第七話「狐と兎」
[必読]概要、名前変換
・概要「亡霊に名前を呼ばれた日」から約2000年後の物語
ジャンル:転生/やりなおしモノ。神田落ハピエン確定(リナ→神田片思いからのアレリナ着地を含みます)
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件の探索部隊、アントニオは既に教団の雰囲気に辟易していた。元より信仰心の厚い身でも、忠義に燃えるタイプでもない男なのだ。鉄火場に身を投じて、生き残れるギリギリを攻めることに底しれぬ快感を覚える、ある種の変態性こそがこの男の本質だった。鼠のようにあちこちを嗅ぎ回る仕事をこなしては組織を抜け、また別に転がり込む。ただそれの繰り返し。この男が幸運だったのは、足抜けなどと渾名される割には出戻りが許される程に仕事ぶりを評価されたことだろう。
まあ、黒の教団という組織に属さざるを得なくなった以上そんな評価などちり紙以下になってしまったのだが。
にしても教団の、特に探索部隊の雰囲気にはどうも馴染めそうになかった。アントニオが評価されてきたのは”どんな鉄火場からでも最低限の情報は持ち帰る”というその一点に過ぎなかった。だが指導役だという自分より若い男から語られた心得はどうだった?探索部隊とエクソシスト様とやらの命の価値の違いに講釈をたれたかと思えば、その口で気に入らぬエクソシストに対しての不平不満を平然と口にするし、直後にはかつて飼い主だった女への賛美を涙ながらに語るのだ。理解不能の生き物過ぎて途中から声が耳から耳へ素通りしていった。
「…アントニオ、状況は?」
イタリア某所、町外れの駅のそのまた隅の奥まった、一日中影の中にあるような壁際に背をもたらせながら待っていたアントニオに声をかけたのは、その飼い主だった女。『狐』とか呼ばれていたその女の本当の名前は麻倉純と言うらしかった。以前食堂で見かけた小柄な爺さんと眼帯の色男も一緒にご到着なさったらしい。この地で任務にあたるエクソシスト様三名のご登場であった。
「まー、最悪ですわな フォックス」
「その呼び方はやめて」
「へいへい 団服をコートで隠してるのは英断っすね。そうじゃなきゃ街にも入れない」
「そんなやばい状況なんか?」
「やばいなんてもんじゃねえっすね 教会が燃やされかねない勢いなんで」
「…剣呑だな」
「活動基地だけは用意できましたんで、まずはそこに行ってからということで?」
イマイチ状況を把握しきれていない爺さんと色男と、可愛らしい顔を渋く歪めている女に問いかければ動きだけで了承が返ってきた。
同行していた他三人の探索部隊からしてみれば極々いつもどおり仕事をしていただけなのだろうとアントニオは思案する。ただ、それが今のこの街とは最高に相性が悪かった。
大通りに面したアパートの、借りられてから今までずっと居住者が帰っていない、一室はアントニオの使い慣れた拠点の一つだった。他の探索部隊がこの街の支配者に対して無礼を働くことも、それが抗争の引き金になりかねないことも早い段階で解っていた。彼らが信奉するところのエクソシスト様を迎えるタイミング如何では無関係の街の教会まで燃やされそうとあっては、アントニオとて早々に引き際を悟る。だが探索部隊になってしまった以上、任務の成功には責任というものが生じるのだ。おめおめ逃げられるとも、ましてや逃がしてもらえるとも思えない。幸いにして自分の顔だけは割れていなかったから、教団に連絡を取って事態に対処できそうな元飼い主を名指しで呼んでみた。駄目で元々だったが言ってみるものだ。この街だけでなく、教会が焼かれる危険性のある街を列挙してやったのが効いたのかもしれない。
「…こんな事態、珍しくはないのでしょうね」
「で、あろうな」
「よくある話ではあるさね トラブっても権威と金でなんとかしてるんじゃねえの」
「アクマが出でもすれば救世主的になし崩しにできるしね」
「……この街じゃそうはいかねえぞ」
「だから私が …いいえ、あなたも駆り出された」
「お上の人使いはひでえな」
「まったくだわ アントニオ、これ以上は無理だったのね?」
この女はアントニオの使い方がべらぼうに上手かった。『最低保証』とは言いえて妙だと思う。一人だけ早く帰っても今と同じように問いかけてきて、納得すればそれ以上を求めはしない。
「無理だね」
「ならいいわ 次の仕事よ。貴方の顔は割れてないんでしょ?」
「もちろんっすね お嬢」
「……アントニオ」
そんなに睨めつけられても仕方がない。今まで通り呼ぼうとしたら禁止してきたのはフォックスの方なのだ。口に馴染んだ呼び方はこちらしか残っていない。
「アンタのいと尊き御名をお呼びするわけにいきませんので それともフォックスでいいのか?」
「………いいでしょう、フォックスと呼ばないなら好きにして」
「へいお嬢 して、仕事は?」
「角の貸金庫、番号は094、パスはこれ それと適当な服屋で三人分見繕って」
純は団服のベルトに吊り下げられたポーチから財布とメモを取り出してアントニオに投げ渡す。了解とばかりに受け取ったそれを掲げてアントニオは街へと向かった。
「純、支払いは」
「教団の金なんて流しただけで火種になるわ」
「厄介だの」
「ブックマン、ラビ 動きにくいだろうけどお付き合い願います」
「無論」
「ま、仕方ねーって それ以上にワクワクしてるさ…!」
「燥ぐなうつけ!」
「ラビ、窓を覗かないで 撃たれるから」
「ひえっ…!もっと早く言ってほしかったさ…」