第五話「幼馴染と過ごした日々」
[必読]概要、名前変換
・概要「亡霊に名前を呼ばれた日」から約2000年後の物語
ジャンル:転生/やりなおしモノ。神田落ハピエン確定(リナ→神田片思いからのアレリナ着地を含みます)
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その六『手慰みにはちょうどいい』
降り積もった雪が橙に焼けていく。西日の差し込むあばら小屋の窓を結露が滴り落ちていった。余程外の空気は冷えているらしい。と、暖炉からくる暖かな熱気を半身に浴びながら神田ユウは日が沈むのを眺めていた。
鍛錬の休憩がてら半ば暇つぶし的に訪れることの多いこの山小屋は、幼馴染である麻倉純が怪我の功名で手に入れたものだ。その場に居合わせたハイティーンの使徒とアルマ・カルマによって独占され、秘密基地なんて呼ばれたりしている。ここでは各々自由に暇を潰していた。持ち込んだ本を読んだり、ゲームに興じたり、スナック菓子片手に意味のない話を延々と続けたり。神田もそれに混ざる、というより巻き込まれる形で束の間の少年少女らしい時間を謳歌させられていた。最初は伽藍洞としていた小屋の中にもソファやらテーブルやら、各自の私物が持ち込まれゴテゴテとして、少しうるさくなってきた。
珍しく先客のいなかった小屋の空気はシンと冷えていて、鍛錬後の汗ばんだ体を休めるには寒すぎたのだ。それで焚べた火が日が沈みかけている今になっても消える気配を見せない。単純に薪を入れすぎたのだ。適当に消火して小屋を去ってもいいが、それには暖炉は暖かすぎて外は寒すぎる。やるべきことも終えた。この後の予定は皆無だ。どうせ暇なのだからここで暇つぶしをするのも悪くはない。なんてことを考えながら日が沈み切るのを眺めた。まだ火は消えない。丁度熾火に差し掛かり塩梅のいい頃合いだ。もう少し暇を潰そうと思い至って、その手段がないことに気付く。神田ユウはこの小屋に私物を持ち込んでいなかった。そもそも自室にすら暇つぶしの道具と呼べるものは大してないのだ。今だって純が持ち込んだソファの上に座り、誰かが持ち込んだクッションを肘置きにしている有り様だった。暇を潰せそうなものと言えば暖炉に薪を焚べて火を大きくする火遊びくらいで、それでは単に暇つぶしの時間が伸びるだけだと馬鹿でもわかる。この小屋には大抵の場合で彼以外の人間がいることが多いため自然と暇を潰せていたが、一人ではそれすらままならない。だったらもう戻るかと暖炉の暖かさを諦めようとしたとき、扉が開いて凍てつく風が足元をすり抜けた。
「あったかー… 神田もきてたんだ」
「…ああ とっとと閉めろ寒くてたまらん」
この秘密基地のほぼ家主、麻倉純が鼻と耳を赤く染めてやってきた。私物だろうか?シンプルで仕立ての良いコートを着たまま暖炉の前に蹲り手のひらを温めている。グーとパーの形を何度も繰り返し指先の動きを確かめているように見えた。しばらくして満足したのか壁際に放置されていたケースからギターを取り出し神田の前へやってくる。
「どいて 私の席よ」
有無を言わさぬ眼光、当然であった。彼女のソファなのだ。三人掛けのそれに贅沢にも中央に位置どっている神田は邪魔なことこの上ないだろう。彼が暖炉から遠い側のソファの端に移動すれば、彼女は対岸に座って足を組む。その腿に乗せられたギターの弦が弾かれて弦楽器特有の微かに痺れるような音色が屋内に響いた。もう一度同じ音を鳴らしながら彼女が左手側にあるネジを回せば音が高くなっていく。それを満足するまで繰り返して次の弦に移動し、また同じようにネジを回した。
「やっぱり低いなあ…」
「低い?」
「寒いとどうもね あれ、わかんない?」
「ギターの弦の高さなんざ知るかよ」
そっか、なんて彼の顔も見ずに言いながら純は調律を終えた弦の途中を押さえて爪弾いた。続いて何も押さえない隣の弦を鳴らせば、不協和音が神田の耳を襲う。
「これだと?」
「ズレてて気持ち悪い …たしかに低いのか」
「でしょ?」
神田も比べれば高いのか低いのかくらいはわかる。比べもせずに正解の高さがピッタリわかる彼女が異常なのだと声を大にして言いたい。が、触らぬ神に祟りなし。わざわざ蛇の住む藪をむやみにつつく必要もない。生返事を返して彼女の仕草に眼を向けていいれば、すべての弦の調律が終わったようで曲を奏で始めた。美しくゆったりとした旋律に耳を傾けていると、途端に細かく音が変わり始める。左手の指が弦を押さえる位置が目まぐるしく変わり、右手に持ったピックは一定のリズムを刻み続けながら弦を弾いていた。ワンフレーズ弾き終わって一度満足したのか彼女の顔が神田のほうを向く。指の動きを食い入るように見ていた彼とばっちり目があって、純は少し首をかしげた。
「…どうしたの?」
「いや、器用なもんだと思ってな」
「別に? 三味線や琴と大して変わんないわよ」
それなら神田にも多少覚えがある。幼い頃に彼女と習わされたのだ。それと変わらないのならば弾けはするのだろうと妙な自信があった。ただ、今まで弾く機会も動機も無かった。これからも無いだろう。…いや、理由ならば見当たった。この小屋にいる間の手慰みにはなるのだ。
「練習すれば神田も弾けるようになると思うけどね」
「…貸せ」
それ以上に、こう言われて出来ないままにしておくのが癪だった。それがバレたのか眼を丸くした純がくつくつと喉を鳴らしながらギターを手渡してくる。彼の前にしゃがみ込んで持ち方や弦の押さえ方などを説明していった。
「そうそう、それで一弦鳴らして… うん、できてる」
「案外簡単だな」
「…調子に乗っている」
「乗ってねえよ」
純が馬鹿にしたような笑みで見上げてくる。彼はそれにムカついて未だ教えられてないドレミファソラシドを披露してみせた。おまけにフンと鼻を鳴らしてのドヤ顔まで忘れていない。
「どうだ」
「おお、上手上手」
わざとらしくパチパチと叩かれる手にまたムカついたが、彼女が綻ぶように笑っていたので文句を言う気がどこかに吹き飛んでいた。
その六『手慰みにはちょうどいい』おしまい
「ところで、目標は?」
「…目標?」
「何の曲弾きたいわけ?」
全く衝動的に手にしたギターだったから、彼は考えてすらいなかった。そもそもギターで弾く曲など知ってはいない。思い浮かぶのは彼女が先ほど爪弾いていた曲くらいのものだ。
「……さっきお前が弾いてたやつ」
「ふふ、じゃあ楽譜あげよっか 結構難しいけど」
「いい 時々教えろ」
「はいはい そうだ、あの曲連弾用なの」
「…そうか」
彼女が弾けるようになったら合わせようねなんて言うから、神田には手慰みだけでないギターを弾く動機が出来たのだ。
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