第六話「その八年に何があったのか」
[必読]概要、名前変換
・概要「亡霊に名前を呼ばれた日」から約2000年後の物語
ジャンル:転生/やりなおしモノ。神田落ハピエン確定(リナ→神田片思いからのアレリナ着地を含みます)
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――――麻倉純の独白
八年前、十歳になる少し前のこと。攫いにきた魔女の腕の中で幼馴染が炎に焼かれないようにと結界を張った。ユウのことは兄さんが逃がしている、守り通してくれるに違いないと信じていた。燃え落ちる郷を目に焼き付けながら意識を失って、気がついたときには真っ暗だった。
時間も空間もない場所。時々身体を灼く炎と巻き付いてくる蛇だけがこれが現実なのだと知らしめてくる。死なない身体というのは実に残酷なものだ。どんな拷問を受けようと気が狂うほどの刺激だけを味わえた。一滴の水無しに干からびることはなく腹が減ると言う感覚すら忘れてしまった。自我を灼かれ犯され呪われながら、それでも彼に会いたくて正気を保っていた。ひたすらに逃げる機会を伺い続けて、ようやく中立派の、私を攫った蛇の魔女の敵対者に救出されてあの場所が魔女の塔だと知った。郷が焼かれてから一年の月日が経っていた。
無力だった私は助けてくれた魔女に師事しながら、あの日郷に何があったのか、ユウと兄さんが何処に居るのか調べるしかなかった。薄ら寒い称賛を受けながら微かな手がかりを追う日々。その末に得たのはユウがもうこの世のどこにもいないという事実だけ。
世界を滅ぼさんとするアクマを屠るため、聖なる使徒を人造する計画に彼は巻き込まれた。違う。彼を選んで郷が焼かれたのだ。蛇の魔女がそれを扇動し、黒の教団とやらはそれに乗った。それすら脳が理解を拒むというのに、挙げ句計画は失敗し頓挫。被験体は全て処分されていた。私が暗闇にいる内に、ユウは殺されていた。絶望とはこれのことだと思い知った。私に父を、ユウの家族を、郷の人間を焼かせておいて、欲しがった彼の命すら無駄に散らされた。この絶望は、怒りは彼らの血をもってしか雪げない。魔女としての振る舞いなど知ったことではない。私は私として、麻倉の当主として報いを与えよう。
連れて行けとせがむ白い魔術師と共に忌々しい施設から逃亡した。アデルという名のその少女は治療術だけは天才的な足手まといで、早々に旅から離脱してもらった。そのあと教団に拾われていたのは、今となっては都合のいい偶然だ。
死なずの魔女といえど、後ろ盾を持たない小娘一匹に復讐などなし得るはずもない。麻倉の、祖父が残したコネクションと魔女の力を対価に協力者を募りながら旅をした。そうして辿り着いたのがあるイタリアンマフィアの頭目の下。飼い主となったその老爺は自分の養子を次期当主に据えさせないことを対価に私の復讐に協力すると言った。野心の強いその養子に仕え、騙し、絆し、裏切れと言った。お安い御用だ。復讐のためなら何だって出来た。養子をボスと呼び慕い彼の傘下に加わった。彼の部下たちにこのままでは使い物にならないからと戦闘術をはじめ、各国の言語、立居振舞、表情の作り方に果ては料理まで叩き込まれた。
最初の標的は北アメリカ。教団の所有する情報施設を焼き払った。一介の情報施設ごときに何人もの魔術師を割いてやけに厳重に警備していると思ったら、そこには、かの『セカンドエクソシスト計画』の情報が収められていた。まったく虚仮にされた気分だった。その計画に用いられたクローン体、その技術は紛れもなく私の兄を生み出したものと同一で。ましてやサンプル元まで一緒とは。このときまではまだ、蛇の魔女が私欲しさに教団を扇動していたのだと言い訳ができていた。甘かった。ユウに、兄に、それに私もだ。計画の要となる程度の甘い不死の技術、それが完全な不死とならば神の兵隊としてこの上なかったのだろう。教団は、神の威を借りるヴァチカンは我々を複製する気でいたらしい。馬鹿げている。こんな計画など潰れたほうが世のためだ。こんな、こんな狂った計画のために郷は、ユウは殺された!
