第四話「おかえりを君に」
[必読]概要、名前変換
・概要「亡霊に名前を呼ばれた日」から約2000年後の物語
ジャンル:転生/やりなおしモノ。神田落ハピエン確定(リナ→神田片思いからのアレリナ着地を含みます)
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男性陣の風呂上がりを待ちながら純とリナリーは夕飯の手伝いをしていた。広間で待つ子どもたちの中には先程の悪魔を目の当たりにした者もいたが、気付いていないのか気を使われているのか純を遠巻きに眺めるだけだった。刻んだ葉野菜をスープ用の大鍋にいれていると、いつもより遅い夕食に待ち飽いた声が聞こえてくる。
「…もう少しだからいい子で待っているのよ」
「せんせい、ぴあのひいてー」
「今はお料理中ですから弾けません 夕食の後にしましょうね」
「えー、もういっぱいまったよ…せんせいのぴあのがききたいよ…」
寂しげな子どもたちの声。聞けばアクマに成り変わられたあの若い女性がよくピアノを弾いていたらしい。準備の人手は足りている、今抜けても進行に問題は無いだろう。
「…もう準備も終わりますし、よろしければ私が弾きましょうか?」
「おねーちゃん、ピアノひけるの!?」
「弾けますとも お好きな曲は?」
「あのね、せんせいはいつもキラキラ星をひいてくれるの!」
「もう よろしいのですか、エクソシスト様?」
「どうか弾かせてくださいな」
彼らの目の前で『先生』を奪ったせめてもの罪滅ぼしになれば良いと純はアップライトピアノの前に腰掛けた。その周りに子どもたちが集まる。鍵盤に指を滑らせ一音だけ鳴らす。手入れの行き届いた良いピアノだ。丸みを帯びた響きが建物と馴染んでいた。ワクワクとした子どもの顔に微笑みかけおなじみの旋律を弾き始める。彼らの口遊む歌詞に合わせて一度手を止めた。背後からじっとりとした視線、『先生』をかばった少年からだ。わかっている。『先生』はここで終わらなかったのだろうと、一息ついて綺羅びやかなフレーズを奏でた。きらきら星変奏曲、これが『先生』の十八番だったのだ。
浴槽に浸かっている三人にもピアノの音が届いてくる。曲が進むごとに鮮やかに変化していく音色に好奇心を覚え、髪を乾かしきる前に広間へ向かった。アップライトピアノの前に集まった子どもたちが、純の奏でる音に夢中になっている。変奏曲の展開に胸を踊らせながら大人しく耳を傾けていた。最後の一音を弾ききった彼女は子らに群がられ苦笑いを浮かべていた。夕飯の時間だと声が聞こえようやく解放された純と三人の目が合う。彼女の顔には呆れが浮かんでいた。
「髪、乾かしてこなかったの」
「…綺麗な音が聞こえてきましたので、つい」
「まったく… 屈みなさい」
アレンが頭を下げるとすっと手が伸びてくる。その指先から風が舞って髪を乾かしていった。
「俺もやって!」
「はいはい」
それを見ていたラビが挙手しながら純の前にしゃがみ込む。同じように乾かされ上機嫌に髪を弄っていた。彼らが礼を述べていると、神田が無言で近づいてくる。僅かに屈んで長髪の頭を差し出してきた。何故か拗ねたように目線を逸らす彼に、純が軽くため息を付く。神田の長い横髪を掬い取るように頬へ手を伸ばすと、突風が吹き荒れ一瞬にして消えた。突然のことに神田は目を見開いて固まる。その隙に純は頬を抓り鼻で笑った。怒りに震える神田を置いて、彼女はラビとアレンを食堂へと促す。
「さ、行きましょ」
「…純、貴様!」
「いいでしょ髪は乾いたんだから」
「ほんと、怒りっぽくていやですね~」
「うるせえモヤシ! 抓る必要は無かっただろうが!」
「…迂闊な口の分よ 気をつけることね」
「「「…え」」」
ふん、と鼻を鳴らして純は先に進んでいく。迂闊な口の心当たりなど先程の部屋での駄弁りしかない。一体どれのことだ、まず聞こえていたのかと三人の頭を混乱が襲う。実際は純のカマかけに近かったが、リナリーと添い寝していたという情報だけはしっかり彼女の耳に届いていた。
