃は」
「…まあ、保険よ保険 シエルじゃ実弾が残らないから」
弾痕があるのに実弾が無いなんて私達の関与があったと知らせるようなものじゃない。と、いうのが彼女の理論らしい。一通りの検分を終えて問題なく使えると判断したのだろう握ったまま太腿のあたりに手をやり、指を離すと拳銃はどこかへ消えて無くなった。ラビもブックマンも今更驚くことではないが、このような場面に遭遇するたびに彼女が魔女であることを再認識せざるを得なかった。
彼らがこの部屋にやってきたところまでは監視されてるだろうことを前提として軽い変装をする。男二人は街に馴染むようにごく平凡なジャケットと、顔の印象をぼやけさせる目的で帽子を被らされた。
「おお、ちょっとハンサムがすぎるが さっきよりは目立たねえんじゃねえか」
「マジ?俺、ハンサムさ?」
「ブックマンも想像以上にお似合いですのね」
「うむ、悪くないの」
団服を脱ぐのはいかがなものかという意見も一瞬だけ議題に上ったが「魔法で切り替え可能」という純の一声が絶大だった。着替え終わった二人を実験台に何度か超絶早着替えを実行してみせて、問題がないことの確認が今しがた終わる。
「じゃあ、行きましょうか」
彼らと同じく純も変装済みであった。烏の濡羽じみて紫がかった黒の艶髪を一本の長い三つ編みに、特徴的に色を揺らす目元は眼鏡で眼光を遮っていた。両手にはめた黒手袋、神経質な印象のピンストライプのベストに、ジャケット、パンツときて武器になりそうなピンヒール。大きめのコートを方から羽織れば、明らかにカタギじゃない女が出来上がっていた。
三人分の服を指示されたアントニオが買ってきたのは二人分の紳士服(もちろんラビとブックマンのぶんだ)と一着のコートだった。曰く、「お嬢でしたらふさわしい服をお持ちでしょう」とのことで。純はもちろん反論したのだ。ふざけるなと、指示には従えと。だがそれも「会いに行く相手を考えろ 寄越した金じゃ足りない」と言われては押し黙らざるを得なかったらしい。彼女が着替えている間にラビが真相を聞いてみれば単純な話で、彼女の服のサイズが解らなかったから狂言を使ったとのこと。なるほどなと納得しているうちに更衣室と化した浴場から純が出てきた。三人を並べてアントニオが満足げに笑う。どこからどう見てもマフィアの幹部とそのお付きに見えた。
団服程では無いにせよ相当目立つのではないかと思った三人の衣装はなかなかどうして街に馴染む。駅についてから街に至るまでコソコソと隠れて移動していたときよりも圧倒的に視線が少ない。むしろ見るまいと務められているような感じだった。
堂々と中央通りを歩き、一本奥にはいった裏路地の酒場の前で純の足が止まった。
「ここからは出来るだけ話さないように あまりあちこち見ないで、何があっても動じずに」
「承知した」
「りょーかい」
ごく小声で最低限の作戦会議が済まされる。そも彼らが変装してまで街に繰り出しているのは情報収集のためであった。初動でとった遅れを取り戻すべく純の知り合いの元へ助力を請いに行くのだ。
酒場の重苦しい煤けた扉を黒い革手袋が押し開ける。隅の席で談笑していた二人組も、カウンターでグラスを傾けていた老爺も、酒瓶を並べ直していた店主ですら怪訝な視線を三人に向ける。歓迎されていないことは明白だった。湿って埃っぽい空気など気にならないのか純は堂々と奥へ進み店主の前で立ち止まる。
「飲みたいラム酒があるの、『狐』のラベルの、『火薬』のたっぷり入ったやつ ボトルは残っていて?」
賄賂を差し出しながら覗き込むようにして純の目線が店主に刺さる。それだけで彼が息を呑んだのが少し離れていた二人にまで伝わった。
「…在庫を確認してまいりますので、しばしお時間を」
並べ直していたボトルをそのままにして店主が奥へと下がる。店内にいた客からの視線は不自然なほどに刺さらない。関わることそれ自体がタブーなのだと認識されているようだった。
時間にして十分ほど待っただろうか、店主が落ち着き払ってみせながら、しかし動悸じみた鼓動を隠しきれずに戻ってきた。
「奥にご用意が済んでおります どうぞ」
「ありがとう これは取っておきなさい」
追加の紙幣を渡しながら指示された扉の奥の小部屋、地下へと続く階段に向かって足を進める。遅れないようにと後を追うと、小部屋の壁に添うようにしてサングラスのスキンヘッド、幹のように太い腕をにスーツを纏った男が二人、門番のように立っていた。純の後につく二人を品定めするようにしてジロジロと見ながら、決して動こうとはしない。三人が通り抜けた背後で扉の閉まる音がする。疎らにしか照明のない石造りの階段を降りる最中も、二人の男は一定の距離を保ってついてきた。粟立つ肌が敵の腸の中にいるのだと告げている。
話すな、見るな、動じるなと言われてなければ声をあげてたかもしれんさね。なんてどこか俯瞰した視点を持てているのはラビがブックマンの後継者だからなのだろうか。飢えた体が、あらゆる五感から情報を得ようとする。段々と下がっていく室温の先、また誰かが立っている。
「入れ」
先頭に立っていた純を見つけては舌打ち、扉を開け、顎で中へと促す。その態度に彼女の纏う温度が数度下がったような気がした。