情報と魔術師共は優秀な燃料で実に良く燃えた。夜闇を赤く染める煌々とした炎。あの日は久しぶりに心の底から笑った気がする。実に爽快な気分だった。胸のすく思いだった。
イタリアに戻って飼い主から復讐成功の褒美にとゴーレムを渡された。意のままにどんな武器にも形を変化させるそれはシエルという名前で、ふよふよと浮かんで可愛らしく、実に頼もしい相棒になってくれた。
それから彼らの任務の手伝いをしながら次なる復讐の地を見定めていた。魔女を飼っているマフィアの暗部組織だというのに、彼らは私に人間を手にかけさせなかった。魔女と、魔術師だけ。そんな気を使う必要など無かったはずなのに、彼らはボスのように、教師のように、姉のように、弟のように私に寄り添った。復讐の成功を共に喜んでくれた。彼らが私に絆された結果だったと言えるのかもしれない。あるいは私が絆されていた。だのに私は裏切ったのだ。当主を決める場に私は参列しなかった。その日、全てが明るみに出るとわかっていたから。復讐を理由に行動を別にして、当初の、飼い主の要望を叶えてみせた。ボスがどう足掻こうが後を継げないように仕向けていた。私に絆されること。それが計画の要だった。
彼らが戻り次第私は責め苦に合うだろう。怒りに狂ったボスが私を殺し続けるかもしれない。それでもいいと思っていた。文句を言える立場じゃなかったから。そして向かった中国の実験場、三年前、十五歳になる年のあの日。まさしく運命と呼ぶにふさわしい日だったと記憶している。
ユウが囚われていた実験場だから跡形もなく塵芥に帰してやろうと思っていた。辿り着いた私が見たのは満月に照らされる焦土と化した実験場だったもの。破壊され毒性を帯びたガスを撒き散らす禍々しい機械人形。それらを送り込んでいる見知らぬ魔術師。要は先を越されたのだ。不愉快に任せ魔術師共を塵にして、まだかろうじて残っている建物だけでも焼こうと思った。
相当重要な施設だったのだろう。守らんとして研究員が幾重にも折り重なっていた。その中にまだ息のある老博士を見つけた。気まぐれに拾い上げて実権の顛末を訪ねてやると、命の対価に焼け残った施設を案内してくれた。そこで見たのが母体と呼ばれる呪符で保存された死体。いや死んではいなかった。脳だけ生かされて意識のようなものがあった。
「…これは」
「かの実験の成功例はただの二つだけ これは彼らの母体だ」
「その二例の名は」
「被験体はYUとALMA」
「……処分されていたのでは」
「表向きはな」
「彼らは、生きているのですか」
「母体がある限りは 死ぬに死ねないさ」
生きていた。 生きていた、生きていた!フロイデ!なんと喜ばしいことか!この母体とか言うぐるぐる巻きの物体が彼が生きていることの証左だ!
こんなに喜ばしい日だというのに、その母体達はちっとも嬉しそうじゃなかった。生かされている脳から負のオーラを撒き散らしている。男性と思しきほうがずっと怒っていて、女性と思しき方がそれを宥めようとしているのに届かずに悲しんでいた。彼らは、随分と昔に引き裂かれてしまったのだ。
「あなた達がユウを生かしてくれているのね でも、貴女は声が届かなくて辛そうにしている」
その痛みはよくわかる。生き甲斐を、存在理由を失って、その上近くにいるのに声さえ届かないのはさぞかし恨めしかろう。
「ふふ、私ね 今とっても気分がいいの だからこれはお礼よ」
ならばあなた達のために歌おう。行き場を失った魂を引き合わせることくらい造作もない。久しぶりに復讐以外の目的で魔法を使った。魔術師共への疑似餌の目的以外で歌を歌った。美しい女性がこちらを振り返って笑った。隣には似たような服装の男性がいて、ちゃんとお話出来たみたいで良かった。もしも復讐を完遂してそれでも自由が残っていたら、最後にユウの顔をひと目見て月にでも行ってしまうのが良い。どうせ死なないんだし、月から彼を見守っていよう。なんて、淡い未来を描いていた。美しい月夜の、最高の気分の日だった。放置していた博士も妙に興奮して笑っていた。その意味を知ったのは、次の復讐の場所、オーストラリアの隠された施設だった。
