第六話「その八年に何があったのか」
[必読]概要、名前変換
・概要「亡霊に名前を呼ばれた日」から約2000年後の物語
ジャンル:転生/やりなおしモノ。神田落ハピエン確定(リナ→神田片思いからのアレリナ着地を含みます)
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黒の教団の書庫、そこには郷が焼かれた事実も『セカンドエクソシスト計画』の顛末も残されてはいない。書見台に当時の資料を並べた神田はため息をついた。麻倉純がようやく明かした過去、その足跡を辿れば彼女の身に何があったのか知ることが出来る。まずは八年前、彼女の誘拐された日の情報を探ろうとして早くも壁にあたったのだ。
「苦労してんね ユウ」
「…何の用だ」
「調べもんだろ?手伝ってやろうか?」
見落としがないかと報告書を再度さらい直そうとしたとき、背後からラビが声をかけてきた。善意のようなもので塗り固められた紛れもない好奇心。彼には神田が何を調べているのかにも見当がついている。あの孤児院の夜、彼女が過去を明かした意味など明白だ。調べたくば勝手に調べれば良いと、それがブックマンJr.にならば可能だろうと態々ヒントまで出して。神田が調査に行き詰まって、ラビがそれを欲のために助けようとするところまで折り込み済みの告白だった。
「勝手にしろ」
「ほいほい で?目処はどこまで立ってるんさ?」
「……正直全く」
「みたいさね こういうんは心当たりのあるところから調べるもんさよ」
「あんのかよ 心当たり」
「そりゃあ、どでかいのが一個あんだろ? 二年前、ヴァチカンときたらあの襲撃さ」
二年前、ヴァチカンで教団の協力者とされていた魔女が襲撃にあった。激しい戦闘の末その魔女は絶命、多大なる被害を生み出したとされる事件だ。麻倉純が教団に捕らえられたのも、同じく二年前のヴァチカン、中央庁での出来事であり関係がないとするにはあまりに証拠が揃っている。幾つかの新聞と教団内の会誌に記事があったことを覚えているラビは両手一杯に資料を抱え神田の元へ戻ってきた。
「これなんかがわかりやすいさね」
記事を見比べたラビが見せてきたのは教団発行の情報誌だった。【中央庁強襲さる 蛇の魔女含む魔術師数名が死亡】と見出された文章には犯人と思しき人物名が記載されている。黒塗りの三単語、十二文字のそれは大胆にも中央庁の正面から侵入し会議中の魔術師と激しい戦闘の末、そのすべてを鏖殺したらしい。
「…これとアイツに何の関係が」
「Witch of dream、丁度三単語十二文字が埋まるさね」
夢の魔女、とは麻倉純についた二つ名のようなものだ。黒塗りからの想像である以上確信すべきではないが、神田の勘が真実であると告げている。彼女は二年前、ヴァチカンを襲撃してそれで教団に捕まった。ではなぜ襲撃を、殺めたという蛇の魔女とはいったい?
