第七話「狐と兎」
[必読]概要、名前変換
・概要「亡霊に名前を呼ばれた日」から約2000年後の物語
ジャンル:転生/やりなおしモノ。神田落ハピエン確定(リナ→神田片思いからのアレリナ着地を含みます)
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「それで、ユウちゃんとは何事もなく?」
「そうね 別段特に何もなく、今まで通りだわ」
「……ほーん まあ、そういうことにしておくさ」
「そうしてちょうだいな これで二つ目、あと一回よ」
例の如くダイナミックに乗車をかました夜行列車の一等室。純とラビが向かい合って座っていた。ラビが先日、神田ユウと共謀して彼女の過去を調べ上げたのは記憶に新しい。ついに真相と呼べるそれに辿り着いた段階であの仏頂面は書庫を飛び出した。おそらくだが眼前に座る黒髪の少女、黒塗りの十二文字『Witch of dream』を問い詰めに行ったのだろう。あれだけの過去を暴いて突きつけたのだ。幼馴染には少々甘く、恋人と言うには冷たすぎるように見えた二人の関係は大きく(しかも悪い方に)変化するかと踏んでいたがどうだ。前と変わらず微妙な距離を保ち続けていた。神田の方を探ってみてもあの夜のことは語られず、なんなら前より強い執着心のようなものを滲ませ始めていたし、純に尋ねてみてもこの有り様だった。何もなかったことになったのだろうとラビは思う。二人して、あるいは純の意思によって現状維持が選ばれた。と、いうのがあの夜の真相に違いない。答え合わせなどできるわけもなく、ましてや彼らの知る『運命の日』の真実など聞き出せようもない。あの日出歯亀しなかったことを悔やみつつ、そうせずに今日という日を迎えられている僥倖を密かに噛み締めていた。
「さて、三つ目の質問は何にすっかな~」
「最後だからよく考えることね」
「へいへい」
ラビに与えられていた三つの質問の権利は神田の調べ物を手伝った報酬として与えられたものだった。純に言わせれば、利用したお詫び、らしい。事あるごとに彼女を質問攻めにしては適当にあしらわれてきたラビからすればこの上ない権利ではあった。ただ今は言い出さないで欲しかったとは思う。なにせジジイも同席しているのだ。ここ数ヶ月調べていた事柄を伏せていただけに、かっぴらかれた目が恐ろしくて仕方ない。この場で怒鳴られないだけマシなのだが後が怖い。怖すぎる。つーか純がこの場で話題を出すってことは当代のブックマンたるジジイは彼女の過去を知ってたってことだ。俺に知らされてなかっただけで。その事実に気付いたラビは文句を言おうにも言えやしない。未熟者と喝を入れられるのがオチだ。
では三つ目の質問は何にしようか。麻倉純という生き物は世界で見ても指折りの魔女で、エクソシストしても超がつくほど優秀、終いには裏社会とのコネもある。正直言って今黒の教団の側についているのが不思議なぐらいだった。そう、不思議なのだ。幼くして母と祖父を失っていて、十歳には一族郎党を亡くしている。それも幼馴染で許婚であった神田ユウ含めてだ。実際には生きていた、というのはこの際関係ない。黒の教団にいて、エクソシストをやっていて、近くにあのアレン・ウォーカーがいて。違和感を覚えないはずがない。彼奴は、千年伯爵とはそういった隙を突いてくる化け物のはずなのだ。大切な人間の死を餌にAKUMAを生み出すのがアレのやり口だ。眼の前の少女、十歳の麻倉純は格好の獲物だったに違いない。
「……純の元に千年伯爵は来なかったんか?」
「解りきったことを質問するのは貴方の悪い癖かしらね、ラビ?」
肘を立てた細指で頬杖を付きながら純は皮肉な笑みでもってラビに応える。来なかった、というのは確かにラビにも解りきっていた。では何故?中央庁が関わってたと思しきあの事件でAKUMAを生み出したとあっては教団側に大打撃を与えられていただろうし、彼女をAKUMAにできなかったことで伯爵は強力な魔女かつエクソシストと敵対する羽目になっている。あちら側としてももう少し彼女に固執しても良さそうなものだがそんな素振りすら見られていない。
考え込んで笑みが剥がれていたらしい。頬杖をついたままラビの顔を見つめていた純が苦笑して口を開く。
「あのね、私に手を出すほど千年伯爵もアホじゃないのよ」
「…アホて」
ラビが耳にした限りでは、麻倉純から千年伯爵の名前が出るのはこれが初めてだ。その言葉には軽蔑が混じっているがその矛先は伯爵には向いていなかった。漏れたラビのツッコミを無視しながら彼女は続ける。ラビではなく、ブックマンに目線をやりながら。すでに苛立ちを隠そうともしなくなっていた。
「それほどの考えなしだったら、こんな戦争なんて二千年以上も前に終わってた ね、老師もそう思うでしょう?」
「……発言は差し控える」
「あらそう じゃあ質問はこれでお終い。ちょっと車内を見て回ってきます 十分くらいで戻るわ」
「気をつけられよ」
「お気遣いどうも」
音もなく閉じられた扉、ラビの隣に座っているブックマンには渋面が浮かんでいた。妙な緊張感の漂う室内をブックマンの非常に大きく長い溜息が遮った。お説教の予感を感じ取ったラビが身構えるも、暫くの間怒鳴り声は降ってこない。異変だとジジイの顔を覗き込んだとき、絞り出すように愚痴じみた説教が始まった。
「…バカモンが、なんてことを聞いてくれとる」
「スイマセン」
「いつ取り殺されるかとヒヤヒヤしたわい」
「……純の機嫌は確かに悪かったけど、そこまでかね」
「あれが分からんようではいつまでたっても未熟者だ ……だが、まあよい この話は終わりだ」
「…珍しいこともあるもんさね」
「これ以上麻倉嬢を刺激するわけにはいかん」
長々と続くと思われた説教は思いの外早く打ち切られた。ラビに対する説教がどうして純の機嫌に直結するのか甚だ謎ではあるが藪蛇は御免被りたいので追求はしないでおくことにした。
純が戻ってきて今回の任務の概要をさらっていく。イタリアの中都市に潜伏していると思われるブローカーから情報を得て、あわよくば捕獲。教団、というよりはブックマンに利がある任務だった。そういった事情から本来はラビとブックマン二人での任務だったところに彼女が同行しているのには理由がある。先行していた探索部隊によるところのちょっとしたミスで任務の遂行どころか、街への侵入すら危うい状況に陥っているらしい。そこで白羽の矢が立ったのが彼女だった。
「ほんと、ふざけないでほしいわ…」
資料を捲りながら純が悪態をつく。今までのどこか取り繕った態度ではない様子は、彼らへの信頼の現れなのか、あるいは彼女の素性を知るブックマンに対して取り繕う必要がないと判断されたのかはわからない。ただ少なくとも、今回彼女が同行するに至った理由、麻倉純を名指しで指定して呼び出した探索部隊こそが彼女の苛立ちの主原因であることに間違いはなかった。