イタリアに戻って裏切りがバレた。ボスも、皆も何も言ってこなかった。最初にした約束通りに、復讐を為した暁には思う存分殺し尽くして良いと再確認したらひどく悲しげに肯定してくれた。それくらいの報いは受けないと割にあわないだろうに。なんであんなに悲しそうにしていたのか、わからなかった。わかりたくなかった。
その約束も果たされることは無いだろうとオーストラリアで思い知った。ユウが生きているとわかった後の、事後処理みたいな、惰性みたいな復讐なんて心が動きもしなかった。早く終わらせて、皆から報復されて、ユウの顔を見て、それでおしまい。そのはずだったのに。
オーストラリアの実験場に向かったら待ち構えてたみたいにあの博士が居た。えらく興奮してまくし立ててきたのはイノセンスと呼ばれる神の意志についてと、魔女がエクソシストになることの希少価値について。終了されたはずの『セカンドエクソシスト計画』で用いられたクローンたちに囲まれて、ようやく魔女の血が手に入ると。不死の軍勢を得られるとそれはもう嬉しそうだった。だから目の前でクローンは全部壊してあげた。設備も、資料も焼き尽くしてやった。二度とあんなもの生み出せないように、生み出そうなんて思わないように思い知らせてやった。ユウが生きていると教えてくれた人だから命まで取りはしなかった。なのに、彼は怯まずに「お前は逃げられない」なんて言ったのだ。
「何からかしら、ドクター」
「イノセンスから、ヴァチカンからこれ以上逃げ果せると思うな」
「逃げるわ まだ復讐は果たされていないの」
「その後もだ!お前は逃げられない エクソシストになる運めっ」
うるさい口だった。死なない程度に殴りつけて炎に放り込む。命は取らない。ユウが生きていると教えてくれた人だから。それでも、火傷位は負ってもらわないと。お前さえ気付かなければ終わってた。人生を上がれていたんだ。逃げられないと言うのは真実だろう。イノセンスに選ばれてしまった以上、運命から逃れられないのは知っていた。およそ二千年前、魔女歴が始まって以来変わらないルールだ。本当に、本当にあと少しだったのに。愚かだ。教団も、ヴァチカンも、ノアとかいう連中も!
もう喚いても仕方のないところまで来ている。私が適合したことを知った教団は死に物狂いで追跡してくるだろう。それから逃げる術は、人の身と引き換えにしか手に入れられない。いっそ勝手に世界を救って、本当の神にでもなってやろうかと思った。それでも人の身のまま復讐をすると誓ったのだ。最後、蛇の魔女を殺して、その後は何だって良い。それまで逃げ延びれば私のあがりだ。その後は教団からの報いも、咎も全部受けよう。ああ、でもその前にボス達の選択が先だ。それでもまだ使い物になったら教団に首輪を付けられて構わない。これは予告だ。ヴァチカンまでは、蛇の魔女を屠るまではどうか待ってほしい。「In the end at the Vatican. I shall captured if alive.」 彼らの痛く欲しがっていた魔女の血でそう書いてやった。
二年前、ヴァチカン中央庁の会議室。お誂え向きに教団のお偉方と蛇の魔女が雁首揃えて待っていた。最期にふさわしい絶景とはあれのことだ!私を叩き伏せようと術を放ってくる彼女の心臓を抉ったときの快感と言ったらなかった。
すべて終わらせた時、私には何も残っていなかった。まさしく死闘だった。腕が千切れ飛んで、腰から足が抉れた。視界が半分無かったから多分頭も削れていたと思う。それでも死ねなくて、はじめて死んでしまいたいと願った。まだこんな生き地獄が続くのは耐えられなかった。復讐を終えたのだから殺すかどうか選択してほしいと見守ってくれたボスに縋った。彼は私の復讐が未だ終わっていないと言った。それも終えて、戻ってきた時いい女になってたら生かしておいてやるって。残酷な人だ。それが一番私に効く報いだと知っていたんだ。そうだと言ってほしかった。そんなに辛い顔で兄に私を引き渡さないでほしかった。
これが私の八年の顛末だが、目の前にいる彼に全てを伝えることは出来ない。本当は一片だって教えたくないのだ。知られたくない。怖くて仕方がない。彼に見限られる気がする。本当に馬鹿な話だけれど、私は彼を突き放しておいて、突き放されるのが怖い。いずれ彼の前から消える予定なのに少しでも長く側にいたい。そのために過去を暴いてくれるように仕向けて、ラビを煽ったのに。矛盾している。ずっと、ずっと私は矛盾している。