第五話「幼馴染と過ごした日々」
[必読]概要、名前変換
・概要「亡霊に名前を呼ばれた日」から約2000年後の物語
ジャンル:転生/やりなおしモノ。神田落ハピエン確定(リナ→神田片思いからのアレリナ着地を含みます)
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
その一『そういえば彼が帰ってきていたんだった』
麻倉兄妹の再会ののち、エクソシスト四人組とシスコン二人は司令室へと足を向けていた。廊下を歩く一行の鼻を煙草の匂いがくすぐる。そういえば麻倉愁は誰かの捕獲に向かっていたんだった。彼が帰ってきているならば、当然その誰かも帰ってきているだろう。弟子たるアレンと純が彼の煙草の匂いに気付かないはずがなかった。一気に表情を無にして足早に匂いの出どころへ向かっていく。
バンと音を立てて勢いよく開け放たれた扉の向こう、豪奢なソファに腰掛けた仮面の男が煙を燻らせながら笑みを浮かべていた。
「挨拶に来るのが遅えぞ 弟子共」
吸い込んだ煙を漏らしながら低い声が響き渡る。見るからに高価な衣服を身にまとった赤髪の長髪、整えられた髭面、片手に収めたワイングラス。クロス元帥が黒の教団へと帰還していたのだった。
「………っ さんざん放置しておいてなんですかその言い草は!」
「まずはおかえりなさいだろうが この馬鹿弟子」
「おかえりも何も無いでしょう! この馬鹿師匠!」
扉の前で師匠に文句を言い始めるアレンを置いて純はソファへと近寄っていく。俯いて垂れた長髪によってその表情は伺えない。クロス元帥の横までやってきて煙草を持つ手に指を重ねた。
「ねえクロス、この煙草やめてって私言わなかった?」
流れるような動作で煙草を奪い取っては灰皿に押し付けて火を消す。元帥が気にせずに新しいものに手を付けようとするのを箱ごと回収して制止していた。
「娘よ 数カ月ぶりの再会でそれはないだろう」
「「「む、娘!?」」」
後から追いついたラビ、リナリーとアレンの驚いた声が重なる。純は師匠のぼやきも驚愕の声も気にならないようで、既に荒れていた部屋の片付けに回っていた。それを見たアレンも自然と師匠の荷物の整理を始めている。
「だーれが娘か クロス、貴方 私に金を返さないばかりか借金をアレンくんに背負わせてるんですって?」
「師匠の借金は弟子が払うもんだろ」
「どんな理屈よ」
「そうですよ!それで僕がどれだけ苦労してると思ってるんですか!」
「今日という今日はきっちり落とし前を付けてもらいますからね」
「……まあ落ち着けよ」
そう言ってクロス元帥はグラスに口をつける。淡い琥珀色の液体を舐めるように味わって目を閉じていた。完全に蚊帳の外に置かれ眺めることしか出来ていない彼らは、ああまたいつも通りクロス元帥のペースに飲み込まれて有耶無耶にされるのだろうと傍観を決め込んでいる。鼻歌でも歌いそうな上機嫌さでグラスを回していた元帥の横に再び純が戻って来る。今度は明らかに怒りを顔に浮かべながら。
「どうしてこのタイミングで酒を口にできますか!」
純は乱暴とも言える手付きでグラスをぶん取り勢いのままに飲み下した。青々としたレモンの皮、リンゴの花、洋梨と蜂蜜の香り。うっとりしてしまうほどの芳香が喉をスルスルと滑り落ちていく。
「む……」
「どうだ、純 いい酒だろう。お前の好みだと思ってな」
「いい香りね」
純はクロス元帥の横にちょこんと腰掛けて勝手にワインを注いでいる。師匠と同じような仕草でグラスを回してはその香りを堪能しているようだった。
「ちょっと純!駄目ですよ師匠のペースに飲み込まれちゃ…」
「おい馬鹿弟子 俺の分のグラス持って来い」
「まったくもー! いいですか、飲み過ぎないでくださいよ!」
口では文句を言い続けながらも師匠命令に逆らう気配のないアレン、その騒がしさなど聞こえていないかのようにワインに集中している純、隣りに座った彼女の肩を抱こうとして跳ね除けられ続けているクロス元帥はいささか満足気に笑っている。そんな師匠と弟子達とのやり取りを一同が唖然としながら見ていた。
「…で、クロス 借金の話が終わってなかったわね?」
「パパはもう少し団欒したいんだが」
「世迷言もいい加減にして 何時になったら返してくれるの?アレンくんに押し付けてる分はどうするの?」
完全に流されたかに見えた話を純が掘り返してくる。宣言通り彼を逃がす気は無いようだった。
「そうですよ師匠。せめて僕の負担分減らしてください」
「そうよ、あまりにも可愛そうだわ」
「うるせえなあ だったら兄弟子の分お前が肩代わりしてやりゃいいだろ……っ!」
弟子二人がかりで師匠を詰めていくと、ついに堪忍袋の尾が切れたのかクロス元帥が逆ギレを始める。そこで口をついた言葉が純の逆鱗に触れた。蕩けるような可愛らしい笑みが浮かぶ。するりと伸ばされた指先が元帥の赤い長髪を掴んだ。
「…私はね、貴方に恩があるから今まで無利子で貸していたのよ? それを、なに?肩代わりと言う形で無償で金をせびるつもりですか。 別にね、クロス 今までの分の利子を計上することだって出来るのよ?今すぐにでも耳揃えて準備してくださる?」
「おい、純…」
「それとも現物で支払う? 現役の優秀な魔術師の髪、相応の価値があります。いくら位補填できるかしらね? きっとそれでも足りないでしょうけれど」
「まて 俺が悪かった」
「ああ、それとね 教団へのスポンサーを募るのに魔石を幾つか使ったの… 教団はそれすら補填してくれないのよ?そろそろ手持ちが少なくなっちゃって…」
「それは災難だったな」
「…ねえ、パパ? 私、お土産をもらえたら機嫌が治って利子のことは考え直すかもしれないの」
「土産」
「そうお土産 くれないの?パパ?」
「……そのワインと、魔石は好きなのを持っていけ」
「もう一本」
「棚から選んで良い…」
「ありがとうパパ♥ 返済は来月まで待ってあげるわ」
彼女のあまりの圧にクロス元帥以外は口を開くことすら許されない。正論による脅しの果ての甘えた声になすすべなく師匠は屈した。飲みかけのワインボトルと棚からとったラム酒を手にした純は部屋を後にする。
「さ、行きましょ ここに用はもうないわ」
「…ほんとにいいんさ?仮にも師匠なんだろ?」
「いいのよ、どうせ私に渡すつもりで買ってきてるんだから」
「「「えっ?」」」
「クロスはそういう人間です きっと今頃ご機嫌だわ」
その一『そういえば彼が帰ってきていたんだった』おしまい
「アイツも、ちったあマシな面になってたな」
「…ご機嫌すね、元帥」
「お前もだろ お兄ちゃん」
「まあ 安心しましたよ」
「にしても くく、神田のあの顔は傑作だったな」
「あんまり誂わないでやってくれよ」
「さてな ひとまず当面の肴には困らんだろ」
next▶その二『少年少女の秘密基地』