「そもそも、なぜ黒塗りなんだ」
「…あんな、生きている魔女の名前ってのは公表されないもんなんさよ 魔法か何かで全部黒塗りにされちまうの」
「だったら蛇の魔女ってのは」
「死んでんさよ 二年前に」
それは彼女が蛇の魔女とやらを殺している紛れもない証左だ。神田のザワつきそうになる心を、ラビの淡々とした口調が抑えつける。ただただ事実は蛇の魔女が死んだ。それ以外には無いのだ。
「じゃあ、次は『蛇の魔女』を起点に調べるとするさ」
「…まだ」
「まだ調べるのかなんて言うんじゃねえぞ お前が知りてえのは純の抱えた理由なんだろ」
「…っ、長丁場になりそうだ」
「数カ月は覚悟してほしいさね」
「……面倒に巻き込んだな」
「乗りかかった船さ それに、気になってんのは俺も同じ」
こうして神田とラビ、麻倉純の過去を暴かんとする協力関係が構築される。今日のところは他に予定があると、次回の調査の約束をして二人は解散した。
蛇の魔女が何者であるかの調査に大した時間は取られなかった。閉架書庫に収められた魔女名鑑にほとんど全てが記されていたのだ。その界隈で名を知らぬものはいないほどの一大勢力を気付いた魔女、配下を多数教団に送り込んだヴァチカンの協力者。中央庁に顧問役として招かれたこの魔女はとある計画に加担した。戦力増強のための極秘計画、その改善策を立案し八年前に実行せしめたという。
「復讐か」
「…ああ、それを前提に話を進めることにするさ」
極秘計画とは『セカンドエクソシスト計画』であり、実行されたのは郷への襲撃に他ならない。純の語った顛末と総合すれば、彼女は一族郎党を滅ぼし自らを攫った相手を六年の歳月をかけて殺したのだ。これを復讐と言わずしてなんと言おう。名鑑の文字に滑らせた神田の指に力が籠もる。そこから滲み出る怒りとは裏腹にその瞳の温度はどこまでも冷え切っていた。
偶然では片がつかないと思ってはいた。郷が燃やされた丁度そのときに教団の人間が来るなど仕組まれていたに決まっていると。事実のなんと単純なことか。イノセンスに適合するかもわからないガキ一人如きのために郷は焼かれた。あるいは、それすら麻倉純を攫うための迷彩であったのかもしれない。如何にせよ、蛇の魔女とやらのお陰で俺達はクソッタレな戦争に身をやつすことになったらしい。それを知っても神田の頭がいやに冷静なのは、今更取り返しのつかないことだと理解できてしまうからで。報いを返す相手がもうこの世にいないこともそれに拍車をかけていた。
「純の目的がコイツへの復讐にあったとしてさよ? 実行までの六年、何もしていないとは思えないんよな」
「同感だ わざわざ場所まで提示したんだ、何かあんだろ」
ラビの記憶によれば五年前の北アメリカ、三年前の中国とオーストラリアが彼女の口からでた場所だ。また手がかりを失った彼らは年表と新聞、雑多な資料とのにらめっこから始めた。気の遠くなるような数の資料を片っ端から読んでいく内に簡単に時間が過ぎていく。自分からヒントを与えている手前、神田とラビが過去を調査していることなど勘付いているだろうに麻倉純の態度は揺らぐことがない。それどころか以前よりも穏やかで少女らしい顔をして、食堂のヘルプに入ってみたり、お茶会をしてみたり、手に入れた小屋で年相応の呆けた話に花を咲かせていた。
そのうちに外に降り積もった雪も溶け始め、土と混ざって汚れだす。春の訪れを感じる三月の始め、ついに彼らは情報の糸口を掴んだ。どの資料からも抜き取られ空白の出来ている期間が三つある。報告書に関してはご丁寧に【フィンチ博士案件】と銘打たれて差し替えされていた。ここまでくれば話は早い。数年前に老衰で亡くなった博士の事だと突き止めると、閉架書庫に彼の手記を見つけた。そこに出てくる黒塗りの十二文字、北アメリカ、中国、オーストラリアに位置する教団の施設が魔女に襲撃されたとの記載がある。北アメリカではその魔女の姿を捉えられず、中国で博士は魔女に助けられ、オーストラリアでイノセンスの適合を見た、と。