食事を終えた五人は寝室へと戻る。横に五台並べられたベッドへ、リナリー、純、神田、ラビ、アレンの順で収まることとなった。
眠りにつく前に今日の任務の報告会を行い状況を整理する。案の定、純は全員から無茶をするなと詰められていたが、彼女は聞く耳を持っていなかった。状況が状況だけにああせざるを得なかったのだ。四人にも理屈は理解できるため、通信を勝手に切断していたことについての軽い説教で手打ちとなった。話題は昨晩の騒動へと切り替わる。ここでラビが一つ提案をした。
「よく考えてみれば、俺達は純のことほとんど何も知らないんさよね ちょっとでも良いから教えてくんない?」
純がラビの碧眼をじっと見定める。この男の教えては警戒に値する、一つ返事で頷いて良いものじゃなかった。他三人の目線さえなければ単に突っぱねられたがこの場ではそうはいかない。兄である愁から彼らの情報についてはある程度得ている。このまま何も話さないのもフェアじゃないだろう。何より、純にも彼らに信頼を寄せたいと思う気持ちがあった。彼女の過去を知るヒント程度は与えてもいいだろう、それをどうするかは彼らの勝手にしてもらうと決めた。
「…わかった 話すわ」
空気の質が変わり、誰かが息を飲んだ。目線を下げたまま純が口を開いた。
―――八年前、郷が燃やされた後 私はイギリスに攫われた。っていっても魔女の塔っていう …学校?みたいな所で ええ、そう魔術師しか行けない場所にあった。
そこから逃げたのが大体六年前くらい。しばらく逃亡生活をして… 伝を頼ってイタリアのある組織に匿って貰ってた。まあ、協力関係だったのかな。彼らの仕事も手伝うし、その分私の目的にも協力してもらってた。何でもやったし、世界各地を飛び回っていた。
…どこに行ったって?
五年前、北アメリカに
三年前は…、 ええ。中国と、あとはオーストラリア。ちょうどこのくらいかしら、イノセンスに適合があるってわかったの。エクソシストになれってしつこく追手が来てた。…そう、最初はエクソシストになる気なんて無かったし、他にやることがあったから
二年前、ヴァチカンに居たところを兄さんとクロスに掴まえられて… それからは修行 で今に至る。
これ以上は話したくない」
「なるほどな… いや、聞けてよかったさ」
「純、話してくれてありがとう」
「…僕たちのことも話すべきでしょうか」
「いいよ… 大体兄さんから聞いてる…」
「…そろそろ寝るぞ」
神田の言葉が鶴の一声となり、部屋の電気が落とされた。純は布団に潜り込み寝ようとして瞼を閉じる。昨晩もほとんど眠れていない。強い睡魔が襲ってくる。それでも怖い夢をみてまた魘されるのではないかと自ら目を開いてしまった。周りからは既に寝息が聞こえている。誤魔化すように寝返りを打つと隣のベッドの神田と目があった。自分から寝るぞと言っておいて未だ起きていたらしい。
(寝ろ)
(わかってる)
(…いつから寝てない)
(…数えてない、少なくとも昨日は駄目だった)
(手、伸ばせ)
口の動きだけで交わす会話。ベッドの距離は手を伸ばせば触れるほどしか無かった。指示に従えば指先が触れる。言わずもがな彼のほうが腕が長い。その分の余裕で指を握られた。数秒そのままで居た後に、何か帯状のものを指の間に絡められる。
(焦がすんじゃねえぞ)
手を話されて腕を戻せばそれが彼の髪紐だとわかった。焦がすな、とは無理やり寝る時に電流で頭を飛ばしていたのがバレているのだろう。確かに、これを持ったまま無理に寝るのは難しい。まったく不器用なやり方だ
が、純はそれが嬉しかった。
(ふふ、おやすみ)
絡められた髪紐を両の手で握り込みそのまま瞼を閉じる。すぐに意識が落ちたのだろう、リナリーに揺られ気付いたときには朝だった。握っていたはずのそれは既に彼の頭上で揺れていた。