第五話「幼馴染と過ごした日々」
[必読]概要、名前変換
・概要「亡霊に名前を呼ばれた日」から約2000年後の物語
ジャンル:転生/やりなおしモノ。神田落ハピエン確定(リナ→神田片思いからのアレリナ着地を含みます)
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その四『ミランダ、若さを知る』
命を賭ける職業だ。非番だからとすべての時間を無為に過ごせるほど自分の命を安く見積もっているわけでもない。特に自分は今まで取り柄なんて一つもない人間として生きてきたのだから、その分頑張らなくては周りを引きずり落としてしまうに違いない。だからこそ今日も鍛錬に勤しもう。と、ミランダは後ろ向きなポジティブさを発揮して鍛錬室を目指していた。胸の前で小さくガッツポーズをしながら、フンスと鼻をならし今日の目標を考えていると、隣に誰かが並んできた。
「おはよう、ミランダ 貴方も非番?」
「わっ…純ちゃん そうなの、これから鍛錬に行こうと思ってね…!」
「随分と張り切ってる」
「そうよ…!今日も頑張って皆に追いつかなくっちゃ…! 純ちゃんの予定は?」
「私も鍛錬のつもり 一緒にやらない?そのほうが張り合いがあるでしょ」
「…! ぜひご一緒したいわ! いいえ。純ちゃん、私を鍛えて頂戴…!」
自分のペースで鍛えようね、と純に宥められながら鍛錬室の扉をくぐる。冷えた空気の張り詰めた静かな室内に自然とミランダの背筋が伸びる。持ってきたタオルと水を置く場所を探して壁沿いを見渡すと、片膝を立てて座る影があった。伏せられた瞼によって鋭い目線は遮られているがやはり恐ろしいものは恐ろしい。いつもなんだか怒っているような少年、神田ユウがそこで休憩している。別の場所を、と他の候補を探すミランダを他所に純はその少年の横へ向かい荷物を置き始めていた。慌ててミランダも駆け寄れば不機嫌そうな声がする。
「おい」
「休憩中でしょ? 見といてよ」
「…置くのは勝手だがそれ以上は知らん」
「はいはい ミランダも荷物置いて、ストレッチしちゃいましょ?」
「い、いいのかしら…迷惑じゃ…」
「いいのいいの、 ね、神田?」
「…ちっ、好きにすりゃいいだろ めんどくせえ」
彼の言葉端一つ一つに圧のようなものを感じ取ってしまい心臓が縮みそうになる。恐る恐る置いた荷物をチラリと見られて肩が跳ねた。何か気に障りでもしただろうかと様子を伺うも少年は再び瞼を閉じている。別段拒否されているわけでも無いみたいだった。
「心臓が止まるかと思ったわ…」
「そんなに萎縮しなくたって彼は怒らないわよ」
「…そうなのかしら」
「口ではああ言うんだけどね、さっきだってちゃんと荷物確認してくれたでしょ」
純の横にならんでストレッチしながらあの少年について話す。幼馴染の彼女が言うにはあの態度で怒ってはいないそうなのだ。ミランダがちょっとした失敗をして怒鳴られるときと同じ様子に感じたが、彼女には違って見えているらしい。
鍛錬で大きな怪我などしないように丹念に筋肉を伸ばしていく。教団に来てからの日々でミランダの体も大分柔らかくなった。開脚前屈で体を伸ばしながらちょっと横を見ると、さすがに若いだけある、純の手は自分のものよりもずっと前に伸びていた。
「さすが、柔らかいのね…!」
「どこが」
「ぐっ…いたいいたいいたい 神田!押さないで!」
「そんなんだから怪我拵えんだ、真面目にやれ馬鹿」
後ろから伸びてきた腕が純の背をぐっと押し込めばズルズルと滑るように彼女の上体が床へと近づく。痛い痛いと言う割には止まらないのだからやはりすごい。少年はそれに満足したのか彼女の背から手を離して二人の前に位置取る。今のミランダの気分はいわゆる、蛇に睨まれた蛙だ。よくわからないが眼前の少年は二人と一緒に鍛錬をする気になったらしい。
神田ユウのストイックさはミランダもよく知っている。真面目で自他ともに厳しい少年なのだろうと思っていた。一方でなんというか弱者に関心がないような気がしていたのだ。イノセンスを得たところでエクソシストの中じゃ末席も末席、雑魚と言う言葉がふさわしい自分のことなど歯牙にもかからないのだろうと。その彼が自分と一緒に鍛錬をするなどと考えもしなかった。十中八九彼が鍛錬相手に選んでいるのは幼馴染の彼女なのだろうが、これはチャンスだ。彼らのメニューについていって自分を強くしよう。鍛錬とは、もとよりそういうものなのだから。
ミランダは走り込み、腹筋、懸垂、スクワットなどの基本メニューを遅れながらもついていって完遂した。いつもよりも回数は多いし負荷も重いがやりきれたことが清々しかった。彼らはミランダが遅れていても何も言わないで待っていてくれる。純は事あるごとに褒めてくれるし、神田も小言を言ってはくるが決して怒りはしなかった。最後に純を相手に戦闘訓練を行って彼女の鍛錬は終わりの予定だった。
「や、やったわ…!やりきったのよ!」
息も絶え絶えにガッツポーズをしてミランダは自分自身を褒め称える。ゼエゼエと肩の上下は止まらないし、足も子鹿のように震えていたがその顔は満ち足りていた。その背後、少年と少女の会話が聞こえてくる。
「じゃ、もう一セットだな」
「望む所」
ミランダは絶句する。彼女の体は既に限界に近い。それをもう一セットやっては心臓が口から飛び出て四肢は散り散りになってしまうに違いなかった。だが、ミランダは決めたのだ。彼らのメニューについていくと。
「……できる ええ、やるのよ…ミランダ…!」
「…テメエは自分の限界も悟れねえのか!」
「ひっ…!」
「神田、怒鳴らないで でも、まあ言うとおりね」
「純ちゃん…」
「やりすぎは禁物よ、ミランダ?」
怒りというか呆れ顔の少年と少女の笑顔に気圧されてミランダは荷物をおいた壁際にすごすごと戻っていった。壁に重い体を預けながら二人の様子を伺うと先ほどとは比べ物にならない負荷と量の鍛錬が始まっている。どうやら先程までのメニューはミランダ用に調整されていたらしい。彼女が彼らについて行ったのではなく、彼女のメニューに彼らが付き合っていたのだ。だとすれば、そこには特大の優しさがあったんじゃないかとミランダは思う。
軽口を叩きながらの激しい戦闘訓練の最中、二人の顔にはなんだか楽しげな表情が浮かんでいる。いまだ落ち着かない心臓と呼吸、怠く重い体を水で潤しながらミランダは小さくひとりごちた。
「…若いって、すごいのね」
その四『ミランダ、若さを知る』おしまい
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