彼らは詳しい資料を求めて、かの博士が愛用していた作業室へと足を踏み入れる。所狭しと並べられた資料と、ボードに貼り付けられた血文字の写真。端的に言えば答え合わせだった。手記を見つけたときから神田に芽生えた心当たりが確信に変わる。三年前、アジア支部の実験場が魔女に襲撃されると護衛に向かったのは他でもない神田とアルマだった。黒塗りの十二文字の仕業だとする資料に対して博士による訂正依頼の殴り書きと、日本語で「姫様がいた」と書き加えられている。ボードの写真はオーストラリアの実験場、人一人入りそうな培養ポッドが悉く割られ、焼け爛れた壁には血文字で「In the end at the Vatican. I shall captured if alive.」と。その他細々とした襲撃の資料の羅列にそれぞれ時系列が割り振られそのすべての筆跡に見覚えがある。
「……兄貴の字だ」
妹の所在がわかったと麻倉愁が教団を発ったのが約二年前、解決の糸口を得たのはあの燃え盛る中国の実験場に違いなかった。神田は資料に添えられた「姫様」の文字を睨みつけて黙り込む。積み上げられた資料の山に手をつけ始めたラビが協力を促すも頑として頭を振らなかった。
「大将さんよ、ここで一抜けはねえって」
「もういい、アイツに直接聞く」
「……資料は勝手に読むからな」
「俺の知ったことじゃない」
「へいへい」
どうやら覚悟を決めたらしい神田を見送ってラビは再び資料に目をやる。黒塗りの十二文字、夢の魔女が襲撃した施設には『クローン技術』だの『身体再生技術』だのと、ろくでもない事柄の情報がたんまりと収められていたらしい。あるいは、直接それを研究、実験していた施設だ。三年前、魔女の襲撃を予告された中国の施設には神田とアルマ、麻倉愁を護衛に配置することが既定路線のように語られていた。その施設にあるとされるのはまたしても極秘計画の文字列。であれば、彼らは緘口令のため抜擢されたのだ。そこに何が有ったかなど推して知るべし。ましてや「姫様がいた」のだ。探し求めていた妹御、あるいは彼の許婚と同じ時、同じ場所にいたはずなのに、それから一年所在が掴めず再会はその二年後と相成った。
「ユウに聞いてみりゃよかったさ…」
もちろんラビも彼が答えてくれるとは思っていない。だが己の癖が知りたいと叫ぶのだ。この場にある資料全てを読み切ったとて、書かれていない事実にはアクセスできない。あの二人にとっての運命の日と呼ぶべき事の顛末をラビはどうあがいても知りようがないのだ。
神田は閉架書庫を飛び出して城の外、山小屋へと足を向ける。時刻は深夜零時を回っているが彼女がそこに居る確信があった。泥濘む土と、溶け切らない雪に足の指先を冷やしながら森を抜ければ、当然のように窓からランプの揺らめく光が覗いている。
ドアに近付き、手をかける間に彼は逡巡する。この数ヶ月、彼女の過去を暴きながら幼馴染として側に居られる時間を享受した。あの穏やかで安らいだ日々は、このドアを開かなければこれからも続いていくだろう。それで満足していればきっと楽なのだ。麻倉純のただの幼馴染、エクソシストの同僚の神田ユウ、他の奴らよりも少しだけ彼女の心に近い存在で居られれば。だが、それに耐えられなかった。彼女が己を突き放した理由が知りたくてたまらず、過去を暴いてこのドアにたどり着いた。後戻りできはしない。ノブを回して扉を引く。満月の静かな夜のことだった。
「どうしたの?こんな夜遅くに」
小屋の中で一人佇む少女の顔をランプの光が照らしている。久方ぶりに見た貼り付けた笑みから、天から降るような涼やかな声がする。窓枠に腰掛けた静かな紫の瞳が神田の事を見つめていた。彼が何故ここに来たのかも、これから何を話すのかも全て知っているのだろう。粛々と宣告を与えるような、受けるかのような佇まいで麻倉純はそこに居た。
「あの日、お前もあそこに居たんだな」
後ろ手にドアを閉め神田は彼女の前に立つ。前置きは不要だ。あの日、あの場所だけで話は通じるだろう。再会した日、庭園のパーゴラで最初の誓いを手放してきた時と同じ声で純が応えた。
「調べがついたんだ ラビが協力してくれたんでしょ」
「…ああ」
「うん、居たよ あの日、中国の燃える実験場に私は居た」
彼女の肯定で神田の覚悟は完全に決まった。三年前、中国の実験場、アルマを殺しかけた日。そこに彼女が居たのならば、彼には聞く権利と義務がある。
「純、もういいだろ この八年に何があった?お前の口から聞きたい」
ブルートパーズの鋭く、真っ直ぐな眼光が純を射抜く。月光とランプの揺らぎに照らされる瞳がそれを見上げ、悲しげに眉を下げる。長くなるよとの断りに構わないと言葉を返して、神田は肩を壁に預けた。
「この八年はね、ずっと復讐のために使ってたの。